最近は「びっくりさせる」ことには関心がない
――ミステリーの世界では設定やプロットで非常に話題になりましたが、執筆は特別なスタイルでされているのでしょうか?
清涼院流水氏: たぶん失望させてしまうくらいシンプルですよ。パソコンで書いていて、昔はWordを使ったり、編集者の勧めでInDesignとかも試したりしたんです。自分でDTPをやれたらいいんじゃないかと思って。でも、いろいろ模索した末に、いまはMacのメモ帳みたいなTextEditとか、短編だとメールの中で書いてそのまま編集者に送ったりとかしています。それが結局一番気持ちいいってことに気付いたんです。作家さんたちに聞くと、皆さんワープロソフトにこだわりがあるんですけど、僕は何かにこだわるのが嫌いなんです。本当に能力があったら道具は関係ないと思ってますし、むしろ劣る道具でもすごいことができるはずなんですよ。僕、物持ちが良くて、学生時代に使ってた画面に3行しか表示できない古いワープロで原稿用紙1500枚以上の作品を書いて、それを知った編集者が腰を抜かすほど驚いたこともありました。
――今後のご自身の作品を含め、どのような活動に力を入れていかれますか?
清涼院流水氏: 昔から変なことを考え続けてきたので、自然にアイデアが浮かぶというのはあるんですが、最近はびっくりさせたりすることにあんまり関心がなくて、それはほかの人にお任せしてもいいなと思っています。僕のやりたいことはだいぶやり尽くしてきたので、さっきお話した様な、ほかの方の作品を紹介したり、あるいは英語力を高めたりするお手伝いをすることの方に現在はワクワクしているんです。だって自分が世紀の傑作を書いたとしても、それは自分の手柄でしかなくて、むなしいんですよ。でも僕に原稿を預けてくださった方の作品を僕が英訳して、それが外国人にすごいって言われたら、僕はその人と手を取り合って喜べると思うんです。それは自分で傑作を書くよりはるかに崇高なことなんですね。僕はそう気付いちゃったんで、もう後戻りはできないですね。
常識を疑い、常識と戦い続ける
――英語に関しては今後の構想はありますか?
清涼院流水氏: 僕はTOEIC満点に挑み続けているんですけど、現在985点で、あと5点なんです。満点を取ったら出す予定の英語学習本が何冊も待機しています。もう出してもいいのでは、とも言われるんですけど、やっぱり自分の中のけじめとして何としても満点を取ってから出したいんです。満点を達成した瞬間、いろんな企画が怒とうの勢いで、ダムが決壊する様にいきなり流れ出す予定です。
――満点はネイティブの人でも難しいといわれていますね。
清涼院流水氏: TOEIC満点は、最終的には運の要素も大きいんです。言い訳めいて聞こえるかもしれないですけど、本当に極限集中の世界なんですよ。120分で200問解いて、あるパートなんか1問5秒とか20秒とかで何十問も解き続けるんですね。それでノーミスじゃないといけない。何よりも大事なのは試験会場と隣の受験者なんですよ。今年1月に受験した際も、隣の奴が鉛筆を回しまくっててね、それを注意する暇すらないんです。「あの、すいません」と言う間にも自分の受験時間が止まって短縮されるんで。だから隣にハズレの奴が来たら、あきらめて我慢するしかないんですね。
――英語に関する本は具体的にどのような内容のものですか?
清涼院流水氏: 少し前に出版社に企画を出していたのが、誰でも5カ国語マスターできるという本で、今年5月に出す予定だったんですけど、「それはちょっと早急過ぎるんで、やっぱり英語本にしてください」と言われて、残念なことに普通の英語本になることになっちゃったんで、じゃあTOEIC満点まで待ってくださいと言って順番待ちになったんですね。英語のメソッドがあれば何カ国語でもできるんですよ。将来は5カ国語マスターメソッド本は絶対に出しますよ。ラテン語もやってますし、ドイツ語とか韓国語とかも趣味で勉強しているので、外国語のメソッドを早く世の中に伝えたくて、そのためにもTOEIC満点を取らないといけないんです。
あとは今年4月に「世界初のTOEIC小説」を出すんです。TOEICの世界を舞台にした小説で、英語学習本じゃないので満点を取る前でも出せるんですが、これが出るとTOEIC業界が激震しそうな内容で。もちろん小説界にも喜んでほしいし、僕が恩を感じてるTOEIC界にも喜んでほしいなと思っています。詳細はまだ言えないんですけど、原稿は既に完成しています。
――宣教師のルイス・フロイスに関する歴史小説にも取り組まれているとお聞きしました。
清涼院流水氏: 2009年から取り組んでいますが、その作品は、ポルトガル語をマスターしない限り完成しないんですよ。なぜかと言うとルイス・フロイスがポルトガル人宣教師だからです。彼らをリアルに書くためにはポルトガル語をマスターする必要があるんです。戦国時代の小説って、宣教師がめちゃくちゃいい加減に描写されているんですよ。ポルトガル語を誰もできないから。あの司馬遼太郎さんですら、重厚な歴史小説なのに宣教師の描写だけいい加減とか。語学が得意になった僕が歴史小説を書くのであれば、絶対にポルトガル語をマスターして宣教師をリアルに書きたいと思ったんですね。リアルな宣教師と戦国武将を書いた小説はかつて日本に存在しないんですよ。なので、これも新たな挑戦です。
執筆に時間が掛かっている理由は、これもTOEIC満点が先延ばしになっているからなんです。要するにTOEIC満点を達成すると英語の負担が減るので、もっとポルトガル語に集中できて、歴史小説が完成するというドミノ倒しなんですよ。つまり、最終的には、TOEIC満点に、ここ数年間のすべての活動が集約されるわけです。
――最後に、清涼院さんのように新しいことに挑戦し続けるためにはどのような心構えを持てばよいのか、特に若い方にメッセージをお願いします。
清涼院流水氏: まず1つは、やりたいことを見つけて、快感を感じること、達成感を感じることに全力を傾注してほしいですね。そこで常識のストッパーを外してほしいんですよ。英語も無意識のストッパーが邪魔してできないと思い込んでる人が多いんです。僕は趣味で普段社会人に英語を教えているんですけど、彼らのTOEICスコアは短期間で300点とか400点以上もアップしてますから。もう1つは、自分のやりたいことにまっしぐらに突き進む時に、外野が無理だと言っても、そんな雑音に耳を貸してはいけない、ということです。
僕の1つ強い点は、周囲の雑音を余りにも浴び過ぎて、全く気にならなくなったことです。無理だ無理だとか言われても全く気にならないのが強みでもありますね。ゲーム漬けで京大を受けた時も、作家になると言った時も、僕の周囲の全員が「そんなのは無理だ」と言ったんです。でも達成すると「お前ならできると思ってた」と、全員が手のひらを返したんです。だから僕は他人の意見には耳を貸さない。もちろん聞くべき意見は取り入れますけど、真に受けちゃダメです。村上春樹さんがエルサレム賞受賞の「壁と卵」のスピーチの時に、「作家というのはやめろと言われるとやりたくなる人種です」という名文句を言ったんですけど、まさにそういうことですよね。昔は、無理だという声に負けそうになったこともありますが、無理だと言われたことを成し遂げると成功体験になって、それが2個3個と重なると、何を言われても動じない様になっていきます。僕の人生哲学は「常識を疑い、常識と戦う」ということです。人々が信じる常識を疑って、疑問視したらそれと戦う。僕の生き方を振り返ると、そこはブレずに貫けていると思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 清涼院流水 』