一歩踏み込んで、提言し続ける
柴田明夫さんは、1976年に東京大学農学部卒業後、丸紅に入社。鉄鋼第一本部、調査部、業務部産業調査チーム長を経て、丸紅経済研究所では代表を務められました。2011年には定年退職を機に株式会社資源・食料問題研究所を開設し、代表に就任。世界の資源・エネルギー・食糧問題に対し日本はどう立ち向かえばいいか、といった講演や執筆を行う傍ら、農林水産省の政府委員や法政大学大学院の非常勤講師を務めるなど、精力的に活動されています。長期のコモディティーマーケットを見通す柴田さんの目から見た、今世界で起こっている様々な変化についての考察をお聞きしました。
資源を切り口にして世界経済を眺める
――近況を交えながら、30年以上に渡る資源・食糧問題への取り組みや、現在の研究所のお仕事をご紹介いただければと思います。
柴田明夫氏: 資源のエネルギーなどへの問題提起をした『「シェール革命」の夢と現実』を含め、今年は全部で3冊上梓しました。法政大学大学院での授業(国際資源エネルギー食糧政策)や農林水産省の農業農村振興整備部会などの委員に関しては、丸紅時代の研究活動の延長といった感じもあります。
――丸紅時代はどのようなことをされていましたか?
柴田明夫氏: 入社後4年間は鉄鋼部門で営業を行っていました。80年に調査部に異動し、そこで穀物やエネルギー、鉄鉱石、非鉄などの資源市場の調査分析を行うようになりました。と同時に、これら資源市場に共通するファクターとして、為替や海運市況や主要国経済などの分析を行いました。当初は、資源市場に影響を及ぼす国としてはアメリカ経済が重要でしたが、90年代以降は、中国も主要な調査対象になりました。特に、今世紀に入ってからは、資源を切り口にして世界経済を眺める、ということをやってきたわけです。
商社は資源をトレードしています。海外の資源を買い、需要家に売るのですから、そこに価格変動リスクが生じます。だから当時は商社の資源部隊にとってはwhenとhow、つまり「いつ買う」のか、「どのようにして持ってくるのか」という2つが重要でした。「いつ買う」のかというのは「相場を張る」ということになってくるのですが、おおよそ相場では10回のうち8回買っても、残りの2回で大負けしてしまう。その負けが大きいということから、基本的には商社は「宵越しのポジションは持たない」すなわち相場を張るのを避けるようになりました。となると、商社にとって資源ビジネスではhowが重要になってくる。Howというのはロジスティックス(原材料調達から生産・ 販売に至るまでの物流)のことで、これを他社よりも如何に効率的に行うかが重要になってきます。
――whenよりもhowが重要、ということでしょうか?
柴田明夫氏: そうですね。しかし、商社がwhenにこだわらなくなれば、結局マーケットをよく見なくなっていく、ということに繋がるのです。例えば昔は、穀物トレーダーは自分の「買い」あるいは「売り」ポジションを持っていましたから、夜に銀座で取引先と酒を飲んでいても11時を過ぎるとシカゴのマーケットが気になって仕方がないという状況でした。「市場を見る」ということは、将来予測するということです。当時は、トウモロコシや大豆に関する相場のプロが商社の中に必ずいましたが、howだけ考えれば良いということになると、次第にそうしたプロも少なくなり、あまり相場に真剣ではないトレーダーが多くなった気もしています。
資源については、原油や金属、穀物など、どれもそれぞれ相関関係があります。例えば、原油価格が上昇すれば穀物など農産物価格も上がります。何故なら、近代農業はトラクターの燃料、農薬肥料など石油付けであり、原油が上がると穀物価格も生産コスト面から押し上げられるためです。そういった資源の全体的な関係を見ていると、今世紀に入って、特に中国が大きな存在として台頭してきたことによって、資源市場のステージが変わったと私は感じています。
中国という大きな存在
柴田明夫氏: 例えば鉄です。現在の世界の粗鋼生産量は15億トンを超えていますが、90年代位までの過去30年間は、7億トン台で推移していました。それが2000年以降、中国がマーケット入ってきたことによって8億トンの壁を超え、いまや2倍に増えた。中国の粗鋼生産は以前から拡大基調にありましたが、特に2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟したのを契機に経済成長が加速したことで、世界経済に非常に大きな影響を与えるようになりました。現在、世界の粗鋼生産量の半分は中国一国の生産によるものということになります。他の非鉄や穀物などの分野でも生産量の3~4割が中国です。経済規模も、2001年にGDPでイタリアを抜き世界第6位となり、2010年では日本を抜き世界第2位のGDP大国となりました。2012年現在では、日本が5兆ドル台に留まっているのに対し、中国はもう8兆ドルを超えています。その累積的な拡大が、翌年の累積拡大をもたらし、資源のマーケットにも累積的な需要拡大というかたちで、大きな影響を与えてきた。だから、資源のマーケットを見る時には中国をはずせない。そういう時期に私は定年を迎えたのですが、食糧やエネルギー、あるいは鉱物資源の問題など「まだやり残したことがある」という思いがあったので、研究所を立ち上げたのです。やっていることはそれほど変わっていないのですが、今は丸紅経済研究所という立場を離れて、自由に判断ができるようになったとは思います。
――今の激動の時代を見て、どのような思いがありますか?
柴田明夫氏: 何が起きるか分からないので、毎日遣り甲斐があって面白い。今世紀においては、少なくとも3つの大きな出来事がありました。1つは2001年9月11日の同時多発テロ。以後世界はテロとの戦争が始まりました。現在のシリアの内戦も関連があります。2つ目は2008年9月15日のリーマンショック。3つ目は中国の台頭です。2010年の末からはアメリカ発の金融危機がギリシャの債務問題というかたちでヨーロッパに飛び火して、今はその影響が中国に現れてきています。中国はリーマンショックの対策として4兆元(約60兆円)の財政支出を行いましたが、その後遺症が現れてきています。EU向けの輸出が減少し、2011年に入って中国経済が減速しているにも関わらず、地方政府による固定資産投資の伸びが止まらない。中央政府は銀行に対しこれら地方政府への融資を禁止しているにもかかわらず、銀行を経由しない資金が流れていく。いわゆるシャドーバンキングという問題で、もう成長が止まったにも関わらず不動産など、固定資産投資が止まらないから、このままいくと過剰投資という問題も出てくる。これは地方融資台と呼ばれる信託銀行や正規の銀行でない投資銀行が、高利回りの理財証券を発行して資金集め地方政府に買いだすというもので、まさにアメリカのリーマンショックと同じ構図なのです。だからこそ中国の成長がスローダウンすれば、様々な影響が起きるのは避けられない。そういう面では、世界経済の先行きには暗雲が立ち込めていると感じています。
著書一覧『 柴田明夫 』