西垣通

Profile

1948年、東京都生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業。日立製作所に入社し、その間客員研究員としてスタンフォード大学に留学。1982年、東京大学で工学博士を取得。その後、明治大学教授、東京大学情報学環教授等を経て、現職。東京大学名誉教授。 著書に『集合知とは何か―ネット時代の「知」のゆくえ』(中公新書)、『生命と機械をつなぐ知-基礎情報学入門』(高陵社書店)、『スローネット―IT社会の新たなかたち』(春秋社)、『ネットとリアルのあいだ―生きるための情報学』(ちくまプリマー新書)など多数。『デジタル・ナルシス』(岩波書店)ではサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞した。

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公共哲学をベースに、集合知を考える


――どのような形で、文化を伝えていきたいですか。


西垣通氏: 「ITをどう使っていくのか」ということについて、今やっている仕事があります。集合知というテーマです。集合知は、クイズなど正解のある問題に対して、うまく機能するのです。オープンサイエンスも同様。このオープンサイエンスとは、素人も含め、皆でサイエンティフィックな問題を解いていこうというもの。もちろんプロフェッショナルとアマチュアが上手く協力しないといけません。どちらか一方、だけじゃダメです。今までは大体プロフェッショナルだけでしたが、それは色々な意味で問題があります。プロフェッショナルというものは、とかく古いパラダイムに捉われてしまう。そうしないと学位も取れませんし、予算もとれない。だからなかなかパラダイムから抜け切れない。そうすると、研究計画が歪んでしまうこともあります。アマチュアというのは、そういう拘束がないわけです。ですから、私はオープンサイエンスというのは面白いと思っています。『オープンサイエンス革命』という、マイケル・ニールセンの書いた本は良い本ですよ。あれはサイエンスなのですが、いま私がやっているのは、更にその先なのです。

――オープンサイエンスの、その先とは。


西垣通氏: オープンサイエンスというのは、「皆で謎を解いてこう」という話なのです。ある意味、正解は「どこか」にあるのです。ですから答えの正しさを比べる評価関数みたいなものはきちっとあるわけですね。それに対して、例えば政治的な問題になると、解が1つとは限らないわけです。色々な考え方があって、正義も色々あります。そうすると、“正義って一体なんだろう”ということを、ちゃんと考えなければいけない。今、ネットの中にはいろいろな意見がありますが、ほとんどの人たちが、ただ“自分の正義を表現し実現するためのツール”という風にしかネットをとらえていない。ですが、ネットを使って皆で第一歩から正義の問題を考えていくということも、あっていいんじゃないかと思っています。有名なマイケル・サンデルとか、ジョン・ロールズとか、ロバート・ノージックなどといった人たちの公共哲学的議論がありますが、現実の政治はこれらとは別世界で動いているのです。事実上、政治家でもない一般人が触れることはできない。これはおかしいことですよね。若者が政治離れするのは当たり前なのです。ネットの中で一般人が公共的な問題を考えていくこともあっていいでしょう。ですが、そのためにはまず、どういう原理をもって議論するのかということを、きちんと整理しなければなりません。私は公共哲学というものをベースにして、正解のない問題にたいする集合知を考えていくべきだと思っています。

東洋思想が鍵になる



西垣通氏: 公共哲学以外にも、東洋思想について、また、東洋と文明の関係について考えたいですね。ITや情報社会というのは、哲学的背景を考えると、完全に西洋社会起源のものです。いわゆる論理学、つまり古典ギリシャ哲学のようなものに、ユダヤ、キリスト教の宗教的思想が融合した。つまりヘレニズムとヘブライズムが合わさって、それらがいわば蒸留され、20世紀初頭の論理主義的な哲学というものができあがりました。論理主義哲学の上に乗っかって、コンピュータが発明されたのです。日本人は非論理的なところに興味があり、禅という思想も非常に貴重な財産ですが、論理的なコンピュータの思想と離れているように思います。そこを考えていきたい。でももうトシなので、公共哲学で力尽きるかもしれないんですけどね(笑)。私なんて、思索者としてはまだまだone of themです。でも、色々な人が考えるためのきっかけになればいいと思っています。

――one of themですか。


西垣通氏: それが正しいというか、元々そんなものだと思います。人間は、無意識や本能などによってドライブされながら生きている。例えば、何故戦後あんなにたくさんの子供が生まれたのでしょう。焼け野原で、赤ちゃんなんか育てられるような状況じゃないのに。そして今の日本は経済的にも成長し、子供が生まれたら豊かに育てられる環境が整っているのに、何故か子供はあまり生まれない。マスコミは、それについて色々な理屈を言います。女性の社会進出とか。でも、もしかしたらそうじゃなく、もっと大きい生物学的な運命や本能があるかもしれない。例えば、環境が悪化すると、突然変異で変化したバッタの大群は、意識的思考なしに空を飛んで新天地へ行きます。人間は、自分が「意識的に考えている」と思っているだけなのです。人間の自由意志を尊重すべきだという理念も良いけれども、もしかしたらもっと深いところで、人間は何かにドライブされて生きているんじゃないかと思うことも大切です。「我々がコンピュータを使ってこうやって生きている状況って一体なんなのか」を見抜かないといけないはずです。

――その鍵が、東洋思想にあり、さらにその先のものであると。


西垣通氏: 振り返ると、私はまずその問題を、機械と生物を繋ぐという点に着目して西洋思想に即して考えてきたのですが、更にその部分を深く考えるための鍵は、もしかしたら先ほどの東洋思想、インド思想なのかもしれないとも思っています。私一人では分からないことも多いので、もう少し皆で考えたいなと。そういう風に考えている人というのは、ある程度は居るのです。皆で集まって、既存の学問とは違う“新鮮な知”を作りたい。それが本当の意味での集合知なのではないでしょうか。
文系・理系といった既存の学問的区分けにとらわれず、新たな理念を掴まないと、21世紀はおそらく持たないでしょう。今のまま目先の経済効果ばかり追って進んでいったら、人間はもうどんどん凋落するだけ。まず、公共哲学的なミニマムの部分をともかく押さえないと、めちゃくちゃになるということ。その先は、今までに無い、新しい「生きているってなんだろう」というようなことを考えていきたいなと。そういう夢があります。

(聞き手:沖中幸太郎)

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