経験はムダにならない
カノウユミコ氏: そのお店は、おかげさまで繁盛し、そのうち口コミが広がって、雑誌の取材を受けるようになりました。行列も出来、地方発送もさせて頂くようになり、仕事はどんどん忙しくなりました。お店をやっていて感じたのは、「全ての体験はムダではなかった」ということでした。そのときは、何になるか分からない未知の体験が、後々繋がっていくんです。何に繋がるかは、分からないけれども、何かに繋がるという確信はありました。
ですから、その体験の間口を広げるため、夏休みの二ヶ月間は休むと決めていました。休みの間は、将来ホテル経営がしたかったので、実地研修もかねて海外のホテルを泊まり歩いていました。
――この体験も……。
カノウユミコ氏: 実際にネパールでのエコリゾートホテルを立ち上げるプロジェクトに繋がっていきました。世界各地のホテルを泊まり歩いた経験が、調度品からお庭の設計にまで、ありとあらゆるものに役立ちました。そうしてパーマカルチャー(持続可能な自然循環システム)をコンセプトにしたホテル、「はなのいえ」がネパールに完成しました。そこには二年間いましたが、今でも、料理監修で訪れています。ひとつひとつ形になっていくことが嬉しくて、宿泊客も喜んでくれる。今はネットで世界中のお客様が訪れて下さっています。
自分の代わりに出会ってくれる「本」
カノウユミコ氏: 海外で暮らしながら、日本料理の素晴らしさを再認識しました。日本に帰国してから、和食の真髄を提供できる精進料理、懐石料理をやろうと、祐天寺でお店を始めることにしました。毎週末、山に山菜を採りに行ったり、とにかく満足してもらえるように、全力投球していました。「これ以上いい店はないぞ!」と思う店作りができたところで、また雑誌の取材を受けるようになりました。そのうち、取材だけでなく、お店のメニューを家庭で再現できるようなレシピページを執筆するようになりました。それとともに、料理教室も厨房でやっていたのですが、そこから、編集者からお声がかかって本作りがスタートしました。子どもの頃から慣れ親しんだ、あの柴田書店から料理本を出すということは、感慨深いものでした。
本作りはもちろん、ひとりでは出来ません。特に料理本の場合、編集者や写真家、スタッフの方たち、みんなで作り上げていきます。「この布陣でいきたいと思います」と言われたスタッフの中に、私が一緒にお仕事をしたいと思っていた方たちが入っており、「夢か!?もう死んでしまうのか!?(笑)」と思うほど、とても嬉しかったのを覚えています。
――どんな想いで本を作っていらっしゃいますか。
カノウユミコ氏: 料理も本も活動も、いつも100%でやっています。「本」も、読者に対するひとつのおもてなしだと思って書いています。だから手抜きは出来ない。常に本気の真剣勝負なんです。私にとって、編集者は世の中との仲立ちをしてくださって私の想いを形にしてくれる大切な存在です。表現方法を一緒に考えてくれます。
モスクワやニューヨーク、ソウルなど、世界中で私の本を手に取ってくださる方がいます。私の分身とも言える「本」が、私の代わりに何倍もの旅をしています。分身が色んな人に出会っています。物理的な制約から解放されて、色んな人に出会うことができる本。読んだことで、皆さんの生活の中で何か豊かなものに繋がっていってほしいなと思っています。
蓄積が創造を育む
カノウユミコ氏: 私の使命は、本質を追求することによって生まれてきた本や、料理、レシピを世の中に届けること。誰かの幸せや、社会の良いものになっていく、そういう創造をしていきたいと思っています。私は夢を決めるのが嫌なんです。色んな巡り合わせでやってきた、私には想像できない何かが待ち構えているので、そのものを受け入れたいと思っています。現時点での自分自身が決めてしまうと、どうしても狭い範囲になってします。新たな世界に飛び込んで、そこで感じたものを、例えば本などで社会に還元していきたいですね。
――今どんな世界に、飛び込まれているのでしょうか。
カノウユミコ氏: 今は、絶え間なくレシピを生み出すことを楽しんでいます。今は、発酵文化に興味があって、麹をつかったレシピの作成に取り組んでいます。もっともっと知識を増やして、自分の育てたぶどうやお米で、ワインやお酒を作っていきたいと目論んでいます(笑)。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 カノウユミコ 』