伊藤真

Profile

1958年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、司法研修所入所。司法研修修了と同時に弁護士登録。その後、真の法律家の育成を目指し、司法試験の受験指導にあたる。1995年「伊藤真の司法試験塾(現 伊藤塾)」を設立。塾長を務める。その後、法科大学院入試・公務員試験・司法書士試験・行政書士試験の受験指導を開始。「合格後を考える」という独自の指導理念は多くの受験生の賛同を得ている。 伊藤塾の講義のほか、大学での講義、代々木ゼミナールの教養講座講師、日経ビジネススクール講師、全国各地の司法書士会、税理士会、行政書士会などの研修講師も務める。 著書に『考え抜く力』(PHP研究所)、『本質をつかむ思考法』(KADOKAWA/中経出版)など。

Book Information

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“日本国憲法” には人類の叡智が詰め込まれている



弁護士でありながら伊藤塾を主宰する塾長の伊藤真さん。数々の塾生を法曹界に送り出すとともに、“憲法価値”の実現を目指す伝導者として、活躍されています。「人は皆同じ。人は皆違う」という伊藤さんの原点、日本国憲法に人類の叡智を見いだした学生時代など、歩みを振り返りながら、その想いを伺ってきました。

正解のない問いに 自らの頭で考え行動する


――伊藤塾を立ち上げられてちょうど20年になりますね。


伊藤真氏: 95年の立ち上げでしたが、あっという間でしたね。伊藤塾では、真の法律家、真の行政官の育成をおこなっています。司法試験に限らず、受験とは、その合格・不合格それ自体に意味があるわけではなく、どういう努力をして自分を成長させたか、それを生かして次に何に挑戦するのかが重要だと考えています。私はこの塾で、不合格になった人でも満足してくれる講義を、という想いでやっています。

司法試験には合格しなかった場合、その他の道としてビジネスパーソンや公務員、あるいは主婦など、皆さん別の道へ進みます。その時に、ここで学んだPDCA(Plan Do Check Act)の手法を鍛えていけば、時間管理、プロジェクト管理、モチベーションの維持、そしてスランプの克服などあらゆることを、別の道に進んでも生かすことができます。

法律の勉強の過程を通じて、身に付けてほしいのは、原発やTPP、消費税や集団的自衛権というような、何が正解なのか分からない問題に対して、自分の頭で考えて答えを創り出す力です。そしてその創り出した答えを、事実と論理と言葉で説得する。その技術を身に付けることが法律を学ぶことで、条文暗記とか、試験に出る範囲をひたすら暗記することではないのです。ですから、ここ伊藤塾は、この国を担っていく人づくりの場として「塾」とつけたのです。

――社会人材学舎では「ミドル・シニア向け」に開講されています。


伊藤真氏: 法曹養成、行政官の養成から少し広げ、明治大学の経営学者の野田稔先生と一緒に、社団法人としてすべてのビジネスパーソンのためのキャリア成長に関する塾を立ち上げました。受講生の皆様には、学び、ご自身の内面を変えることによって、新しい活躍のフィールドを広げていただきたいと思っています。

現在は様々な年齢層に向けて種々の講座を提供していますが、まずはミドル・シニア向けの講座から始めました。老後の生活は、年金だけでは困難で、生きていくだけでも大変な時代になります。60歳定年後の人生を考えた時に、第二の人生を悠々自適に送ることができる人は、ごくわずかです。ほとんどの人が、40代、50代のうちに、シニアになってからの働き方を考えなくてはいけない時代になっています。そういう皆さんに、学びなおしていただき、第二、第三の人生を社会貢献をしながら有意義に過ごしていけるようにしていただきたいと思っています。法律よりも自分の可能性を再発見しての学習・学びということを中心にやっています。

国籍、人種、宗教 さまざまな“ひとくくり”の危険性


――結果もさることながら、学んだ「過程」が生きてくるのですね。


伊藤真氏: 私自身も、憲法に出会うまでは夢や目標を少しずつ変えながら、人生を歩んできました。小学生のころ、放送部に所属していたのですが、電気関係をいじくるのが好きで、秋葉原に毎週通っては部品を買い、自分でラジオを作ったりしており、将来は技術者になりたいと思っていました。

中学生になると、父親の仕事の関係で二年間ドイツで過ごしました。ドイツに行く途中、初めて乗った飛行機で窓の下に広がる、ヨーロッパの景色が見えました。小学校で習った世界地図、ヨーロッパの地図と違い、国境線がなく、色分けもされていない、緑の森や畑がずっと続いていました。「国境というのは人間が勝手に決めたものだ」と実感しました。当時ドイツには、多くのトルコ人移民が住んでいましたが、「移民」というキーワードではくくれない、様々な価値観を彼らから感じました。いい人もいれば、変な人もいる。ドイツ人、日本人も同様です。
ホームステイやヨーロッパで一人旅を体験する中で次第に、何々人という“くくり”に違和感を感じていました。ひとり一人の心や人格が重要で、国境や国籍、そして民族や宗教というのはその人の個性を作っている要素の一つにすぎないのだと感じました。個人として尊重するということは、のちに大学で学ぶ憲法にも繋がっていきます。

外国で生活して、自分は日本人なのだという意識を強く感じ、自分の国のことをもっと知りたいと思い、『枕草子』や『大鏡』など、古典や全集のような本を読みあさりました。中学三年生のとき日本に戻ってきましたが、そういった気持ちから、高校では武道をやろうと思い、和弓を始めました。心身を鍛錬して自分を磨いていく武道の精神に入れ込み「正々堂々と生きなくてはならない」という思いを強く持ちはじめました。

明治維新の志士たちが苦労して作り上げてきたのに、今、自分の国を外国に守ってもらうおかしさ。かといって、自分には軍人となって一般市民を殺すことなどできそうもなく、それを他の軍人に押し付けることの矛盾に悩み考えました。自分の中でどういう生き方が本物なのだろうとずっと考えていた時期でしたね。

武道に通じる「戦わずして勝つ」憲法九条の精神


――その悩みはどのように解決したのでしょうか。


伊藤真氏: すぐには解決せず、大学に入ってもしばらく続きました。高校生の頃に「とにかく日本のために何かしたい」と思い、外交官を目指して進学した東大も、入学してみると、外交官の仕事がどうも自分が想像していたのと違うと分かり、急に熱が冷め、また悩んでしまいます。道を失った私は、六本木あたりで遊びほうけていたり(笑)、オーケストラ部で、トランペットを吹いていたり、車いじりも好きだったので、エンジンの改造などしたりと、ふらふらして過ごしていました。そのような気持ちがふっとんだのが、憲法との出会いでした。

憲法9条を知った時は、思わず「その手があったのか!」と驚きました。憲法では「戦わずして勝つ、攻められない国を作る」それが一番の安全保障だと言っているのです。武道の世界でも、剣を抜かずに、その人の気高さ、精神性の高さで、相手に手を出させないのが、本当の達人。日本人の魂や武士道精神に一致するのが、憲法9条に体現されている……こんなすごいものはないと感心しました。

また聖徳太子の「十七条憲法」にも、一条目に「和(やわ)らぎを以て貴しとなす」とあります。争いは話し合いで解決しましょうと書いてあります。日本人は争うよりも平和を望む、争いごとにはなじみにくい民族で、そういう知恵が我々にはあり、それが憲法九条に凝縮されているのだと。そういう東洋的な思想と、西洋の発想である憲法13条の「すべて国民は、個人として尊重される。…」という考え方とが見事に融合しています。最も重要な人類の発明、叡智が日本国憲法ではないかと感じました。大学では芦部信喜先生と樋口陽一先生に学びましたが、樋口先生の授業では、世界の色々な国々の憲法と比較して、日本国憲法がどのような位置にあるかを学びました。憲法を学んでいく中で、昔の研究者の論文を読みながら、心が熱くなる自分に気づくことができました。



読書で鍛える想像力や共感力


――様々な本でその想いを伝えられています。


伊藤真氏: 憲法関連の本を書くうちに広がっていきましたが、最初に出した本は『伊藤真の司法試験合格塾!』という勉強法の本でした。その後、時間術とか論理的なものの見方とか、記憶とか、そういう学びのための本も書くことになりました。読み手の方の人生に少しでもいい影響を与えられればという気持ちで書いています。

受験勉強のノウハウ本であれば、勉強で苦しんでいたけど、何かヒントをもらったとか、法律の本であれば、今まで分からなかったことが、この本を読んでよく分かったとか。勉強してみよう、頑張ろうという気持ちになるような、何か変化が生まれて、その方の幸せの総量が増えていくきっかけになれれば嬉しいですね。

――読み手としてはいかがですか。


伊藤真氏: 私自身も、本で学び、考えるきっかけを与えてもらいました。私たちは、年齢とともに、考え方も変わったりしますが、本はそこにあって変わらない。けれども、私たちの年齢とともに、その本の読み取り方は変わります。高校生で読む夏目漱石と、大人になってから読むのとでは、中身の読み取り方が全然違います。本は受け手の力量によって、得られるものが違ってくるのです。読み手の力量が試されるのが本。読み手の力量によって、得られるものが様々であるというのが、面白い本で、いい本なのかも知れませんね。

また、本を読むというのは、文字で書かれてあるものを読み取って、頭の中で映像に置き換える作業です。それが想像力や共感力を鍛える上で大きな訓練になります。学び続ける人間にとって、本質的に必要なものだと思います。書店にも良く行くのですが、知の楽園にどっぷりつかってしまうと、いつの間にか数時間経つ事もしばしばです。

予想しない「知」に出会うことができる書店の魅力


――のめり込んでしまうんですね(笑)。


伊藤真氏: 知の楽園に魅了され、ついつい時間を忘れてしまうんです(笑)。ですので最近は、あらかじめ時間を決めて行くようにしています。この辺り、渋谷にも大きな書店はいくつもありますし、代官山のほうに足を伸ばせばTSUTAYAがあります。TSUTAYAはレイアウトを工夫していたりしています。そこで読んだりすると、時間を忘れそうで、ちょっと危ないですね(笑)。

電子書籍も使っていますが、目的意識を持って読んだり探したりするのには、すごくいいと思います。キーワード検索ができるし、Amazonでは関連するような、似たような本がサッと出てくるし。資料探しという面ではすごくいいかなと思います。それに、Kindleで手軽に何冊も持ち歩いて読むことができます。長期の旅行で、何冊も持ち歩けない時には便利ですよね。

一方で、紙媒体のほうは、においや手あかの汚し具合など、自分の歴史が刻まれています。それが記録に残せるので、読み返した時に「あの時あんなことを考えていたんだ」と、自分の過去を振り返ることができます。紙媒体の本と電子書籍は共存していくと思いますよ。

書店では、普段自分が関心のあるところをちらっとは見ますが、普段寄り付かないようなところの棚に行くこともできますよね。自分の専門分野ではない、数学や建築の本、料理の本とか趣味の世界の本とか、そういうところに行って、こんな本がでている、と常にワクワクしています。

最近興味深かった本は、ちょっと前に出たメグ・ジェイさんの『人生は20代で決まる』ですね。20代の学生に、今の時代がどれだけ大切な時代なのか、色々なものを先延ばしにして、モラトリアムの時間をアルバイトだけに費やしてしまってはもったいないという話をしています。

今読み始めているのは、ギリシャの憲法の本です。ソクラテスやプラトンといった時代の憲法はどうなっていたのだろう、それが世界の憲法にどのように広がっていったのだろうとか、今から2000年前に「長髪を見て嫌ってはならない」と言っていて、面白いですよ。それ自体が人を損なうわけではないし、公共の福利を損なうわけでもない。行動で利益か不利益が決まっているのだから、と言っています。遥か昔から個人の尊厳について触れており、それが今の日本国憲法にもつながっている……憲法はやはり人類の叡智だと思いました。

憲法の伝道師として


――人類の叡智、その憲法価値実現のために、様々な活動をされています。


伊藤真氏: 法曹養成については、法律家、弁護士の仕事は非常にやりがいのある仕事であるということを、特に若い学生さんや社会人の方々に、もっと伝えていかなければと思っています。また、憲法の価値を実現することが、法律家の仕事であり、行政官の役割と考えているので、憲法の伝道師として、日本国憲法の価値を実現できる法律家を養成したいと思っています。

人間というのは、皆誰もがかけがえのない価値を持っていると同時に、皆人は違います。それが素晴らしいのだということを多くの人に知っていただいて、今の自分に価値がある、人と違っても、これでいいのだと。自分を肯定して心に余裕を持っていただきたいですね。すると自分と違う他者や、違う民族、宗教や個人の存在を認めるだけの余裕が生まれてきます。それが、様々な紛争を少しでも解決していくきっかけになっていくと思います。憲法13条の個人の尊重、日本国憲法の核心部分のところをより多くの人に、共感してもらいたい、伝えていきたいなと思っています。



――その日本国憲法を守るためには。


伊藤真氏: やはり行動することだと思います。国を作り上げていくことも、自由権を保障することも、政府に二度と戦争をさせないというようなことも、国民一人ひとりが主体的に行動する事が肝要で、これが国民主権という言葉の本質なのです。国民は、直接的な政治との関わりだけでなく、会社や学校、そして家庭の中でもそれぞれの役割を持っているんです。ひとり一票も、まさに憲法の価値の実現そのものですし、これからも塾や社会人材学舎、講演、そして執筆等をするなかで、もっと多くの皆さんに、憲法の価値や考え方を知ってもらいたいと思っています。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 伊藤真

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