ロシアを軸に人間の感動を伝えたい
東京外国語大学大学の教授でロシア文学者の沼野恭子さん。情熱とも言えるロシアへの想いは高校生の時に読んだドフトエフスキーから始まりました。以来ロシアの文学や食文化の素晴らしさを、翻訳や、NHKの語学番組を通して伝えられてきました。節目にはいつもあったロシアとの接点。熱い想いとともに語って頂きました。
実際に食べて学ぶ、食文化
――沼野先生のゼミはどんな雰囲気なんでしょう。
沼野恭子氏: ゼミでは、ロシア語のテキストを読んでそれについてプレゼンしてもらったり、ディスカッションしたりします。これは本当に楽しいですね。また課外授業として、ロシア文化関連のイベント――映画や展覧会やオペラ――に行ったり、ロシア文化についての情報発信誌を作ったり、食文化を学ぶためにロシア料理の店に行くこともあります。いち押しのレストランはと言えば、ベラルーシとロシアの料理の食べられる「ミンスクの台所」でしょうか。数年前のことですが、食文化で卒論を書いている人がいたので、そのお店に行き、料理はお預け状態で(笑)、まずベラルーシ料理についてのプレゼンを15分ぐらいしてもらいました。ベラルーシ出身のヴィクトリアさんという日本語の上手なそのお店の方も加わってベラルーシ料理について教えてくださいました。
朝日カルチャーセンターでは、ロシア料理を食べながら背景の食文化を学ぼうという企画を立てたことがあります。その時は「ミンスクの台所」を貸し切りにして、食事をしながら、ロシア料理の背景――食習慣や食材、料理の由来やエピソードなどについて話をしました。ロシアやベラルーシの民族舞踊も披露され、賑やかな会になりました。
一番しっくり来たのがロシア文学
――沼野先生とロシアの最初の出会いはいつ頃なのでしょうか。
沼野恭子氏: 高校の頃ですね。私は東京生まれですが、中学高校は父の転勤で名古屋にいました。その頃、家に母が買った世界文学全集があり、それを少しずつ読むようになったんです。フランスやドイツのものも読んでみたりもしましたが、一番しっくりきたのがロシア文学でした。最初はドフトエフスキーが面白いと思いましたが、何と言っても、すっかりはまってしまったのはトルストイの『アンナ・カレーニナ』。でも、たぶん当時の私には、アンナの不倫や恋愛などは全然分かっていなかったでしょう。
高校時代は思春期で、「どうやって生きていったらいいのか」という生の根源的な問題を誰しも考える時期ですよね。『アンナ・カレーニナ』には、リョーヴィンと訳されたりレーヴィンと訳されたりしている、トルストイの分身と言われる登場人物がいるのですが、その人は良心的な領主、貴族で、自分の生き方についてとても悩んでいました。それを読んで「自分も同じことを悩んでいるなぁ」と思い、感情移入していました。
高校の現代国語の米山誠先生という方が、ロシア語を学べるクラブを作っていらっしゃり、私はロシア語がどんな言葉なのかを知るために、そのクラブに友達と入って、さらにのめり込んでいきました。「まずは文字を覚えましょう」ということで、NHKのロシア語講座のテキストを使って、ごく簡単なフレーズを覚えるところから勉強しました。それがきっかけで「ロシア語は面白いな、ロシア科に入りたい」と思うようになり、東京外大のロシア語学科を選んだのです。ロシア語を勉強するきっかけを与えてくださった米山先生にはとても感謝しています。今でも本を出すとお送りしていますが、そのたびに心温まる感想を下さいます。