読者の気持ちが、前を向くような本を書く
――最初の本を書かれたのは91年ですね。
名和高司氏: ハーバードを卒業して、すぐにプレジデントから話を受けて、『ハーバードの挑戦』という本を出させていただきました。その後も、ダイヤモンド社の『ハーバード・ビジネス・レビュー』に記事を書いたり、『マッキンゼークォータリー』などにも論文を書いていましたので、それを時々集めて、マッキンゼーの本にして出していました。マッキンゼーを辞めた時に、卒業論文というつもりで、『学習優位の経営』を書き下ろしました。最近の2冊は、インタビューを受けながら書かせていただいたという感じです。私の場合は、前向きに挑戦していけば何かが開けると思えるような、そういうことを促すような形で書いています。「実はこんなに面白い例がある」というような、世の中にあまり知られてないけれど、「わりと等身大でできるんじゃないか」と思われるようなことを書こうと思っています。そうすると身近に感じてもらえると思いますし、「私にもできるよね」ということを、皆さんに感じてほしいのです。
――本を書く上で、編集者に求めるものとは。
名和高司氏: 岩佐さんという、ダイヤモンドの『ハーバード・ビジネス・レビュー』の編集長との関係が、1番長いですね。私が『学習優位の経営』を書き下ろす時も付き合っていただいて、「これじゃ分かりませんよ」とか、「もっと、等身大の自分を出してください」などと注文をつけられました。でも、彼の人柄もありますが、本当に親身になって「いい本にしよう」と思うからこそ言ってくださっているのが、すごく伝わってきます。彼自身の関心事やアンテナなども鋭く、彼はすごく質のいい最初の読者でいてくれるので、いいフィードバックだと思って、彼の言葉を真摯に受け止めて「何とかしたい」という風に思うのです。そういう意味では、共著者のようですし、岩佐さんもそう思っていらっしゃるのではないでしょうか。
――名和先生にとって、編集者とはどのような存在なのでしょうか。
名和高司氏: 自分の思いをぶつける相手、でしょうか。向こうも激しく打ち返してきたりしますので、その辺りに手応えを感じます。自分で抱え込んでしまうよりも、会話をしながら、「ここを直せ」とか、「この章は無駄だ」とか、色々な意見をいただいた方が、気づきもあります。最初は頭にくることもあるのですが、もっともだ、とも思いますし、やっぱりありがたいですね。
日本の経営に合ったビジネス書を
――この本は最近読まれたものですか。
名和高司氏: ええ。最近読んだ本はいくつかあります。これは大好きなクリステンセン先生の、一押しの本で、『イノベーション・オブ・ライフ』です。原文で読みましたが、ビジネスというよりは、「どうやって挑戦に満ちた人生にするか」という内容で、人生を正面から取り上げた本です。私も推薦文を書いているのですが、これはぜひ学生に読んでもらいたいですね。あと、自分の会社人生をもう1回見つめたい人が読むと、イノベーションの大家が人生でどのように挑戦を重ね、また、それを我々に真摯に問いかけていることが、心にしみると思います。どうすれば最高の人生を生き抜くかを考えるうえで、この本はとてもいいと思います。
先生の本では、ほかにも『イノベーションの最終解』というのが新しい翻訳になって7月に出ました。それもすごくいい本です。あと、2年前の本ですが、『世界でいちばん大切にしたい会社』がようやく翻訳されて出ました。アメリカの「ホールフーズ・マーケット」というスーパーマーケットの創業者であるジョン・マッキーという人が書いた本です。ホールフーズは、とてもおしゃれなオーガニックのお店で、中にいるとついつい色々なものを買ってしまうような、人気のスーパー。ジョン・マッキーは「Conscious Capitalism(コンシャス キャピタリズム)」とずっと言っていました。
――コンシャス キャピタリズムとは。
名和高司氏: 原題ともなっていますが、「覚醒した資本主義」という意味です。つまり、「目覚めた意識を持った資本主義にしないと、資本主義は堕落する」というのが、彼の持論なんです。彼は、純粋資本主義を唱えて続けていたミルトン・フリードマンというシカゴ大学のノーベル賞をとった先生に、戦いを挑み続けてきました。リーマンショックがおこり、この本がアメリカで見直されることとなりました。彼は「ハピネスの輪」と言っていますが、従業員がハッピーになって、それでサプライヤーもお客さんも、そしてコミュニティがハッピーになる。株主もハッピーになって、またぐるぐる回るという、従業員発の「善の循環」経営なんです。いい会社というのは、やっぱり筋が通っているものだなと思います。彼が書いているこの本は、日本の経営にも非常に合っているので、今、皆さんにお勧めしているところなのです。
著書一覧『 名和高司 』