「決められたもの」以外から、学びを得る
山口周氏: 高校に進むと、決まった授業に決められた教科書を読ませられること、その習熟度を測るというシステムそのものにとても違和感を覚えていました。自分で見たいものや読みたいものが別にあったので、図書館や博物館へ行ったり、映画を観たりしていました。また、お墓が好きだったので、谷中の霊園へ行ったりもしましたね。上野がお気に入りの場所で、秋の日差しの中、上野公園を散歩して、お墓を通り、国立博物館へ行き、最後に国会図書館の分館(現在はこども図書館)へ行く。そうしていると、あっという間に夕方になってしまうのです。学校から家に連絡がきて、親からは「学校に行かないで、一体どこに行っているの?」と言われましたね(笑)。知りたいことに100%の時間を使いたかったのです。それから音楽も好きで作曲の勉強もしていました。
――(お部屋を見て)こちらに譜面も多く見られます。
山口周氏: 子どもの頃から、“紙に書かれた美しいもの”が好きで、譜面もその1つでした。もともとピアノを習っていたので、譜面は読めたのですが、曲を作る勉強を体系的にやるために、最初は芸大へ行き、音楽家、作曲家になりたいと思っていました。特に坂本龍一さんが好きで、「そういう音楽を作ってみたい」と思っていたのです。母のピアノの先生から芸大の作曲の先生をご紹介いただいて、その方に師事していました。今でこそデスクトップミュージック(DTM)はかなりポピュラーになりましたが、当時はさきがけで、やっとコンピュータで音楽を作るのが可能となってきた時期でした。高校3年生の時に、「成績があがったら、DTMのシステムを買ってほしい」と、親に頼んで必死になったおかげで成績は上がりました(笑)。大学生になってからは、音楽好きな友達と集まって、みんなで音楽を作ったりしていました。
音楽と広告に共通する「編集」の重要性
――音楽の世界にいた山口さんが、電通へと進まれたのは。
山口周氏: 音楽の世界にも「キュレーション」という概念があって、一種の編集のようなもので、あるテーマを決めて色々なものを並べてみると、そこに意味が出てきます。「広告はそれに似ているのでは」と思いました。広告には、「これはいいですよ」という見せ方ももちろんありますが、サービスや商品が持っている意味合いなど、もう少し違うところに光を当てるというような見せ方もあります。
また、音楽や映像、アートという表現方法も関わってきますし、マーケティングという部分では心理学に関わってきます。ビジネスや経営学もあります。色々な人文科学の領域が絡んで面白い業界だと思いました。そういった場に身を置いて、確固たる知的な蓄積を作りあげて、仕事としてのアウトプットができる状態にしたいという想いで進みました。
――あらゆる知識が生かせる、複合的な現場に身を置いたのですね。
山口周氏: 電通には、自分と似たような思考の方や、知的好奇心が旺盛な人も多く、仕事も楽しかったですし、良い職場だったと思います。思考に関しては、保守的ではなく、プロボーカティブで、そこも非常に良かったですね。クライアントの皆さんに可愛がってもらっていました。最初は広告の話ばかりだったのが、「流通の戦略をどうするか?」など、経営に近いようなところについてもアドバイスを求められるようになり、それで経営についての勉強を始めました。
――仕事が広がって、扱う領域も幅広くなっていったんですね。
山口周氏: 一方で、ものを作るような仕事の方が向いているのかなとも思いました。もともと僕には、カウンターカルチャー指向があるというか、その当時、Googleなども出てきていて、「新しいものを作っていくという気概は、とてもクールだな」と思っていました。サイバーエージェントの藤田晋さんや、堀江貴文さんに、広告を作るためのアドバイスをする中で「仕事を手伝ってくれ」という話になりました。日本のネット界にいる人たちは、自分と全然違う人種だと感じていましたが、経営者に対してアドバイスしたり、自分の持っている知識や考える力を使って、“経営をどうするか”というのを考えるのは面白かったので、経営コンサルティングの会社に入ることにしました。
本を通して伝えたい想い
山口周氏: コンサルティング会社に入ってしばらくしてから、グロービス経営大学院大学で講師を始めました。そこにいらっしゃった川上さんという方からご紹介いただいて、東洋経済新報の『Think!』という雑誌に初めて論文を出したんです。そうしたら、それを読まれた編集者から、「このテーマを膨らませて、本にしませんか?」と提案されて本を書く事になりました。
――どんな想いで書かれていますか。
山口周氏: 「こうなった方が、世の中はもっと楽しい」「もっと面白くなる」という意識を持っています。自分の価値観と合わないのならば、今務めている仕事だって辞めればいい。「みんなが自分に合った楽しいこと、面白いと感じることをすれば、日本はもっとよくなる」という思いで書いています。イノベーションの本も基本は同じで、上の人たちが「昔ながらのやり方がいいんだ」と言っている日本の多くの会社に対して、「若い人はどんどん声を上げろ」と言っています。世の中に対して言いたいことや、不満といったものメモを書き留めています。「こんなのいつ書いたんだろう」というがたまに出てくることもあって、そういったものがもう十冊以上あります(笑)。
著書一覧『 山口周 』