嫌悪感が教えてくれるもの
山崎啓支氏: それまでの私は、モチベーションを作り出してどうにか優秀な成績をだすことができましたが、一方でそのまま前に進み続けても自分自身の中にある空虚感を拭い去ることはできていませんでした。何かを手に入れても、その空虚感は埋め合わせられない構造になっているからです。
――「成功」すれば、劣等感が拭えるわけではないと。
山崎啓支氏: 成功して劣等感を払拭したと思っている人は多いですよ。「優秀な自分」というセルフイメージ=光の部分を強くして、「これが自分なのだ」と思い込むからです。すると潜在意識の底に、空虚な「できない自分」が沈んでしまうのです。それで、自分は完全に光の存在になったと、思い込むようになるのです。そうして「優秀な自分」になった時に、一方で仕事ができない人や、かつての自分のような人を見ると凄い嫌悪感を感じる……そういう人は多いですね。
それは「優秀でなければいけない」という価値観が残っているからなのです。優秀さが大事すぎると、「できない人」を受け入れられなくなります。そこで、「優秀でなければいけない」という価値観がなぜ残るかが問題なのです。「優秀でなければならない」と強く感じているということは、依然として深層部では「できない自分」を否定していることになるのです。それは、いまだに、かつての「できない自分」が記憶(イメージ)の中に存在していて、その自分を嫌悪していることになるのです。かつての自分(できない自分)を受け入れられていないから、「できない自分はダメだ」と強く感じてしまう。だから、強く「優秀でなければならない」と感じることになるのです。
そして、内面で「できない自分はダメだ」と感じているから、外の世界に「仕事ができない人」などが現れると嫌悪感を感じることになるのです。これは「かつてのできない自分自身」をいまだに受け入れられていないからです。つまり、できない人が嫌いになるのは、自分自身のかつての姿を外部に投影していることが原因なのです。だから、強い気持ちで誰かを否定する時は、自己否定している(かつての自分を否定している)とも言えるのです。これは心理学やカウンセリングの世界では「鏡の法則」と呼ばれています。
――自分の内面を相手に投影するのですか。
山崎啓支氏: 例えば、劣等感をバネにして成功したとします。「高い社会的地位」などを得ると、周りの人に尊敬されるようになるでしょう。そこで、低いセルフイメージは克服できたと感じられるでしょう。でも実際は、「できない自分自身のイメージ」を潜在意識の底に埋めてしまっているだけなので根本は変わらず、底から影響を受け続けているのです。潜在意識の底では、やはり「できない自分」という低いセルフイメージが残っているのです。だから「優秀でなければならない」という価値観が依然として大事なのです。「できない」という自己イメージを手放せて、それがどうでもいいと思えたとしたら、その反対側の「優秀である」こともどうでもよくなるはずです。
「~ではない自分」も受け入れて
山崎啓支氏: 無意識のセルフイメージが作り出した欠乏感が生み出す空虚な想いから脱出し、見た目の「成功」ではなく、本当に幸せになるためには潜在意識の底に埋めてしまった「できない自分自身のイメージ」を受け入れる必要があります。「できない」と感じている自分がまだいるということに気づいて、それを受け入れるとパカーンと外れていくのですが……。
――山崎さんは、どのようにして殻を外していったのでしょう。
山崎啓支氏: 私が研修講師として「成功」しはじめた時、高評価を頂く研修も出来るようになって、トップクラスの成績でした。ところが、ちょっと調子が悪くて少しだけでも評価のポイントが低くなると、非常にがっかりし苦しんでいました。結局高い基準、過剰な価値観が自分を苦しめていたのです。過剰な価値観が能力を発揮させ、ある程度のところまで行けるので否定はしませんが、それは秀才型の能力の発揮の仕方で、苦しみながら成功するがという感じになります。
優秀になるように、前へ前へと進んだ結果、それでも幸せになれないと分かった時に、自分自身を苦しめている本当の原因を探りました。過去に戻って、土の中に埋めてしまったものを探して、全部終わらせたいという気持ちになっていました。
そこではじめて、本当に苦しんでいた自分を抱きしめました。成績が悪い、と悲しんでいる自分が土の中で(潜在意識の底で)生きていたのです。だけど私は、そんなこと知らずに優秀な自分の立場だけを大事にして、土の中の自分(成績が悪い、と悲しんでいる自分)を否定して生きていたわけです。このように半分の自分だけしか受け入れていなかった。自分の半分を殺して生きてきた。これは半分の自分を否定しているわけですので、セルフイメージが低くなっていたのです。セルフイメージは自己否定がある時には低くなります。セルフイメージは、どんな自分もOKだと感じている時に高いと言えるのです。
だから、「優秀な自分」と「できない自分」の両方を受け入れた時に、初めてセルフイメージは高くなるのです。片方の「優秀である自分」は誰でも受け入れられるでしょう。本当に受け入れなければならないのは「できない自分」の方です。両方を受け入れたとき、自己否定がなくなり凄く楽になり、そこで幸せに感じました。ただ自分であるだけで幸せだと気づいたのです。
みずからを受け入れるということ
山崎啓支氏: 自分自身を受け入れている時には、向いていることをただ楽しいから集中してやります。「こうしなければならない」と思って頑張っている時は、楽しくないですよね。向いていることをやっている時は、どんどん進んで、創造性も豊かになってきて、いい流れで仕事もでき、それで成功していきます。これは、先ほどお話しした「秀才型」と対になる「天才型」の発揮の仕方です。「秀才型」「天才型」どちらも高いパフォーマンスを実現できますが、「天才型」の方が楽しいのです。
優秀な人を見ても嫉妬心も起こりませんし、ベストセラー作家を見ても(笑)、純粋に素晴らしいと思えるようになりました。また逆に、仕事ができないかつての自分のような人を見ても、「向いていないことを、やっているだけなんだな」と捉えることが出来、できるアドバイスをしようと思うことこそすれ、嫌悪感などはなくなりました。自分の中の光から影までを受け入れたら、世界はだいぶ違って見えてくるものです。
人間はたぶん、幸せになるために生きていると思います。成功すればみんな幸せになれると思っている。私も「成功しよう」と思って、頑張って成功してみた時期もありました。でも成功することと、幸せになることは別だったのです。ふつう、価値観や理想があるから頑張れると思われていますが、それを手放した時にもっと大きなスケールで物事を捉えることができるのです。
人間は、理想を持ちそのギャップから現実の自分を自己否定するところから始まります。理想と現実の間のギャップで苦しみながら、成長していきます。しかし、多くの人々はそこで留まったまま、苦しんでいます。ビジネスマンも、ダメな自分と優秀な自分のセルフイメージの葛藤が大きすぎて、心の病を抱えてしまう人がどんどん増えています。価値基準を上げるような生き方ばかり続け、かなえられないたびに自己否定して、心が壊れて麻痺してしまうのです。