自然の神秘に迫った論文は魅力的
――先生にとって研究の喜びとはなんでしょうか?
藤田一郎氏: 年をとるにつれて変わってきたと思います。若い頃は、自分が実験をしていることがとにかく面白かった。大学院では神経細胞に色素を入れて染める研究をしていましたが、きれいに染まって細胞が顕微鏡の下にバーッと出てきた時の喜びは、何にも代えがたかったです。アメリカに行った時は、フクロウが音の位置をどうやって計算するかという研究に取り組みましたが、大事なことを1つやり遂げたという気持ちを得ました。誰も知らないことがいま目の前で起きているのだと心の底から実感した瞬間で、身震いしたのを今でも覚えています。
――研究の現場から離れたこともあったのでしょうか?
藤田一郎氏: 教授になってから、そういう喜びを味わう機会が減り、研究室を動かすだけで懸命になっていた時代が10年ほどありました。
僕が大阪大学医学部の教授になったのは37歳。まだ、実験室にバリバリに籠もっていなければいけない時に教授になり、研究室を運営し、大きな研究資金もいただくことになりました。それまで会計の処理もしたことがないのに、たくさんのお金を使って研究室を動かして、人を集めて、加えて学生の教育もして。40代をそうやって必死になって過ごし、50になった時に、もう少し落ち着いた方がいいかなと。そのひとつとして、本を書きたいという気持ちが生まれました。40代の頃は余裕がないという感じで、本を読むことすら制限していましたから。
――どのような本がお好きですか?
藤田一郎氏: 僕が読んで真に感動するのは科学の論文だけです。心の底から、「これはすごい!」と思って机の上で固まっちゃうような。本当に質の良い論文は、自然の神秘に肉薄しています。そのような論文に書かれていることは自然の秘密なのです。「そういうことだったのか!」という感動があるのです。
――本を書くことになったきっかけは?
藤田一郎氏: 自分の研究の論文は常に英語で書いているので、一度日本語で本を書いてみたいなという気持ちがありました。論文は、ルールがはっきり決まっていて、余分なことは書けません。でも、余分なこと、例えば研究の思い出とか実験をしていたときの気持ちとかも書きたいなと思っていました。そんな時に、京都の出版社で化学同人社の津留貴彰さんという編集者の方が訪ねてこられて「先生、本を書きませんか」とおっしゃって下さったのです。「先生の研究している視覚の話を書きませんか」と。それで書くことになりました。
――執筆はスムーズにいきましたか?
藤田一郎氏: なかなか書き出せなくて、半年間ほったらかしになっていました。津留さんからメールが来て、「どうですか」と聞かれても、「チョボチョボ書いています」と嘘の返事をしていました。そうしたら12月の終わりに電話がかかってきて、「大阪に行く機会があるので一度先生の所に寄ります」と。まだ一行も書いていなかったので、えらいことになったと思いました。そこから書き出して、「『見る』とはどういうことか」を3週間で仕上げました。それまで20年ほど研究をしていて、積もっているものが山のようにあったので、結局はそれを吐き出すだけで良かったのです。
ですが、2冊目の『脳の風景』は、色々調べなければいけない事があり、1年半ほどかかりました。何を書くかを探しながら書いていたのが2冊目でした。
――先生にとって編集者はどんな存在ですか?
藤田一郎氏: 僕の場合は、編集者に褒めてもらうとありがたいです。本を書いていると「こんな専門的なことを書いて、一体誰が読むんだろう」と思う時があります。なるべく面白く読んでもらおうと思って色々なことを書き込むのですが、そうすると逆に、もっとストレートに脳科学のことを聞きたい人もいるかもしれない。反対に、神経細胞のことよりも自分の心はどうなっているのかを、かいつまんで話して欲しいという人もいるかもしれない。このようなことを考え始めると、自分の書いているものが、良いか悪いかが分からなくなってきます。そんな時に「期待にたがわず面白い話です」とか一言おだてていただくと(笑)、いい気持ちになって、「また書こうかな」という気になれるのです。
――編集者に励ましてもらうわけですね。
藤田一郎氏: 僕は、ああしてくれ、こうしてくれと言ってもらうのもとてもいいと思っています。『脳ブームの迷信』を書いた時の編集者の方とは、言葉の使い方で論争になりました。電話口で1時間以上。でも、僕は、そういうのが好きなのです。論文がそう。共著者の間で、たった1語の言葉がどういう意味を持っているかで揉めます。例えばデプス(depth=深さ)という言葉。これは物理的な量を指す用語なのか、それとも奥行き感という知覚を表す心理学的な用語なのかとか。だから疑問や文句を遠慮なく言ってくれる編集者の方がいたら嬉しいです。
僕は本を出す前に、原稿を5、6人の人に読んでもらい、コメントをいただきます。根本的な勘違いがあるかもしれないためです。勘違いや思い違い、覚え違いってたくさんあります。色々な人からの意見を聞くことで、少しでも良いものにしたいと思っています。