行動範囲を世界まで広げた電子書籍
――著者として、編集者の役割とは何だと思われますか?
髙梨智弘氏: 著者は、読者が使える、読者の疑問を解くような本を書きたいと思っています。だから編集者には、本を作るのを著者に任せないでほしい。学者だったら自分の研究のいいことを書くし、それで読者が使えるだろうと思って書いています。本においても電子書籍においても、出版社と編集者は、疑問を解くための種や芽を見つけ出すことが責任だと思います。それを、他責にしてはいけません。読者は皆、生きてくために、どうやって上手くやろうかとか、どうやって儲けようかとか、どうやってお客様に喜んでもらうかと考えますよね。その読者が探している解決策のナビゲーター機能になることが、役割の1つだと思います。
電子書籍って読みやすいじゃないですか。厚い本のように重たいから疲れたということがなく、好きなように読める。でも、前のページをぱらぱら振り返って真ん中のページを指で挟んで両方を比較して読むようなことが、本とは違って上手くできませんよね。そのために、手触りだったり、目で文脈を確認したり、線を引いたり、場合によるとインクの香り等で、本に没頭する本来の姿が見えなくなってしまう。ですから、出版社、編集者には、本の本質を世に広めるのが責任だと自覚してほしいと私は思っています。
それからもう1つ。数々出版しているので様々なノウハウを持っているのですから、電子書籍を広めるための中身を、「こういう風に書いてください」という書き方などについても指導してほしいと思います。
――読者における電子書籍のメリットは、どのような所にあるのでしょうか?
髙梨智弘氏: メリットの1つはアナログからデジタルになったということ。アナログは自分の体を使うので、行動範囲に限界があります。電子書籍はそれをデジタルにしてくれたので、飛躍的にアナログの行動範囲を拡大しました。その行動範囲は世界全部に広がりました。また、時間を買えるというのもメリットの1つです。つまり、本屋さんに買いに行かなくていいということです。例えば、1時間掛けて本を買いに行って、1時間探したのに本がなくて、また1時間掛けて戻ってくるのは、合計3時間の損ですよね。ネットだったらそういった時間を無駄にしないで済む。空間を支配できることもメリットの1つです。つまり、図書館がこのタブレットの中に入っているということ。空間を買っているわけです。
例えば本を作るのに、コストが掛かりますよね。紙代がいくら、編集代がいくら、印刷代がいくら。そのコストの究極の生産性向上が電子書籍なのだと思います。
――電子書籍のデメリットとは?
髙梨智弘氏: アメリカに行くとよく分かるのですが、アメリカ人は、分厚い本を持って、「こんな分厚い本を読んでるんだよ」とうれしがります。本の重さ、大きさ、質量などにより、本を読むことの喜びをアメリカ人は持っています。でも、電子書籍はそれがありません。感触の喪失と言っているのですが、自分の感触、つまり重さや、質感、何を書いているのかというワクワク感といったものが無くなっています。それから、読んだところに折るなどの印を付けることができないので、「これだけの本をここまで読んだ」という達成感がない。図書館を自分が持って歩けるのはメリットですが、逆に言うとそれがデメリットでもあります。周りに本がずらっと並んでいて、その中から本を選んで「よし、勉強しよう」と、本を開いて勉強する。この満足感が無い。本に囲まれている達成感も無いので、空間の満足感の喪失ということも言えると思います。周りにずらっと本が並んでいる図書館では、勉強している気になりますよね。電子書籍だと勉強している気になりません。そして、収集の喜びの欠如もデメリットの1つです。
――そういったデメリットを、どのようにして解決していけばよいのでしょうか?
髙梨智弘氏: 欠点を全部逆転して、どうやっていくかということを考えれば、商売になると思います。それと、色々なものを結びつけたりして改善策を探すためのネタが、本じゃなきゃいけない。例えば、書棚の作り方、ということならば、書棚だけを作ってやる。そうすると大工さんの仕事。それを今度は本を並べる人、買ってくれる人。それから本を作る人、といったようにどんどん辿っていきます。
自分たちで満足するために良い本を探したい。自分が本を選んで、その本を本棚に並べる。そこから自分の好きな本を持ってきて勉強する。そういうトータルで全部含めた満足感。それをどうやれば、電子書籍で出させるかということ。出版社に対して私が言いたいのは、それを皆さんできますか、編集者さんできますか、ということ。そういう風に物事を考えていくと、解決方法がたくさん出てくると思います。