統一原理と普遍性を提示する
小林公夫氏: W早稲田セミナーは厳格な授業の評価制度で知られており、毎回講義の後に、「大変良い、良い、普通の上、普通、悪い、大変悪い」と記されたアンケート用紙で、学生から評価されるシステムになっていました。そして、悪い、大変悪いが半数以上あると仕事がなくなりクビを勧告されるシステムでした。
クビでは困りますから、どうすれば学生が興味を持ってくれるか、ごまかしではなく良い講義を提供できるか、考え続けました。板書やレジュメを工夫して、学生が能動的に、授業に参加できる形式にしたり、知らないことは徹底的に調べて講義をすることをモットーにしていました。その頃に出版したのが早稲田経営出版の『一般教養の天才』、『SPI能力検査30秒即解法』で、前者は25年間いまだに版を重ねて届けられています。
難関マスコミの入社試験の指導が中心でしたが、記者としてNHKなどで活躍する元受講生を見ると懐かしく思います。そのうち刑法の指導を任されることになり、社長から大学院の修士課程で学ぶことを勧められました。会社の推薦で進学した大学院ですので、2年後には職場に戻るはずでした。しかし、だんだんと面白くなり修士では満足せず、博士号をとることになり、結局8年間も学んでしまいました。
博士論文は非常にハードルが高く、大きな挑戦でした。指導教授からは、いつも「論文中に普遍的な統一原理を示しなさい」と言われていました。考えても考えても、なかなか統一原理が見つからず、教授に、「私が統一原理を発見できないのは、私の考えが足りないからなのか、それとも、そもそもこの世には存在しない原理を私は探し続けているのか、どちらなのでしょう。ご教示ください」と尋ねたくらいです。そのような調子ですから、大学で開かれる研究発表会では、たびたび論理の矛盾をつかれくじけそうになりました。しかし、なんとか諦めずに、統一原理に辿り着くことができました。
それがもとになり出版されたのが、約600頁という大著で日本評論社刊の『治療行為の正当化原理』です。就職関連の本から始まり、医学部受験の本を書き、法律の本を書いて、新書という流れで今に至ります。
――どのような想いで書かれていますか。
小林公夫氏: 大学院の博士論文と一緒で、統一原理と普遍性を提示出来ない原稿は一切、駄目だと思って書いています。博士論文も、雑誌や書籍の原稿も全部同じです。人間はそこに反応するんです。きちんと読んでくださる読者に、何か感じてくれるものを提示しないと読者にも失礼だと思います。
私にとって書くという行為は、人間の世界と社会を支配する統一原理と普遍性を掲示することです。それを文章で伝えること。そうすることではじめて、人の心の中に届きます。
その「本」という媒体を、読者に届けてくれるのが編集者です。例えば『勉強しろと言わずに子供を勉強させる法』という本を出版したとき、私からの当初案は 「できる子VSできない子」、「できる子の原動力」というものでした。編集会議を経て、発売タイトルに落ち着いたのですが、結果的には、増刷につぐ増刷でした。もし当初案のままであったら、売れ行きは全く違っていたと思います。編集者の役割というのは、中身はもちろんのこと、タイトルを含めて一冊の「本」を世の中と結びつけることだと思います。
昔から父親に「一生に一度、一冊で言いから本を出版しなさい」と言われて育ちましたが、その頃の私は、本など1冊も書けないと思っていました。本の出版に限ったことではありませんが、今でもひとつひとつが挑戦の連続です。
――何が先生を挑戦へと動かすのでしょうか。
小林公夫氏: やはり“生きている証”を求めているからでしょうか。哲学者の阿部次郎先生が「何を與へるかは神樣の問題である。與へられたるものを如何に發見し、如何に實現す可きかは人間の問題である。與へられたるものの相違は人間の力ではどうすることも出來ない運命である。」とおっしゃっています。さらに、「稟性を異にする總ての個人を通じて變ることなきは、與へられたるものを人生の終局に運び行く可き試煉と勞苦と實現との一生である」とも語っています。順風満帆の人生とは言えませんでしたが、与えられたことを理解し、その中で、自分のやれることを今も探していくしかないと思い進んでいます。
答える力を育てたい
――その成果が、様々な形で結実していきます。
小林公夫氏: 大したことはできませんでしたが、やはり頑張り続けることはとても大切なことだと思います。どんな人にも絶対にチャンスがある。やるかやらないかだけです。諦めたり、自分がここまででいいやとか決めてしまえば、そこで終わってしまいます。
私の好きな言葉にオルダス・ハックスリーのThere's only one corner of the universe you can be certain of improving, and that's your own self.(この宇宙に確実に改良できる場がひとつだけある。それは他ならぬ、あなた自身だ。)というのがあります。高校時代に英文で読み心に残っているものですが、この言葉の真髄を皆さんに伝えられるような教育をして参りたいと思います。
ほかにも、まだまだ伝えなければならないことがたくさんあります。現在、聞かれたことに答えない学生が多くなっていると指導の過程で実感しています。聞かれていることと違うことを答えるのは、質問の本質を理解せず、考えていないからだと思います。聞く力、書く力、伝える力。それらを総合して「答える力」と呼んでいますが、そうした能力を伸ばしていきたいですね。
(聞き手:沖中幸太郎)
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