会社や世界を変える、革命家を
株式会社ヘイグループにてディレクターとしてご活躍されている山口周さん。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経験を積まれていました。豊富な読書経験を背景に、様々な提案を仕事に生かしています。「幸せになる人を増やしたい」という山口さんに、読書について、執筆や仕事に込められた願いを伺ってきました。
豊富な読書経験を生かす
――ヘイグループについて伺います。
山口周氏: ヘイグループは、人と組織にまつわる問題を専門に扱っている会社です。顧客は大きな会社が多く、人事の育成や組織のデザイン、あるいは企業風土などについて相談を頂いています。問題に対して一つ一つ改善策を処方しています。私たちには大きな強みがあります。一つは、人や組織に関連しての特化したノウハウや知識です。組織がどういう状態にあるか、リーダーにどういう強みがあって弱みがあるかなど、診断するレンズや物差しといったものがあります。また、経験だけに左右されない理屈で考えるということを大切にしています。
――ディレクターとして、山口さんの経験はどのように生かされているのでしょうか。
山口周氏: 人や組織の在り様やリーダーシップについて、人間は昔から悩んでいます。例えば、中国の『孫子』や『韓非子』などは、そのことについて書かれた一番古い文献の一つですし、『聖書』も、一種のリーダーシップに関する本と言えます。16世紀に書かれたマキャベリの『君主論』には、“愛されるよりも恐れられるようになれ”という論が展開されています。また、『アムンセンとスコット』という南極探検のレースについて書かれた本も、組織運営に関するネタの宝庫なんですよね。専門的に、リーダーシップ論や組織論というものを知っているというのも、もちろん大事ですが、過去の歴史的な事件や小説など、もう少し広い枠組みで本を読み、知見や見聞を広めることで、人や組織の在り様やリーダーシップについての示唆を得る。そして、顧客の置かれている状況や文脈に合わせて考え、アドバイスをしているのです。
本に夢中だった少年時代
――多岐に渡る知識の背景には、様々な書物がもとになっているのですね。
山口周氏: 最初は、“本は読ませられるもの”という感じで苦痛でした。でも小学3、4年生の頃にSFを読むようになり、そこから読書が好きになり夢中で読むようになりました。今でも覚えているのは『時間砲計画』という本。読みながら「残りの半分を読んだら、この世界は終わってしまうんだ」とすごく悲しくなりました。中学の頃は家に帰るまで我慢ができず、授業中も本を隠して読んでいたほどです(笑)。宮城音弥さんという心理学者の本も読みましたね。両親は読書家だったので、家にあった大きな書棚には横溝正史さんの『獄門島』などもありました。本の中で、主人公である金田一耕助の部屋が、“本の山に埋もれている”と 描写されていたのを読んで、たくさんの本に囲まれるような部屋にあこがれていました。自分の本をそれほど持っていなかったので、家中の本をかき集めて本の柱を作り、主人公のような気分を味わっていました(笑)。
――今では、本当にそういう感じの部屋になっています(笑)。
山口周氏: 少年期の夢がかなった部屋になっています(笑)。中には、なくなったと思って買い直した本が出てきたりして、同じ本が何冊もあるんです(笑)。実は、来年引っ越す予定があるので、今の2、3倍ぐらいの大きさの本棚にして、少しでもオーガナイズされた形で本を持ちたいなと思っています。紙の本の良さもありますけれど、検索もできるし、クラウド化も出来たらもっと便利です。つながっていたらいいなと思います。
「決められたもの」以外から、学びを得る
山口周氏: 高校に進むと、決まった授業に決められた教科書を読ませられること、その習熟度を測るというシステムそのものにとても違和感を覚えていました。自分で見たいものや読みたいものが別にあったので、図書館や博物館へ行ったり、映画を観たりしていました。また、お墓が好きだったので、谷中の霊園へ行ったりもしましたね。上野がお気に入りの場所で、秋の日差しの中、上野公園を散歩して、お墓を通り、国立博物館へ行き、最後に国会図書館の分館(現在はこども図書館)へ行く。そうしていると、あっという間に夕方になってしまうのです。学校から家に連絡がきて、親からは「学校に行かないで、一体どこに行っているの?」と言われましたね(笑)。知りたいことに100%の時間を使いたかったのです。それから音楽も好きで作曲の勉強もしていました。
――(お部屋を見て)こちらに譜面も多く見られます。
山口周氏: 子どもの頃から、“紙に書かれた美しいもの”が好きで、譜面もその1つでした。もともとピアノを習っていたので、譜面は読めたのですが、曲を作る勉強を体系的にやるために、最初は芸大へ行き、音楽家、作曲家になりたいと思っていました。特に坂本龍一さんが好きで、「そういう音楽を作ってみたい」と思っていたのです。母のピアノの先生から芸大の作曲の先生をご紹介いただいて、その方に師事していました。今でこそデスクトップミュージック(DTM)はかなりポピュラーになりましたが、当時はさきがけで、やっとコンピュータで音楽を作るのが可能となってきた時期でした。高校3年生の時に、「成績があがったら、DTMのシステムを買ってほしい」と、親に頼んで必死になったおかげで成績は上がりました(笑)。大学生になってからは、音楽好きな友達と集まって、みんなで音楽を作ったりしていました。
音楽と広告に共通する「編集」の重要性
――音楽の世界にいた山口さんが、電通へと進まれたのは。
山口周氏: 音楽の世界にも「キュレーション」という概念があって、一種の編集のようなもので、あるテーマを決めて色々なものを並べてみると、そこに意味が出てきます。「広告はそれに似ているのでは」と思いました。広告には、「これはいいですよ」という見せ方ももちろんありますが、サービスや商品が持っている意味合いなど、もう少し違うところに光を当てるというような見せ方もあります。
また、音楽や映像、アートという表現方法も関わってきますし、マーケティングという部分では心理学に関わってきます。ビジネスや経営学もあります。色々な人文科学の領域が絡んで面白い業界だと思いました。そういった場に身を置いて、確固たる知的な蓄積を作りあげて、仕事としてのアウトプットができる状態にしたいという想いで進みました。
――あらゆる知識が生かせる、複合的な現場に身を置いたのですね。
山口周氏: 電通には、自分と似たような思考の方や、知的好奇心が旺盛な人も多く、仕事も楽しかったですし、良い職場だったと思います。思考に関しては、保守的ではなく、プロボーカティブで、そこも非常に良かったですね。クライアントの皆さんに可愛がってもらっていました。最初は広告の話ばかりだったのが、「流通の戦略をどうするか?」など、経営に近いようなところについてもアドバイスを求められるようになり、それで経営についての勉強を始めました。
――仕事が広がって、扱う領域も幅広くなっていったんですね。
山口周氏: 一方で、ものを作るような仕事の方が向いているのかなとも思いました。もともと僕には、カウンターカルチャー指向があるというか、その当時、Googleなども出てきていて、「新しいものを作っていくという気概は、とてもクールだな」と思っていました。サイバーエージェントの藤田晋さんや、堀江貴文さんに、広告を作るためのアドバイスをする中で「仕事を手伝ってくれ」という話になりました。日本のネット界にいる人たちは、自分と全然違う人種だと感じていましたが、経営者に対してアドバイスしたり、自分の持っている知識や考える力を使って、“経営をどうするか”というのを考えるのは面白かったので、経営コンサルティングの会社に入ることにしました。
本を通して伝えたい想い
山口周氏: コンサルティング会社に入ってしばらくしてから、グロービス経営大学院大学で講師を始めました。そこにいらっしゃった川上さんという方からご紹介いただいて、東洋経済新報の『Think!』という雑誌に初めて論文を出したんです。そうしたら、それを読まれた編集者から、「このテーマを膨らませて、本にしませんか?」と提案されて本を書く事になりました。
――どんな想いで書かれていますか。
山口周氏: 「こうなった方が、世の中はもっと楽しい」「もっと面白くなる」という意識を持っています。自分の価値観と合わないのならば、今務めている仕事だって辞めればいい。「みんなが自分に合った楽しいこと、面白いと感じることをすれば、日本はもっとよくなる」という思いで書いています。イノベーションの本も基本は同じで、上の人たちが「昔ながらのやり方がいいんだ」と言っている日本の多くの会社に対して、「若い人はどんどん声を上げろ」と言っています。世の中に対して言いたいことや、不満といったものメモを書き留めています。「こんなのいつ書いたんだろう」というがたまに出てくることもあって、そういったものがもう十冊以上あります(笑)。
メタファーとメトミニー的展開を意識する
――山口さんの本では、引用を大切にされていると感じます。
山口周氏: 自分自身が読む場合も、本の中で引用されていたりするものから、もとを辿ってさらに読み進めていくことが多いのです。ですから私自身も書き手として、“どこから引っ張ってきたネタか”というのを開示しておくのがいいと思っています。先ほどお話しした『アムンセンとスコット』の場合、南極や犬ぞりというものに興味を持ち、南極の本に行くことになれば、それはメトミニー的な展開。一方で、今までやったことがないことにチャレンジするという内容は、起業家の話にも飛びうるわけです。これはメタファー的な展開になります。
――垂直的かつ横跳びに、読書や思考が広がるようなイメージで……。
山口周氏: そういう事を意識して読んでいます。そうすることで、読んだ内容の定着率が高くなります。BCGの大先輩である内田和成さんは、20個ぐらいのキーワードのラベルが頭の中にあって、読みながらこれはリーダーシップのネタだとか、これは異業種競争戦略のネタだとか、その本の中から色々なラベルのネタを取り込むっていうことをやっているそうです。つまりタグ付けです。新しいことをやるリーダーについて、ソニーの井深さんの本やアムンセンの本を読むと、その共通項が見えてきたりします。すると、そこでまた1つ語れるものが出てくるわけです。抽象化だと一般論になってしまいますが、具体論としてあると説得力が出てくるのです。そういうことは横断的に検索できたり、タグ付けができる電子書籍のメリットだと思います。
革命家を育てたい
山口周氏: 他にも電子書籍は登竜門的な存在としても有用だと思います、それから本を購入した人だけに、テキストデータも得られるコードが発行されると有用だと思います。
――今後、どんな事を発信していきたいと思われますか。
山口周氏: 僕の行動する判断基準は、“カッコいいか、カッコ悪いか”ということ。それから、美しさ。見た目だけではなく、「こういうものが世の中にあった方がクールじゃない?」という感じでしょうか。でも、自分の思った通りには進めないこともあると思います。「そういう時は、逃げるが勝ちっていう手もあるよ」と、若い人に言っています。むりやり頑張らず、合わないと思ったものからは逃げればいいと思います。
「これだけはやりたくない」ということを、組織の都合でやらなくてはいけなくなると、それはとても苦しいと思います。トラブルが起きた時、組織的に隠ぺいするなどということをやっていると、人間は壊れてしまう。そんなことをするぐらいならば会社を辞めた方がいいと思うのです(笑)。自分のスタイルを最後まで崩さなければ、本当の意味での“酷いこと”にはならないと僕は思うのです。自分のスタイルを捨てて、自分がいる場所の支配的な空気や価値観に合わせる、つまり“組織がなくなると、自分もなくなってしまう”ということ。自分や組織のアイデンティティが何なのか、わからなくなっている人が結構いるように思いますが、僕は「これだけはやりたくない」という自分の軸を持ち続けています。
楽しい仕事を通じて、幸せになる人を増やしたいと考えています。仕事が楽しければ、会社も良くなるから、世の中にも活気が出てくると思います。僕が世の中で一番なくしたいと思ったのは幼児虐待です。幼児虐待の根本的な原因は、貧困だと僕は思っています。「貧困をなくすために、所得税率を80%ぐらいにしてもいいんじゃないか」と。そのかわり、絶対にある一定のレベル以上の生活をさせてあげる、という風にしたいなと僕は思っています。でもそうすると、全体のパイを大きくしないといけない。まずはみんなが仕事を一生懸命やって、“楽しい”という状態までもっていきたいですね。
「頑張って、つらい仕事をやったんだから」という発想があるからか、経済的な成功を人に分配することを嫌がる方もいますよね。でも、仕事そのものが趣味や報酬で、それに付随して経済的な成功がついてきた時、「所得があがった分を、誰かに分けよう」とみんなが考えるようになれば、世の中がもっとよくなるのではないでしょうか。
――今後、やりたいこと、書いてみたい題材などはありますか。
山口周氏: 僕は、革命家を育てたいと思っています。会社を変えることでいち企業に革命を起こす革命家です。会社を使って世界を変えようと、心の中に気概を持っているような人をたくさん育てたい。そういう人たちが社会的な問題意識を持って、会社の能力や技術、ノウハウをどう使えるかを考えながら、会社の中で活躍してくれれば、世の中は面白いことになると思うんです。世の中を作っているのは企業なので、企業が変わらないと世の中は変わらないと思います。企業を変えるためには、目的をオブラートに包んで、いかに上の人に取り入って、したたかに上手く動けるか。そういう革命戦士を、たくさん作っていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 山口周 』