消費者の人生全体の「買い物かご」
池尾恭一氏: マーケティングでは、いわゆる「マーケットバスケット」つまり買い物かご、という概念があります。スーパーマーケットが1930年代にアメリカで出てきました。スーパーマーケットの核心は、品目別のマージン決定です。スーパーマーケットを考え出した、マイケル・カレンという方が非常に革新的であったのは、「消費者はスーパーマーケットにある全ての商品の価格は覚えられないから、消費者の価格形成に大きく影響を与える商品と、そうでない商品に分けて、影響を与える商品を思いきって値下げする」と考えたことだと思います。そして、大きく影響を与えない商品はそこそこの低価格にして、買い物かご全体での利益を考えていこうという考えです。ただ、スーパーマーケットの場合は、昨日レジを通った人と今日通った人が同じ人かどうかわかりませんが、インターネットでの取り引きは、全部固有名詞で取り引きされているので、より長期に渡る、極論すれば一生涯に渡るマーケットバスケットの把握が可能です。そうすると人生全体での利益という発想が出てくる。コピー機屋さんは昔から、コピー機は割安の値段で売って、トナーや紙で利益をあげるということをやってきました。これがもっと広い範囲の商品で行われるかもしれません。
――一冊の本に、単体で値付けするという考え方ではなくなるということでしょうか?
池尾恭一氏: 一部の漫画家さんのように、自分の作品の、ある部分はタダにするという発想は当然出てくるでしょう。また、青空文庫を見れば、タダでとてつもない量の本がダウンロードできる。そうなると、影響力のある人のおすすめ自体が重要になるということもあるかもしれません。さらに、ダウンロードできるということよりも「あなただったらこの本とこの本とこの本を読んだらきっと面白いですよ」、というおすすめの方が価値があるという、マッチングが重要なものになるのかもしれません。
新しい仕組みの中で、日本を元気にする
――抽象的な質問ですが、技術革新は、未来を明るくするものになるでしょうか?
池尾恭一氏: 絶対に明るくするはずです。それは過去を見れば明らかで、少なくとも自由主義経済にとっては技術革新は未来を明るくするものだと思います。ただ、それに上手くある業界がついていくかどうかは別の問題だと思います。いかにその技術によって、快適な生活を提案できるか、そこがカギです。最終的にお客様にとっての価値に結びつかなければいけないわけで、それを結びつけるのは技術を開発している会社なのかもしれないし、それを利用している人たちなのかもしれない。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
池尾恭一氏: 先程の3つの変化にもみられるように、今は世の中が大きく変わろうとしています。そのような状況下で我々にできることは、マーケティングの研究や教育を通じて、どうすればより豊かな生活を実現できるか、というところに貢献することだと思います。それから、私どもの世代は、日本が豊かになるのを見てきましたが、今日本人は自信を失っているように感じています。しかし、日本の潜在能力はこんなもんじゃないと私は思っています。だからこそ、来るべき社会において、日本を元気にさせるような、なんらかの啓蒙活動ができないだろうか、ということを、これからも考えていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
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