本とカウンセリングで人の心を、そして世界を変える。
日本アドラー心理学会の認定カウンセラー、顧問でもある哲学者の岸見一郎さんは、各大学の講師、医療施設でのカウンセラーを経て、現在は京都聖カタリナ女子高等学校、明治東洋医学院専門学校で教えられ、また個人のカウンセリングも行っています。アドラー研究の第一人者として知られ、著書に『アドラー心理学入門 よりよい人間関係のために』、『アドラー 人生を生き抜く心理学』などがあります。古賀史健氏との共著である『嫌われる勇気』は40万部を超えるベストセラーになりました。自身が影響を受けた人たち、哲学者としての使命、本の力、執筆に込められた思いについて語って頂きました。
思いもよらない助言で、人生が変わる
――カウンセリングはどのようにして行っているのでしょうか。
岸見一郎氏: 「今日はどんなことでお越しになりましたか?」と聞くことからカウンセリングは始まります。カウンセリングには1時間か1時間半ぐらいかかります。相談にこられた人が「もう終わりなのか」、「ここで切られるのか」と感じることがないように、いかに自然に結んでいくかが肝心なところです。1回のカウンセリングで終わることもありますが、何度もカウンセリングをした後でカウンセリングを終えようとすると、「もう私は来てはいけないのか」と思ってしまう人がいます。そう思われないように、カウンセリングでは最初に、目標設定をします。その目標が達成できたらカウンセリングを終えることができるのですが、最初にこの目標設定をしないままにカウンセリングを始めてしまうと、カウンセリングをいつまでも終えることができなくなります。
――目標設定をする時に注意すべき点はありますか。
岸見一郎氏: 例えば、子どもが学校に行かないということで母親がカウンセリングに来られた場合、子どもを学校に行かせることはカウンセリングの目標にはなりません。子どもが学校に行く、行かないは子どもの課題であって、基本的には母親にはできることがないからです。子どもの課題であるにもかかわらず、子どもがいないところで親とカウンセラーが一緒になってどうすれば子どもを学校に行かせることができるかという相談をするというのは、子どもとの関係を悪くします。ですから僕は「それは、ここではその相談には乗れません」とはっきりといいます。
親は「早く学校に行かないと授業に遅れる」とか「このままでは卒業できないのではないか」と心配かもしれませんが、親が学校に行かない子どもとどう接すればいいのかということだったら相談に乗ります。
そのような合意をした上でカウンセリングを始めるのですが、カウンセリングに来られる前と後で、少しでも人生が変わるような手助けをしたいと思っています。そのためには、ただ話を聞いているだけではダメで、相談に来られた方が思いもよらないような助言をします。あるいは全く違うものの見方ができるように援助をします。そうすると1回のカウンセリングでも人生は変わります。
勇気を持って味方になってくれた母親
――哲学者として、心理学の観点から助言をされるわけですが、どのように今の形で活かすようになったのでしょうか。
岸見一郎氏: 最初は心理学に興味はありませんでした。高校生くらいから哲学の本を読んでいたのですが、同時に、心理学の本も読んでいました。しかし、心理学の本に書かれていることは、納得がいく点もあるものの、あくまでも一般論であり面白くありませんでした。例えば反抗期について、心理学の本には「反抗期は誰にでもある。反抗期がなかった子どもは問題を起こす」と書かれていましたが、僕は自らの経験から、それは違うんじゃないかと思っていました。実際、僕には反抗期はありませんでしたが、反抗させるような親がいなかったからだと言えます。反抗させる親がいるから反抗する子どもがいるわけで、親が反抗するような対応をしなかったら、子どもは反抗しなくていいのです。
――岸見さんの親は、どういう接し方をされていたのでしょうか。
岸見一郎氏: 今僕がカウンセリングや講演で話したり、本に書いてあるようなことを、母は自然に体得していたような気がします。多くのお母さん方は、自分が受けた教育や自分がしてきた教育とあまりにかけ離れているので、アドラー心理学にすごく抵抗されるのですが、僕にはそういった抵抗感はありませんでした。おそらく、母が僕と同じような考えを持ちながら、僕が成長するのを見守っていてくれたからだろうと思います。
父親は伝統的な、昔ながらの父親でした。そんな父親が息子の教育について口を挟んでこようとすると母がブロックしていました。僕が哲学を専攻するという話をした時も、父は反対したのですが、母は「あの子のすることは全て正しい、だから見守りましょう」と言ってくれました。そうすると父は、何も言えなかった(笑)。「あの子のしていることは間違いない、正しいんだ」と言い切ることは、親としてはかなり勇気のいることであることに、自分が親になった時に感じました。
母親は、「人生の裏側を覗くような仕事は大変だから、弁護士にはなるな」と言っていたのですが、結局、僕は哲学だけでなく心理学の勉強をして、精神科にも勤務し、カウンセラーになったわけです。弁護士は法律の範囲内で人助けをする訳ですが、その範疇を超えて助言をするカウンセラーになったことで、弁護士よりも人生の裏側を見ることになってしまったと思います(笑)。