なにかを学ぶときは、絶対に「省略」してはいけない
インターネットなどで当たり前のように使われている「ネットワーク」のしくみ。その全体像を、「ブラウザにURLを入力してから、サーバーがWebページの情報を返信してくるまでの過程を順番に追っていく」というユニークな構成で解説したベストセラー著書『ネットワークはなぜつながるのか』の著者である戸根勤さん。1986年にネットワークの仕事を始め、1997年に独立。現在、著作執筆のほか、講演活動などもおこない、ネットワークについて説明し続けてきた戸根さんに、本にまつわるお話を伺いました。
物事を学ぶときは、まず全体像から入れ!
――戸根さんは、「ネットワーク」に関する著書を多数出版されていますが、現在のお仕事、取り組みについて簡単にお伺いできますか。
戸根勤氏: どちらかというと書く仕事は今あまり活発じゃないですね。以前はけっこう書いていましたけど。今はそれよりも企業主催のセミナーや社内研修で講師をやったり、個別のネットワークの技術的なコンサルティングをしたりすることが多いですね。
――ご著書『ネットワークはなぜつながるのか』は、若手のエンジニアの方のバイブルになっておりますが、この本を書かれた経緯を教えて下さい。
戸根勤氏: その本を書いたのは、もう10年ぐらい前なのですが、当時、ネットワークの全体の動きを説明するというか解説する本はほとんどなくて。でも、ネットワークって、実はいろいろと階層に分かれていて、それぞれの段階においての技術の解説書はあるんです。
でも、「ネットワーク全部がどうまとまって、システムとしてどう機能しているのか」という全体を説明するものがない時代だったんですね。そこで、「そこを上手く説明してあげることは、実はすごく大切な事なんじゃないかな」と思って書きました。読者には新人のネットワークエンジニアの方を想定しています。いわゆる、エンジニアの卵みたいな人たちですね。
ただ、かなり専門的な内容ではあるので、ネットワークの知識がある人が読むとわかりやすいと思うんですが、ネットワークの知識が全くない人が読むと、相当しんどいかもしれませんね(笑)。
初心者は、専門用語を使って物事を覚えると失敗する
――実際に読んでみたんですけれども、世にある技術書の中ではとても分かりやすい言葉で書かれているように感じました。その辺りも気を使っていらっしゃいましたか。
戸根勤氏: 読んだ人が分からないとだめですからね。何事も、一つ一つ積み上げていかないとうまく積み上がらないんですよね。でも、その「ひとつ」を本当に真面目にやるのは、すごく大変な訳ですよ。人間って「自分が分かっていることは相手も分かっている」って思ってしまいがちなんですよね。だから、知らず知らずのうちに、説明でも話を端折っちゃうわけなんです。それに加えて、「この本は何ページに収めなくちゃいけない」とか、「何日で仕上げなくちゃいけない」とかいう問題もありますよね。そうすると、やっぱりいろいろ省略してしまうわけです。だから、そうならないように、ひたすら几帳面に、丁寧に、抜かさずに積み上げていくという事を心掛ける。相手がこちらの言いたいことが分かるように書くには、多分、この作業を徹底するのに尽きるんじゃないかしら。
――ただでさえ難解な構造について、これまた難しい専門用語で説明されると、専門用語を理解するのに必死になってしまって、肝心の中身のほうはまったく理解できないままで終わってしまいますもんね。
戸根勤氏: 「専門用語を使う」という行為は、まさに「省略」なんですよ。専門用語が分かっている相手なら省略してもOKだけど、そうじゃない相手には用語を使って端折っちゃだめなんですよ。
――たしかに、自分が理解していない言葉で覚えてしまうと、単に理解した気にはなるけれども、実際は理解していないことが多いですからね。
戸根勤氏: それからもう一つ重要なことは、説明するときは、表面上だけじゃダメなんです。これも当たり前のことなんですけど、説明する人が表面的にしかその物事を理解してなかったら、他人に教えるときも表面的な説明しかできませんよね。たとえば、ネットワークって階層的な構造なんですけど、それを端に「階層的な構造になっています」と説明するだけじゃだめ。「何で階層になっているのか」とか、その背景、目的とか、もっと総合的な全体像を伝えないといけない。
表面的なもので終わっちゃうと、単に「知っている」っていうレベルで終わっちゃうじゃないですか。それって、結局分かったようで分かってないんですよね。
知識はどうして大事かというと、本当はそれを使う場面が大事なわけですよ。技術者だったら「自分の知識を使って何か物を作る」とか、「壊れたものを直す」とか、そういうことしますよね。そういう場面で活かせない知識は、持っていても意味ないんじゃないかと思うんです。自分の技術に活かせる知識を身につけるには、ちゃんとした理解が必要だし、教える側は、それを説明しなくちゃしないといけないと思うんですよ。
本が読まなくなった理由のひとつは、「溜まってゴミになっていくから」
――それでは電子書籍についてお話を伺っていこうと思います。現在iPadなどの電子端末などで電子書籍を読まれていますか?
戸根勤氏: 電子書籍という意味でいうと、読んでいないですよね。ただ、電子だとか紙に関わらず、いわゆる「本」という形のパッケージングされた物を読むことは、昔に比べると量がずいぶん減ったような気がしますね。10年ぐらい前から新聞ももう読んでいないし。文字としては、ネットのドキュメントやらは相当読んでいますけれども。あと、ネットニュースやブログも、色々見てます。
――それは紙だと更新性が遅くなるからということも関係してますか。
戸根勤氏: それもあります。でも、紙ってどんどん溜まってゴミになっていくじゃないですか。片づけなくちゃいけないし、何かと面倒くさいですよね(笑)。本もそうですよね。だから、ブックスキャンのお客さんは、僕みたいな方が多いんじゃないですかね?
――そうですね。本が多いと場所を大きく占めてしまうので、「スペースを有効活用したい」というお客様も多いです。
戸根勤氏: やっぱり…!
日ごろ読む本は、奥さんからのリコメンドがあったものばかり
――ちなみに、紙の本を読まれるとしたら、普段はどんな本を読まれますか。
戸根勤氏: 紙で本を読むのは仕事に関係がない本ですね。小説とか。そういうものを出掛けた時の電車の中で読むことが多いですね。仕事関係の資料などは紙で読むことはあまりないです。
――小説はどういったジャンルものを読まれますか。
戸根勤氏: 推理小説みたいなものが多いですかね。そんなに読みませんけど(笑)。読んでも月に1、2冊じゃないでしょうか。
――本屋に立ち寄って買われたりもするんでしょうか。
戸根勤氏: うーん。そういうのもときにはありますけれど、一番多いのは、カミさんが買ってきたもので面白かったものを回してもらうことですね。
――奥様が読書家でいらっしゃるんですね。ちなみに、最近読まれた本というのは、何かありますか。
戸根勤氏: 何だろうな。先週読んだ本は『令嬢テレジアと華麗なる愛人たち』という本でしたね。ウチのカミさんから「面白いから」ってすすめられました(笑)。マリア・テレジアってご存知ですかね? フランス革命のマリー・アントワネットの母親で、オーストリア系ハプスブルク家の女帝と呼ばれた人です。
この本は、彼女のことを小説仕立てで書いた本で、いわゆるフランス版の時代の歴史書です。ちょっと面白そうだなと思って借りて読んだんですけど、読み始めたら、いきなり歴史小説じゃなくて官能小説みたいでしたよ(笑)。まあ、お盛んだったらしいですからね、あの方は。電車の中で読んでいて、「これは、まずい」って思いました(笑)。結構面白かったですけどね。先週読んだ本で、一番最近に読んだ本ということでたまたまお話しただけです(笑)。
――幼少期から学生時代までは、どんな本を読まれていましたか。
戸根勤氏: 子供の頃は、あまり本を読む習慣というのがなかったんですよ、僕ね。小学校の頃は野球少年でしたし。中学校や高校生ぐらいになると音楽少年になりましてね。今もやっていますけど、アメリカの民謡みたいな。ブルーグラス・ミュージックをやっていましてね。だから学生、大学生の頃とかは、そんなに本を読まなかったけど。でも、SFとかは好きで読んでいましたよね。
――あまりそれまで本を読まれてこなかったけれども、いまは本を書くお仕事をなさっているわけですよね。「本とはこういうものだ」みたいな定義のようなものはお持ちですか?
戸根勤氏: まず、世の中には、「情報」という大きなくくりがあると思っています。そして、その中に本もそのなかのカテゴライズのなかのひとつなんですよ。
多分、本の好きな方というのは、本のパッケージングが好きんだと思うんですよね。僕は本のパッケージングという意味合いは、あまり感じないというか重要だと思っていないんです。だから、本でも週刊誌でもブログでも、情報が手に入れられれば、何でもいいわけなんですよ。それこそ、twitterでもいいしね。もしくは、こうやって人と話をお話をすることも、僕にとっては、同じ「情報を得る」という行為であって、読書と同じ位置づけなんですよ。
どんな仕事でも一番大切にしているのは「受け手の感情を考えること」
――戸根さんのように執筆や講演をおこなっている方は、「相手に情報を与える」ということを意識していらっしゃるわけですね。ちなみに、そうした点において、戸根さんが、普段から気を付けていることを教えて下さい。
戸根勤氏: うーん、どういう答えが面白いかな(笑)。……うん。そうなんですよ。結局、こんな風に「どういう答えが面白いかな」といったことは、よく考えていますね。
話し手がいると、聞き手がいるわけじゃないですか。そして、書き手がいれば、読み手がいるわけです。会社の仕事でも、売る人と買う人がいる。そうするとやっぱり、「受け手がどういう風に受け取るか」というのを意識しながら、仕事をしてますよね。これも、思いつきで言っていますけれども(笑)。
結局、自分が何をやるかということは、やっぱり「相手がどういう風にそれを受けるか」ということは、すごく重要。特に仕事の場合は余計にね。金を稼ぐためには。それには対価のお金を払ってもらわないといけないのでね。
――戸根さんは、いまフリーランスでお仕事をされているわけですが、いかがですか?
戸根勤氏: 大変なことはもちろんありますね。自分で金勘定をちゃんとしなくちゃいけないとか、自分で税金の計算までしなくちゃいけないとか。会社でも金勘定はありますけど、でも、自分と会社の場合では、その切実さが違うんですよ。当たり前のことですけど。
それから、自分で全部やらなきゃいけないとか、仕事だけじゃなくて家事までしなきゃいけないとか(笑)。大変なこともあるかもしれませんけど、そんなに悲観的に考えないで、まあ、楽しんでやればいいんじゃないですかね。
――もし嫌な事をやっていても、楽しくなるような動機づけをすると変わりますか。
戸根勤氏: たとえば、ゲームをやってて難しい局面にさしかかったときに、そこをどうやって突破するかって考える。そういうのって楽しくありません? まあ、自分自身が難しい局面に立たされたときには、そんな風にはいかないかもしれませんけど、そういう楽しみ方ができるといいですよね。
人生の野望は「自分に合ったフロンティアを探すこと」
――読書から、仕事、人生、生き方といった流れになりましたが、最後に、今後の野望を趣味の範囲も含め教えていただいてよろしいですか。
戸根勤氏: 野望ですか?あんまり野望ないですよ、そんなもの(笑)。
うーん。そうですね…。昔、僕がネットワークの仕事を始めた頃。もうずいぶん前ですね、80年代の中ぐらいですか。その頃って情報システムの作り方が今と全然違いましてね。ネットワークなんて無かったんですよ。だから、その当時は「ネットワークで既存の情報システムみたいなものをひっくり返してやろう」といった野望はありました。現実に、ひっくり返ったんですけれどもね。それって結構エキサイティングな話で、面白かったわけですよ。世の中がどんどん変わっていくわけですからね。
ただ、すでに僕らはそういう感覚を持っていますから、今の時代に野望って言われても「ない」という感じを受けるんですよね。
――すでに、フロンティアがなくなってしまいましたか。
戸根勤氏: まあ、比較の問題かもしれませんね。僕らの若い頃といまの時代の。ただ、フロンティアが出てきても育ちにくい環境っていう面もあるんじゃないかしら。特に気になるのは経済面ですね。やっぱり経済的な部分からの後押しがないと、いくら良い技術でも上手くいきませんからね。
フロンティアがなさそうに感じるときには、フロンディアを探すしかない。これからは、これから発展していく分野をいかに見つけるかっていうことが重要なんでしょうね。だから、「そういうフロンティアを見つけることが野望」ってことにしておいてくださいよ。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 戸根勤 』