問題を直視し、未来志向で対話する場を
経済学者の川西諭さんは、専門の金融論や経済数学の講義・研究のほか、ゲーム理論や行動経済学に関する一般向け書籍の著者としても注目されています。川西さんの活動を支えるのは「教えること」への強い思い入れ。授業の内容を改善するFD活動に積極的に取り組み、学内外における大学教育の役割を模索する川西さんに、学者の知見を広く提供することの意義を、社会全体の問題に広げて語っていただきました。
やる気を引き出す授業をデザイン
――まずは、上智大学でのお仕事についてお聞かせください。
川西諭氏: 以前は金融以外のことを色々と教えていましたが、今はまた金融を教えさせてもらっています。専門科目としての金融論と、一般教養の科目としての経済学を教えていて、経済学の授業も、金融寄りの経済学という形です。
――川西さんの講義のスタイルはどういったものでしょうか?
川西諭氏: 僕が受けた大学教育は、標準的な大学の授業というか、先生が一方的に話すような授業が多かったんですが、いくつかディスカッションをするような授業もあって、個人的にそういう授業がすごく好きだったので、ディスカッションするような授業がしたいという気持ちがずっとありました。僕が入ったゼミは、本を読んでいく授業が主でしたが、先生が手取り足取り教えていくというよりは、学生主体で進めていくようなゼミでしたので、僕もそういうやり方を考えています。
――経済学に関するディスカッションではどのようなものがあるのでしょうか?
川西諭氏: 僕が入った横浜国立大学では、経済法学科が経済学部の中に入っていて、経済法に関するディスカッションの授業でした。経済法の授業といっても、単に条文を覚えていくのではなく、また経済の理論だけを学んでいくのでもなく、何が正しいのかなど、正義の問題を考えさせられるような授業で、すごく面白かったです。例えば大きいスーパーマーケットと小さな牛乳屋さんが競争をするようなケースを想定します。スーパーは1リットルの牛乳を90円で売っても、他の商品で元をとればいいけれど、街の牛乳屋さんはそんな安売りをしてはやっていけないので、お客さんをスーパーにとられて倒産してしまう。そういった事例で実際に裁判になった話を紹介して、判決はふせられた状態で、どう思うかということをディスカッションするといったことをしました。
――そういった身近な事例があると、学問への興味が増しますね。
川西諭氏: そうですね。でも、実際に自分で教える立場になると思うようにいかない部分がたくさんありました。大学の教員になる前に、公務員試験の専門学校でも教えたことがあったのですが、そういう場はすごく学生のモチベーションが高くて、やりやすかったです。だけど大学ではモチベーションがそれほど高くない。僕が入った頃はすでに就職氷河期が始まっており、学生も何をしていいのか分からないような感じで、授業も張り合いがないことがありました。ゼミも、研究者や資格試験という目標がある人でないと、経済に関する興味があまり高くないんです。どうやったら興味をもってもらえるのか、どうすればやる気を引き出せるのかなということを、この10何年間ぐらいずっと考えてやってきました。事実を淡々と紹介して覚えさせるのではなく、考えさせながら、問題演習などもクイズ形式で話を進めていくなど、授業をデザインするようになりました。
教育は、一番の成長戦略
川西諭氏: 2000年代に入って、FD活動という授業改善が義務化されて、授業評価のアンケートも当たり前に行われるようになってきました。それ以前は、授業に不満があっても、学生たちにはそれを先生に伝える手段がなかった。もちろん熱心な先生方は自主的にアンケートをとられていたり、意欲の高い学生たちは自分たちで大学の授業を評価したりしていたんですが、学生たちが評価をすると、どうしても単位の取りやすさなどにかたよりがちになる。教員も学生の評価を受け入れなかった部分もあって、学生たちの不満が放置されてきたようなところがあったと思います。そこで文部科学省も、全ての教員が自らの授業を定期的に見直して、いわゆるPDCAサイクルを自分で回すという建前でFD活動を義務化したのです。私自身は、大学ではもっと面白い授業ができると思っていましたから、上智大学のFD委員会の委員もやって、私立大学連盟という集まりでも、年2回開催するFD推進ワークショップの運営委員を去年からやらせていただいています。そこには授業改善に熱心な方が集まっていて、そういう方たちの話を聞いたりして、自分自身も色々と勉強しています。
――教育の役割、使命についてどのようにお考えでしょうか?
川西諭氏: 人が世の中を動かしているので、高い意識や知識、能力がある人間をどんどん育てていくことが、日本経済の一番の成長戦略だと思います。そして、それを支えるのが我々教員の役割であるという気持ちが僕にはあります。1人1人の力は微力だと思いますが、そういう人が増えていくと学生の力も付くと思いますし、自分が教えている学生たちには、将来活躍してほしい気持ちもあります。つまらない授業を聞かせるのではなく、何か将来のためになるようなことを1つでも伝えられたらいいなと考えています。僕には、自分が知って面白いと思うものを教えたくなる衝動のようなものがあって、そういう面白いものを常に探している自分もいます。大学の先生や経済学者がたくさんいる中で、自分はどういう教員、経済学者になるのか、あるいはどういう生き方をするのかのようなものをずっと模索してきましたが、最近になって少しずつ見えてきた感じがします。
著書一覧『 川西諭 』