湯之上隆

Profile

1961年、静岡県生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程原子核工学専攻を卒業。 16年間に渡り、日立製作所・中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センター、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて、半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士授与。 現在は微細加工研究所所長としてコンサルタント、調査・研究に従事。 著書に『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文藝春秋)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本「半導体」敗戦』(光文社)がある。

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日立製作所での経験。微細加工から経営学の研究へ


――長年の経験と実績に基づいて、様々なことをされていますが、ここまで来るのには、ご苦労をされたのではないですか。


湯之上隆氏: 半導体の中にはDRAMというメモリがあります。その世界シェアでかつて日本は8割を占めていました。僕はそのピークの時に日立に入りました。最初は、中央研究所で微細加工装置の研究開発を8年やりました。次に半導体の量産工場へ行って、DRAMを作る生産技術を5年経験。今度はデバイス開発センターに行って、次世代のDRAMの微細加工技術の開発を3年ほどやりました。その頃、日本のDRAMは韓国に抜かれ、1社では立ち行かなくなったため、NECと日立の合弁会社エルピーダメモリ(現マイクロンメモリ ジャパン)ができ、僕はそこに志願して出向しました。最初は800人の出向社員で形成されていたのですが、志願したのは800人中、僕1人しかいませんでした。

――志願された理由とは。


湯之上隆氏: 僕はずっとDRAMをやっていたので、「日本の最後の砦であるエルピーダを自分の手で何とかしたい」と思ったのです。ところがNECと大バトルをやってしまって、課長を降格させられ、エルピーダからたたき出されてしまいました。それで最後に行ったところがセリートという国のコンソーシアム、つまり共同研究機関でした。結局、日立に入社して以来、16年間に渡って、ずっと半導体の微細加工をやっていたことになります。
しかし、2000年のITバブルを機に行われたリストラによって早期退職勧告を受け、辞めることになりました。その時に、たまたま同志社大学の社会科学の研究センターに教員のポストがあるから来てみないかと誘われ、経営学の研究をすることになりました。家族もいたので、とにかく仕事をしなければいけない。ですから、経営学のケの字も知らないくせに先生になってしまったわけです。DRAMのピークに入社して一回も浮上なし。凋落とともに技術者人生を歩み、日本がDRAMから撤退すると同時に辞めさせられてしまった。一体なぜこうなってしまったのか、技術の視点だけではなく、経営学の視点からも解明しようと、5年間、研究をしました。

――研究は、どのようにして進めていったのでしょうか。


湯之上隆氏: 凋落を研究しようとしてデータを集め、世界の中で日本はどういう状態にあるかということを明らかにしようとしました。それに、売上高やシェア、利益などをまず調べました。1冊10万円する半導体データブックや半導体製造装置のデータブックを、20年分ほど揃え、売上高やシェア、利益などのグラフを書いてみました。すると、負けたって当たり前のことが起きているということが分かってきました。



備忘録として、広告として


――貴重な図を、新聞や講演会やホームページなどで、無料で公開されています。


湯之上隆氏: まず、ホームページを作っている理由が2つあります。僕は連載記事を7つ持っているのですが、同じことを書くことがないように、いつどこで何を書いたかというのを、自分の備忘録として残したいというのが、ホームページを作るに至ったきっかけの1つです。だから誰のためかというと、自分のために作っているわけです(笑)。執筆だけではなく、講演会についても、どこで誰のために何を話したか、というのが分かるように全部記録しています。自分のパソコンを持っていなくても、誰かのパソコンからアクセスすれば、いつでも見られるのもいいですよね。僕のクラウド上にある書斎だと思っています。
それから、僕のような個人コンサルは、「湯之上さんの知恵を借りたい」など、企業からアクセスがあって初めて仕事をすることができるようになります。ホームページを作っておけば、企業の方々がそれを見て、湯之上って一体どんな人なのか、どんな記事を書いているのか、何を講演しているのか、大体人物像や知識レベルが分かると思うのです。その結果として、講演依頼や執筆依頼、コンサル依頼に結びつく。だからホームページは、仕事のための広告でもあるのです。これが2つめの理由です。

――先程、重複を避けたいというお話がありましたが、やるからには同じものの繰り返しは嫌だと。


湯之上隆氏: 何のために執筆しているかというと、第一に仕事だからというのはあるのですが、もともと研究者であり技術者だったので、発見をしたいのです。例えば、売上高のこのピークはなんだろうとか、何故ここから下がり始めるのだろう、ここに何があったのだろうなど、そこに解釈が付けば、社会の中の、産業の中の、小さな発見になると思うのです。そういう発見をたくさんしたい。二重に同じものを発見してもしょうがないです。

世界一周で得たもの


――仕事をされる上で、大切にされている思いは。


湯之上隆氏: 僕の原動力は、まず面白いと思うことです。しかも発見をすると興奮する。だから、発見したいと思うのです。例えば小学校の頃、僕の夢は自分の庭に昆虫図鑑にある昆虫を全て、つがいで飼うことだなんて思っていたり。ゴキブリを研究していた時に、こいつらには個性があって、顔が違うということを発見して、感動したり。そういう発見をすると、なんだか充実した気分になってうれしくて仕方がない。そして、その発見をさらに誰かに知ってもらいたいと思うのです。だからたくさんの記事を書いているのでしょうね。

――研究のために、世界一周をされたこともあるそうですね。


湯之上隆氏: 半導体というのは、微細化すると小さなチップの中によりたくさんの機能を詰め込むことができる。さらに速度や動きが速くなる。そして消費電力も下がる。さらに小さくできるわけだから安くなる。微細化するといいことばかりなのですが、4、50年にわたる集積回路の歴史の中で、「もう微細化は限界だ」ということが何度も言われました。2007年頃も、65から45ナノでもう限界が来ると言われていました。そんな時、委託研究を受けたのです。なぜ僕が選ばれたかというと、技術者としてずっとやってきたので、半導体の「いろは」は知っている。その上で経営学的な視点があると。この2つの素養を持っている人は、なかなかいなかった。それで、微細化はいつ頃止まると世の中の人は思っているのか、さらに、微細化が止まってしまうと世の中は一体どうなってしまうのかということを研究してもらいたいという委託研究を受けました。最初は、半導体メーカーにも装置メーカーにも材料メーカーにもいる、微細化のキーパーソンの意識を調査しようとしてアメリカやヨーロッパを行き来していたのですが、予算が足りなくなったので、グルッと回ってしまうことにしたのです。

世界一周には、もう一つ課題がありました。その頃、ブラジル、ロシア、インド、中国、つまりBIRICsという新興諸国が経済発展を遂げていると言われていました。しかし、その真の姿が良く分からない。それを自分の目で見てみたいと思いました。特に人口の多い中国とインドの経済発展がどうなっているのかを見たかったのです。

――実際に行ってみて、いかがでしたか。


湯之上隆氏: 例えば人口11億3千万人のインドでは、税金を払うことができる富裕層が3000万人(1%)しかいない。その下の30%の層は、所得はあるけどあまりに低いので税金を払うことができない。そのまた下の30%の層は、所得がまったくない。さらにその下の30%の層、つまり一番下の層は税金という概念を知らない乞食たちです。そのような国が経済発展を遂げている姿というのは、日本人が思っている姿とは全く違う。富裕層以外の人たちも、携帯電話、冷蔵庫、テレビなどを買いたいのだけれど、あまりにも所得が低いから、うんと安いものでないと買えない。そのようなインドで、冷蔵庫やテレビはサムスンやLGなど韓国製品がほとんどをしめていました。携帯電話はほとんどのノキアでした。なぜ、サムスンの家電製品が売れていたかというと、鍵とバッテリーがついていたからです。それはなぜかというと、泥棒が多い上に、毎日停電するからです。そうした工夫をしているのに、価格は日本製品の半額です。現地の営業マンの話を聞きましたが、「日本製は売れるわけない」と言っていました。

世界一周が終わった後、日立の幹部がいる前で講演する機会があったのです。「マーケティングしているのか?」と聞いたら、「当社にマーケティングという部署はない」と言っていました。これが、半導体もエレクトロニクスも韓国に負けてしまった大きな原因だと思います。

著書一覧『 湯之上隆

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