大谷昭宏

Profile

1945年7月8日生まれ、東京都目黒区出身。早稲田大学高等学院、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、1968年読売新聞社入社。大阪本社社会部配属時、上司の黒田清氏などとともに『黒田軍団』の一員として、数多くのスクープ記事を取材。1980年朝刊社会面コラム欄『窓』を7年間にわたって担当。 1987年、読売新聞社を退社した際、黒田氏とともにジャーナリスト事務所・黒田ジャーナルを設立。2000年7月、黒田の死去に伴い黒田ジャーナルを解散、個人事務所・大谷昭宏事務所を設立し、現在に至る。
【ホームページ】http://www.otani-office.com/

Book Information

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電子書籍で「賞味期限」のない本を


――電子書籍によって、読み手にとっても書き手にとってプラスになれば良いですね。


大谷昭宏氏: 私は大島やすいちさんとコラボして『こちら大阪社会部』という漫画を出しています。おかげさまで全国の記者クラブに、大体置いてある。大抵の記者は読んでいるから、私と直接話したことなくても、あの漫画で元気になったとか、最近は中学生のときにあの漫画を読んだとか、っていう人が新聞記者になったりしてるんです。で、ミスターマガジンの連載のときに、当然原作料が入ってくるんですが、原稿料が、1枚1万円と言われたんです。400字詰め原稿用紙が1枚1万円でも結構な値段ですが、そうじゃなくて、漫画の1ページが1万円なんですよ。36ページくらいあると、月70万入ってくる。「ドカーン」って場面だけで1ページくらい使いますよね(笑)。それで単行本になって、漫画の単行本は一般の書籍と違って、最低5万刷るわけです。全11巻あるわけだから、それが5万部ずつ刷っても、50万部じゃないですか。それが増刷、増刷になる。そしてしばらくすると、文庫化したいと言われる。作家さんによっては文庫化を嫌がる人いるわけですよ。安くなっちゃうからギリギリまで本体で売りたいというわけですよね。

ところが私も大島さんもどんどん文庫化しろと言った。すると今度は違うところから、講談社の版権が切れるから、ブック型の出版にしたいとか、小型版にしたいとかって言ってくる。そして今度は、NTT西日本が携帯電話サイトで見られる漫画にしてくれと言ってきたんです。そうするとささやかながら、振り込みがあるわけです。椎名誠が、文庫化は嫁に出した娘が小遣いくれる様なもんだと言っていましたが、敵対していたら入るものも入らないですよ。嫁いだ娘とは仲良くするに限るんです(笑)。

――各種メディアでコンテンツ化することでロングテールが狙えるというのは大きな可能性ですね。


大谷昭宏氏: そうですね。それぞれのメディアに特性があって、テレビはその場で放送してしまえば、その場限りのものですが、その代わり生で直接伝えることができる。災害とか事件事故とか、スポーツの生放送はどんなに逆立ちしたって活字が勝てるわけがない。台風が来るっていうときは、テレビはすさまじい視聴率取るわけですよ。皆必死になって見ますからね。新聞は朝刊が朝6時かそこらに配られて、遅くとも夕方の3時か4時には夕刊が出ます。夕刊が来たあと、喫茶店で、「新聞持って来て」と言って朝刊を持って来たら怒られます(笑)。てことは、朝6時に配られて、午後3時か4時には、完全に賞味期限を失ってるわけですよ。半日保たない商品なんて新聞くらいです。豆腐だって数日は保ちます。出版はそれを加工して賞味期限が切れない商品にしてくれるわけです。ニュースになったもの、連載してるもの、記事になったものをいつでも手に取ってもらえる。そして電子書籍は、絶版がないからいつまでも賞味期限があるかたちにして残せる。そうするとわれわれからすれば、半日しか保たなかった商品が、末永く読者の手元に届くという効果があるわけですよ。それぞれの媒体が、どんな素晴らしい利点を持っているのか、その一方でどういう欠点があるのか。その欠点はどこがカバーできるのかという風に考えるべきです。

様々なメディアで訴えていくことが永遠の作業


――大谷さんにとって本を書くということはどういうことでしょうか?


大谷昭宏氏: 私たちの原点は、やっぱり活字にする努力をすることだと思うんです。厚生労働省からお願いされて毎年行っている中国残留孤児のイベントで九州の劇団道化というところの作家さんにお会いしたんです。その方は残留孤児のお芝居をやろうとしたけど、残留孤児のことを何も知らなくて、図書館で私が20何年も前に出してる『春美16歳の日本』を読んで、その中に書いてある残留孤児が日本に帰ってきたときの苦労、例えば中国にはガスがなかったから、ガスには火がつく、つけたあとは消しとかなきゃいけないもんなんだということを教えなければならないとか、そういうシーンをお芝居の中に入れたそうです。たまたま私が20年も前に書いたものが、1つのお芝居になって全国をグルグル回る。だからうちのスタッフにはいつも、「とにかく本を書きなさい」と言っています。テレビが出演者を頼むとか、この人に声を掛けてみようっていうときは、まずWikipediaで調べて書籍を読んで、「この人、面白いんじゃないか」って引っ張り出すんです。テレビ局はひたすらそれをやっている。いつも媒体になるのは書籍なんです。それが電子書籍になれば、もっと簡単に見てもらえるわけですよね。

ですから結局、われわれは書き残していくことが仕事で、それを土台にして、色んなメディアがフィールドを広げてくれる。筑紫哲也さんがいつも「テレビっていうのは川下産業だ」と言っていました。確かに流れはゆっくりで、ゴミも流れてくればね、ときには土左衛門も出てくる。じゃあ川上は何かって言ったら、それは出版物なんだと。源流でできたものが、石にぶつかったりなんかしながら、段々段々広げていって色んな人が知るところになる。最後はテレビという非常に大きな川下が、川幅を広げてくれるんだと。だから源流になるものを書き続けるしかない。

――様々な媒体で活躍されているのも、そういったメディア感、哲学が根底にあるんですね。


大谷昭宏氏: そんな大層なものではないです。私、時々講演なんか行くと、柄でもなく色紙に、「先生ちょっと一筆を」とか言われるんです。字がヘタクソだし、座右の銘があるほどの生き方はしてないけど、付き合いだからと思ってそのときの講演の演題か何かを書いてサインしてるけど、本当の座右の銘は、「あとは野となれ山となれ」(笑)。おちょくっていると思われるから書きませんが、本質はそうなんですよ。例えば新聞記者って面白い仕事なんだよっていうのを、メディア論で中学生に話したってわかりゃしないですよね。でも携帯サイトで漫画を読めば、「この仕事が僕の将来の仕事だ」と思ってくれるかもしれない。お父さんやお母さんにも、なかなか書いたものっていうのは読んでいただけないけれど、講演に出かけて行って、直接話をすればわれわれが考えていることが伝わるかもしれない。



そしてテレビも非常に波及力がある。活字は活字で、20年前のものが日の目を見ることもある。源流になる活字をしっかりやって、それが後々どうなっていくかはわからないんですが、機会があれば様々なメディアを使って訴えていく。それがわれわれの永遠の作業だと思うんですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 大谷昭宏

この著者のタグ: 『哲学』 『考え方』 『テレビ』 『メディア』 『ジャーナリズム』 『ワープロ』 『ニュース』 『新聞記者』 『ツール』 『源流』

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