心のストッパーを外せば、世界への可能性が開く
清涼院流水さんは、大胆な構想と緻密に構築されたプロットを持つミステリー作品を数々発表する作家。ビジネス書の分野でもヒットを飛ばしています。また、日本の小説やビジネス書を英訳し、世界に向け電子書籍として発表するプロジェクト「The BBB」を主宰。日本人の英語力を底上げする活動にも尽力しています。過渡期ともいわれる出版業界の将来に、ひとつの方向性を示し、深くコミットする清涼院さんにじっくりお考えを伺いました。
「大説」の英訳、英語劣等生の挑戦
――まず清涼院さんは、小説家ではなく「大説家」を名乗られていますが、その理由について伺えますか?
清涼院流水氏: 大説家なんて名乗った人は、僕以外には1人もいないんです。ただ「大説」という言葉自体は本当にあって、吉本隆明さんが村上龍さんの作品を、「これは小説ではなく大説だ」と評されたこともあります。小説も大説もそもそも中国から来ている言葉なんですが、本来の用語では、小説というのは個人の物語で、大説は国家とか世界全体の物語と、明確に区別してるんですよ。日本のいわゆる小説は、個人の物語がメインなのでその言葉が輸入されたわけですけど、村上龍さんの一部の作品や、僕自身も好きな世界全体を巻き込む様なストーリーは、個人の問題じゃないんです。僕はデビュー作のあとがきでも書いてるんですけど、既存のジャンルにとらわれたくない。その思いも込めて大説と言っているんです。ただ、ミステリーとジャンル分けされる作品が多いので、ミステリー作家と言われた場合は「そうです」と答えますし、小説家と言われたら、それはそれで良いです。だから、いまご丁寧に大説家と言っていただいてうれしかったですね。
――「大説家」として新たな作品を発表していることはもちろんですが、最近では作品の英訳にも取り組まれているそうですね。
清涼院流水氏: そうですね。英語ノンネイティブの日本人で小説を英訳した作家は、いままで1人も存在しないんです。英訳して世界に売り出すことに関しては、日本の出版界で最先端の活動をしている自信はあります。唯一浮かぶのはカズオ・イシグロさんなんですけど、彼は幼少期だけ長崎で、小学校に入る以前から、ずっとイギリスの方なんですね。つまりネイティブなんですよ。彼は日本語でしゃべれないくらい英語が自然なんです。僕は英語ノンネイティブですし、学生時代は超のつく英語劣等生でしたからね。
――英語の劣等生だったんですか?
清涼院流水氏: ええ。本当にひどいレベルでしたよ。30歳以前にTOEICを受けていたら200点か300点くらいの、高校生にも負けるくらいのレベルですね。もともと全然勉強していなかったですから。30歳を過ぎてから独学で身につけました。
―― 一念発起して英語を始められたのはどういった理由ですか?
清涼院流水氏: 子どものころから人一倍、英語へのあこがれはあったんですが、上達できなくて、僕は英語には絶望してたんです。いまでも覚えてるのは、宇多田ヒカルさんがデビューした時に、この人は日本人だけど、英語もネイティブ発音で、英語の歌詞も自在に書ける。その時、いい年して英語が全くできない自分との対比で絶望があったんです。僕の人生は1回きりだけど、このまま英語ができないまま終わるのかなと思ったんですね。
でも30歳を過ぎてから趣味で始めたらどんどん伸び始めて、希望も膨らみ続けました。英語ができるようになればなるほど視野が広がっていきました。そしてついに自分の小説を英訳して世界に発表できたことは誇らしかったですし、こういう能力を身につけたからには、世の中のお役に立ちたくて。出版界がいま悲鳴を上げ続けている状況なので、何とか貢献したいなと思ったんです。そこでたまたま電子書籍も普及が進んで、すべてがタイミングが合って、「The BBB」というサイトに結実したんです。
志を持つ人が集まれば大きなうねりになる
――「The BBB」はさまざまなジャンルの作家の作品を英訳し、電子書籍化するプロジェクトですね。
清涼院流水氏: はい。去年の12月1日から始めました。他人のためにやるなんて何か計算があるんだろう、とか勘ぐる人がいるんですけど、全然そんなことはなくて。僕が言い続けてるのは、世の中をハッピーにしたいという一心なんです。僕の人生哲学の1つでもあるんですけど、自分の利益だけを考えてやったら、多分ろくなことにならないんです。最初の志が間違っていなければ、絶対間違ったことにはならないと思ってるんですね。汚染された土壌には貧しい植物しか育ちませんが、土壌が健全であれば、そこに育つ植物は美しく豊かなものになるだろうと思っています。実際、参加されている作家さんたちは、とても感激してくださっていて。一生英訳される機会などないと諦めていた作家さんたちの作品を次々に僕が英訳して、世界の有名な書店でも売られるようになって。泣いて喜ばれるほど感激されて。そういう時に、単に自分の作品を書いて出すだけじゃなくて、もっと価値があることができて、出版界全体にも1つの方向性を提示できたんじゃないかという意味でも誇れることですね。
――優れた日本の作品を幅広く英訳されることに大きな意味を見い出されているのですね。
清涼院流水氏: 僕も最初は、いまほど大規模にやるつもりはなかったんですよ。自分や親しいビジネス書著者数人だけでやろうかなと思ってたんですけど、ある作家の集まりで企画のことを話したら作家さんたちの関心が非常に強かったんですね。急に目をキラキラさせて「それはすごい」とおっしゃって「私たちも参加させていただけませんか」と言われた時に、大変になるかもしれないけど、楽しいんじゃないかと思いました。それに、日本の出版界全体にインパクトを与える様な意義のある企画にする上では、1人でやるよりも、徒党を組んで乗り込んでいった方が変えられるんじゃないかなと。
陳腐な言い方で嫌なんですけど、明治維新にしても、1人の維新志士ではなにもできないわけですけど、同じ様な志を持った人が徐々に集まり始めたからあんな大きなうねりが起きたわけですよね。実際日本の出版界は、幕末じゃないですけど、かなり危機的状況にあるのは全員が知っているじゃないですか。皆が突破口を求めているけれど打開策が見つからない中で、われわれのグループは英語圏に可能性を求めて、大海原へ船出をしたということです。
海外市場は、「場外ホームラン」がけた違い
――海外からの反応はいかがでしょうか?
清涼院流水氏: まだ現在は緩やかに動き始めてる段階ですから、これからですね。ただ自信があるのは、僕は2009年から、小文字の「bbbcirlce」というサイトをカナダ人と組んで3年半くらいやっていたのですが、世界中からすごい反響があったんです。それはオリジナルの4コマ漫画を紹介するサイトだったんですけど、毎日平均1万人以上、多い時には1日に2万5千人以上も世界中からアクセスがあって、「どこだ、この国は」みたいなところからもファンレターが来たりしたんですね。それでインターネットと英語の可能性ってすごいなと思ったんです。
いま、その『テリヤキガールズ』の漫画家がちょっと忙しくなって1年以上も描けなくなっているので、ほとんど旧bbbの読者には頼らずにやっていますが、それでもThe BBBは既に14カ国からアクセスがあります。ドイツ、フランス、ブラジル、中国、韓国など、英語圏でない国からもアクセスがあって。この数を増やしていって、The BBBのコンテンツは面白いじゃないかと思ってもらえれば勝利です。ただ、それまでに苦労するのもいい経験だろうと思ってます。最低1年ぐらいは格闘するべきだろうと。そんなに世界の壁は甘くないと思うんです。まず1年間コツコツやって、質の良い仕事をしていると認めてもらって、徐々に広めていけたらいいかなと思ってます。
――海外の市場で発表されているものにはどういった作品がありますか?
清涼院流水氏: 具体例を出しますと、僕の『キング・イン・ザ・ミラー』がまずAppleで承認されて、その後、Barnes&Nobleという世界最大の書店グループでも承認されて販売されているんですが、Barnes&Nobleの書店は3000万ものコンテンツを扱ってるんです。だから読者に発見される確率は3000万分の1なんですよ。そう簡単に売れないだろうと思うのですが、信頼を勝ち得ていったら、英語圏20億人というのはポテンシャルもそれだけデカい。空振りも多いかもしれないけど、場外ホームランのすごさは日本の比ではないんですよね。それは旧bbbでうねりの様なものを1回作り出した時にも感じました。自信のある作品を既にいくつも準備しているので、1つ1つ丁寧に作っていけば、奇跡というか大きなムーブメントを巻き起こせるはずだという期待とか希望があり、それが現在の僕を突き動かしています。
著書一覧『 清涼院流水 』