編集者の努力に感謝して、恩返しをしたい
――小説新潮に掲載された『M色のS景』は、大学に勤めだして間もない頃ですね。
三浦俊彦氏: 大学に勤めて2年目の時ですね。学生時代からずっと書いていた作品が小説新潮に掲載され、そこから担当の編集者が付き、「小説を書こう」という依頼等も来るようになり、小説を書くことになったのです。当時、新潮社では新人が本格デビューできないと言われていて、結局新潮では本は出せませんでしたが、河出書房新書の方が声をかけてくれたので、そちらから初めての単行本を出しました。最初に小説が雑誌に載ってから3年が経っていました。その後は、ずっと連続して出せましたね。
文筆の世界に入ってからは、とにかく書きたいことを書くという思いでやっていました。編集者も、執筆者に対してはそういうスタンスでしたし、思う通りにやらせてもらうというのが基本でしたので。
――書きたい事を書かせてくれる編集者の存在はありがたいですね。
三浦俊彦氏: 本当に感謝しています。文壇というのは人間関係が大切で、どれだけ地位を確立するかというのが重要らしく、しばしばそう諭されましたが、僕はそういうことには無縁です。これは、自分としては良いのですが、編集者に「すまないことをしているな」と、時々思っています。色々と努力してくれますし、僕の本は、そういう編集者がいてくれたから出せているようなものです。ところが僕は、それに対する恩返しをできてない、という忸怩たる思いはあります。
出版社と著者を結んでくれる編集者は、かなり努力をして本を出してくれます。出版社は必ずしも著者に興味があるわけではありません。そういった中で、編集者の方は興味を持ってくれて、著者を推してくれます。そうして、編集会議では著者側のわがままを通してくれるのです。まず、依頼は編集者から来ます。その際に、僕の方も書きたいものがあるので、向こうの出してきた企画に100%うんとは言わず、「これをこうしてくれたら書けます」と、こちら側の案も出します。企画というのは書き手と編集者、出版社の折り合いの産物なのです。僕の要求が通るよう、編集者が社の会議を説得する企画書を書いてくれるのです。そうして、お金など出版社の負担で、しかも印税まで貰って本を出すわけですから、こちらもなんらかのかたちで恩返ししたいですよね。
――どういった形の恩返しを考えていますか。
三浦俊彦氏: 1つは、売れることで経済的な恩返し。今まで1番売れている本でも、まだ10万部は売れていませんので、まずはそこを突破したい。もう1つは賞を取ることで、ステータスとしての恩返しです。賞を取る事自体に興味はありませんが、編集者との関係や、人間としての恩義がありますので。また、普通、大学教授の大半は自費、もしくは出版助成金を大学や国から貰って本を出し、印税も入ってきません。僕はまだ自費出版の経験はないし、完全に趣味から書いた『環境音楽入悶』などの、ベストセラーが見込めそうにない本も出してくれています。また、出版トラブルから起きた裁判でも、費用は出版社が全額負担してくれました。ここまでお世話になっているんだから、なんらかの形で恩返ししなければいけないと思っています。
出版社や編集者がいなかったら、著者は何も発信できません。もちろんインターネットで発信することはできますが、それでは普通のブロガーとの区別がなくなっちゃいますから。紙の本は、インターネットで勝手に発信するのとはわけが違います。
編集者との良い関係が、本の出来にも影響する
――編集者あってこその、「本」なのですね。
三浦俊彦氏: 僕が論理学などの専門性の高い本を書く時には、その分野の専門家ではない編集者が、素人なりに一生懸命読んでくれて、わからない部分について執拗に食い下がってきます。本当に頭が下がりますよ。編集者に原稿を指摘された際、当初わからなかった理由がわかり、書き方変えてみたら納得してもらう事ができました。原稿のやりとりでは、そういった気づきも得る事ができます。
校了間近の時は、「お互いに良いものを作りたい」という想いから激しくやり合うこともありますが、それは仕事の話。それ以外は友達みたいなものです。
もちろん実務的に徹した関係の編集者もいて、いろいろですが。何人かの編集者は、例えばこの家の地下室で音楽会をやると来てくれたり、大学のイベントに他の著者を連れてやってきたりなど、仕事外での遊び相手のようなところがあります。打ち合わせと称して時々会いますが、それも9割は、一見すると遊びの話や関係ない話で、仕事の話は1割くらいに思えます。しかし、そこで出来あがるものが結構良かったりします。地面だって、足の裏が接するとこだけあればいいってわけじゃない。他のところがあるから、安心して歩けるわけです。ですから無駄話があって、その中に仕事のポイントがあるという感じです。よくご一緒する2、3人の編集者は本当に良い友達で、会って話す会話は8割下ネタです(笑)。
僕の思う「本当にできる編集者」、著者と近い編集者は、ずっとオフィスには居られない。そんなに定時に出勤してなんてやっていたら、仕事にならないですよね。最近の大学も同じですが、出版社でも「ちゃんと出勤しなさい」というようなプレッシャーがあるのではないでしょうか。