「つながる」が、幸福のパズルのピースを埋める
佐藤尚之さんは、コピーライター、CMプランナーとして活躍。キャンペーンの戦略を多様なメディアを使って構築する「コミュニケーション・ディレクター」の手法を確立し、国内外数々の広告賞を受賞しました。佐藤さんの一貫したお仕事は、さまざまな人を「つなぐ」こと。「数ヵ月後に発表できる」という新たなプロジェクトを構想中の佐藤さんにお話を伺いました。
シンプルに整理すると、本質が見えてくる
――早速ですが、佐藤さんの現在取り組まれているお仕事について伺えますか?
佐藤尚之氏: 僕は一昨年まで電通にいて、もともとは広告コミュニケーションを主領域に仕事をしているんですが、今年は自分から新たにサービスを立ち上げたり、プラットフォームを立ち上げたり、全然違うことをやろうと思っています。受注したものを作るということではないところで、社会の問題解決をしたいとずっと思っていて、それを少しずつやろうとしています。偉そうなことは言えませんけれど、社会に足りていないピースを提供して、人と人をつないでいく新しい仕組みを作ろうと思っています。あと数ヶ月すれば詳しくお話できるようになります。
――佐藤さんが新しいことを始める時は、どのように発想するのでしょうか?
佐藤尚之氏: 僕の考え方は何か遠いところの大それたものを考えるわけじゃなくて、友人が今困っているとか、友人がこういうことをやってみたいとかいう話を聞いて考え始める感じです。で、なんとなくぼんやり考えているうちに、何かと何かがつながって、それに自分自身の違うアイデアを足してみたりすることが多いですね。そして、それを俯瞰して見てみると、結果的に新しいソリューションになっているとか、新しい仕組みになっている。東日本大震災に立ち上げた「助けあいジャパン」でも、阪神大震災を経験して得られたことを生かして何かをしたいとずっと考えていたことが、人に会ううちにまとまっていったものです。
――いろいろな想念やほかの人の意見を1つの形にするにはどうするのでしょうか?
佐藤尚之氏: 整理をするんです。これは広告のメソッドなんですけど、物事をシンプルに整理をしていくと、本質が見えてくる時があって、そこだけに絞ってやってみると新しいアイデアになるということがあります。
三日坊主だが、本はずっと読んでいた
――幼少時はどのようなお子さんでしたか?
佐藤尚之氏: 落ち着きがなくて、すべて三日坊主、何一つ物事が続かなかった。今はわりと自分でも続く方だなと思いますけれど、昔は続かなかったですね。親も諦めるくらい。ただ本は、ずいぶん読んでいました。小学校の時にずっと読んでいたのは歴史物。『太平記』や『椿説弓張月』などの小学生版みたいなのを読んでいました。中1ぐらいになってからは司馬遼太郎。その後、日本と海外の古典小説に入っていった。小学校から高校くらいに、本だけはずいぶん読みました。
――歴史物がお好きだったのはなぜでしょうか?
佐藤尚之氏: 順序立つのが好きなんです。だから音楽もクラシックなら、バッハから入ってモーツァルトやベートーヴェンに行くとか、ロックならビートルズを全部聴いてから他のに行く、といった感じで、順序立てて聴いていく方が好きでした。歴史を勉強するにしても、時系列の方が流れがわかって、結局近道だと思っていたんですが、今はぐちゃぐちゃになりました(笑)。
高校ではラグビー部に入っていて、受験校だったからすごく弱かった。高校、浪人中もずいぶん本を読んでいました。そのころは森本哲朗をよく読んでいて、浪人時代にも講演を聴きに行ったりしました。一方で、ピンクレディーを追っかけていて、あと深夜放送マニアでした。オールナイトニッポンとかセイヤングとか。たむたむたいむという番組があって、そのことをサイトに書いたら、当時のパーソナリティーとつながって、今ではお友達になっています。
大学に入ってからは個人競技をやってみたくて、当時スキーだのテニスが全盛の中、あんまり人がやっていないゴルフをやりました。リッチだと思われるかもしれませんが、学生はラウンドするのも安くて、土日にキャディーのバイトをすると黒字になるんです、週単位で(笑)。とにかく、パチンコ、マージャン、飲みと遊んでばかりいました。大学では読書は減ったと思います。
本当はトルストイが読みたいけど…
――昔読んでいた本を読み返すことはありますか?
佐藤尚之氏: 今も納戸に入っていますけど、たまに読み返します。最近は古典が読みたくて、引っ張り出して読もうとしています。時間の流れがゆっくりしたものを読みたいですね。
――よく読み返す本はありますか?
佐藤尚之氏: 最近何度か読み返したのは、下村湖人の『次郎物語』です。寝床にずっと置いて何度か読み返しています。中2位の時に一番の愛読書だった。今、ソーシャルメディアの時代に、明治から昭和のリアルな人間関係とか、人のあり方とか理想論とかがむしろ重要なのではないかと僕は思います。人生に対してまじめだったし、勤勉だったし、濃厚だった時代のことを読みたいですね。
――本はどのような環境で読まれることが多いですか?
佐藤尚之氏: 独立してからまた電車通勤が長くなって、本が読めるようになったのはうれしい。でも、最近は仕事の実用書を読むことが増えましたね。ソーシャルメディアの時代になってから変化が激しくなって、勉強が全く追いつかなくて、実用書を常に読まないといけない感じになっています。だから小説を読む時間がなくなってしまいました。時間があればトルストイとか、ドストエフスキーが読みたいです。
――技術的な情報はいつも仕入れておかなくてはならないんでしょうか?
佐藤尚之氏: クライアントからお金をいただくわけですから、ITなどのトレンドをよりよく知っているのは当たり前ですから、その領域はなるべくプロとして心がけたい。サービスもツールも山ほど出るけど、全部キャッチアップしたいし、話題の本は読んで、新しい理論とかも知っておかないと話ができない。でも読む時間がない。とはいっても僕は、ゲームもよくやるようなさぼり症です。今も執筆をいろいろやっているけれど、締め切りはどんどん延ばしているし、だらしない(笑)。「今日も何もしなかった」って、日々後悔です。
ウェブ登場でコミュニケーションデザインに開眼
――そもそも広告業界を志したきっかけはどういったことでしたか?
佐藤尚之氏: もともと出版社に行きたかった。本好きでしたからね。当時マスコミの試験が遅くて、10月1日に電通、博報堂で、講談社とか集英社が11月。あとNHKとかは12月。で、出版社は10人ぐらいしか取らないし、無理だと思っていたので、広告も好きだったし電通の内定が出た時点ですぐに入りました。書籍を作りたいなとは思っていたけど、編集者の役割も当時よくわかっていませんでしたし、自分なんかには結局できないだろうとは思っていました。
――当時はコピーライター等、広告への注目が高まっていた時期だったと思いますが、そのようなお仕事を志していましたか?
佐藤尚之氏: 僕は普通すぎるぐらい普通だったので、電通で自分はクリエイティブなことができるなんて、1つも考えてなかったです。当時は糸井重里とか仲畑貴志とか、コピーライターブームでしたが、コピーの勉強もしていなかったから、まさか自分がクリエイティブ局に行けるとは思わなかった。周りはやっぱりユニークな人がいっぱいいて、ちょっと無理かなと思っていたし、「佐藤、お前そんなに普通でなんでクリエイティブにいるの?」とか言われたりしました。だからあんまり向いているとは思っていなかった。こつこつやって、ちょこちょこ賞をとったりもあったけど、そんなに芽は出なかったので、まあ二流で終わるんだろう、もしくは途中で営業に転部かなとかも思っていました。
――仕事の上で、何か転機はありましたか?
佐藤尚之氏: 途中で僕はウェブで個人サイトを始めて、そのあたりからデジタル系に移っていったんです。その前から、CM1本15秒で目立つというのはそんなに得意じゃなかったですが、複数のメディアを使うキャンペーンプランニングはわりと構築できました。そのうちにウェブが出てきた。ウェブもマスメディアも、イベントも含めて、全部やったことある人は、当時僕ぐらいしかいなかった。それが僕のコミュニケーションデザインの下地になって、自分の得意分野になっていった感じです。つまり、人の心を動かすために、伝わるメディアを先入観なく駆使して、配置して、表現を載せて、コミュニケーション全体で伝える、というようなことです。
ネットのコンテンツが思いがけず本になった
――ネットが出てきた時には、どのようなことに最も可能性を感じたのでしょうか?
佐藤尚之氏: まず、それまでは一般の人が何か発信するためにはメディアに取り上げられなきゃいけなくて、投稿でもなんでも、編集者の目を通った上で出るものでしたが、編集というか検閲を経ずに、一般人が限りなくタダに近く、しかも世界に向かって発信ができるメディアができたということに、まずのけぞりました。そして、それを出してみると思いもよらない人から反応があってつながることができる。本を書いても、それまでなら出版社に手紙が届いて、編集者がそれをより分けて伝えてくれるまでには時差もある。出したらすぐに反応が返ってくるなんてあり得なかったわけです。でもネットはすぐ反応が返ってくる。人類が初めて体験していることを、今自分自身も一緒に経験しているなと思いました。だから、何でみんながやらないのか不思議でしょうがなかった。
――ネットで表現することに怖さは感じませんでしたか?
佐藤尚之氏: コピーライターとCMプランナーをその時点で10年やって、世の中に向かって書いていいこといけないことはわかっていました。コピーライターって、クライアントの代筆みたいなものなんだけど、クライアントはすべての国民に好かれたいわけです。少なくとも嫌われたくない。だから八方に気を使ってコピーを書くわけなんだけど、その訓練を経ていたので、今で言う炎上みたいなことはなかったですね。昔でも、何を書いてもいいと思って書いちゃう人、変なこと書いてやめちゃう人が、多かったです。でも、人の気持ちを傷つけないに越したことないとか、人の秘密も書いちゃいけないとか、その辺の作法はあるわけで。ネチケットみたいなのが言われる前から、そういうのはあんまりしなかったというのが、長続きした要因ではあります。
――ご自身のウェブサイトはどのようなきっかけで始めたのでしょうか?
佐藤尚之氏: もともとサイトを始めたのは、書評を書きたかったからです。でも素人の書評なんて誰も読みにこないと思って、客寄せパンダ的に「おいしい店」について書き始めて、書評と組みで出していたんですけど、そのうちに、おいしい店リストが話題になりアクセスが増えて、となっていきました。そのうち日記的なコンテンツも書くようになったんですね。いまで言うブログに近いです。ブログがはやったのは2004年くらいからですが、1996年くらいからブログ的なものを書いてました。で、まあまあ評判になって、出版社の人から急に連絡があって、本を出してみないかと言われました。
――そのオファーを受けてどのように感じられましたか?
佐藤尚之氏: 「まさか本を出せるとは」ってびっくりしました。でもタダで読めるものを売るってどういうことか当時はちょっとわからなかった。でも、読めるといっても、ネットで見ている人はまだ少なかったし、チャンスでもあるので引き受けました。ネットでは、でっかい文字を使ったり、いろいろ工夫して書いていて、それをそのまま本に活かしてみようと思ってやってみたんです。ネットのコンテンツが本になったものは、今は当たり前だけど、当時はまだ1冊か2冊目くらいじゃないかと思います。どんな反応がくるのかわからなかったけど、反応はよかったですね。
電子書籍はガジェットの発展に期待
――電子書籍は利用されていますか?
佐藤尚之氏: 漫画を読んでいますね。ずっと、たとえば『ONEPIECE』を時代の教養として読んでおかないといけないなと思っていた。やっぱりエヴァンゲリオンにしてもガンダムにしても、時代の教養として共通に知っておかないといけないものがある。昔だったら、『我が輩は猫である』みたいなものです。でも『ONEPIECE』を全巻、家の中に置くのは嫌で、かといって、マンガ喫茶に通うのも嫌だなと思っていたので、全部Kindleで買いました。
――読み心地はいかがですか?
佐藤尚之氏: 漫画は全然違和感ないです。文章については、今読んでいる位置がわからないというか、厚みの中のどの部分を読んでいるのかっていうのがいまいちわからないので慣れません。あとは、整理がしにくい。ワンピースだけで50巻くらい並ぶと、わかんなくなっちゃう。ちょっと整理できるようになってほしいです。
――ご自身の本が電子書籍で読まれることに、何か特別な感情はありますか?
佐藤尚之氏: 僕の、『明日の広告』とかは全部電子化されていて、読んでいただいてありがたいと思います。読まれる機会が増えますから、うれしいですね。
――電子書籍の可能性についてはどのように思われますか?
佐藤尚之氏: 実用書の場合は、更新ができますよね。状況がいろいろ変わる中で、直したい部分を直して手軽に新版が出せる可能性があるので、それはいいなと思います。そして、動画へのリンク、広告のサイトへのリンクもできる。その向こう側には、いわゆるソーシャルリーディングみたいな、みんなでしおりをつけあったり、誰がどんな線を引いたかがわかるとか、そういった新しい読み方がありますね。電子書籍は今の新書のように長くする必要がなくて、1章単位で買って読めばいい。CDがアルバム単位でも売っているけど、1曲単位でも売っているように、本の書き方も実用書に限っては変わってくる可能性があるなと思っています。長い本をずっと読むのって、電子書籍の場合はしんどいけど、10ページずつ30円位で売っていけば、パッパと読めるし、面白くなければ途中でやめればいい。そうなると、最初からわかりやすく全力で書かないといけないので、小説も実用書も書き方が少し変わるかもしれませんが。
――佐藤さんは文章を書かれる時に気をつけていることはありますか?
佐藤尚之氏: 僕が書いているエッセイとか、実用的な論説は、リズムとわかりやすさを大切にしています。テンポよく、サラッと読める文章にしたい。僕は一時期、ラジオCMをやっていたんですけど、ラジオだと読んだナレーションがそのまんま、その順番で頭に入ってこないといけないんです。文章だと読み返すというのがあってもいいかもしれないけど、ラジオって全部真っすぐに入ってこないと聞き逃してしまうんですね。だから、僕は文章においても、人が読んでそのまま頭に入るっていう書き方を心がけています。引っかかりがある文章がいい文章という場合もあって、途中でテクニック的に引っかかりをつけるのはあるかもしれませんけど、基本は読みやすく、わかりやすくというのを考えます。
――電子書籍が今後発展していくためには何が必要でしょうか?
佐藤尚之氏: ガジェットの発達ありきだと思います。まだ使いにくいと思う。1枚の紙のようなディスプレーで、折り曲げられる電子ペーパーみたいなものが、そのうち出ると思うんですけれども、まだ今はちょっと石版を持って歩いているみたいな感じになっている。電子書籍のいいところと紙のいいところの融合みたいな形態ができると、発展していくんじゃないでしょうか。でも、もうちょっと後の話だと思っています。
断絶する世代と世代をつなげるのが役目
――冒頭に新しいプロジェクトのヒントをいただきましたが、これからのお仕事のテーマのようなものがあればお聞かせください。
佐藤尚之氏: 世界はたぶん20代、30代が変えればいいと思う。今、産業革命以降の一番大きな革命が起こっているし、もうちょっと続くと思うんですけど、そこで50代は、過去の経験値と、過去の歴史を知っている者として、バックアップをすればいいと思っています。そのうえで、50代60代70代が幸せに生きられるような仕組み作りとか、若手と幸せを共有できるような仕組み作り、世代と世代をつなげる仕組み作りなどをちゃんとやりたい。このままだと、アナログ世代と、20代30代のデジタル世代が乖離したまま世の中が進んでしまう。世代と世代とが離れてしまう。50代で、デジタルをわりとよく知っているボクなんかがその間に入ってつなげられたらいいなと思っています。上の世代のこともわかるし、下の世代にもそんなに負けていないので。一人でできることなんて限られていますけど、そこら辺の立ち位置にはいるかなと思っています。具体的には、40代とか50代60代とかのニーズを、20代30代が扱っているデジタルテクノロジーに結びつけて、双方の幸せに関与したい、というモチベーションが今のアイデアの源泉になっているんです。若い世代と、50代60代をうまくつなげて、両方がハッピーになれば一番です。
――それが社会の問題の解決になっていくということですね。
佐藤尚之氏: 日本では、少子高齢化、災害も原発のことも、問題は山ほどありますけど、文句を言う筋合いはないぐらい幸せですよ。日本に生まれて超ラッキーです。こんなおだやかで、戦争もずっとなく、犯罪も少ないし、格差も少ない。餓死する人もいない。これ以上格差をなくしたいなら、共産主義になった方がいいくらいだと思う。もちろん改善点はあるでしょうが、基本はそんなに文句ないということが前提で、よりよくなるといいな、くらいに思っています。日本人が自虐的、否定的、幸せを感じない方向にあるので、なんとかみんなが幸せ感を感じられる方向に行ければいいなと夢想していますね。このまま戦争なんかが起こらずに行けばいいと思います。戦争を知っているのは、僕の親たちの世代ですから、あの辺の思いを若い世代につなぐことがソーシャルメディアの可能性としてあるかもしれない。昔だったら直接話を聞くか本を読むしかなかったけど、何かつなぐやり方があるかもしれないですよね。それも今ちょっと考えたいと思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 佐藤尚之 』