佐倉統

Profile

1960年東京生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱化成生命科学研究所、横浜国立大学経営学部を経て、2000年より東京大学大学院情報学環助教授、2007年より同教授。1995-96年にはドイツ・フライブルク大学情報社会研究所客員研究員も務めた。進化生物学の理論を軸足に、生物学史、科学技術論、科学コミュニケーション論などを専門とする。NHKの科学教育番組「サイエンスZERO」コメンテーターも務める。 著書に『「便利」は人を不幸にする』(新潮選書)、『脳の中の経済学』(共著。ディスカヴァー携書)、『わたしたちはどこから来てどこへ行くのか?―科学が語る人間の意味』(共著。中公文庫)など多数。

Book Information

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現代生活に溶け込んでいる科学と技術。
誰もが当事者であるなら、誰もが知っていてほしい。



東京大学にて文学部心理学科を専攻し、卒業後、京都大学大学院にて霊長類学を学ぶ。三菱化成生命科学研究所の博士研究員、横浜国立大学経営学部助教授、フライブルク大学情報社会研究所留学を経て、現在は東京大学大学院情報学環教授として研究を続けられています。科学技術を人間の進化学の観点から位置づけていくことを興味の根本として挙げており、NHKの科学教育番組「サイエンスZERO」のコメンテーターも務められました。著書には『進化論という考え方』『わたしたちはどこから来てどこへ行くのか』など。脳科学や放射線の線量被曝と我々の社会との関係についても研究の分野を拡げておられる佐倉統先生に、サイエンスコミュニケーターから見た、私たちの社会と科学・技術のかかわりについて語っていただきました。

宇宙への興味から、将来の夢は「科学者」だった


――東京大学をご卒業されていますが、ご出身も東京なのですね。


佐倉統氏: はい。父の都合で転勤が多かったものの、名古屋に1年いた以外は東京でした。海や山にいったり、虫取りなんかも普通にしていましたが、取り立てて自然にのめりこむということもなく、子どもの頃はテレビと漫画に夢中になっていました。『少年サンデー』は毎週買ってもらっていましたね。ぼくは1960年、昭和35年生まれなのですが、皇太子のご成婚があったり、東京オリンピックが64年にあったりしてテレビが普及していき、ちょうどアニメなども出てきた頃でした。「鉄腕アトム」や「ウルトラマン」、「サンダーバード」などの世代で、そういったSF的なところから宇宙に興味を持つようになり、1969年のアポロ11号の月着陸にはすごく感動しましたね。そういった子どもでしたから、幼稚園のころから科学者になりたいと思っていました。今で言う技術者のような意味も含まれているのですが、研究をしたり、ロケットなどを作ったりする仕事をしたいなと思っていました。

――夢だった「研究者」として、現在はこの情報学環で研究されていますが、こちらではどのような研究をされているのでしょうか?


佐倉統氏: 情報学環は独立大学院で学部を持っていないので、スタッフも学生も東大以外の出身の人間も多く、研究分野もさまざまで、本当に多才な方が集まっています。ぼくの研究室の基本的なテーマは「科学技術と社会の関係」ということで、例えば、今話題になっているSTAP細胞に関する研究の不正問題や、ジャーナリズムの問題、あるいは博物館などを研究している人もいるし、科学技術と社会の関わりをそれぞれの立場から興味を持って研究しています。ぼくが今プロジェクトとして直接関わっているのは、福島における放射線低線量被爆の健康被害に関する問題です。4、5年前までは、脳科学と社会の関係というテーマを中心に研究していましたが、今は脳科学と原子力の話が中心です。学術分野としては学際的で「はざま」の部分なので、ここでの活動を確固たる分野にしていかなければいけないと、日々、努力しています。

――大学で心理学の方に進まれた理由とは?


佐倉統氏: 実は、数学があまり得意ではなかったのです(笑)。理科系も難しいかなと思いましたが、天文学者になりたいと思うほど、宇宙の成り立ちや起源には興味がありました。ところが、宇宙の起源はあまりにも大昔な上にかなり難解で、次第に人間の起源へと興味が移っていって、人類学や歴史にも興味が湧いてくるようになりました。歴史といっても政治史よりは人々の思想や生活様式のほうに興味があって、さらに文化人類学や動物生態学などの方向へと進むようになったのです。ぼく達の祖先たちがどんな物を食べていたとか、何時間ぐらい寝ていたかということに興味があったのですが、そういうことは学校の歴史では習わなかったですね。

新しい分野のことを知るのは楽しい



――新しい分野を研究する上で、難しいなと思うことはありますか?


佐倉統氏: 進化論や動物生態学の方法論は若い頃に身につけていたし、「それが社会とどういう関係を持っていたのか」というのは、色々と調べた知識があったので、体系はぼくの中にできあがっていました。脳科学の場合は、そういった自分の中にある学問体系と照らし合わせて、どこが同じでどこが違うだろうといった形。ただ、その新しい分野のことも知っていないといけないので、論文も読みます。だんだん年をとってくると時間もなく、新しい専門用語を覚えるのも大変ですが、知らない分野を知るのは、新しい知識が増えることになるから楽しいし、ぼくは好きです。でもプロジェクトをもって研究しているので、単に自分が楽しいだけではだめなので、そこがなかなか難しいと思うところでもあります。

――科学論の方へ転身されたのは、なぜだったのでしょうか?


佐倉統氏: 大学院ではサルの生態学を専攻していて、アフリカでチンパンジーを追っかけて観察していたのですが、ぼくは朝に弱いのでチンパンジーをしょっちゅう見失っていました(笑)。当時、松沢哲郎さんという、チンパンジーのアイちゃんの人工言語を研究している方が一緒にアフリカに来ていたのですが、見かねた松沢さんに「お前はフィールドワークには向いていないからやめた方がいいぞ」と言われたこともあって、科学論の方に転身しました。大学院修了後は、当時の三菱化成生命科学研究所で米本昌平さん、中村桂子さんが率いていた社会生命科学研究室に特別研究員という形で採用されました。その研究室はもともとは「生命科学と社会の関係」がテーマだったのですが、米本さんが環境問題の方に領域を広げようとしていて、生態学をやっている人を募集していたんです。でも肝心の米本さんはぼくの着任早々3ヶ月くらいでヒマラヤに行ってしまって、ひとりポツンと残されて、その間環境問題の本を読んだり、松岡正剛さんの研究会とのご縁ができて、大学院時代の研究成果を発表させていただいたりしていましたが、研究分野が変わったせいもあって話が通じないし、周りがみんなすごい人ばっかりに見えて、なんか、「もうダメかもしれない」と思ったりしましたよ。当時もう既に結婚していたので先の生活のことも心配になるし、日々鬱々としていたら、「そんなことを考えていたってしょうがないじゃない。違う人間になれるわけがないんだから、今までやってきたこととやりたいことをやるしかないでしょ」と妻に言われて、「ああ、それでいいのか」と、みるみる目の前が晴れていったのを今でもよく覚えています(笑)。

分かりやすく書くために大事なのは、「視点」


――最初の本は、どのようにしてできあがっていったのでしょうか?


佐倉統氏: 米本さんが不在だった3、4ヶ月の間に、「この参考文献を読んでこういう研究をやれ」といった指示はあったので、そのレポートを書いて提出しました。でも、それも次第に机の色々な書類の山に埋もれていってしまいました(笑)。そういった時に、ある研究会で、現在東大教育学部にいる川本隆史さんと知り合う機会がありまして、川本さんも環境思想のことを少し研究していらっしゃったので、お会いした時に、「こんなことを書いたんです」とそのレポートを見ていただきました。すると「これ、面白いじゃない。今度環境問題に関して『現代思想』で書くから、これを載せてもらおうよ」という話になりました。そういう経緯で『現代思想』に載ったものを、今度は中公新書の編集者の早川さんが見て、「新書を書かないか?」と電話をくれたので、本当に驚きました。色々な幸運が重なりましたね。

――一般向けに書かれる時に、工夫されていることはありますか?


佐倉統氏: 分かりやすく書くというのは非常に難しいです。正確さを緩めて荒く書くことが分かりやすく書くことだ、と思っている人もいるようですが、実はそうではなくて、読み手、聴衆によってどこが要求されているか、そしてそこにフィットするかどうかということを考えるのが大事だとぼくは思うのです。学会や専門の学術論文で書く時は、読み手、聞き手は専門家なので、背景の知識がたくさんあります。だから、文脈の上で「ここの部分が出てきたのはどういうことなのか」、「本当にそうなのか?」などといった話になります。でも、そういう背景や知識がない人が知りたがっている情報というのは専門の人間とは別のもので、例えば「手続きがどれだけ厳密か」といったことなどには、そもそも興味がないわけです。もちろん専門的な情報の粗密という部分も大事だとは思いますが、それよりも、語っている中身や現象に関して「どういう視点で語るか」という、その視点の違いの方が分かりやすさにとっては、一番大きい部分だと思うのです。読み手が科学のどういうところに関する情報を欲しているか、そこをきちんと考えないと、分かりやすい文章にはなりません。

――編集者の役割については、どのようにお考えでしょうか?


佐倉統氏: 「分かりやすい本にする」ということに関してもすごく大きな役割を担っているとぼくは思います。自分でも「いい本ができたな」と思う時は、編集者さんとの関係がすごく上手くいった時で、共著者といった感じでもあります。中公文庫の『わたしたちはどこから来てどこへ行くのか? 科学が語る人間の意味』という、進化論的に人間を考えるということを書いた本があるのですが、あれは編集者の若月眞知子さんという方と、イラストを描いてくれた木野鳥乎さんと3人で作りました。おふたりがぼくに質問をして、ぼくがそれに答えるという形で、最初から、若月さんと木野さんを聴衆、読み手として書いた本で、ぼくの好きな作り方をした本なのです。妻は研究者ではないので、結婚する時に「大学院で何の研究をしているの?」と聞かれて、それを分かるように話をするのがすごく大変でした。“利己的な遺伝子”という話をしても、そこから分からないわけですから、結構いい訓練になりましたね(笑)。

サイエンスコミュニケーターは、科学者とは別の領域の専門家


――読み手、聴衆によって言語を使い分けるような感じでしょうか?


佐倉統氏: ええ、まさに2つの言語なんですよ。2つの言語をずっと使い続けるのは、ぼくにはなかなか難しいです。だから今は専門的な言語の方、特に進化学とか生態学、霊長類学などの専門論文を書くのは、ほとんどできません。だからこそ、サイエンスコミュニケーターの方向へ向かうことに踏ん切りがついたのだと思います。サイエンスコミュニケーションというのは、科学者が片手間にやる、といった認識の人もいるかもしれません。もちろん専門の科学者が分かりやすく一般の人に説明することはすごく大事なことだし、専門の領域のことは専門家じゃないと伝えられないとぼくも思います。でも、サイエンスコミュニケーターというのは、専門の科学者とは別の領域の専門家です。単に科学の専門のことを分かりやすく伝えるということではなくて、それはそれで1つの別の領域としての新たな表現や、研究活動だと思います。

――今、サイエンスコミュニケーターとして、重点をおいていることとは?


佐倉統氏: 冒頭にもお話しましたが、今ぼくが関わっているプロジェクトが、放射線の低線量被爆の問題です。専門的知識や技能を適切に使えば、放射線の内部被爆もきちんと防ぐことができる。だからこそ社会の中に専門的な知識を上手く定着させて有効に活用することが大事だと思います。3・11の原発事故があった直後に、ある専門家の学会が色々と電話相談を受け付けた時に、「ウチの井戸水を飲んでも大丈夫か? 庭に洗濯物を干しても大丈夫か?」というような、日々の生活に関する相談がたくさんありました。それらの質問に対して、一般論をベースに「大丈夫です」と言っていた専門家は、すごく信頼を失いましたよね。一方で、「その地域の汚染状況は分からないから一緒に測りましょう」とか、「どうしたらみなさんの暮らしを守れるかを、一緒に考えましょう」と言っていた専門家もいました。彼らのように、今までの研究や蓄積だけに基づくのではなく、暮らしの中で必要な専門知識や情報を一緒に作り出していった人たちもいるわけです。だから専門的な科学的知識を、社会、生活の中で使えるような形にするために、「変換アダプター」となるものが必要なのです。遺伝子組み換え食品でも予防ワクチン、あるいは環境問題や教育問題、民族問題でも、色々なところでそういった、科学的知識と日常生活との「変換アダプター」が必要とされているとぼくは思っています。



専門家が情報を与えてくれるのを待つのではなく、一緒に必要な情報を作り出すべき


――生活者はどのように変わっていけばいいのでしょうか?


佐倉統氏: 現代において、これだけ日常生活の中に科学・技術が入り込んでいて、その上に社会があるんだということを、もう少し意識していただきたいなと思っています。専門家が解決策や必要な情報を与えてくれるのではなくて、社会生活のために必要な科学技術、情報や知識を専門家と一緒に作っていかなければならないのです。もう1つの典型的な例だと思うのが、イギリスで何年か前に導入されたダウン症の胎児の出生前診断。以前の方法より早い時期に診断結果が分かるようになったのですが、その後の調査で、新しい方法での診断を受けた妊婦さんはむしろ悩む期間が長くなっただけで、必ずしもハッピーではない、ということが分かりました。なんでハッピーじゃないのかというと、「堕胎したらどういう生活になって、堕胎しないで子どもを産んだらどういう生活になるのか」ということに関する情報やイメージが全然ないからなのです。それで今イギリスや日本では、ダウン症の子どもたちと過ごしている人たちの生活がどういうものかというのを、一般の人の視点で考えようというプロジェクトが少しずつ始まっています。技術だけではなく、それを人間の生活と繋げていくこと。そのためには、専門家からの働きかけはもとより、生活者自身も知識を使いこなすことが必要になります。それが重要だと思います。

――生活者も、もっと意識を高めないといけませんね。


佐倉統氏: そうですね。使いこなせたら便利な技術や情報も、たくさんあると思うのです。でもそれを使いこなすためには、使いこなす側の人が「こういう風に使いたい」ということをきちんと考えなければいけません。新しい技術ができるとそれに応じて、社会の方も変わってきますよね。技術的にみれば明らかに性能がいいのに、社会には定着しなかったものもたくさんありますので、状況に応じていろいろ考えて順応していく必要があります。

――電子書籍における問題点とは?


佐倉統氏: 電子書籍というパッケージと媒体がどれくらい上手くフィットするかですね。例えば、紙の本だと自由に書き込んだりできるわけです。電子書籍はマーカーはひけますが、本に直接自由に書き込みができないのが難しいところだと思います。
あと、アーカイブとしての本と、コミュニケーションの道具としての本の可能性に関しては、2つに分けて考えていかないといけないのかもしれない、とぼくは思います。コミュニケーションのツールとしては、紙の本と電子書籍では、あきらかに違いますよね。紙の本は1つのコミュニケーションのメディアとしてあの形になっているから、ビブリオバトル(知的書評合戦)もありうるわけです。電子書籍は、ぼくも最初はよく使っていました。漫画やエッセイ集など、サラっと読めるものの場合は便利だと思いますが、じっくり調べたい時や一覧性が必要な時などは、紙のほうが見やすくてガッツリ読めますよね。

――佐倉先生のように、一覧性という部分に関しては紙の本が便利だという人もいらっしゃいますね。


佐倉統氏: アメリカで最近出た統計というのを見ましたが、電子書籍が27%だか30%ぐらいで、頭打ちになっているといった分析でした。
例えば、巻物が書籍に変わってきた時も、ページを閉じてめくるというパッケージに合った内容や情報の流通、教育の仕方が作られてきたわけです。今の電子書籍の場合にも、あの媒体にあった形、あるいはインターネットとの連携にもっと適した形での情報の生産や発表、流通の仕方があるのだと思うのです。

本屋は、図書館に近い形になっていくかもしれない


――読む本は、どのようにして選ばれるのでしょうか?


佐倉統氏: 東京駅の丸善がちょうど通勤途中にあるので、時々寄って行きます。丸善やジュンク堂などの大型書店は、店内をブラブラしているうちに意図しなかった本を手にとり、買って帰ることが結構あります。すぐに絶版になってしまうものもあるので、「ここで買っておかなければ」と思いますよね。「電子書籍が普及すると本屋さんが困る」といった話もあるようですが、逆にそういうところに活路が見いだせそうな気がします。コンシェルジュ機能だったり、ミュージアム的な機能などが増えていくといいかもしれません。そういう意味では図書館に少し近くなってくるかもしれませんね。司書の方がいて色々と参照してみたり、そこで電子書籍もパッと買えて、「借りる場合はいくら」といったように、わかりやすく、且つ自由にできるといいかなと思います。

――今後の展望をお聞かせください。


佐倉統氏: 科学・技術は便利だし、楽しいものだとぼくは思うのです。技術を上手く使えば今までできなかったことができるわけだし、科学だって、今まで分からなかったことが分かるようになるわけです。こんなにワクワクする楽しい話なのだから、「私は文系ですから」と言って自らバリアを張ってしまう人が結構いたりもしますが、「もったいないな」とぼくは思うのです。例えば、今ではすっかり人間の生活に馴染みのあるフォークも、300年ぐらいの試行錯誤の結果、今のような形になっているんです。フォークやナイフも科学と技術の産物なんだし、日常生活とのやりとりで形作られてきたものなわけです。そういったように、科学と技術をみんなが使っているのだから、みんなが当事者ですよね。だから、皆さんの好奇心を3cmぐらいずつでも伸ばしていただきたいなと思いますし、科学者も、社会の方と融合していくような活動ができればと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 佐倉統

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