電子書籍の求めるマーケット
湯之上隆氏: 僕は、電子書籍については結構、否定的なことを言っています。
僕は、今まで3冊の本を出していますが、全て電子書籍になりました。最初の本の編集をしてくれた人が、僕の本を出した後に独立して、電子書籍の会社を作りました。その会社に誘われて、役員になっていますけど(笑)。それで、紙で5万部売れたものを電子書籍にして出したのですが、なんと5冊しかダウンロードされなかったのです。ですから、それが電子書籍に対する僕のスタンダードです。世の中では電子書籍、電子書籍騒いでいるけど、そんなものは、まやかしだと思います。というのは、その会社で全部で50冊ぐらい電子書籍を販売しましたが、僕の本だけではなく、版権が切れた有名な小説家の本なども、売れたものでも500部や、1,000部でした。結局、2年ぐらいやってみて、電子書籍は売れない、ダメだという結論になりました。
――電子書籍が売れなかった理由は。
湯之上隆氏: アメリカでは、電子書籍の売り上げが紙の売上高を抜いています。アメリカと日本は何が違うのか。これは考えてみれば当たり前なのですが、アメリカの本というのは、ほとんどが分厚くて大きく、値段も3000円や5000円など、高いのです。そして、本屋さんが少ないので、本を買うのが大変なのです。ところが電子書籍なら車で遠くまで買いに行かなくても、Amazonではクリック1つでダウンロードできます。ですから、アメリカには売れる素地があるわけです。ところが日本には、本屋があちこちにありますし、文庫や新書など、買いやすい小型の本がありますからね。
――日本では、近くの本屋で持ちやすい本が手に入るので、電子書籍を買う理由がないと。
湯之上隆氏: そしてもう一つ。僕が講義をしている大学で、学生たちに「電子書籍を買ったことがある人」と、よく聞くのですが、買ったことがある人は、50人学生がいたら、1人か2人ほど。しかも買ったのはマンガです。専門書やビジネス書を買ったことがある学生に出会ったことがありません。なぜなのか、問いつめていくと段々分かってくるのですが、日本人はインターネット上のものにお金を払うのに、ものすごく抵抗感があるのです。僕の記事も、日本ビジネスプレスなどでは、タダで誰でも見られます。ネット上の媒体はタダであるというのがデファクトスタンダードなのです。知恵と情報はタダという考え方がどうも日本人にはある。何かモノになって初めて価値を持ったと考えるところがあるのです。知恵と情報って形がないのでタダだと思っている。これが、根底にあるような気がするのです。だから僕は、日本では電子書籍はあまり流行らないと思います。
総決算と議論
――本を出版することになったきっかけとは。
湯之上隆氏: 僕の最初の本は、同志社大学で5年間研究した成果をもとに作ったものです。あちこちの媒体に書いたり、論文や記事を書いたりしていたのですが、自分の総決算としての本を出版したいと思ったのです。出版社に持って行けば、直ぐに本になるものだと思っていたのですが、4社くらいに断られました。編集者が会ってもくれなかったところもありました。それで、僕の最後の頼みの綱が光文社でした。光文社は暴露本が結構多いからです。『内側から見た富士通』は感動しました。それで、編集長をされていた山田順さんに、原稿の内容をまとめたものと、目次案を持って行ったところ、「面白い。日本の課題がここに凝縮しているかもしれない」と、僕を拾い上げてくれたのです。
――編集者とは大きな存在なのですね。
湯之上隆氏: 価値ある文章を見つけ出して、世に知らしめてくれる人が編集者なのだと思います。
実は2冊目と3冊目もその山田さんが書けと言ってくださって出版されました。1冊目で湯之上というのはこういうことを知っている、こういう文章を書く人間だというのが分かったのでしょう。それでエルピーダが倒産した時に、「お前、何か書けるだろう」と言われ、2冊目の本を書きました。しかしこれは専門家しか読まないということで、もっと広く読んでもらうために、新書にしようと言って頂き、3冊目の本ができました。ある話題、あるいは目的に対して山田さんという編集者が僕の能力を引き出してくれた、そういう存在だと思いますね。
編集者の方と言えば、驚かされたことがあります。文春新書に、飯窪成幸さんという編集局長がいたのですが、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』を作った時に、「この半導体って零戦と似ているね。まえがきにチラッと書いてご覧」と言われました。しかもちょうど作っていた頃に、映画『風立ちぬ』で零戦ブームだったので、「ここに零戦と一言入れるだけで、売れ行きが違うんだ」とも。僕は抵抗したのですが、結果的には編集局長が正しくて、6刷目に入っています。タイトルには「日本型のモノづくり」とありますが、決して、モノ作り全般について物を述べているのではなく、半導体と電機産業についてしか言っていないのですが、こういうタイトルを付けたので、車や機械など、そういうモノづくりの方まで読んでくれて。読んだら読んだで面白いところもあるらしくて、講演に来てくれなど、これをきっかけに色々なことが起きました。編集局長は、零戦と半導体の類似性にまず気づいた。しかも世の中、今は零戦がブームだという、世の中の動向をつかんで、それをタイトルに反映させた。悔しいけど見事だなあ、という思いを持ちましたね。
――著者を発掘し、能力を引き出す。それこそ編集者の本当の役割かもしれませんね。
湯之上隆氏: 本を書く目的は2つあります。1つは、自分にとっての総決算というつもりで取り組むこと。そしてもう1つ。1冊、丸ごとの論考をよりたくさんの人に提供して、僕の書いていることが全て正しいわけではないから、そこは正しい、でもここは違うのでは、というような議論が起こるといいなと思っていましたね。
――本を切り口にして、議論の場になってほしいと。
湯之上隆氏: 本を読む時の態度というのが、その著者との知的な格闘だと思っています。疑い深い目で見ているわけではないですが、僕だったらこう考える、そこは僕もそう思う、など、そういう思いで本を読むことが多いです。だから、僕の提供する本も、僕はこう思うのだけれども、あなたはどうですかという思いがありますね。
著書一覧『 湯之上隆 』