桂木栄一

Profile

1965年、神奈川県生まれ。 早稲田大学社会科学部卒業後、プレジデント社入社。 日本航空機内誌『アゴラ』編集部、『プレジデント』編集次長を経て、書籍編集部部長に。2013年より書籍販売部長を兼務。 赤字部門で廃部も検討されていた書籍編集部を、黒字部門に立て直した。 『プロフェッショナルマネジャー』(ハロルド・ジェニーン著。プレジデント社)等、書籍の編集も手掛けており、10万部を超えるベストセラーとなっている。

Book Information

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製販一体を目指す



早稲田大学社会科学部卒後、プレジデント社入社。日本航空機内誌『アゴラ』編集部を経て『プレジデント』編集部に所属。特集のデスクを担当し「売れる営業、売れない営業」などのビジネスもの、「金持ち家族、貧乏家族」などのマネーものなどを手掛けられました。書籍においては、編集を担当した『プロフェッショナルマネジャー』や『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』『成功はゴミ箱の中に』などがいずれも10万部を超すベストセラーとなり、2013年には大前研一さんの『日本の論点』が大ヒットしました。今回は桂木さんに、編集者の目からみた出版業界、そして、編集者という仕事についてお聞きしました。

ネットが事業構造を変えた


――お仕事内容を、近況を交えながらお聞かせ下さい。


桂木栄一氏: プレジデントという会社は、雑誌がメインの会社で、『PRESIDENT』や、『dancyu』、あるいは『プレジデントFamily』や『七緒』など、本当に色々な雑誌を出しています。一方、書籍部は非常にこぢんまりとしていて、私が入る前も編集者が3、4人という状態がずっと続いました。売り上げ重視というよりは、良いものを出すというところを重要視していて赤字基調がずっと続いていました。ところが、ネットの台頭で雑誌の売り上げや広告などに影響が出てきて、雑誌で売り上げを伸ばすということが難しくなってきました。一方で、書籍に関してはあまり注力していなかったので、そこに伸びしろがあったんです。その時にプレジデント編集次長と書籍部長を兼務する辞令が出まして、その後、正式に書籍部長になりました。

――書籍部長になった時は、どのようなお気持ちでしたか?


桂木栄一氏: 実は雑誌をやりながら、本を何冊か作ったことがあったんです。今15万部ぐらいに達している『プロフェッショナルマネジャー』という本がそれです。この本は、ユニクロの柳井正CEOが自分のバイブルだと思ってずっと読んでいたそうなんですが、もう絶版になっていたんです。柳井さんからそれを復刊してくれますか、というようなお話があり、当時の私は書籍のことなど全然分からなかったんですが、「柳井さんがそうおっしゃるなら」と、本を作ってみたら、ヒットしたんです。セブン&アイ ホールディングスの鈴木敏文さんの本も、雑誌の記事から生まれたものです。書籍に関して言えば、「他の雑誌の編集者より少しはできるかな」ぐらいに思っていました。とにかくやるしかないという感じで、自分なりにすごく頑張りまして、部長就任前の年が数千万の赤字だったのが、『トレードオフ』などのヒットもあって、数千万の黒字になりました。でもその次の年は、残念ながらあまりヒットが出なくて、また数千万の赤字に転落。そこで、根本的にビジネスを見直そうということで「製販一体体制」を目指すため私が販売部長を兼ねることになったんです。

――製販一体という方向へ向かったのは、どういったきっかけがあったのでしょうか?


桂木栄一氏: 「お客様のために考えるのではなく、お客様の立場に立って考える」ということをセブン&アイの鈴木敏文会長は常におっしゃっていて、それを出版社でもできないかと提案したら、具体的に書籍部を編集本部ではなくマーケティング本部の中に入れ込んで、そのマーケティング部の会議に私が出るといった形になったんです。「製版一体体制」のスタートです。社長も書籍の業績を伸ばすために、1つの大きな賭けに出てくれました。私が雑誌時代にインタビューしてきたセブン&アイの鈴木敏文さんやユニクロの柳井さんは、売り場の情報を吸い上げてものづくりに活かすという考えをお持ちなんです。つまり製販を垂直統合することによって、今売れているものをできるだけ早く作って市場に出す。これはメーカーなどではあたり前にやっていて、水着などの場合は、前の週末に売れた水着のデザインを取り入れて、次の週末には新たな商品を出すといったことを実践しています。ただ本は作るのにすごく時間が掛かるので、水着のようには行きませんが、できるだけ近づけたいと思いました。

経済への興味からプレジデント社へ


――桂木さんの現在までの歩みをお聞かせください。ご出身はどちらですか?


桂木栄一氏: 横浜の日吉出身で、家は慶應義塾大学の近くです。小さい頃から、早慶戦で慶應が勝つと日吉の街ではどんちゃん騒ぎになって、「若き血」が、夜どおし聞こえていました(笑)。

――本との関わりはありましたか?


桂木栄一氏: 日吉にも小さい本屋がいくつかありまして、本屋に行くのは好きだったんですが、本を読むような子どもではなく、寧ろ漫画や映画、テレビが好きな子どもでした。学生街だったので貸し本屋というのがあって、よく通っていました。でも私は国語の成績が悪くて、文章も書けないし、それがすごくコンプレックスだったので、本に携わることはあまり考えていませんでした。

――大学時代はどのように過ごされていましたか?


桂木栄一氏: 浪人時代に映画の世界にとても興味が出てきて、大学に入った時は、どちらかというと映像の世界に行きたいと思っていました。当時は洋画の方が人気は強かったのですが、私は邦画にすごく興味があって、8ミリ映画などを自分で撮っていました。黒澤明さんが「映画撮る人は自分で脚本を書かなくてはならない」と言っていたのを何かで読みまして、「私は文章が苦手だから、出版社で文章修行をしてから映画の世界に行けばいいんじゃないか」などと考えていました。でも、その頃少し経済の世界にも興味を持ち始めて、株の雑誌でアルバイトをはじめました。当時はバブルの時代だったので株の本がたくさん出ていて、今は全部パソコンでやっている株のチャート本なども、当時は手書きでやっていたんです。そんな話を面接で話したら、面白がっていただき、プレジデント社に入ることができました。

面白さを追い求める


――出版の世界に入り、最初はどのような感じでしたか?


桂木栄一氏: 私は文章が書けなかったので、当時の上司に厳しく指導されました。出版社には「新聞部で部長をやっていた」とか、「感想文のコンクールで常に1位だった」という人など、文章や本が好きでしょうがないという人ばかりいたと思います。でも、私は本も読めないし文章も書けないから、自分にははっきりいって無理だと思い、何度も辞めようと思ったこともありました。

――そのような状況でも、どうして辞めずにここまでくることができたのでしょうか?


桂木栄一氏: 上の方の指導が良かったのもあると思いますし、編集者の先輩の話などを聞くと面白かったということもあると思います。また、私がプレジデント編集部にいた時に、幻冬舎の見城徹社長や、元文春の花田紀凱(現「WILL」編集長)さんなど、カリスマ編集者の話を幸運にも聞くことができたんです。それもあって、形は映像と本で違うけど、仕事としてはある種、編集者は映画監督とも近い世界だなと感じました。そういったこともあって続けられたのだと思います。

――編集のお仕事の原動力とはなんでしょうか?


桂木栄一氏: 面白さというのを求める部分はあると思います。柳井さんや鈴木さんやソフトバンクの孫さんなど、なかなか会えない人に直接話が聞けるのは、すごくためになるし面白いと思っています。でも思い返すと、きついことの方が多かったかもしれません。『高倉健インタヴューズ』という本を作ったのですが、健さんといえば映画界というよりは、日本人にとっても神様みたいな人ですよね。そういった素晴らしい人とお仕事をする時は、緊張で他のことは何もできなくなってしまって、電話が掛かってくると思うとトイレにも行けないといった日々が続きました。
昨年は『イモトアヤコの地球7周半』という本を作って、イモトアヤコさんと一緒に全国を回ってサイン会などをやりました。大変ではありましたがある意味、マネージャーのような感覚もあり、楽しかったです。

読者が知りたいことを本にする


――本を作り始めるきっかけとは、どのようなものなのでしょうか?


桂木栄一氏: 今、『鈴木敏文の「統計心理学」』の新装版を売り出し中なのですが、鈴木さんはセブン&アイという9兆円の企業の実質トップであるわけですが、彼はトーハン時代に心理学と統計学を学び、この2つの学問にとてもおもい入れがあった。それを知った私が「本にさせてください」と話したことからできたのがこの本だったんです。「今年の業績がこうで、この事業が成功したからこうなりました」という報道は、新聞でもできますよね。でも、ビジネス書となると、「その企業がすごい」というのは関係者しか興味がないわけで、読者としては「この人が社長になるには、どういうことを勉強したのか」とか「どういうことに拘って経営したのか」あるいは「この人の師匠はどうだったのか」というようなことを知りたいのではないかと思うんです。『プロフェッショナルマネジャー』に関しても、柳井さんに座右の書の話を聞いたことがきっかけだったわけですが、その後、柳井さんが影響を受けた人の中に、日本マクドナルド創業者の藤田田さんと、マクドナルドのアメリカの創業者であるレイ・クロックさんがいることを知りました。そこで「藤田田さんを師匠と仰ぐ孫正義さんと2人で対談してください」と無理を承知でお願いしたら、本当に引き受けて下さったんです。その特別対談は『成功はゴミ箱の中に』という本に収録されています。

――桂木さんの手掛けてきた雑誌や本には、ヒストリーを伝えていくという役割もあるのですね。


桂木栄一氏: そうですね。そこで、ネットとどう差別化するのか、といった話になるのは当然だと思います。書籍であれば1500円~1700円ぐらいのお金を出すだけの価値、例えばビジネス書ならば、サラリーマン生活の役に立つとか、そういうものがないとおそらく本を買わないと思うんです。また、ライバル社の日経やダイヤモンド、あるいは東洋経済やPHP、サンマーク出版などにできないことは何か、プレジデントでしかできないことは何か、ということを考えて、常にそこで勝負するということを考えています。。

――お仕事をする上で桂木さんが大切にされていることとは?


桂木栄一氏: 今は色々な部分でコミュニケーションがデジタル化してきていますが、基本的には、「ダイレクトコミュニケーションに勝ることはない」と思っています。直接会うこと、対話することはすごく大事だと思うんです。また、私は編集者なので、取材においてはジャーナリストやライターさんがメインでお聞きするのですが、最終的には本になるわけだから、そのライターさんやジャーナリストさんの本がどうやったら売れるかということを考えます。たとえすごく良い内容でも、それが売れなかったら、ライターさんも生活に困ってしまいます。一度、ユニクロの柳井さんに「柳井さんにとって良い服とは、どういう服ですか?」と聞いたことがありました。「それは売れる服が良い服ですよ」と即答でした。目からウロコが落ちた思いがしました。本も「売れる本が良い本」なのであって、読者にとっては買いたいと思える本を作らなくてはならないな、と。



「いかに売るか」を考えるためには、現場を知ることが大切


――編集者として必要だと思われるのは、どういったものでしょうか?


桂木栄一氏: 例えば著者は「幻冬舎の見城社長のような編集者と組んで仕事をすると、すごく本が売れるんじゃないか」ということを思うんじゃないでしょうか。出版不況などと言われていますが、いかに読者に買ってもらうかが大事なんです。売るためには現場、今の書店の状況などを、編集者は知らなければいけないと思います。編集者としては、今は本が書店でどういう風に置かれ、どういう風に売られるかということを含めて考えた上で、パッケージで提案できなければいけない。製販一体体制はそのための仕組みなんです。

――書店にはよく通われるのでしょうか?


桂木栄一氏: 今は本作りより書店回りに時間を割いています。先日もつくばに行ってきたんです。つくばのロードサイドには5、6店の書店があって、都心の書店とは全然違う並べ方をしていたりするんです。つくばには研究者が多く、理系の人が多く出入りしているから、技術書やプロジェクトマネジャー関連の本が結構売れるんです。だから、例えばつくばで売るためにはどうしたらいいか、ということを考えます。天才的な編集者は現場に行かなくてもいいのかもしれません。しかし私は直接行って書店の声を聞いたり、現場の雰囲気などを見たりしないと分からないなと感じていますね。

――実際に書店に行って、世の中の流れや動きを感じ取ったりすることがありますか?


桂木栄一氏: 最近は、地方都市と東京、名古屋、大阪といった大都市とのズレがどんどんなくなっているなという風に思いました。以前は東・名・阪が中心にあってそのトレンドが段々地方に行くみたいな感じで、売れ筋も地方と都心部には2、3ヶ月くらいずれがありました。でも今はイオンモールなどに大型書店ができて、最新の情報が同時に入るようになり、東京と地方の格差はなくなってきている。Amazon、Kindleなどの影響も大きいと思います。

いかに読みやすいか


――電子書籍に期待することや、可能性についてはどのようにお考えでしょうか?


桂木栄一氏: やはり若い人は電子書籍を読むと思います。イモトアヤコさんとお仕事で暫く一緒にいた時に思ったんですが、今の若い人は電子書籍の漫画なども普通に読みますよね。イモトさんの場合は3年間でだいたい80カ国も行っているので、本や漫画はほとんど電子で読んでいるようです。ご自身の本も「すぐ電子にしてほしい」と言われました。イモトさんの例は極端ですが(笑)どう考えても電子の方向へ進むと思います。検索性という部分ももちろんありますが、私はやっぱり一番は、いかに読みやすいかということだと思っています。Kindleなどは読み心地も相当本に近く、目も疲れないと言われていますが、まだまだ紙の方が絶対見やすいと思いますし、『dancyu』を作っている方は「料理の写真なんかは、紙で見た方がいい」と言っています。でも写真なども、技術的に紙と遜色がなくなれば電子でも問題ないと思います。

――電子書籍の普及により出版の垣根が低くなっていますが、電子化の時代における、出版社、編集者の役割はどのようなところにあると思いますか?


桂木栄一氏: あまり紙だ、電子だ、などとこだわらないで、良いものを届けるということが大事だと思います。あるいは、その特性によって上手く使い分ける。今、プレジデントでは、紙と電子が同時に作られることも多いですし、ネットで「PRESIDENT Online」というサイトをやっています。本の一部を出して、コラボレーションなどもしています。雑誌や新聞といった古いメディアだけでやっていくのには限界があるのかもしれません。

欲しいと思っているものを、タイムリーに届けること


――1回限りの勝負の中ででき上がっていく本。その本を作る側として、編集者としての桂木さんの使命とは、どのようなものだと思われていますか?


桂木栄一氏: 他のビジネスと一緒で、顧客に届くものを上手くくみ取って、いかにリーズナブルに出せるかということではないでしょうか。10年後、100年後に残したいという本を作ることも大事なことと思いますが、やっぱりビジネスなので、常に顧客の読みたいものを出し続けることが大切と思っています。

――今後、どのような展望を描かれていますか?


桂木栄一氏: 顧客に一番近いところに編集者はいるべきなので、そのためにも製販一体体制を維持するということがやっぱり大事。顧客から遠いところに行ってしまったら、おそらくヒットも生まれないし、成功しないんじゃないかと思います。いわゆるベストセラーの著者は、読者に近づいている人が多いのです。例えば今、ホリエモンの『ゼロ』がものすごく売れてますが、彼は書店回りをよくしています。名古屋でも札幌でも彼のサインを見かけました。彼や彼を支えるチームの動き方はとても参考になります。もう「作りっぱなし」「売りっぱなし」はやめにして、製版一体でヒットをとばせる組織にしたいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 桂木栄一

この著者のタグ: 『出版業界』 『可能性』 『原動力』 『雑誌』 『編集者』 『書店』

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