「観念の箱」を開けてみよう
NLP(神経言語プログラミング)を応用したセミナーを積極的に開催する山崎啓支さん。能力開発のトレーナーとして自身の体験を基に多くの人々に接しています。「自分自身を受け入れて、幸せになってほしい」という山崎さんに、自身の経験、心の問題、幸せになるための方法などについて伺ってきました。
「男らしく」がのしかかる幼少期
――サイト上のNLPの説明の中に「自らの体験を土台とした」とあります。
山崎啓支氏: どこにでもいる普通の子どもでしたが、小学校低学年の頃には自我が芽生えてきて成績や身体的な違いが分かってきます。私はスポーツも勉強もできないことが多く、劣等感を感じていました。それを克服するために、中学からラグビーを頑張り始めました。体を鍛え、中距離走では学年一番、50メートル走も6秒台前半で走れるようになりました。人間というのは、持っていないものを欲しがるものです。勉強もできなかったので、同じように克服しようと努力しました。偏差値の高い大学に行くことが目的となり、二年間で視力が1.5から0.05になるくらい猛勉強するのですが……(笑)、結局劣等感を克服できるような有名大学には行けずに、ますます劣等感が強くなりました。全部劣等感が行動の基軸になっていました。けれども、運動神経や絶対音感のような「センス」は努力では身につかないですよね。「持っていない」というところから始めると高い目標を立てたりするものですが、たいてい空虚感を味わう結果になってしまいます。
――欠乏感を脱するために苦しんでいく……。
山崎啓支氏: そうなんです。大学に進んでからも「優秀になりたい」という気持ちはまだ捨てられませんでした。しかし、自分の学歴では、超一流企業には入れそうもないので、職種で勝負しようと思いました。当時、大前研一さんや堀紘一さんが外資系の経営コンサルタントとして活躍されていて「こういう仕事ができると、カッコイイ」と思ったのです。今考えると、コンサルタントになれば「優秀だと思ってもらえる」というのが本音だったのだと思います(笑)。それで就職活動では、コンサルタント会社ばかり受けました。
今度は目標達成して、コンサルタント会社に入れたのですが、ここでも空虚感を味わうことになります。そこのコンサルタント会社は、中途採用の元事業部長とか、自身のマーケティングの才能を他の会社でも試したいと思うような、才能のあるような人ばかりでした。「一生こんな人たちにはなれない」と思うような人たちと共に働くようになり、空虚な思いはますます増していきました。欠乏感から始まった場合は、目標が達成されない場合が多いと言いましたが、達成されてもよけい空虚になる場合も多く、私はまさにそれを実感したわけです。
もがき苦しむ自分の「心」に興味を持った
山崎啓支氏: そんな中、優秀なコンサルタントになるため、関連書籍を月50冊くらい読むノルマを自分に課したりもしました。もともと読書が苦手だった私は読むのも遅く、三種類もの速読法も試したりしました。結果、知識としては増えていくのですが、肝心の発想が浮かばないのです。「努力すれば才能を超えられる……コンサルタントの先輩たちよりも優秀になれるのでは」と思い頑張ったのですが、どうにもならなくてストレスもどんどん溜まっていきました。その時に「優秀にならなければいけない、という気持ちが自分を苦しめているのではないか」と、ふと気付いたのです。その時はもう多少病んでいたでしょうね(笑)。それで「原因は何か」ということで心に興味を持ったのです。
――そこで初めて自身の行動分析を。
山崎啓支氏: 「優秀でなければいけない」という気持ちが、すべての行動の源泉であり、さらにその中に「自分は勉強ができない」、「優秀さという観点で劣っている」という思い込み=セルフイメージがあることに気がついたのです。30歳も前半のことでした。
自分の劣等感をバネに、優秀であろうと一生懸命努力して、能力の向上に努めてきた今までの時間を全否定することになりました。「欠乏感、劣等感をバネに頑張る」そのプロセスは大事で、ある程度人間にとっては必要なものではあります。多くの人たちはそのプロセスで「成功」はできるのですが、同時に強烈な葛藤が起こりいつまでたっても幸せになり切れません。私が今、NLPを教えている理由は、まさにそのセルフイメージの見直しと、終わらない空虚感からの脱出、という部分にあります。
――欠乏感を満たすはずの目標、理想でどんどん空虚になってしまう。
山崎啓支氏: 例えば、小さい時からお金に対する欠乏感を持っている人たちは、そのセルフイメージ通りの職業を選んでしまうのです。逆にお金に何不自由することなく育った人たちは、無意識に高収入な職業を選択して、本当にお金に困らない生活をする可能性が高いのです。つまり、小さい時にセルフイメージによる人生脚本ができてそのとおりの人生を生きると言えます。
NLPというのは神経言語プログラミングですが、簡単に説明すると神経=五感=体験、言語=言葉、そしてプログラミング=プログラムということになります。例えば、小さい時にハンバーグを食べるという体験があったとします。ハンバーグがジューッと焼ける音、味と匂い、それから温度=暖かさ、それに美味しそうに焼けている映像、これらの五感情報が体験になります。そして、祖父母や両親が「美味しい」と言っている、その言葉が潜在意識のレベルに「ハンバーグ=美味しい」というプログラムを作る。そのプログラムが、人間の幸不幸を決定する、こういうふうに考えるのです。
嫌悪感が教えてくれるもの
山崎啓支氏: それまでの私は、モチベーションを作り出してどうにか優秀な成績をだすことができましたが、一方でそのまま前に進み続けても自分自身の中にある空虚感を拭い去ることはできていませんでした。何かを手に入れても、その空虚感は埋め合わせられない構造になっているからです。
――「成功」すれば、劣等感が拭えるわけではないと。
山崎啓支氏: 成功して劣等感を払拭したと思っている人は多いですよ。「優秀な自分」というセルフイメージ=光の部分を強くして、「これが自分なのだ」と思い込むからです。すると潜在意識の底に、空虚な「できない自分」が沈んでしまうのです。それで、自分は完全に光の存在になったと、思い込むようになるのです。そうして「優秀な自分」になった時に、一方で仕事ができない人や、かつての自分のような人を見ると凄い嫌悪感を感じる……そういう人は多いですね。
それは「優秀でなければいけない」という価値観が残っているからなのです。優秀さが大事すぎると、「できない人」を受け入れられなくなります。そこで、「優秀でなければいけない」という価値観がなぜ残るかが問題なのです。「優秀でなければならない」と強く感じているということは、依然として深層部では「できない自分」を否定していることになるのです。それは、いまだに、かつての「できない自分」が記憶(イメージ)の中に存在していて、その自分を嫌悪していることになるのです。かつての自分(できない自分)を受け入れられていないから、「できない自分はダメだ」と強く感じてしまう。だから、強く「優秀でなければならない」と感じることになるのです。
そして、内面で「できない自分はダメだ」と感じているから、外の世界に「仕事ができない人」などが現れると嫌悪感を感じることになるのです。これは「かつてのできない自分自身」をいまだに受け入れられていないからです。つまり、できない人が嫌いになるのは、自分自身のかつての姿を外部に投影していることが原因なのです。だから、強い気持ちで誰かを否定する時は、自己否定している(かつての自分を否定している)とも言えるのです。これは心理学やカウンセリングの世界では「鏡の法則」と呼ばれています。
――自分の内面を相手に投影するのですか。
山崎啓支氏: 例えば、劣等感をバネにして成功したとします。「高い社会的地位」などを得ると、周りの人に尊敬されるようになるでしょう。そこで、低いセルフイメージは克服できたと感じられるでしょう。でも実際は、「できない自分自身のイメージ」を潜在意識の底に埋めてしまっているだけなので根本は変わらず、底から影響を受け続けているのです。潜在意識の底では、やはり「できない自分」という低いセルフイメージが残っているのです。だから「優秀でなければならない」という価値観が依然として大事なのです。「できない」という自己イメージを手放せて、それがどうでもいいと思えたとしたら、その反対側の「優秀である」こともどうでもよくなるはずです。
「~ではない自分」も受け入れて
山崎啓支氏: 無意識のセルフイメージが作り出した欠乏感が生み出す空虚な想いから脱出し、見た目の「成功」ではなく、本当に幸せになるためには潜在意識の底に埋めてしまった「できない自分自身のイメージ」を受け入れる必要があります。「できない」と感じている自分がまだいるということに気づいて、それを受け入れるとパカーンと外れていくのですが……。
――山崎さんは、どのようにして殻を外していったのでしょう。
山崎啓支氏: 私が研修講師として「成功」しはじめた時、高評価を頂く研修も出来るようになって、トップクラスの成績でした。ところが、ちょっと調子が悪くて少しだけでも評価のポイントが低くなると、非常にがっかりし苦しんでいました。結局高い基準、過剰な価値観が自分を苦しめていたのです。過剰な価値観が能力を発揮させ、ある程度のところまで行けるので否定はしませんが、それは秀才型の能力の発揮の仕方で、苦しみながら成功するがという感じになります。
優秀になるように、前へ前へと進んだ結果、それでも幸せになれないと分かった時に、自分自身を苦しめている本当の原因を探りました。過去に戻って、土の中に埋めてしまったものを探して、全部終わらせたいという気持ちになっていました。
そこではじめて、本当に苦しんでいた自分を抱きしめました。成績が悪い、と悲しんでいる自分が土の中で(潜在意識の底で)生きていたのです。だけど私は、そんなこと知らずに優秀な自分の立場だけを大事にして、土の中の自分(成績が悪い、と悲しんでいる自分)を否定して生きていたわけです。このように半分の自分だけしか受け入れていなかった。自分の半分を殺して生きてきた。これは半分の自分を否定しているわけですので、セルフイメージが低くなっていたのです。セルフイメージは自己否定がある時には低くなります。セルフイメージは、どんな自分もOKだと感じている時に高いと言えるのです。
だから、「優秀な自分」と「できない自分」の両方を受け入れた時に、初めてセルフイメージは高くなるのです。片方の「優秀である自分」は誰でも受け入れられるでしょう。本当に受け入れなければならないのは「できない自分」の方です。両方を受け入れたとき、自己否定がなくなり凄く楽になり、そこで幸せに感じました。ただ自分であるだけで幸せだと気づいたのです。
みずからを受け入れるということ
山崎啓支氏: 自分自身を受け入れている時には、向いていることをただ楽しいから集中してやります。「こうしなければならない」と思って頑張っている時は、楽しくないですよね。向いていることをやっている時は、どんどん進んで、創造性も豊かになってきて、いい流れで仕事もでき、それで成功していきます。これは、先ほどお話しした「秀才型」と対になる「天才型」の発揮の仕方です。「秀才型」「天才型」どちらも高いパフォーマンスを実現できますが、「天才型」の方が楽しいのです。
優秀な人を見ても嫉妬心も起こりませんし、ベストセラー作家を見ても(笑)、純粋に素晴らしいと思えるようになりました。また逆に、仕事ができないかつての自分のような人を見ても、「向いていないことを、やっているだけなんだな」と捉えることが出来、できるアドバイスをしようと思うことこそすれ、嫌悪感などはなくなりました。自分の中の光から影までを受け入れたら、世界はだいぶ違って見えてくるものです。
人間はたぶん、幸せになるために生きていると思います。成功すればみんな幸せになれると思っている。私も「成功しよう」と思って、頑張って成功してみた時期もありました。でも成功することと、幸せになることは別だったのです。ふつう、価値観や理想があるから頑張れると思われていますが、それを手放した時にもっと大きなスケールで物事を捉えることができるのです。
人間は、理想を持ちそのギャップから現実の自分を自己否定するところから始まります。理想と現実の間のギャップで苦しみながら、成長していきます。しかし、多くの人々はそこで留まったまま、苦しんでいます。ビジネスマンも、ダメな自分と優秀な自分のセルフイメージの葛藤が大きすぎて、心の病を抱えてしまう人がどんどん増えています。価値基準を上げるような生き方ばかり続け、かなえられないたびに自己否定して、心が壊れて麻痺してしまうのです。
より多くの人に発信するために
――その成功や失敗という経験を生かして、本にまとめられています。
山崎啓支氏: このままでは「心が病んでしまう」という人を見て、助けないわけにはいかない、そういう気持ちでNLPに携わっていますが、色々な理由でセミナーに来られない人にも、そのエッセンスだけでも学んでいただければと思い、本という媒体に託し発信しています。それは、生きた証として、人生という放物線に座標を打つような作業だと思っています。その時その時に命を懸けて伝えた思いを、もの凄いエネルギーで残しているような感じです。私のセミナーに来た人が、大きな変化を体験し、それで救われた人が大勢います…私はいつもその場の直感を大切にしてセミナーを行っているため、常に新しい方法を生み出しています。また、私自身が大きく変化していくので、かつての受講生を大きく変化させた方法ですら扱わなくなっていきます。しかし、ある時に人間を大きく変化させた方法を、未来において必要としている人がいると思うのです。それを書き留めておくことで、それを必要とする人がいつの時代でも学べるような形にしておきたいと思うのです。
電子書籍もその一つです。どんどん広がっていくといいと思います。本を作るのは本当に大変なので、著者としては、絶版になるのは寂しいのです。電子書籍はずっと残るので、今は手にしない子供たちが、大人になった時に、手に取って読むことができます。それから本というのは、その時期その時期にしか書けないものがあります。私の場合は『願いがかなうNLP』で、今はもう書けないと思います。私自身も変化して重要になるテーマも違ってくるので、その当時の情熱的な表現、文章も今書けるかどうか分かりませんから。
――その時々の想い、情熱を託すのですね。
山崎啓支氏: その際一緒に本作りをしていく編集者のアドバイスはありがたいですよね。編集者が手綱を締めてくれるから、マッチした内容の本が書けます。著者は、自分の書きたいことやこだわりがあると思うのですが、編集者はあえてそこに苦言を呈して、上手に信頼関係を築きながらうまく修正して、本にしてくれていると感じています。文面が一般の読者に受け入れられるかどうかをチェックしてもらうのですが、そういうところは編集者のほうが優れていると感じています。意見が違ってくるときには説明して理解してもらうように務めますが、基本的には、編集者の言うことに従います。NLPのラポール(信頼関係)、ミラーリング(相手と動作・しぐさを合わせること)などを感じていますね。私が編集者を尊重すると、私も尊重されるのです。編集者と著者が良い関係にあって、協力しあう時に奇跡的な良い作品が生まれると思っています。
「観念の箱」を開けてみよう
――これからどのような気持ちを記されていくのでしょう。
山崎啓支氏: 私は、人間一人一人に「根本的変化」を実現していきたいと思っています。人間というのは、狭い箱(=牢獄)の中でとても不自由な思いをして生きています。その箱(=牢獄)は、「~べき」とか「〜ければならない」という、自分で作った観念の箱なのです。例えば、赤い色眼鏡を掛けることを認識して世界を覗けば「自分は赤い色眼鏡を掛けているから、赤い世界が見えている」と気づけますが、自分で作った観念の箱の中では、どうしてそう見えるのかということ自体わからないのです。
「自分は自由に生きている」と思っていても、実際にはとても不自由なのです。それでも、箱の中で心地よく生きるようになるための技術(能力開発技法・心理療法など)はたくさんあります。私は、それによる変化を「修正的変化」と呼んでいます。その箱(=牢獄)の中の壁紙の色を変えたり、ソファーを買ってみたりですね。
でも、箱(=牢獄)にいる限りにおいては、根本的に不自由なのは変わりません。本当にその牢獄から出られるような「根本的変化」を経るには、今の自分をある程度手放していく必要があります。痛みも伴いますが、そうしないと根本的に幸せにはなれません。今は、苦しみの上でのちょっとした幸せでしかない。私は、今日お話ししたような自分の経験から、「根本的に幸せな状態は誰でも実現できる可能性がある」と思っています。それを実現できる方法を、これからも機会を得るごとに、多くの人々に伝えていきたいと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 山崎啓支 』