森岡正博

Profile

1958年、高知県生まれ。東京大学理科Ⅰ類入学、文学部卒業。同大学院人文科学研究科単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、東京大学文学部助手、国際日本文化研究センター助手、大阪府立大学教授を経て、2015年4月より現職。生命について学際的に思考する「生命学」や、人間の存在について考える「哲学」を中心に、脳死臓器移植のような社会問題、ジェンダー・セクシュアリティ、環境問題まで幅広く活動する。『脳死の人 生命学の視点から』(東京書籍)、『草食系男子の恋愛学』(メディアファクトリー)等の著書で話題となった。 近著に『まんが 哲学入門 生きるって何だろう?』(共著。講談社現代新書)、『生者と死者をつなぐ 鎮魂と再生のための哲学』(春秋社)など。

Book Information

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表現することが、探求につながる


――ウィトゲンシュタインを選んだのはなぜなんでしょう。


森岡正博氏: 人間のタイプとしては、私と別のタイプの人間でしたから、逆に惹かれるものがあったのかもしれません。探求は大好きだけど、あまり表現に興味がない人もいますが、私が研究したウィトゲンシュタインという人は、そういうタイプの人でした。ウィトゲンシュタインが生涯で出した哲学書は、29歳の時に出した1冊かぎりで、あとは全部書き散らしているのです。それを弟子たちがまとめて本にしたものが、全集になって残っています。ウィトゲンシュタインという人は、極度の探求型の人だったのだと思います。

私の本質には、探求者と表現者の両面があります。専門的な論文も書くし、広く読んでほしい一般書も書くし、どちらの表現欲もあります。表現は私の根本です。表現するという行為でこそ、探求できるものがあるからだと思います。人に分かるように書くことによって、自分も考えが深まるということ。私の場合は、書くという行為は、表現すると同時に探求していく作業でもあります。哲学的な発見というのは、別に表現形式の発見を伴わなくてもいいのですが、私の場合「新しい表現をしたい」という美術魂がかなり強く出てきます。

最近の『まんが哲学入門-生きるって何だろう?』という本では、哲学的な思考を1つ前に進めたかったということと、全編漫画で哲学的思考を書くという表現の新展開という、誰もやったことがない挑戦を、同時に1冊の本でやりたかったのです。ただ、自己評価をすると、この世に存在していて良かった本かな、と思える本というと、1冊は『感じない男』で、もう1冊は『まんが哲学入門-生きるって何だろう?』くらいです。『無痛文明論』というのはインパクトもあるし、多くの人にとって意味ある本だけれども、もう1回やり直さないといけないとも思っています。本は時間が止まったまま残るのですが、私たちは動いていきますからね。

捨てることによって、人類は進化してきた


――本の評価も、時代によって変化していくものなのでしょうか。


森岡正博氏: 本というのは、書き手がコントロールできるものではないです。書いている間は書き手がコントロールしていますが、書いて世に出した後は、何を言ってもダメ。そこから後に、その作品をどうしていくのかというのは読者のすることであって、捨てたければ捨てるということでいいと私は思います。捨てることによって、次の表現をしていくという可能性を開いていっているということなので、これは人類が編み出したシステムとしてはよくできていると思います。

世代交代していくということに関しても、新しい人が生まれてきて、もう1回ゼロからやり直すということなのだと私は思っています。例えば古文の物語はそのままでは読めませんよね。言語の形もどんどん変わっていくので、そのままでは読めなくなりあす。読めなくなるというのは、新しい世代の段階で、上手いこと捨てていっているということなのです。読みたい人がいる場合には、新しい言語に置き直されていくでしょ?そうやってリニューアルされていくわけです。人類の遺産を捨てていく時に、何を遺していくか、何がリニューアルされるかというのは、書いた人が決められるものではありません。

――判断は読み手であり、後の人が判断するということですね。


森岡正博氏: そうですね。でも、その後の人の判断にまで影響を及ぼしてやろうと考える人もいるかもしれません。でも「1000年後の世界でもおれの本を読め」といった仕組みを作ってしまったら、それはむしろ、探求と表現の可能性を崩していくというか、人類の可能性が減っていくと思います。過去のものを捨ててきた結果が、今なのです。今の素晴らしいものを、無慈悲に捨てていくシステムを開発したからこそ、我々は今、考えたり表現したりできるのです。紀元前後に書かれたものなどが、全部残っていたら、おそらく私たちは何もやることがないでしょうね(笑)。

著書一覧『 森岡正博

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