ウェブ登場でコミュニケーションデザインに開眼
――そもそも広告業界を志したきっかけはどういったことでしたか?
佐藤尚之氏: もともと出版社に行きたかった。本好きでしたからね。当時マスコミの試験が遅くて、10月1日に電通、博報堂で、講談社とか集英社が11月。あとNHKとかは12月。で、出版社は10人ぐらいしか取らないし、無理だと思っていたので、広告も好きだったし電通の内定が出た時点ですぐに入りました。書籍を作りたいなとは思っていたけど、編集者の役割も当時よくわかっていませんでしたし、自分なんかには結局できないだろうとは思っていました。
――当時はコピーライター等、広告への注目が高まっていた時期だったと思いますが、そのようなお仕事を志していましたか?
佐藤尚之氏: 僕は普通すぎるぐらい普通だったので、電通で自分はクリエイティブなことができるなんて、1つも考えてなかったです。当時は糸井重里とか仲畑貴志とか、コピーライターブームでしたが、コピーの勉強もしていなかったから、まさか自分がクリエイティブ局に行けるとは思わなかった。周りはやっぱりユニークな人がいっぱいいて、ちょっと無理かなと思っていたし、「佐藤、お前そんなに普通でなんでクリエイティブにいるの?」とか言われたりしました。だからあんまり向いているとは思っていなかった。こつこつやって、ちょこちょこ賞をとったりもあったけど、そんなに芽は出なかったので、まあ二流で終わるんだろう、もしくは途中で営業に転部かなとかも思っていました。
――仕事の上で、何か転機はありましたか?
佐藤尚之氏: 途中で僕はウェブで個人サイトを始めて、そのあたりからデジタル系に移っていったんです。その前から、CM1本15秒で目立つというのはそんなに得意じゃなかったですが、複数のメディアを使うキャンペーンプランニングはわりと構築できました。そのうちにウェブが出てきた。ウェブもマスメディアも、イベントも含めて、全部やったことある人は、当時僕ぐらいしかいなかった。それが僕のコミュニケーションデザインの下地になって、自分の得意分野になっていった感じです。つまり、人の心を動かすために、伝わるメディアを先入観なく駆使して、配置して、表現を載せて、コミュニケーション全体で伝える、というようなことです。
ネットのコンテンツが思いがけず本になった
――ネットが出てきた時には、どのようなことに最も可能性を感じたのでしょうか?
佐藤尚之氏: まず、それまでは一般の人が何か発信するためにはメディアに取り上げられなきゃいけなくて、投稿でもなんでも、編集者の目を通った上で出るものでしたが、編集というか検閲を経ずに、一般人が限りなくタダに近く、しかも世界に向かって発信ができるメディアができたということに、まずのけぞりました。そして、それを出してみると思いもよらない人から反応があってつながることができる。本を書いても、それまでなら出版社に手紙が届いて、編集者がそれをより分けて伝えてくれるまでには時差もある。出したらすぐに反応が返ってくるなんてあり得なかったわけです。でもネットはすぐ反応が返ってくる。人類が初めて体験していることを、今自分自身も一緒に経験しているなと思いました。だから、何でみんながやらないのか不思議でしょうがなかった。
――ネットで表現することに怖さは感じませんでしたか?
佐藤尚之氏: コピーライターとCMプランナーをその時点で10年やって、世の中に向かって書いていいこといけないことはわかっていました。コピーライターって、クライアントの代筆みたいなものなんだけど、クライアントはすべての国民に好かれたいわけです。少なくとも嫌われたくない。だから八方に気を使ってコピーを書くわけなんだけど、その訓練を経ていたので、今で言う炎上みたいなことはなかったですね。昔でも、何を書いてもいいと思って書いちゃう人、変なこと書いてやめちゃう人が、多かったです。でも、人の気持ちを傷つけないに越したことないとか、人の秘密も書いちゃいけないとか、その辺の作法はあるわけで。ネチケットみたいなのが言われる前から、そういうのはあんまりしなかったというのが、長続きした要因ではあります。
――ご自身のウェブサイトはどのようなきっかけで始めたのでしょうか?
佐藤尚之氏: もともとサイトを始めたのは、書評を書きたかったからです。でも素人の書評なんて誰も読みにこないと思って、客寄せパンダ的に「おいしい店」について書き始めて、書評と組みで出していたんですけど、そのうちに、おいしい店リストが話題になりアクセスが増えて、となっていきました。そのうち日記的なコンテンツも書くようになったんですね。いまで言うブログに近いです。ブログがはやったのは2004年くらいからですが、1996年くらいからブログ的なものを書いてました。で、まあまあ評判になって、出版社の人から急に連絡があって、本を出してみないかと言われました。
――そのオファーを受けてどのように感じられましたか?
佐藤尚之氏: 「まさか本を出せるとは」ってびっくりしました。でもタダで読めるものを売るってどういうことか当時はちょっとわからなかった。でも、読めるといっても、ネットで見ている人はまだ少なかったし、チャンスでもあるので引き受けました。ネットでは、でっかい文字を使ったり、いろいろ工夫して書いていて、それをそのまま本に活かしてみようと思ってやってみたんです。ネットのコンテンツが本になったものは、今は当たり前だけど、当時はまだ1冊か2冊目くらいじゃないかと思います。どんな反応がくるのかわからなかったけど、反応はよかったですね。
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