クラウドが研究スタイルを変える
――移動中に電子書籍を読まれるそうですが、本が電子化されることに、抵抗感はありませんか?
池尾恭一氏: 抵抗感はあります。本を電子化するときは、自分でやるわけですが、その本を捨てざるを得ない。だから、骨董的な価値のある本など、非常に重要な本は捨てるのに抵抗があるため、電子化していません。
一方で、我々がなぜiPadを多用するかというと、一つの理由は老眼なのです。細かい字が非常に見えにくい人には、文字を自由に大きくできるので、電子書籍は読みやすいんです。小説を読むときというより、色々と資料を当たらなくてはいけないという時にとくに便利です。
――大学の研究で使われる書籍は電子化されているのでしょうか?
池尾恭一氏: 慶應は、ある本屋さんと世界の主要なアカデミックな雑誌をインターネットで見る契約を結んでいます。だからどこにいても、アカデミックな雑誌に関しては読むことができます。昔は極端な話、外国まで資料を集めに行きましたから、今は圧倒的に便利になりました。慶應はわりとインターネットの対応は早くて、93、4年からインターネットというものに触らせていただいています。その前後からTelnetが出てきて、資料を送ってもらえるサービスが始まりました。それがあれよあれよという間に、自由にダウンロードできるようになっていきました。
――まだ改善の余地がある、という部分はありますか?
池尾恭一氏: 分厚い本に関してはまだ遅いので、400ページの本であちらこちらのページに飛ぼうとするとイライラします。電機メーカーの方から、もうちょっと待てばもっとよくなるという話を聞きましたし、その部分にも改善の余地があるのかもしれません。遠くない将来に、本のクラウド化といったものが、もっと進むのではないでしょうか。私のゼミにも通信関係の人間がいて、クラウドを作っている企業のマーケティングをどうしようかという研究をしていました。企業内の業務をクラウドにすることには、企業秘密もあって難しい部分もあるでしょうが、それ以外は今後どんどん進んでいくと私は思います。個人の生活も劇的に変える可能性もある。本を読むのも書くのも我々の仕事ですから、その仕事がクラウドによってどう変わっていくかは、重要な問題であり、かつ興味深いところです。
実務者からのフィードバックをもらえる学問
――マーケティングについて勉強されようと思われたきっかけは、どういったことですか?
池尾恭一氏: 一番現実的だったんです。慶應には経営学部がなくて、商学部ですが、ここなら学んだことをすぐに使えるのかな、と当時考えたのです。縁あってマーケティングのゼミに入れていただいて、マーケティングを勉強していたら、非常に面白かった。初めは修士課程だけ行こうと思っていたのですが、その後さらに勉強が面白くなったのと、色々なお誘いもあって、気が付いたら博士課程にいました。普通の就職も考えていたんですが、やっているうちにどんどん深みにはまって、気が付いたら研究者になっていたという感じです。
――改めて、経営学やマーケティングの魅力は研究者から見てどういったところだと思われますか?
池尾恭一氏: 現実と非常に近いところにいるので、自分が研究したことを、実務の現場で生かして、そのフィードバックも得られやすいことです。冒頭にお話した通り、ビジネススクールにいる方の大半は、実務の現場にいらっしゃる方なので、私の考えていることが、すぐ評価してもらえる。そういう意味では非常に恵まれた職場にいるのではないかと思っています。コンサルティング、あるいはビジネスの現場で教育させていただく機会も非常に多いですから、やりがいがあります。慶應義塾のキャッチフレーズに「半学半教」という福沢諭吉先生の言葉がありますが、それが体現しやすい職場ではないかと私は思っています。
――本の執筆に関しては、いつ頃から始められたのでしょうか?
池尾恭一氏: 大学院を卒業した頃から、少しずつ執筆依頼がくるようになりました。単著ではなく、誰かが編集した本の一部を書かせていただくとか、学術論文だけではなく雑誌からも、一般の方向けの執筆依頼もきたりします。私の最初の単著は、博士号をとるために行った研究を元にした『消費者行動とマーケティング戦略』という学術書でした。その後に、『日本型マーケティングの革新』という本を出しました。いわば啓蒙書というか、ビジネスマンの方々に自分が考えていることを訴えて、フィードバックをいただくために書きました。『モダン・マーケティング・リテラシー』は、教科書と啓蒙書の間ぐらいの位置づけで、学部の学生を射程に入れながら、ビジネススクールの学生や、実務で働いていらっしゃる方に「マーケティングはどのように考えればいいのか」ということをご理解いただく、という位置づけで書きました。
著書一覧『 池尾恭一 』