麻倉怜士

Profile

1950年生まれ。横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。新聞、雑誌、インターネットなどで多くの連載を持つ。 著書に『高音質保証! 麻倉式PCオーディオ』『素晴らしき3Dの世界』(アスキー新書)、『パナソニックの3D大戦略』(日経BP社)、『ホームシアターの作法』『オーディオの作法』(ソフトバンク新書)など多数。

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音が目に見えるというような感動


――「感動の量」という話も書かれていましたね。


麻倉怜士氏: 音楽を聴く時は必ず「音場(おんじょう)」というのがあって、その「場」の音も同時に聴いているのです。楽器から音が放射されて、それが壁などで乱反射をして、聴いている人のところへ届くのです。2chの普通のステレオで聴くというのは、どちらかというと直接音を聴いている感じですが、5.1chで聴くと、まさにその「場」で音楽が沸き立つという、音楽が出てくるところの証人になるというか、「見てますよ」というような感じで、音が目で見える感じがするのです。空間の雰囲気とか、音情報がきちんと入っていると、本当に感動しますよ。

――場の音が感動度に与える影響は絶大なのですね。


麻倉怜士氏: ええ。大学の音楽の授業のお話をしましょう。学生は200人ぐらいなのですが、究極の目的というのは、自分が好きな曲が、なぜ自分を感動させたのかという理由を研究してもらおうということです。それが後期のレポートのテーマとなっています。平原綾香の「ジュピター」でもいいし、ロックバンドでもなんでもいいのですが、それが自分を感動させたというのは、必ず音楽の中に自分を感動させる力があるということ。それを理論的に研究するというのを1年かけてやっています。大きな講堂でBOSEのスピーカーを使ってやっているので、音がいい。

大きい音を流してあげると学生はすごく感動しますね。彼女たちは「ヘッドフォンで育ってきたけれど、体全体で音を浴びるというのがこれほど快感なのかと、体験してみて初めて分かった」と言います。本来音楽が持っている、おいしい部分が欠落していて、全体からすると、2割ぐらいしか聞いてないのではないかと私は思うのです。それこそ「場」の力ですね。

――たったの2割…これは、もったいないですね。




麻倉怜士氏: クラシックを例にとると、作曲家がいて演奏家がいて、その間に楽譜という媒体があるわけです。昔は楽譜に直すしかありませんでしたが、表情記号というのも限られているから、書ききれないことも多いのです。良い指揮者であれば、行間を読むのと同じように楽譜に書いてないことも読みとります。

本の場合にも、「本当にこの人が言いたいのはどういうことなのだろう」というのを、思索しますよね。優れた演奏家は自筆で書かれた楽譜を取り寄せて、きちんと印刷されている楽譜と比較して「ここ、ちょっと違うんじゃない」とか、「書き直しがあるということは、こういうことも考えたのかな」と解釈したり、研究したりして、すごく細かいニュアンスを含め、その成果として演奏するのです。

つい最近WOWOWで、ジェイムズ・レヴァインというメトロポリタン歌劇場の常任指揮者がいかに素晴らしいかというドキュメンタリー番組がやっていて、そのリハーサル風景がとても面白かったのです。ベートーベンの「運命」だったのですが、「ここは爆発するように」といったようなこまかい指示も出していました。聴いていると、指示をする前と指示をした後では全然違うのです。その成果がCDに入っているので、すごく奥深いですね。そういう細かいところまで感じながら音楽を聴くのが、本当の音楽の楽しさだと思うのです。でもヘッドフォンで聴くと、そういうニュアンスはほとんど聴きとれません。だから、「スピーカーで音を聴きなさい。音楽体験が全然違いますよ」と機会があるごとに言っています。

デジタルの恩恵、いまだ感じられず


――本と言えば、新たなメディアである「電子書籍」についてはいかがでしょう。


麻倉怜士氏: 私の本も半分ぐらい電子書籍になっているので、自分の本を電子書籍で読むこともあります。漫画は1つ1つのメッセージが強いので、見開きになっている紙の本だと次の左ページが目に入ってしまい、結論が先に分かるといったこともあるのですが、電子書籍だと完全に分離されているので、その1ページに描かれている最大の情報量が入ってくるわけです。人間っておかしいことに、そこだけに集中しないというか、必ず周囲も視野に入ってしまうので、完全に一コマ一コマを味わって次に行ける、という点は良いと思います。

最大の欠点は、現状の電子書籍が単にアナログからデジタルになっただけのものだということです。電子化されたものが、単にここにあるだけ、です。紙本版、電子版、それぞれに合う大きさやレイアウト、機能を考えるべきなのに、「同じレイアウトでどうするんだ」と思ってしまいます。

――電子書籍ではなく「電子化書籍」の域を出ていないと。


麻倉怜士氏: 『プレジデント』ではコンピューター分野を担当していましたが、70~80年代には、「まだ全然情報時代になってないから、情報「化」時代と言っていました。単に情報にしているだけで、それを活用していない」ということを、よく記事に書いていました。電子ならば、もっと動画や作者の声が入ってくるとか、買ったらクラウドで更新していくとか。多角的な角度で1つのコンテンツを楽しむのが「電子」「デジタル」なのではないでしょうか。

電子ブックリーダーとしてのあり方としてはまだ発展途中というか、パッケージの良さなどのメリットもないので、現状のままでは、流行るとは思えません。ただ、発想としてはとてもいいので、電子化をもっと進めて、デジタルとしてオーサリング(文字、画像、音声、動画など色々な素材を組み合わせたソフトの作成)されたものが出てくればいいなと思います。自分が書いた文章素材の他に、映像素材、音声素材があって、それを作者の中でオーサリングしていって「この時は、こういうような音楽を流してほしい」とか、自ら指定して、作者の世界に入りやすくなるというものになれば、すごく面白いですよね。でもそういったマルチメディア的な作者はなかなかいないので、コラボでやってもいいと思います。

――オーケストラ化していくようなイメージでしょうか。


麻倉怜士氏: そうですね。一番小さい単位はバイオリンと第二バイオリン、ビオラ、チェロという弦楽四重奏なのです。その次に室内楽になって、それから室内オーケストラになってだんだん大きくなっていく。電子ブックリーダーのマルチメディア化においても、ピアノとバイオリンデュオのソナタぐらいから始まって、それからだんだん人を集めてチーム編成で壮大なものを作っていくような、ロードマップが考えられるわけですから、新しい切り口で新しいコンテンツを楽しめるようになればいいなと思います。

本物の装置が揃ってきた面白い時代で、「感動」を広めたい。


――ますます面白い時代になっていきますね。


麻倉怜士氏: 昔とは違い、今はコンテンツがあってメディアがあって再生装置がある。例えば、メディアでも20年前のSD放送の時代は、そのストーリーは分かるけれど、子葉が分からないという感じでした。同じように再生装置もなかなか本物の音、本物の芽が出なかった。だんだんそれが改善されてきて、今は“どのようにそれを使うとより良いか”というところが重要になってきました。

放送の流れとしては、2K、4K、8Kと進み、オーディオの方はCD音声からもっと音のいいハイレゾ音声にきています。音も絵も、ハイレゾという世界になると、より本物に近くなってきます。

その世界の中でどのように新しいコンテンツや世界を作っていくか。コンテンツ、メディア、再生装置という三角形の大きさをいかに大きくして、感動力を大きくするかということをいつもいつも考えています。

「感動力をいかに高めていくか」というところを、ソフトとハード、あと出版など色々なコミュニケーションを軸にしてやっていきたい、教育に関しても、より意識を高めてやっていきたいと思っています。来年は新しく音楽大学の教授になることが決まっていますので。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 麻倉怜士

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