自分の国の史実を作家として書きたい
――本という媒体を通じて、今後どんなことをされていきたいと思いますか?
早坂隆氏: 海外のノンフィクションを書いている間に、やはり自分の国のことをきっちり書きたいなという思いが段々強くなってきました。
――それはどのようなきっかけからでしょうか?
早坂隆氏: 以前は海外の紛争地、ユーゴスラビアや中東のパレスチナやイラクを取材していたのですが、パレスチナで取材している時に、あるパレスチナ人に言われた言葉がある。「日本人の君には僕たちの悲しみは分からないよ」と。僕なりにベストを尽くして取材していたのですが「そりゃそうだな」と納得してしまった自分がいた。自分はいつでも豊かな祖国に戻ることができて、その紛争地を撮った写真や文章でお金をもらって、お酒を飲んだり遊んだりできる。「この矛盾はなかなか大きいな」という意識が僕の中では大きかった。もちろんジャーナリズムの意義は分かっているつもりだし、誰かがそういうことをやらなくてはいけない。ただ、自分としては、「僕のやりたいこととは違うのかな」と感じた。その中で書きたいと心から思えたのは「自分の国の戦争」です。太平洋戦争、大東亜戦争。僕の祖父も中国に従軍していて、ここにある軍服が祖父のものです。
――大陸方面の軍服ですね。
早坂隆氏: 今、祖父は亡くなっていますけども、僕がそう思った当時は祖父も存命で、戦争体験者もまだ生きている人が多かった。だからそういった取材をしたいという思いが強くなった。海外のものよりも自分の国のことを書きたい。そして今の日本を成り立たせているその土壌にあった戦争を、自分なりにノンフィクションとしてやってみたいという思いが強くなりました。今でも僕のライフワークの軸としてやっているのは太平洋戦争の取材です。戦争物、戦記物も書店の棚に行けばいっぱいありますが、それでもまだまだ埋没している史実というのはたくさんある。そういったものをきっちり拾い上げて、活字にしたい。戦争証言集もありますが、単なる証言集も読むのが大変だったりする本が多いという風に僕は感じます。戦争物なのだけども、文学というと大げさですが、読み物としてきっちり構成して、表現も日本語の美しさにこだわったもの。そういう戦争、戦記物をやりたいという風に思っています。
これまで「中央公論」で連載してきた「鎮魂の旅」という企画が7月に本になります。戦時中の埋もれた話をノンフィクションとして、まとめました。今年は戦後68年で、戦争体験者の証言が聞けるギリギリの時期に来ている。戦前の日本を適確に理解している世代への取材が成り立つ最後の段階だと思います。毎回いろいろな人の取材に行きますが、「昨年亡くなった」とか、間に合わない時もある。ご存命でも、やはりご病気で、記憶があやふやだったりすることもある。もう80代後半から90代の方々ですから。でも終戦の時に5歳6歳の方だと、取材にならない。今後はその辺はちょっと危機感を持ちながら取材していこうと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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