道歩きで人生を切り拓こう
――今日のシャツは何を着ていらっしゃるのですか。
久米信行氏: これはダイアログ・イン・ザ・ダークのTシャツですね。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク〜真っ暗闇のエンターテイメント〜」と題した活動のもので「眼を閉じる=日常を離れる×常識を忘れる」をコンセプトにしています。見る前に跳べる。真っ暗闇の中で、未知なる非日常に触れることで、新しい自分に出会うことができます。他にも、拙著『ピンで生きなさい』の出版記念のために創った「ピンで生きるための黄金律」をプリントしたTシャツもあります。そこには「∞=1×∞」とプリントされています。「ピンの道は無限に通ず」です。
今はLINEなどで、似たもの同士が集まって濃密なレスを繰り返すので、結局モノカルチャーになってしまいがちですよね。でも、仲良しサークルの外にひとり飛び出して、自分と違った感性や知性を持つ達人と接することで、自分の中に眠る“オタク”の部分が覚醒することがあるはずです。それを繰り返すほど、自分の無限の可能性も切り開かれていく。“ピンは無限に通ず”というのは、そういった意味なのです。似た者同士の仲良しだけでいる人生は、もったいないなと僕は思います。スキマ時間には、スマホを閉じて、本を読もう。見知らぬジャンルの達人の本にピンと来たら、ネットでつながって会いに行こう。「ググってウィキして会いに行け」と、僕は明大の教え子たちに言い続けています。スマホで似た者同士とレスばかりしていると世界も人生も閉じていってしまいます。
電車の中では、スマホより電子書籍に触れて欲しい。なにしろ無料の古典名作全集から最新ベストセラーまで片手で携帯できる素晴らしい時代になったのです。僕自身も、夏目漱石の『こころ』など、青空文庫で無料文庫本をたくさんダウンロードしています。『風立ちぬ』とか『人間失格』とか、昔読んだ本を歳をとってから読み返すと、その深みがさらにわかるものです。やっぱり古典は大切ですよね。Google元社長が実践していた「村上式シンプル英語勉強法」で知られる村上憲郎さんと明治大学のパネル討論でご一緒した時に、楽屋裏で読書の話になりました。お互い、トイレの書棚があるという共通点で盛り上がったのです。村上さんは「トイレに並ぶ本が一番大事な本。学生の頃は解けなかった物理などの古典が並んでいて、それを考えるのが一番幸せな時だ」とおっしゃっていました。僕の場合は旅が好きなので、トイレの書棚には『ことりっぷ』など旅のガイド本ばかりが並んでいます。トイレで空想の旅に出るのです。
あとは、地下室にも作り付けの大きな書棚が並んでいます。右側の壁の書棚は僕の右脳を表し、美術館で買い集めた展覧会の図録と楽譜、CD、DVDなど感性を動かすものが並んでいます。一方、左側の壁の書棚には、経営書、ビジネス書から、科学や宗教の本まで、理性や知性に関わる本が並んでいるのです。それとは別に、童話や絵本などの書棚もあります。僕の本棚を見れば、僕の人生が、脳の中身がわかります。本が“僕”を表すアイコンとなっているわけです。
僕の目標の一つに、最良の書やCDを棚に並べて、その解説集を作りあげることがあります。生涯をかけて、良い作品に出会い、それを後世に遺して広めるお手伝いをしたいと願うのです。最近、仲間内で「どういうお葬式をしたいか」という話になったので、僕はデジタル葬を提案しました。日々撮った写真、感じたこと、原稿など、Facebookやブログに刻んだ生きた証を、お墓の代わりに全てアーカイブとして遺してもらうのがデジタル葬です。弔辞の代わりにコメントを遺していただき、命日にはメールが親友に届きます。年に一度、親友の遺したアーカイブを見て懐かしむというものです。そのアーカイブに、書棚の目録と解説集も加えたいのです。
――久米さんとって本とは。
久米信行氏: 「脳のパラボラ力 × 心のズーム力 = 幸福感得力」を増強するツールですね。「脳のパラボラ力」でアルマ望遠鏡の如く、五感を働かせ楽しむ対象を増やし、「心のズーム力」ではハッブル望遠鏡の如く、対象を凝視して味わい尽くす。この二つのかけ算で、たとえ同じ日常を生きていても、美しいもの楽しいことを見つけ出し味わう力=幸福感得力は無限に広がります。
また、不得手な真逆の脳を鍛えて「脳幹の軸を」鍛えるトレーニングマシンとも言えます。僕の場合、科学書も読んだら、宗教書も読む。経営書を読んだら、童話を読む。そうして上下左右を鍛えるうちに「真ん中」が鍛えられ、どちらにも動けてぶれない「脳幹の軸」ができあがるのです。
そして、老人力も幼児力も同時に磨ける「タイムマシン」であるとも言えます。老人になって初めてわかる古典の意味を、電子書籍のデカ文字で読むことができます。また老人になっても幼児と同じもので楽しめる喜びを、マンガで味わうこともできます。
さらに、生涯の師を見つけてつながる「魔法の媒体」とも言えるでしょう。今は本を読んで感動したら、著者をネットで探してファンレターを出せる、友達にもなれる有り難き時代です。そこでは、本にはならない日々のネット発信や、勉強会に参加しての生の声にも触れられる喜びを味わうことが出来ます。著者=師匠に恵まれるほど、人生が豊かになることはありません。
本棚は脳ミソの中身です。読書でのインプットから始まり、自ら感じたこと考えたことをネット上にどんどんアウトプットすれば、著者とつながりを持てる信じられないほど恵まれた時代です。SNSの読書感想ログや交遊関係も脳ミソの中身と言って良いでしょう。毎日少しずつ読書での感動(微分)を重ねながら、生涯読書の感想ログ(積分)を充実させたいと思います。書き手として、また同じ読者の仲間として「スマホ歩きで 自ら世界を閉じるのは もうやめにしよう!」と言いたいですね。未知なる本と師匠に出会い、情報発信で人生を切り拓こうと。
――こちらにライフログの一部をご用意頂きました。
久米信行氏: ジョン・レノンとオノ・ヨーコが出会った頃の『レノン・リメンバーズ(回想するジョン・レノン)』という本です。訳者の片岡義男さんのあとがきにある「ジョンがジョンであることが最大の敬意で私を幸せにしてくれる」というオノ・ヨーコの言葉に衝撃を受けて『グレープフルーツブック』という彼女の詩集に出会いました。キャンバスに穴を開けて空にかざして、雲の流れるのを見ていなさい…といった前衛的な本です。僕はロックが好きで、ビートルズのファンでしたが、この本のおかげで前衛芸術にも興味を持つようになりました。
愛読書を一冊と言われたらサン=テグジュペリの『星の王子さま』です。この本に出会って、僕は童話作家になりたいと願うようになったのです。あとは『かもめのジョナサン』の作者、リチャード・バックの『イリュージョン-悩める救世主の不思議な体験』という本。「念ずれば花開く」という自己啓発のメッセージが童話仕立てになっています。誰にでも大きなポテンシャルがあって、自分の心を開くと奇跡と呼ばれるようなことも起きる、というような話です。若い頃は、読書をして「物知りになりたい」、つまり色々と鎧を着て武装していったような気がしますが、今となって興味を持つのは、鎧を脱ぎ、目から鱗を落として、我が身を削ぎ落としていけるような本です。もっと純粋な自分に出会いたいと思いますね。
「ちくわ」のようにやわらかな軸を
――色々なものを削ぎ落とすことで、「真ん中」を軸に多方面に動けるのですね。
久米信行氏: 善とか悪とか、右とか左と決めつけて、一方的にやるのは嫌いなのです。森政弘先生の、『「非まじめ」のすすめ』ではありませんが、「まじめ」でも「不まじめ」でもない「非まじめ」でありたいのです。性善説、性悪説とか、何もかも二分法でわけるゼロイチの発想が苦手なのです。「いいあんばい」とか「おさまり」というのが、日本の知恵だと僕は思っています。例えば右翼のことを勉強したかったら、左翼のことも勉強する。そろばんもアートも勉強して、やっと自分の軸が見えてくるわけです。“空”や“無”というのは仏教では、目に見えない言葉では言えない究極のもの、命の根源ととらえるそうですが、「全てのことがわかった上で、真ん中は空」「何もないけど、全部ある」という感覚が大切だと思うのです。森先生も「究極の人格は朝露だ。赤い花の上にいれば赤く見えるし、草の上にいれば緑色を映す。これが理想の人格だと」とおっしゃっていました。若い頃は「自分だけの個性的な色」にこだわっていましたが、今では「純粋で透明な何かになりたい」と願うように変わったのです。本当の達人は、凄くとんがった意見を言っても、逆の側の意見も理解するし、真反対の意見を持つ人達にも友達がいたりするものです。また時には、あえて自分の意見の反対を発言することさえあるのです。ですから、簡単に排除したり、決めつけたりせず、実際に意見を聞いて、自分も勉強した上で、自分がどこに立つかを決めたい。とらわれなき自由な心を持ちたいです。
これから、一著者としては、自己啓発や情報発信のテーマに限らず、観光地域づくりやNPO経営など、僕の経験を役立てていただける実践的な本を引き続き書いていきたいです。さらに、昔からの夢である童話はもちろん、ネットで発信している電線クラブ、葉っぱクラブなどの写真詩とか、自分が楽しめて書けるものも大切にしたいです。商業出版ではなくても、誰か一人が読んでくれたら嬉しい。そういう柔らかい作品の数々もバランスよく書いていきたいですね。また、リアルに話す方がわかってくれる場合が多いので、講演や講義も続けたいと思います。明治大学では、三、四年生を教えていますが、本来は人生の楽しみ方歩み方や、ネット発信や繋がり方を一年できちんと教えたい。その後、地域や企業と連携するプロジェクトをゼミ形式でしっかり三年がかりで教えれば、きっと社会人基礎力の高い素晴らしい人財を育てられると思います。たとえば「すみだ北斎美術館プロジェクト」など、僕が地域で取り組んでいる課題を教え子たちと解決できれば最高です。その歩みもぜひ本にしてみたいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 久米信行 』