ノウハウや経験はシェアする、それがさらなる豊かさを生む
谷原誠さんは明治大学法学部を卒業後、司法試験に合格し、弁護士になられました。現在はみらい総合法律事務所を共同経営される傍ら、企業法務、事業再生、交通事故、不動産問題などのテーマで弁護士として活躍され、人気ビジネス書『人を動かす質問力』『思いどおりに他人を動かす交渉・説得の技術』『弁護士が教える気弱なあなたの交渉術』『するどい「質問力」』『同業の弁護士から「どうしてそんなに仕事ができるの」と言われる私の5つの仕事術』などの執筆など多方面で活躍されています。
平日は弁護士の業務に集中し、土日はビジネス書の著者へ早変わり
――谷原さんは弁護士としての活動のほかに、ビジネス書の著者として「質問力」や「交渉力」についての本などもお書きになっていますね。
谷原誠氏: 本業は弁護士ですので、執筆は土日にします。弁護士業務の方では、交通事故になった被害者側の弁護をし、加害者へ損害賠償請求をするということを、主力業務でやっています。会社法務や会社倒産の案件を扱うこともあります。
――谷原さんはブログもよく更新されていますが、ブログをお書きになることや、テレビや雑誌出演などの活動は、読者に対する啓もう活動の意味があるのでしょうか?
谷原誠氏: そうですね。私は、本を書くこと自体に2つの路線があります。1つは得意とする交通事故関係の専門書です。これはプロの弁護士や裁判所、保険会社など、交通事故にかかわる方に向けたものです。それからもう1つの路線は、一般の方がお読みになる質問力や交渉力についての、いわゆるビジネス書です。両方とも私が弁護士活動を通して身につけた知識やノウハウをシェアするために書いています。専門書の方は同業の方たちと知識をシェアする。ビジネス書の方では、弁護士という仕事を通して身につけた一般の方々に役立つことの知識やノウハウをシェアする。そういう考え方で本やメールマガジンを書いています。ブログやFacebookも開設していますが、それはブランド構築の一環ですね。
――谷原さんはただでさえも弁護士業でお忙しい中、テレビ出演や執筆でご自分の経験をシェアされていますが、谷原さんのお仕事感、モチベーションについてもお伺いしたいと思いますが、どうしてそんな風に走り続けられるのでしょうか?
谷原誠氏: 「自分が身につけたものはシェアするべきだ」という考え方なんですね。
でも、私の本業はやはり弁護士ですから、弁護士は、依頼を受けた人を救うのが仕事です。やはり困っている人を助けて、そのケースを解決するたびに充実感を得ることができる。そして、人から感謝されるということ自体にも充実感を覚えられます。ですから事件を解決し続けること自体が、私の成功体験なんですね。
――素晴らしいお仕事ですね。
谷原誠氏: 中には困っている人ばかりではなく、弁護士を利用しようとする人もいます。世の中色々な人がいますから、楽しい仕事ばかりとはかぎらないのですが。
家にある本を何度も大切に読む、そんな子どもだった
――谷原さんの幼少期も含め、読書体験なども伺いたいと思います。
谷原誠氏: 子どもの頃は、非常に無口で人見知りする様な子どもでした。家にはそんなにたくさん本がなかったので、家にある野口英世さんの伝記などを何度も大切に読んでいました。父親が陸上自衛隊に勤務していたので「自衛隊に入りなさい」とは言われましたけれど、「勉強しろ」とは一切言われませんでしたね。
――ではご自分の進路はご自分で決められたのですね。
谷原誠氏: 私の世代はバブル期に大学に入って卒業するような感じでした。何かになりたいというよりも、成績によって自動的に大学が決まり、卒業する時にはどこの会社にも入れるような、そんな幸せな時代だったんです。ですから職業選択などを全く考えずに大学まで進みました。私は明治大学の法学部出身ですが、体育会の器械体操部に入りました。毎日、週6日練習があったんです。そして深夜のコンビニエンスストアでアルバイトもしていて、練習が夜の8時過ぎまであって、そこから家に帰って夜の12時から朝の7時まで働いて、帰って仮眠してまた部活へ行くというような生活をしていました。だから授業にはあまり出られず、学校の成績は悪かった。そうすると就職の時、いくらバブルでどこでも入れる時代でも、成績の悪い生徒は就職が難しかったんですね(笑)。
――意外ですね。
谷原誠氏: その時、たまたま大学の掲示板を見ていたら、司法試験の受験生向けの研究室があって「司法試験の受験生を求む」と書いてあった。「成績が悪くて就職できないなら、一発勝負の実力でいくしかない」と、思って司法試験を受けたんですね。
――その結果司法試験に受かったんですね。
谷原誠氏: 受かってしまうんですね(笑)
勉強は時間と質が勝負、2回目のチャレンジで司法試験に見事合格!
――司法試験の時にはどのような勉強をされたのですか?
谷原誠氏: 司法試験というのは、今はもう簡単になりましたけれど、当時は合格率が2%だった。東大生とか頭のいい学生がいっぱい受けて、それでも合格平均年齢が28歳でした。自分は東大生には頭の良さでは確実に負けると思った。そうすると、東大生が一生懸命やっているよりも成績が良くなるためには、もう勉強の時間と質しかない。だからそれをとことん追求して勉強しましたね。
――具体的にどんなことをされたのですか?
谷原誠氏: 暗記する項目を、自分でテープに吹き込んで、朝タイマーで起床するんですが、ボヤッと起きて、ご飯を食べる時もテープを聞きながら食べる。歩く時もテープを聞きながら歩く。本を読める時は必ず読みましたね。お風呂専用の本を置く、トイレ専用の本を置く。とにかく起きている時間はことごとく勉強にあてるというのが時間の使い方でした。ところが勉強というのは集中して、例えば1時間なり2時間やると、頭が飽和状態でウニみたいになってくる(笑)。
――そうですね。
谷原誠氏: もうこれ以上頭に入らないという感じになってきますよね。そうならないためにはどうしたらいいのかというと、過度に疲労するともうそれ以上何もできなくなるんです。運動でもそうです。ということは、疲れる前に定期的に休まないといけない。1時間以内にどんどん休んでいく。普通の人は、「1時間必ず勉強しよう」とか、「このページまで勉強しよう」とか、自分の目標を立ててそこまでやってしまう。でも体のコンディションがそれについていかないんですね。だから、疲れる前に自分の体と相談しながら休んでいくという方法だと、1日中でも勉強できる。
――自分自身に合った勉強方法を考え抜いて、実践されたんですね。
谷原誠氏: 私は2回目で受かりましたが、1発で受かる人もいます。
――谷原さんのご本で、勉強法について書かれた本はございますか?
谷原誠氏: まだありません。勉強法の本は、一応出版社からお話があったのですが、恐らくこれは売れないなと思って実現していないんです。なぜかというと、少し特殊な勉強法なんです。本というのは多くの人が共感し、取り入れられるノウハウがなくてはいけないのですが、僕のノウハウが厳し過ぎるので、ターゲットが狭いんです。本当に真剣に頑張る人にしか響かない。だからなかなか本にしにくいですね。
紙でも電子でも媒体は選ばない、読者がノウハウを取り入れられるかどうかが重要
――電子書籍化されて、ご自身の本が読まれると言うのは、著者としてどのようにお感じになりますか?
谷原誠氏: 私は、読者が自分の本をどの媒体で読んでほしいという希望はありません。要するにユーザーが読んでどうそれを自分に取り入れるかが重要ですね。電子書籍というのは外出先に何冊でも持ち歩けて、どこでもすぐにパパパッと軽く読める点がいい。私自身の読書のスタイルとしては、紙の本を読んで線を引いたりしますが、読書というものは、今後個人のライフスタイルに合わせてどんどん変わっていくと思います。ずっと紙の本派の人もいれば、もう殆ど電子書籍派の人も出てくる。その人に合った使い方で読んでいただければそれでいいと思いますね。
電子書籍の方は気軽にその場でパパパッと読めるので、パソコンも同じですが、デジタルの仮想空間みたいな感覚があるのですが、本の場合には実物として存在して、実際に書きこんだり、見直したりできるので実体験に近いと思います。電子書籍は仮想体験に近い。私にはそういう感覚がありますね。
――法律書は分厚いものが多いと思いますが、弁護士業務を通じての電子書籍の使い方というのはございますか?
谷原誠氏: 弁護士の場合は、外に行って相談を受けたり、会議に出席する時に、参照できるものが必要なんです。事務所にいれば資料がすぐに調べられますが、六法全書や、あるいはよく使う資料はやはりiPhoneに入っていると便利だと思います。ただ今はパソコン1台持っていればすぐにインターネットでアクセスできるので、それほど困ることもないですね。
執筆は土日に集中する、座った時が「執筆時間」
――執筆スタイルについてもお伺いしたいと思います。原稿を書かれる時にはパソコンをお使いですか?
谷原誠氏: パソコンは事務所にデスクトップが1台、家にノートブックが1台ありますが、基本執筆は土日です。締めきりが迫ってくると早朝や深夜の時間帯に書くのですが、土日に事務所にいれば事務所で書くし、土日に家にいれば家で書きます。場所は選ばないです。普段歩いている時にも本の構想を練ったりします。だから、座ったりするまとまった時間がある時が、執筆時間です。
――インプットをしたり、構想を練るのは移動時間や普段の生活の中でされるのですね。
谷原誠氏: パソコンがなかったとしても今ICレコーダーがある。だから文章がまとまった時にICレコーダーに吹き込んで、それを後で打ち込むこともあります。
――常に色々なことを考えていらっしゃるのですね。
谷原誠氏: ぼーっとしている時もありますが、考えないといけないことがたくさんありますので。
――仕事の資料などは、クラウドなどで同期などはされているのですか?
谷原誠氏: 支障がないものについてはそうしています。ただ、弁護士の仕事の資料は機密のものが多いので、なかなか同期できないのです。執筆の原稿などはEvernoteでどこでも同期できるようにしています。
版元に縛られない低コストの出版が電子書籍で実現する
――電子書籍の可能性についてもお伺いしたいと思います。電子書籍は、将来的にどんな可能性を秘めているとお考えでしょうか?
谷原誠氏: 電子書籍の1番の可能性として、出版社を通さずに書籍として低コストで世の中に流通ができることが1番大きいかなと思います。
今でも自費出版がありますけれど、それなりにコストが掛かりますね。無料のソーシャルメディアもありますが、それ以外に書籍というかたちで、誰でも世の中に自分の考えや知識を出版することができる。今、優れたコンテンツが必ず本になるわけではない。出版社はやはり売れるものでないと本にしてくれない。売れないけれど価値がある知識は世の中にいっぱいあると思います。それを自分で発表して本にすることができる。これが電子書籍の最大の魅力だと思います。
――誰でも発信者になれるというところに可能性があるのですね。
谷原誠氏: そうですね、どんな分野であっても発信者になれる。そして、印刷も物流もいりませんからコストが低く抑えられます。
――このような時代の出版社の役割や意義を、著者としてはどのようにとらえられますか?
谷原誠氏: 著者は自分の考えを持ち、それを発表する立場なので、そんなに世の中のニーズはわからない。そこで出版社、編集者という公正な立場の人がいて、世の中が必要としているニーズを調査し、かつ、公正な立場で編集した本というものを商品として出していただけるという意味では、やはり出版社も編集者も今後も決してなくなることはないだろうと思います。出版社が出す本というのは信用がありますね。
今後は弁護士としての「戦略論」も書いていきたい
――最後の質問ですが、今後の展望についてお伺いできればと思います。どんなことに今後チャレンジしていきたいと思われますか?
谷原誠氏: やっぱり出版という意味では、先ほどの2本の柱を今後も崩さず行くと思います。普段行っている業務の専門化が進んだら、それを本として出版していく。一般的なビジネス書としては、法律家以外の人たちに向けて、弁護士だからこそ伝えられることを伝えたい。今まで書いたことがないテーマで言うと、戦略的に物事を進めていく方法や、あるいは、紛争を解決するためのテクニックやスキル、といったものだと思います。弁護士が普段の業務で行っていることを、一般の人に紹介するような本を今後も書いていくと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 谷原誠 』