電子化とリスク、可能性
――(実際にiPadを見せて頂く)かなりアーカイブ化されていますね。
深尾光洋氏: フィルムの色が褪せているものが多いので、古いものは取り込む際にPhotoshopを使って修正・加工して保存しています。けれどフィルムを捨てる訳ではない。これは本にも言えることなんだけど、紙の書籍と電子書籍、両方いるでしょうね。紙の方が読みやすいことも多いですし、電子は消えてなくなるリスクが常にありますので。単にウイルスというレベルではなく、地球全体に強烈な磁気嵐が来ることもあるんです。1800年代の半ばに起きた強力な磁気嵐では、当時の有線電信網が燃えました。数百年に1回のレベルですけれどね。
――そういう意味では、アーカイブを全て電子に任せておけば安心というわけでもないですね。
深尾光洋氏: 極めて危険だと思います。飛行機や原子炉なんかの電子制御も絶対大丈夫なんてことはあり得ません。エンジニアであれば「壊れない機械はない」ことは常識の中の常識です。例えば爆撃機が墜落したり、ミサイルが飛んできた場合に耐えられる原子炉なんて世界中どこにもないんです。そのリスクは非常に少ないですが、可能性はあります。それを「絶対安全」と言い張ったところに大きな問題があります。
――「絶対というものはない」と。
深尾光洋氏: 潰れない銀行もないわけです(笑)。ですから、そうなっても大丈夫なように作らなければいけないんです。壊れるかもしれないけれど、壊れた時に重大なリスクがないように設計、デザインする。銀行のリスク管理では、私はBIS規制に関わっていましたので、短期間の金融データによるリスク量の推定は極めて危険だと分かっていました。しかしリーマンショック前、米銀はそれをやっていたわけです。
規制当局と政治家と業界は三すくみになっています。政治家は業界の影響を受けます。政治家の影響を官僚機構は受けます。そこが銀行を規制していますから、規制は長い間に必ず甘くなる方へいくわけです。お金を持っているのは業界ですから。でも、それをどうやってチェックするのかは難しい、民主主義を壊すという話にもなりますので。
――本における、電子の可能性についてはいかがでしょう。
深尾光洋氏: 日本ではまだ、電子書籍の出版量が圧倒的に少ないですよね。また、例えば米国のKindleでしばらく以前に起きたと思いますが、販売した本の中に著作権をクリアしていない本があって、Amazon側が買った人の端末から自動的にデータを消している。そういうことが起きると信用がなくなります。電子データの横にコメントなんかを書いていた場合、それをシステムサイドが丸ごと消しちゃうわけですから。それならPDFの方がマシですよね。クラウドベースにするとそういうリスクがあります。
デジタルのいいところはup to dateのもので無料で手に入るものが多いことだと思います。ただ、ウエブページについては大事なものほどなくなるということは良く分かっていますので、残しておきたいデータはPDFにして保存しています。PDFに画像を全部埋め込んだ格好で保存すれば、元が消えても大丈夫ですから。大事なログは自分で取るのが、基本です。あと、電子書籍で言えば、版元切れにして絶版にしたものは、基本全て電子化するべき。電子化で提供するのを義務付けるべきだと思いますね。
――絶版をなくすのですね。
深尾光洋氏: 現状絶版になった本は、読者は欲しくても読めないわけでしょう。それは出版社として怠慢。アクティブに出版して印刷している場合は、版権の回収がありますので出版社が電子化しないという判断はあり得ると思いますが、出版されなくなったものについては何らかの形で提供できるようにすべきですよね。過去の絶版書は全て電子化して有料で図書館に提供するなり、年間いくらという格好で個人にもバルクで提供すれば使いやすくなると思います。印刷して提供する時は1回ずつチャージしてもいいですしね。
――こちらの図書館も大きく変わりそうですね。
深尾光洋氏: 多くの本は電子書籍化されると思います。学術雑誌なんかは、今どんどん電子化されています。慶應大学の図書館も紙ベースのものはどんどん減らしています。もう置けないですから。取り寄せて読むのに数日かかるようなものがたくさん置いてあっても使いものにならない。読まれてなんぼというのが出版物ですので。
著書一覧『 深尾光洋 』