書店員、編集者・・・
優れた読み手が、本の文化をもっと豊かにする
大崎梢さんは、デビュー作『配達あかずきん』から続く『成風堂書店事件メモ』シリーズなどで人気の推理作家。同シリーズは書店を舞台に、書店員達が様々な謎を解明していくストーリーで、実は大崎さんも元書店員です。そのほかの多くの作品にも、出版社や編集者が登場し、本への深い愛情が伺えます。大崎さんに、小説家となったきっかけ、電子書籍についてのお考え、書店、編集者の役割などについてお聞きしました。
パソコン通信と公募
――早速ですが、大崎さんの近況を伺えますか?
大崎梢氏: 4月から朝日の『中学生新聞』、通称『朝中』にて連載をすることになりました。
――読者層はほとんど中学生だと思うんですけれども、違った刺激がありますか?
大崎梢氏: 読者層がはっきり分かっているのは、それはそれで面白いかなと思ってます。編集の方はすごく読者さんを意識されてて、私が「こういうのどうかな」と提案すると、「中学生が好きそうです」というように言って下さるので、楽しいです。でも難しいところもあります。文芸誌とかで連載していると、「60枚くらい」とか指定がざっくりなので、数ページ前後しても構わないんですけれども、今度の連載は規定の枠があるので、そこが難しいですね。
――ますます活躍の幅を広げてらっしゃいますが、大崎さんはずっと作家になりたいというお気持ちがあったのでしょうか?
大崎梢氏: いえいえ、全然。作家さんは特別な人がなると思ってましたから、自分がなれるとは思ってないし、どうやってなるのかも分からなかったんです。結婚して子どもがちょっと手を離れて、何かしようかなって考えていた頃に、我が家にもパソコンが導入されて、パソコン通信を始めたんです。
そこには、小説のサークル活動みたいなものがあり、小説を書いてアップすると、見ず知らずの人が感想をくれて、自分も読んだものに感想を書くと相手が喜んでくれる。それが面白くて、くり返し書くようになったんですね。その中にプロ志望っていう人達がいて、初めて『公募ガイド』っていうのを教えてもらいました。大賞が取れたらデビューできるという仕組みがあるっていうのを、初めて知りました。小説スクールに入っているとか、作家とか、編集者の知り合いがいるかとかは関係なく、原稿を送れば読んでもらえると知り、自分も挑戦するようになりました。
――例えば学生時代に小説を書いていたとか、そういったこともありませんでしたか?
大崎梢氏: それまでは読む一方でしたね。でも、オリジナルな話を想像はしてたんです。主人も本は読むんですけれども、全く想像したことがないって言うんです。例えば刑事ドラマを見て、私だったらこういう刑事さんでこういう展開にするなと、想像するのが楽しかったんですが、全く想像しない人もどうやらいるらしいということを知りました。自分で想像したものを外に出したらどうかなと思って初めて書いたんです。
――書いているうちに、どんどんはまってしまったといった感じですか?
大崎梢氏: そうですね。私は飽きっぽい性格ですけど、それだけは続きました。それに公募に出すことを始めると、1年目に応募したらここまで行って、翌年送ると先に行ったり後退したり、数年があっという間に過ぎるんですよ。で、自分にはこのジャンルが良いんじゃないかとか段々分かってくる。お友達の中には、初めての作品や、2回目で書いたものを応募してプロデビューしたって人って結構いて、私は何度も書いて応募していたので「くやしいー」とか言ってます(笑)。でも何度も応募することは苦ではなかったですね。
ごちゃごちゃを整理するための電子書籍もあり
――大崎さんは、電子書籍は利用されてますか?
大崎梢氏: いや、してないんです。自分の本は電子書籍になってるらしくて、その分のお金ももらったりしてるんですけれども、自分は利用してないんですよ。でも、お友達にiPadを持ってる人がいて、「大崎さんの電子書籍も買ったよ」と見せてもらったりしてます。メモをしたり、付せんを貼るようなこともできるとか、色々便利な機能をレクチャーされています。確かにどこでもアクセスできてすぐに購入できるし、かさ張らないし、手持ち無沙汰の時に読めるっていうのは良いんじゃないかなと思います。
――蔵書を裁断、スキャンして電子化することについてはどう思われますか?
大崎梢氏: 自宅に仕事部屋があるんですが、家族から非難されるくらいにごちゃごちゃになんです。各社が文芸誌も送って下さるんですが、そうするとあっという間に本だらけになってしまう。以前、文庫本の解説を頼まれた時に、ハードカバーの本をいただいたんですが、ごちゃごちゃ過ぎて、その本がどこに行ったのか分からなくて、もう1回送ってもらったこともあるんですよね。そういう意味では電子化は便利だと思います。
あとひとつ思い出すのが、書評家さんが言っていたのですが、本が電子書籍になると権利的にややこしくなってしまうからかもしれないのですが、文庫の解説がついてないらしいんですね。だからわざわざ自分の蔵書をスキャンして入れてるそうです。確かにそう言われてみると、文庫を読む楽しみのひとつとして、解説を読むということもありますよね。まして、書評家はそれが仕事ですからね。ブックスキャンさんには、解説ごとスキャンして下さいっていう注文が出せるからいいですね。
「本屋大賞」に見る新しい書店員像
――今は主に紙の本を読まれているということですが、大崎さんはもともと書店員をされていたそうですね?
大崎梢氏: そうなんです。書店で10年ちょっと働いてたんですけれども、その時の話を元に書いたのが、デビュー作なんです。
――書店の役割はどういったところにあると思われますか?
大崎梢氏: 書店にはアンテナショップ的役割が今はあるし、これからますますそうなるかもしれないですね。ネットでも買ったりできるんですけど、やっぱり本屋さんに行くと、本が視覚的に360度ありますから、つらつら見てるうちに興味がわいたり、何かを思い出したりとかがあります。あとは立ち読みしてる人がいると「何を読んでるのかな」とか、たくさん積んである本があると「これが今人気なのかな」とか、いろんな情報がある。パソコンのディスプレイの画面だけだとちょっと狭いです。いくつかをスクロールしていっても、どこかで面倒くさくなっちゃうでしょうから、限られた本しか知る可能性がなくなってしまう。ですからネットとリアルな書店とが共存することが必要になってきますね。
――書店員さんの存在もネット上にはないですね。
大崎梢氏: 本好きの方だと、書店員によって好みがあるということが分かります。例えその人を知らなくても、この書店の勧めている本が自分に合うということもあります。書店員には、ソムリエみたいな感じがあって、きっとこれからますます期待されるのではないでしょうか。
――書店や書店員に、最近変化が感じられるところはありますか?
大崎梢氏: 私が働いてた頃は、まだ別の店の書店員さん同士がそんなに親しくなくて、よその書店員さんが何を考えてるのかは全く知らなかったんです。今はお店の垣根を越えて、皆さん仲良くされてますよね。有隣堂の人と紀伊国屋の人が飲み友達とか、一緒に企画を立てたりとかもあります。今、東京創玄社の『ミステリーズ』で、本屋大賞の話(『ようこそ書店大賞の夕べに』)を連載しているんですが、本屋大賞も書店員の方が、不況だけど皆で集まって愚痴を言ってるだけじゃなく、何かやってみようよってところから始まったのは素敵だと思います。
書店員さんにもっと優しくなってもらえれば
大崎梢氏: 本屋大賞の中の話を取材すると、ペットボトルのお水一本、自前で買って、忙しい合間に、全くのボランティアで集まって、打ち合わせを重ねています。今や一番重版がかけられる文学賞って言われてますが、第1回目の話とか聞くとすごい可愛らしくって、第1回は小川洋子さんの『博士が愛した数式』だったんですけど、「取りました」って新潮社に報告に行ったら、新潮社の人も「ありがとうございます」と言いながら、どれくらい喜んでいいのかが分からない感じだったそうです。今では「何でこんな本選ぶんだ」みたいな、バッシングも強くなっています。全くのボランティアでやってるんですから、誰からも文句言われる筋合いはないと思うんですけれどね。
――その本屋大賞を小説にするという発想は、大崎さんらしいですね。
大崎梢氏: 1つのエピソードとして書こうと思ったら、編集さんに、「本屋大賞は結構大きなイベントなので、何百枚使った話にした方がいいんじゃないですか」って言われたんです。本屋大賞の名前は知っていても、中身がよく分からない方は多いですよね。
――本屋さんや、書店員さんについての小説を書かれることに何か想いがあるのでしょうか?
大崎梢氏: 本屋さんって地味な仕事で、お給料も悪い。書店員の頃、辞めた子がケーキ屋さんで働いてて、時給を聞いたらびっくりするくらいよかったこともありました。それでもお客さんの要求は結構高くて、重労働でもありますし、返品があったり、電話もかかってきたり、付録が足りなく確認したりと作業も多い。扱っているものも、本あり、手帳あり、カレンダーありと、多種多様。だから、皆が書店員さんに少し優しくなってくれるといいなって思って書きました。
ただ、本屋さんで働いていてよいところは、お客さんがいらっしゃったときに、「いかがですか」っておすすめしなくて良いところですね。アルバイトで入って来た子が、「前の仕事はノルマがきつかった」と言っていました。自分に番号が割り振られていて、レジをする時にその番号を押すことで、1日にどのくらい売り上げたかチェックされていたそうなんです。でも本屋はそれがないから幸せですって。言われてみたら、ここにはこういう本がありますよってお知らせして、あとはお選び下さいとお客さんに任せられるので、気持ちが楽ですよね。
編集者という「もうひとりのプロ」の目
――プロの作家として電子書籍の可能性、あるいは課題を感じることはありますか?
大崎梢氏: 書き手の立場になってみると、今まで印税って先払いなんですが、実売数になってしまうので、それは作家さんにとっては厳しくなるんじゃないかなと思います。書き下ろしの場合は、たとえば資料なども自腹で買い求め、1年間かけて書いた原稿が本になり、印税をもらうのが1、2ヶ月後。それだけで苦しいのに、電子書籍だと、さらに売れた分しか入らない。課題ですよね。
専業だからこそ、やっと出てくる重厚な作品もあるでしょうし、出版社のフォローが不可欠な作品もあるでしょうし。
――編集者の手が入っているものはやはり作品の質が違いますか?
大崎梢氏: 私はデビューした頃から編集さんに助けてもらっているんで、いろいろ頼りにしています。最初のアイディアの段階からディスカッションすると、「こういうのどうかな」と提案した時の編集さんの顔つきで、今のよいなとか、スルーしたなとか、感覚で分かることがありますし、アイディアが上手い具合に転がるような合いの手を入れてくれることもあります。編集さんは、原稿を書いた時の最初の読み手ですし、プロの目で「ここがまどろっこしいかな」とか、「ここをもうちょっと書き込んだ方がいいかな」と具体的に伝えてくれるので、ブラッシュアップができるんですね。話の筋自体が同じでも、ちょっとした違いで読んだ印象や伝わり方が違ってきます。無情に文章を削る話には、「えーっ」と思うこともありますが、小説のことをよく考えてみれば文章を削った方が良い。それがすごいところです。もちろん書き手自身が、ある程度客観視できなきゃいけないんですけれど、書いてるうちに分からなくなってしまうこともあります。だから、「いいですよ」って言われるとほっとするんですね。それに今、ネットでの意見も見えてしまいますが、編集さんに「気にしないでいいです。気にするならネットは見ないで下さい」とはっきり言われます。だから、編集さんはマラソンで並走してくれてる人みたいですね。アマチュアの人の作品とプロの違いは、そこにもう1人プロの目が入ってるっていうことが大きいような気がします。
「これが書けたら本望だ」という本
大崎梢氏: さらに優秀な編集さんになってくると、私の持ち味までちゃんと考えてくれます。私も知らない、良いところを引き出してくれる編集者がいるんです。それと、優秀な編集者さんは自分でいいなと思った作品があった時も、「似たようなのを書いて下さい」っていうことは決して言わないんですよね。それって編集者魂だなと思うんですけれど、優秀な編集者さん程、二匹目のどじょうを狙うような話は、くやしいから言いたくないんです。私も『配達あかずきん』が出た時に、幸い何社かの方が声をかけて下さったんですが、編集者さん達は「『配達あかずきん』みたいなものを」とは決して言わなかったんです。後から聞いたら、「打ち合わせに行く時に、それだけは言うまいと思ってました」って。それで、「何がやりたいですか」って聞いて下さって、私も全く他のものがやりたかったので「全然違うけれどいいんですか?」って尋ねたら、「いいです」って言って下さったんです。
――そういった編集者魂があるからこそ、作家さんの新しい作品が生まれていくものなんでしょうね。
大崎梢氏: そうなのかもしれないですね。私は作風が違うものをどんどん出しちゃったんで、『配達あかずきん』みたいなのが読みたい人にとっては不満だったかもしれませんが、色がつき過ぎなかったのは良かったかなと思っています。いろんなものを書かせてもらい、自分としてはとても楽しいです。
――それでは最後に、今後の作品で書いてみたいことなどをお聞かせいただけますか?
大崎梢氏: あんまり考えてません。ただ、「もうこれが書けたら本望だ」みたいなのを書けたらいいなっていつも思っています。新刊を出した時に「今までの中で一番良かったよ」って言ってもらうのがすごくうれしいです。『クローバー・レイン』が終わった時も、ここで辞められたら幸せじゃないかなって自分でも思ったんですけれども、その時既に今の連載の原稿を始めてたんで、そういう訳にもいかず。結局、そのくり返しかもしれないですね。こんなに長くやっていけると思わなかったので、逆にこれから何が出てくるのか、自分でもちょっと楽しみです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 大崎梢 』