書くのが苦しければ苦しいほど、表現は輝くはず
――「原稿を書くことほど苦しいことはない」と先ほどおっしゃっていましたが、書くということの意義とは?
小松成美氏: 創作は苦しいですね。でも難しいからこそ、こういう本という文化があるのだと私は思うのです。原稿を書くという意味においては、使命と責任があります。取材を許され、署名原稿として書く者だけが、会ったこともない人にその情報を伝えることができる。保管さえされれば、100年先にもその本は誰かに読まれるわけです。だから、取材をして原稿を書くという権利を与えてもらうためには、きちんと取材をした上で原稿を書く必要があるのです。創作の苦しみがなければ本は完成しない。だから苦しみも:喜びのうちですね(笑)。本当に伝えたいものを書こうと思っているので、苦しければ苦しいほど、自分の表現としては輝いていくと信じています。
電子書籍は、私にとっては自然な流れで、ひとつの表現です。
しかし、いくらデジタルであっても、書くという行為に関してはアナログ、人の行為ですよね。いいものを書くには思考し、鍛錬するしかない。だから、職人に近いかもしれません。どんな匠でも、「完璧だと思ったことがない。生きている限り修行です」とおっしゃるのです。私ももっといい原稿を書きたいし、もっといい文章で伝えたい。困難があるからこそ、その尊さを知ることができます。私は書くことが大好きです。
――電子書籍も表現の1つということですが、抵抗はありませんでしたか?
小松成美氏: 私は、自分の作品は電子書籍化してほしいと思っています。若い世代は、最初から電子書籍で読んでいるので、読むアイテムが変わって当然です。タブレットや携帯で読んだりすること、電子書籍で読むことは全く問題ないと思います。版権の扱いはありますが、データとしては必ず、いわゆるデジタル書籍の本棚においてもらえるから、絶版にならないじゃないですか。紙でも電子でも、自分が好きなスタイルで読めばいいと思います。昔は海外に行くときに、たくさん本を持って行きましたが、最近は、紙の本に加えて電子書籍リーダーも持って行きますよ。
もちろん今でも、紙の本で読むし、紙の本が大好きです。全集などが大好きなので、色々ありますよ。昨日も、三島由紀夫の長編小説の全集などを開いていました。
――本の良さとは、どのようなところにあると思いますか?
小松成美氏: 本の質感が好きです。単行本の大きさや紙の手触り。そして、装丁。それはもう圧倒的ですね。あと、付箋を貼ったりできること。紙として、自分の手元にあるものを俯瞰することができるのがいいと思います。私が子どもの頃はGoogle検索、インターネットもない時代だったので、本が“教科書”や“教師”であり、あらゆることを学んだと思っています。
本には人の全てが描かれています。人は本当に優しいし、繊細だし、愛おしい。人は人のために命を犠牲にできるわけですよね。それと同時に、人は本当に愚かで、尊大で、醜くく、鼻持ちならない。殺戮を繰り返すし、差別をする。そういった全ての世界が本の中にあって、それが映画や音楽になっていきます。本を読まなくなったと言われている世代がいますが、本ほど情報量が多岐にわたり、情緒が豊かで、面白いものはない。もちろんロールプレイングゲームも面白いし、素晴らしいのですが、それを凌駕するアドベンチャーが本の中には待っている。だから、この小さな扉が、人間のワンダーランドの扉なんだということを知っていただきたい。「小松成美の本を読んで勇気づけられた」、「本当に本って面白いですよね」、と言ってもらえるような、いい作品を書いていきたいです。
――今執筆中の作品は?
小松成美氏: GReeeeNという音楽グループをずっと取材してきたので、彼らのことを1冊にまとめようと思っています。彼らは名前も顔も出していないので、青春小説として書き上げたいですね。どんなものにできるかなと考えているところです。
それと、ソニーの盛田昭夫さんと井深大さんが作った、ソニーの物語。盛田さんの末の弟、盛田正明さんにインタビューをして、盛田兄弟と井深さんがコンシューマーのためにもの作りに取り組んだ時代と世界へ羽ばたいた姿を書きたいと思っています。
それから、森光子さんの評伝。森さんが亡くなる直前に取材のお約束をして、OKが出た途端に亡くなってしまいました。でも、マネージャーさんから「私のことを、国民女優とか日本のお母さんと言うけれど、本当はどうだったのか。深くかかわった人たちから聞いてほしい」というメッセージを託されました。それで、今その証言をとって、原稿を書いているところです。
さらに、日本理化学工業という重度知的障害を持ったかたたちが日々いきいきと働いている会社の物語も執筆中です。
――今後、書きたいテーマはありますか?
小松成美氏: 日本はすごいと思います。取材して原稿を書かせていただくことで、誇りを感じられるので、日本や日本人をテーマにしていきたいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
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