運命に逆らわず、流れにまかせて動く
数多くの飲食店の再生を手掛けてきた飲食コンサルタントとしてご活躍されている大久保さん。サラリーマン時代に「新宿さぼてん」の惣菜店の損益分岐点を下げ、多店舗化のしくみをつくり、独立後は、上場企業や大手企業の商品開発や業態開発、また小規模店舗のサポートをするなど、徐々に活動の幅を広げていきました。『誰も言わなかった!飲食店成功の秘密』、『飲食店の「見える化」』、『成功する小さな飲食店の始め方』などの著作も執筆されています。今の道に至った経緯、仕事への思い、執筆などについてお伺いしました。
付け焼刃ではなく、次の時代へ残していけるものを目指して
――最近はどのようなお仕事に携わっていますか?
大久保一彦氏: 今、ネット関係のお手伝いをすることが多くて、ホームページやFacebookページ、食べログなどで、飲食店さんの対策を行っています。
――例えば、「おいしいものがメニューにあって、すごく雰囲気の良いお店なのに、もったいない」という風に感じることはありますか?
大久保一彦氏: もったいないと思うことはないのですが、結局のところ飲食店というのは、お客様に繰り返し来ていただくところにうま味があるので、来店が1回こっきりにならないよう、ホームページでありのままを伝える必要性があると思うんです。僕のお客様にはいらっしゃいませんが、売りたいがために極論、嘘を言ったり、ひどくなると虚偽表示や誇大表示をしたりということになりかねないので、しっかりとしたお店作りをしながらも、身の丈に合うページ作りをしていこうと思っています。
――どういった方法で作っていくのですか?
大久保一彦氏: 僕が今やっている基本的なやり方というのは、そのお店の未来像というのを設定して、未来像に合わせてお店を作るというやり方です。例えばうちのお店であったら、日本酒業界に貢献するとか発酵文化を伝承するとか、そういう自分たちの将来像を明確に作って、そこに対してどういう発信をしていくかというのを、ページを作る時に考えます。
――1回限りのお客様ではなく、ファンを作っていくのですね。
大久保一彦氏: 僕は「未来像経営」と言っています。付け焼刃的なお店って、次の時代には結局無くなってしまう。だから次の時代に残していけるものをと思っています。
量が質に転換し、仕事を生みだす
――現在のお仕事を始めたのはいつ頃なのでしょうか?
大久保一彦氏: 独立してから17、8年経つんです。当時はチェーン店が非常に伸びている時代だったので、チェーン経営をずっとやっていたのですが、世の中にチェーン店がある程度普及してくると、チェーン店の仕事がだいぶ減ったんです。だから何か僕らも次のことを考えないといけないなというところで始めたのが、個人店とか、地方のお店のお手伝いです。ちょうどフォレスト出版の本が出た頃ですから、2002年です。
――『誰も言わなかった!飲食店成功の秘密』ですね。
大久保一彦氏: ああいう本が他になかったので、とても売れて、個人店の方の相談が非常に増えたんです。かなりエッジの効いた本でしたし、反響もたくさんありました。
――どのようにして、個人店さんのお手伝いをしてらっしゃるのでしょうか。
大久保一彦氏: 個人店さんを僕らがお手伝いするのには、企業をお手伝いしているとコンサルティングフィーが合わないわけですよ(笑)。だいたい顧問契約すると20万、30万ぐらいは最低ラインでいただける契約をしているのが、個人店さんでは月20万、30万って出せないじゃないですか。月300万売っていればいい方です。そこで、何か良い方法はないかと模索してきて、僕がずっと行くのはお金が掛かるから、半分は自分で勉強してもらって、半分は質問してもらうなりして、たまに指導に行くというスタイルになりました。どれぐらいの頻度がいいかと考えた時に、困っている時は多少行ってもいいのですが、必要もないのに行くと逆にフィーを下げてしまう分薄くなるので、月1万円で年1回行き、毎月教材を提供していくというやり方にしました。
――ある意味その本が分身になるわけですね。
大久保一彦氏: その音声CDとテキストのセミナーも、もう10年ぐらいになるんですよ。うちは社員がいないので、今は1人で撮影をして、自分で編集ソースを使って編集して、それを今度CDに焼いて、という作業をしています。
――10年やり続けてこられた、その原動力となっているのは何でしょうか?
大久保一彦氏: 僕は基本的に考え方が「ランチェスター」なんです。「ランチェスター経営」は量が質に転換するという考え方を持っているんですが、要は仕事量がある一定数の量に達すると、それ自体が仕事を生み出すということです。例えばブログも、おそらくもう5000記事ぐらい書いているんですが、100だと大したことはないと思うんです。1000になると「おお、1000までやったのか」って感じなんです。それがだから5000とか10年とかになると、実績というか数として人が認知する。例えば海外視察も、もう100回ぐらいやっていて、延べ日数では2年ぐらい見ているんです。それもたまに行くぐらいだと大したことはないのですが、皆さんは僕が何度も頻繁に海外に行っているイメージを持つんです。それはなぜかと言うと、それだけ足を運んだので、たぶん海外のレストランを僕は一番知っているだろうという風に思ってもらえるんです。だから1個ずつは大したことはなくても、積み重ねると実はものすごい差が出るし、「差」っておそらくそこからしか生まれないのではないか、と僕は思っているんです。
いかにお客様の役に立つか、という視点
――お仕事をする上で、大切にされていることはありますか?
大久保一彦氏: 僕がブログを続けた理由は、「お客さんのお店の役に立つかな」、と考えたからなんです。だから自分のコンサルティングしているお客さんにお金をもらう、もらわないは別としても、やはり何か役に立たないといけないじゃないですか。そういうのが分かる人が色々とお仕事をくれたんです。
――いかにお客様の役に立つか、その姿勢と視点が大切ということですね。
大久保一彦氏: 僕は、食べログでレビュアーとして有名になりましたが、あれも、そもそも好きなお店の役に立つんじゃないかと思ったことがきっかけで始めたんです。
――お仕事で「これだけはしたくない」ということはありますか?
大久保一彦氏: 自分の未来像は、次の時代の世代に繋げるということなので、例えば「サイドビジネスでたまたま赤字だったから手伝ってほしい」というような仕事は、基本的に僕は受けていません。
ビザがおりず、国内の外食産業へ
――「食」に携わっているわけですが、そもそも「食」というものに小さい頃から興味があったのですか?
大久保一彦氏: 僕の親戚の多くが飲食店をやっていたんです。だから逆に僕は、飲食店やサービス業をやりたくなかったんです。高度成長期だったから、ステイタス性のある仕事に就く方が子どもの頃はいいと思うじゃないですか。例えば医者とか弁護士とか、大手企業に勤めるとか。若いうちはみんなそういう風に思うのではないでしょうか。僕はなんとか法学部に入れたのですが、親が病気になってしまったんです。それで仕方がないので、大学のお世話になって、縁故採用で東京地方裁判所に勤めることになったわけです。親がお金を払えないんだったら、夜間でも通信でもそういうので学校を維持した方がいいんじゃないかということで、東京地方裁判所で事務官として訴訟記録をチェックする部署に行きました。
――裁判所に入ってみて、いかがでしたか?
大久保一彦氏: 離婚訴訟など色々なことを目の当たりにして、「これは自分のやりたい仕事だったのか?」という風に思いました。そんな時、親戚の知り合いから「海外のレストランでちょうど人を募集しているから行ってみたら」と言われ、それでロンドンのレストランをやっている日本人の会社に入ろうと思ったんです。ところがビザが下りなかったので、仕方なく国内の外食産業に入ったんです。
――以前とは全く違う職種に入ったわけですが、どのようなお気持ちでしたか?
大久保一彦氏: 子どもの頃からよく料理もしていたので、基本的には、食べ物屋という職になんら抵抗というのはありませんでした。自分にとっては楽だし、当時はバブルの時代になっていたので公務員よりも年収は高かったんです。親が病気だったこともあり、収入面でも良かったと思っていましたね。
外部スタッフとしてコンサルティングを始める
――仕事をする際、どのような姿勢で取り組まれますか?
大久保一彦氏: 僕には「面白そうだ」ということで動く面があります。「これは楽しそうだな」「面白いな」とか、「収入になるな」と思った時、僕は流れにまかせて動くタイプです。
――面白そうな流れに自らもっていくといった感じでしょうか。
大久保一彦氏: 運命というか、そういう流れってあるじゃないですか。だからそこに逆らわないでやっていった方が良いと思います。
何回か転職して入った会社では、コンサルティングの部署で仕事をしていたのですが、コンサルティングはものすごい売り手市場だったので、顧問料などが、タイムチャージで「1分いくら」という世界でした。だから逆に言うと、お金のある企業とか目的が明確にある企業じゃないとコンサルティングって出せない状況だったんです。そういう中で「独立してやらない?」と言う人が出てくるわけです。例えば業者さんの紹介であったり、たまたま仕事関連で知り合った人だったり。例えばショッピングセンターの説明会に行けば名刺交換をして世間話をするじゃないですか。それで引き抜かれて社員になるという方法もあるのですが、要は顧問という形で1社から、例えば年収1000万とかもらうとお互いにリスクがあるわけです。だけどこれを月30万円ずつ3社ぐらいに分けると、相互にかかるリスクがものすごく減るんです。
――そう考えたことが、独立するきっかけになったのでしょうか?
大久保一彦氏: 行ってみたらひどい会社という場合もあるじゃないですか。だからそれを外部スタッフとしてコンサルティングをするというのもあるなと気が付きました。どう考えても今より収入も増えるし、仕事も面白そうだしということで僕の上司に相談したら、「独立できるんだったら早く独立した方がいい」と言って下さったんです。
――常に仕事を楽しんでいらっしゃるように感じます。
大久保一彦氏: 商売をやっているから、大変なこともたまにあります。今は社員を使っていないので資金繰りもそんなに心配することはないし、自分の食いぶちを稼げばいいのですが、例えば社員を雇っていると、固定費はそれなりになって次の月にちょっと仕事が入らないとダメだなと思っていても、ちゃんと大きな仕事が入るんですよ。本当に不思議なんですが、何度もそういう幸運なことがありました。これはちょっと社員の子を違う方向に持っていってあげた方がいいかなということで、学校の手伝いなどの依頼があった時にみんなそっちへ連れて行っちゃったんです。
――目の前のことを一生懸命やる、頑張る、でも楽しんでやるという所までいくことは、なかなか難しいようにも感じます。
大久保一彦氏: たぶん自分の将来があって、将来に向いてないといけなくて。それともう1つはお金が尽きるといけないから、お金を増やすということを仕事に落とし込むといいんですよね。それは利益「率」という意味ではなく、お金が増えているか増えてないかです。例えばお客さんと接した時に、次回またお客さんが来ればお金は増えるわけじゃないですか。来なければまたお金を使って今度お客さんを集めなきゃいけない。残念ながら、周りの状況を見ると、後者に陥りがちなので、接客1つにしてもやっぱり精度を上げないといけない、と思います。そういう仕事のスタイルをしていくことが僕のやってきた仕事なんでしょうね。だから今、なんで僕が現場にいた時に売り上げをものすごく上げたのかなと考えると、やっぱりそれを実践していたからだと思うんです。
僕たちには、「繋ぎ」としての役割がきっとある
――どういう思いで書籍を書かれていますか?
大久保一彦氏: 最初の頃は、自分の書きたいものがあって、それが本になっていったと思います。出してみると本を書くのって、面白い。でも途中からは、自分が書きたいというよりは出版社が「これを出したい」という内容の本を自分でリサーチして書くように変えました。自分が書きたいというもの以上に、世の中に今求められているというようなものを、大事にしていこうと思ったんです。
――出版社・編集者の役割についてどう考えますか?
大久保一彦氏: 次の時代の人が読んでも参考になるような本を、あるいは記録として今残しておかなきゃいけないような、そういう本をもっと出版社が出すべきかなと僕は思っています。僕には書きたい本があって、ただ内容的にはハードなんですが、(井原)西鶴の『日本永代蔵』というのを、1章1章そのエッセンスをオマージュして、今の事例で差し替えて書きたいとずっと思っているんです。みかんを積んで船で渡ってきましたというようなものを、今の話だったらどんな例えに置き換えれば伝わるかなと。その本質を伝えるために事例を置き換えて分かりやすくする、そういう本を1冊作りたいなと思っています。
――今、学んでらっしゃることはありますか?
大久保一彦氏: 昨年は、新橋にある寿司屋の大将を研究しているんです。だからもう30回も行ったんですよ。ネタがどう流れているかとか、どうやってお客さんに価格請求をするのかとか、調理法も含めて1年かけて勉強しに行きました。30回じゃやっぱり分からないということで、もうちょっと行ってみようと思っているんです。
――大久保さんの使命とはなんですか?
大久保一彦氏: 僕らは結局、歳をとって死んでいくわけだから、僕の使命というのはなくて、繋ぎなんです。だから繋ぎとしての役割を果たす。例えば次の、子どもの世代に何を残してあげられるかということは大切です。でも別に僕の名を残す必要はなくて、もしかしたらそれは食文化かもしれないし生産者かもしれない。でも何か「繋ぎ」としての役割というのはあるんじゃないかなと思うんです。だから、たまたまこういう時代を生きているし、流れの速い時代で、たまたまこういう仕事に携わっている。繋ぎとしての役割を果たして、子供たちが大きくなった時、その時代に繋げられるように、例えば本や文化という形で、今の時代にある良いもの残していきたいと思うんです。
――電子媒体の可能性について、どうお考えですか?
大久保一彦氏: 利便性ということを考えると非常に良いと思うんです。僕は古い人間だから、活字、本に対しての思い入れというのがすごく強いので、電子書籍での出版を誘われることもあるのですが、本で読んでもらいたいなという気持ちがあるんです。また、線を引いたり、折り目を入れたりというのが、本の良さのひとつであるような気がするんです。
――今後、どのような取り組みをしようと思っていますか?
大久保一彦氏: それほど「何をやってみようかな」というのはないのですが、年配の人というより、若い経営者の飲食店をお手伝いしたいなとは思っているんです。あとは老舗とか、家を継がなきゃいけない人のお手伝いを基本的にしていきたいなと。若い元気な子がいっぱいいて勢いでやっている面もあるのですが、そういう子たちが前に出ていかないと雇用も生まれないし経済が活性化しない。僕らが若い子に勉強させられることも多いし、若い子なりの「ああそうなんだ」という視点があると思っています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 大久保一彦 』