藤田一郎

Profile

1956年、広島県生まれ。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院動物学博士課程修了。理学博士。岡崎国立共同研究機構生理学研究所、カリフォルニア工科大学、理化学研究所、新技術事業団等を経て、現職。脳の認知機能の中でも、視覚に注目して、知覚の形成の脳内メカニズムについて研究を行っている。 著書に『脳はなにを見ているのか』(角川ソフィア文庫)、『脳の風景:「かたち」を読む脳科学』(筑摩選書)、『脳ブームの迷信』(飛鳥新社)、『「見る」とはどういうことか―脳と心の関係をさぐる』(化学同人)など多数。

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若き科学者を育てる


――先生は、電子書籍の可能性をどう思われますか?


藤田一郎氏: 僕は、趣味で読む本で電子書籍は1冊も持っていません。論文も、ディスプレーで読むと頭に入らなかったり、見たいページにすぐ戻ることができなかったりと面倒臭くて、最初はプリントしていたのですが、だんだん背に腹は代えられなくなり、今は電子化しています。



豊中キャンパスに研究室があった頃は、本棚が今の倍あり、論文のコピーがびっしりと入っていました。ですが、この新しい部屋に移る時に棚が三つしか入らないということが分かり、電子化しない限りは無理だということで踏み切りました。きっかけは、良いソフトを見つけたことです。ペイパーズといって、出版社でダウンロードを許しているところだとダウンロードした瞬間にタイトルや年号、著者が全部リストになるソフトです。それで、ようやく紙資料が半分になったところです。あと半分がなかなか進まないのは、出版社の中にはPDFを開放していないところがあるということが1つと、もう1つは、紙資料には過去に読んだ時のメモがたくさん残っているからです。読み直した時に、自分が過去に何を考えていたのかが分かります。すると、PDFがあっても、この紙を捨てることができないのです。
10年前、20年前は、いくらPDFで読めるようになっても、僕は紙じゃないと駄目だと思っていましたが、例えば大学を辞めたら、家にこんな大きな本棚を置くスペースはない。かといって、本や資料は捨てられない。それを思うと、今からPDF化して電子化するしか手がありません。できれば、PDFに直接鉛筆で書くようなソフトができればありがたいです。
そういうわけで、半年で3,700の論文をデータ化しました。それをいつでも持って歩けます。本棚9棚分ですから、やはりすごい威力だなと思います。

――論文以外の、ご自身が楽しみで読む本に関しては、紙の本を選んでいるのですか?


藤田一郎氏: そうですね。論文でも、本当に深く読みたいと思う時は、やはりプリントします。不思議なことに、電子ファイルからだと、なかなか頭に入ってこないのです。情報は、読んだり、書いたり、たくさんの方法を使った方が覚えやすいですし、受験の時は、「何ページの左側の上にあった単語だよな」というような、色々な手掛かりがあります。多分、本や論文を読んでいる時も無意識のうちに視覚、聴覚、触覚、時には自分の口を動かしたりして情報を集めているのです。コンピューター上では、それが疎外されてしまう気がします。

――心に残っている本はありますか?


藤田一郎氏: ピーター・メダウォーという免疫学者が書いた『若き科学者へ』。僕は大学院で脳科学の分野に入りましたが、1番の不安は、自分が科学者としてやっていく力量や才能を持っているかどうかでした。この本にはその不安に答えるようなことが書いてあるのです。本当に染み入るような気持ちで読みました。この何十年の人生でこの本以上に影響を受けた本はないなと思います。
もう1冊は僕の友人で仏教学者の佐々木閑さんが書いた『犀の角たち』。数学、物理学、進化論がどう発達してきたかという歴史を書いて、それをもとに今後科学がどう進んで、その中で脳科学がどういう役割を持つかを書いた本です。最終的には、科学が進んで到達する方向に、釈迦の初期仏教の考え方がそのままあると書いてあります。すごく単純なことですが、世の中を合理的に考えるということ。全ては原因があって結果がある。それが巡っているだけ。釈迦の教えに神様はいないのです。仏様もいない。高校、大学時代に物理や数学をあれだけ勉強していてもあまり「分かった」と感じたことがなかったのに、この本を読んだら、物理学や数学の様々な概念が「ああ、そういうことだったのか!」と理解できました。

――先生の研究者としてのミッションは?


藤田一郎氏: 私のアメリカ時代の恩師、カリフォルニア工科大学の小西正一先生が、「科学者の一番大事な仕事は次の世代の科学者を育てることだ」とおっしゃっていました。その時の僕には意外な言葉でした。最先端を研究している科学者は、次世代のことなど考えず、ご自身がただ突っ走っているものだと思っていたし、突っ走って欲しいというような気持ちがありました。でも、「そうじゃないな」というのが、この歳になって分かるようになってきたのです。結局、1人の人間で明らかにできる自然の秘密なんて限られているのです。自分の人生の中でどこまで突き進んだとしても、大したことはできない。その分野を継いでいく新しい世代、若い科学者を育てることが1番大事な仕事。だけど、本人が一生懸命、研究に打ち込んでいなければ、下は育ちません。結局、両方やれということなのです。自分にとって大事なのは、今の様々な経済状況などに負けずに、希望を持って研究できるような次の世代の人を育てるということです。

――最後に、今後の展望を教えてください。


藤田一郎氏: 課題は、いま抱えている研究成果を、1個でも多く、1日でも早く論文にして出版すること。また、実験をしたり、本を書いたり、なるべく雑用をせずにそういうことに集中するというのが僕の今年の目標です。平凡ですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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この著者のタグ: 『大学教授』 『科学』 『研究』 『教育』 『理系』

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