視力2.0の眼鏡店員
――そこから、いよいよ「書く」仕事に……。
古賀史健氏: 就かず、眼鏡屋さんに就職しました(笑)。自分の中で漠然とした想いがあって、「“作家”というのは就活してなるものでもないし、卒業したらまずは仕事に就かなきゃいけない。仕事を持ちながら、“作家”になるんだ」と。学生時代は人見知りだったこともあり、とりあえず一年間、接客業をやって人見知りを克服しようと思いました。定時であがることのできる仕事を選んで、夜に小説を書いて応募して、そのうちにと企んでいました(笑)。
――眼鏡屋さんに、白羽の矢が立ったのは(笑)。
古賀史健氏: ぼくは視力が2.0で、それまで眼鏡屋さんにはまったく縁がなかったのですが、「重い物を持たなくていいし、優雅に眼鏡を拭いている」イメージがあったので、まずはそこだと(笑)。入ってみて、すぐに間違いだと気づきました。特にその会社は変わったところで、合宿所にプロレスラーが出入りしていて、新入社員の合宿では朝6時に起きてみんなで砂浜を走るような社風でした(笑)。仕事が終わった後は、日付が変わる深夜まで接客のロールプレイをさせられ、小説を書く時間など全くありませんでした。「九州ブロックの未来を、古賀君に任せた」などと言われるようになりましたが、次に進む事にしました。「いやいや、そんなつもりじゃないんです」と(笑)。
――そこで、ようやく書く仕事に。
古賀史健氏: 小説家になるのならば、ライターとして記事を書くような仕事も、左手ですいすい書けるぐらいじゃないと通用しないだろうと思い、出版社に入りました。けれども、簡単だと思っていたライターの仕事が、実は奥が深いということにそこではじめて気が付きました。深さを知った事で、もっと突き詰めたいという想いが強くなり東京へ。入社して一年もたたないうちにフリーになりました。
孤独の中で培った読書の時間
古賀史健氏: フリーになってしばらくのあいだは、仕事もお金もなく、ただ自由な時間だけがありました。少ないお金で、文庫本を買ったり図書館で本を借りたりして、仕事と食事、睡眠以外は全部、読書に費やしました。その時に読んだ本の“貯金”が、後に仕事をしていく中で大きく膨らんでいきました。
――孤独の時間を、貯金の時間に。
古賀史健氏: そうですね。その時期には、漱石や鴎外からドストエフスキーやトルストイまで、国内外の古典を徹底的に読みました。今でも二十代の若いライターさんには「二年間でもいいから、仕事とご飯以外の時間は、全部、読書に費やした方がいい。そこでためた“貯金”が、三十代以降に絶対にいきてくるから」という話をします。そんな生活をしながら、当時『朝日新聞』の日曜の求人欄によく出ていた出版関係の会社に電話をして、最初にもらった仕事が、ギャラリーバスツアーの案内文でした。そこからは、仕事上の付き合いがあるフリーライターの先輩に相談して、少しずつ仕事が入ってくるようになりました。
“話し言葉”から“書き言葉”へ変換する
――ライターという仕事を「“話し言葉”から“書き言葉”への変換」と表現されています。
古賀史健氏: 一貫して続けているのは「言葉として語られなかったこと」を言葉に変換することです。ぼく自身は、自分のことを才能があるとか、面白い人間だとは思っていません。世の中には、面白い人たちがたくさんいるけれど、残念なことにその人たちは、自分の面白さを伝える言葉を持っていない。その人たちに代わって「この人は、こんなに面白いんだよ」というのを伝える媒体になる。そういう役に、一番魅力を感じているのです。
――古賀さんは相手の魅力をどのように感じ、また引き出していくのでしょうか。
古賀史健氏: まずは自分自身が、どれだけ面白がっているかというのを、きちんと把握しなければいけません。下調べの段階では、「プライベートだったら、絶対に友達にならないな」と思うような人も確かにいます(笑)。でも自分の中に“好き”という気持ちが少しでもないと、会話が成立しないし、いい原稿にもなりません。「人心掌握術がすごい」とか、そういった一点だけでも見つけることができたら、そこを自分の中で膨らませます。その人を好きだという気持ちで会いに行くと、向こうにもそれが瞬時に伝わるから心を開いてくれます。「あなたの大ファンです」といった気持ちを前面に出して、いかに相手に気持ち良くなってもらうか、というのをぼくは考えています。
そうやって相手が心を開いた状態になってくれれば、こちらが鋭い質問をぶつけなくても、相手から話してくれたりもします。また、自分が面白いと思っている情報と、他人が面白いと思うだろう情報のギャップも意識しないといけません。「読者の人は、こういう疑問を持つと思うのですが」という聞き方をするのが全体の7割ぐらいで、「これは個人的に、どうしても聞いてみたかった」というのが残りの3割。専門家は知っていても、読者は知らなかったりする部分も丁寧にすくいあげていきながら、その本や記事にしかない新しい情報というものも、突っ込んでいかないといけません。