印南一路

Profile

1958年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業後、都市銀行、厚生省(現在厚労省)を経て、ハーバード大学行政大学院、公衆衛生大学院に留学。1992年、シカゴ大学経営大学院にてPh.D.取得(組織論)。2001年から慶応義塾大学総合政策学部教授、株)キングジム社外取締役。専門は、意思決定論・交渉論と医療政策。著書に『すぐれた意思決定』『すぐれた組織の意思決定』(中央公論新社)、『ビジネス交渉と意思決定』(日本経済新聞社)、『「社会的入院」の研究』(東洋経済新報社、第52回日経・経済図書文化賞)、最新刊に『すぐれたゴルフの意思決定 熟慮速断の上達法』(東洋経済新報社)がある。

Book Information

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電子書籍普及には、圧倒的な優位性が必要


――電子書籍については、どうお考えですか?


印南一路氏: 紙の本をそのまま電子化、PDF化して特定のハードに合うように変えるのは、紙の本の延長です。僕自身は、業者に頼んで、持っていた3000冊の本を全部電子化しました。研究室に入りきらないため、全部PDF化したんです。それをUSBに入れて、いつも持っています。
老眼なので、紙の本を読むのが結構辛いんですが、コンピュータの画面だと、拡大できるので便利です。
電子の良さは、階層化ができること。例えば電子書籍を念頭において初めから本を作るなら、全然違う作り方になります。最初に要旨があり、それを全部階層化していって、そこの文から次の関連する詳しい説明へ飛ぶようにリンクを貼る。画像も、動画を入れると思います。そういうやり方が、実は本当の電子書籍だろうと思います。
紙の本は、死につつあるのではないかとも僕は思っているんです。かと言って、みんな電子に移っているかというとそうでもない。僕はベンチャーの研究もやっていますので、電子書籍の話がよく出ますが、著作権の問題や課金システムなど、非常にややこしいです。そういう中で、思ったほど急激には普及していませんが、やがて電子化していくだろうとは思っています。

――何か起爆剤のようなものが必要なのでしょうか?


印南一路氏: 圧倒的な優位性が必要です。2時間かけて活字を読むより、ウェブページをめくれば、30分でもっと深く、早く理解できると思います。能率志向の人にはその方が受け入れられるでしょうし、それに音声や動画がついていれば、理解度も増し、記憶にもよく残るでしょう。後は、独立した本とは違い、気になるところがあればWikipediaを見るとか、Googleで検索するとか、そういう使い方をするんじゃないかと思います。その方が知的刺激は大きくて、学習スピードも速いし深い。そういうツールとして、みんなが考えるようになると、本は電子がいいとなるでしょうね。
一方で、紙の媒体は、逆に情報が限定されているから、個人の想像力が刺激されるという良さがあります。

――情報をくみ取るには電子書籍、小説などは紙の本がいいということですね


印南一路氏: 小説は、紙媒体をそのまま電子化しただけの電子書籍の方が、むしろいいのかもしれません。1つの画一的なパターンに向かって行くのではなく、様々な形態があると思います。ですから機能分化していく。新聞も同じです。何故、新聞が死なないかというと、一覧性があるからです。ウェブの問題点は一覧性がないこと。一覧性にする工夫が進んで行くんでしょうが、ハードに依存するから、どこか限定されてしまうでしょう。

――製作物に対する報酬を払わないとなると、この先、書き手がいなくなるんじゃないかという危惧もあると思うのですが、どう思われますか?


印南一路氏: それは、若干違うかなと思っています。音楽についても同じことを言われています。全ての音楽家が、ダウンロードされてしまうなら音楽を作らなくなるかといえば、そうではない。ある程度、地位を確立したミュージシャンにとっては、売れるべきCDが売れず、全部ダウンロードされてしまうので、ダウンロードはネガティブなものです。ところが、知名度の低いミュージシャンにとっては、ダウンロードは武器になる。おそらく本も同じです。自分の能力はあると思っているけれども、知名度がない人にとって電子は、今までにないマーケティングの方法です。自分に印税は入らなくても、まず電子で、名前を売るためにダウンロードさせた方がいい。
今までは、いいネタを持っていても、出版社が認めなければ自費出版に追い込まれて、印税をもらうどころか出版費用をとられていた訳です。それが、無名でも、書いた物を実際にみんながいいと思えば広がるんです。

――こうした時代において出版社・編集者の役割はどういったものでしょうか?


印南一路氏: 僕のように、専門書に近い物を書いている者からすれば、あまり商業的な計算だけでいくと、出版しにくくなります。社会全体にとって必要でも、出版社から見れば、そうではないからです。医療はその典型で、僕が長い間医療政策の本を出さなかったのは、出版社から、「ビジネス一般のマーケットに比べて、医療のマーケットは小さいです」と言われたからです。そういったように二の足を踏んでいるような部分もある訳です。こういうことが増えると、単純に娯楽を提供しているものではないので、文化や学問そのものが死んでしまう可能性もある訳です。学問自体は学会の論文で生きていけますが、その成果を広く国民、大げさに言えば人類に生かすためには、専門用語をかみ砕いて、一般の人に伝えるべき書物みたいな物も必要な訳です。ですが、出版社から見るとペイしない物なのでなかなか出版されません。
ですから、電子書籍でも出版社でもいいんですが、漫画でも雑誌でもいいですから儲けてもらい、そのお金をあまり儲からない、医療政策など、こちらの分野にもまわしていただければと思います。誇り、プライドを持っている出版社で、単に本を作るのではなく、文化を担っていると、そういう想いで作ってもらいたいです。

――今後の展望を、お聞かせください。


印南一路氏: 医療については、政策に必要な知見をまとめた本を何冊か書き、その後は医療の総合政策のような本を書きたいと思っています。問題解決を中心に、科学的でアカデミックな知見を踏まえ、多面的多角的に医療の問題を見る、そういう本を書きたいなと考えています。構想は既にあって準備もしていますので、何年か先には出てくると思います。
意思決定の方も、今までとは違う切り口で、もう少し総合的な知見をまとめた本を、準備しているところです。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 印南一路

この著者のタグ: 『大学教授』 『考え方』 『教育』 『医療』 『決断』 『きっかけ』

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