自分だけの〈道〉、競争率は1.0倍
――いままでに50冊以上、100万部以上、世の中に発信されていると思いますが、執筆されている間はどういった生活ですか?
千田琢哉氏: 朝起きて最初にやることが、歯磨きや顔を洗うことではなく、書くことなんです。極端な話、夜中の3時に目が覚めたら、サラリーマン時代は「ウワッ、損した」と思ってまたすぐ寝るじゃないですか。いまは目覚めたらすぐにブログを書いています。ノッてる時、次々にいいアイデアが思い浮かんでくる時は、歯も磨かず顔も洗わず、起きたての顔で夕方まで過ごす場合もありますね。当然、飲まず食わずで。これが多分、最高の幸せじゃないかと思います。おいしいものを食べるより、書いている方が好き。だから1日、うっかり今日は何も食べていないっていう日が、増えているんじゃないかな。だから仕事で締め切りに追われたことは一度もないです。全部「あり得ない!」って言われるスピードで仕上げて脱稿している。例えば、来月末までにお願いできますかって心配そうな顔をされても、その週の金曜日の朝イチには送っている。かえって向こうにドン引きされますけどね(笑)
――世の中に発信し続ける、何かご自身の使命みたいなものを感じられていますか?
千田琢哉氏: これを取ったら自分には何も残らないなというものが「執筆」。それにたどり着けたことが大きいですよね。サラリーマン時代は、やっぱり何だかんだ序列をつけられたり、競争をさせられたりしますよね。でもいまは、競争相手がいない。自分ひとりで好き勝手にやらせてもらっているから。もちろん、すごい先生方はたくさんいますし、それは心の底から拍手できる。でも、自分は自分の分野で一本の道を走っているだけだから、競争率は1.0倍。
――そんな風に、いま競争率1.0倍の道を走ってこられている人生に影響を与えた読書体験をお聞きしたいのですが、作家の世界に入るきっかけになった本は何ですか?
千田琢哉氏: 中谷彰宏さんの『人は誰でも作家になれる』(ダイヤモンド社)との出逢いです。この本が私のいまの人生を決定づけました。いまでも鮮明に憶えています。この本の19ページに「職業作家として食べていけるのは、50冊を越えてから」と書いてあります。この言葉は、宇宙で自分だけのために書かれたものだなと全身に電流が走って気を失いそうになりました。中谷彰宏さんはデビュー5年で45冊の本を世に出されていました。「なるほど。5年で50冊出せばスタートラインに立てるんだな」と全身の細胞が始動したのです。これまで以上に読書に拍車がかかり、狂ったように手当たり次第読みまくりました。
――本との出逢いの場である書店の変遷。本屋ってこんな風に変わったなとか、世の中にあふれている本自体、変化してきたなと思われる点はありますか?
千田琢哉氏: 書店はサービスが良くなってきていますよね。昔と比べたら売上が3分の1ぐらいに下がっているから、店員さんの「ありがとう」の迫力、魂のこもり方は、逆に3倍になった。昔は立ち読みの人を嫌な目で見たりしたけど、いまは立ち読みをしていても感謝ですよね。おまけに、全国的にはジュンク堂あたりがはしりだと記憶していますが、「どうぞ座り読みをしてください」という風になってきた。一方で読者の立場から言わせてもらうと著者のレベルは落ちてきていますね。だから著者としてはチャンスだと思ったんです。昔はビジネス書って、カリスマ経営者とか、偉い学者さんとか、そういう人たちの専売特許だった。すごいことが書いてあったし、1冊本を出すって恐ろしいことだなと思うくらい威厳がありましたが、いまは本を出すこと自体のハードルが下がっている。だから、たいして売れないのに参加者だけはやたら増えている。出版社としては売れないからどんどん本を出してごまかす。たくさん本を出すためには、レベルダウンさせるしかない。プロのレベルを知っている著者から見たら、いまのハードルの低さがチャンスなんです。単に1冊出すだけならすごく簡単です、本気になったらね。で、参加者が増えれば増えるほど、プロのレベルを目指している人間にはチャンス。身銭を切るお客さんはばかじゃないから、分かる人は分かるんですね。分かる人が、100人のうち1人しかいなかったとしても、そういう本が売れるんですよ。目利きができる人は、やはり各々の世界でちゃんとした地位や影響力を持っている。その人が発信したSNSなどで、どんどん広がっていく。100人のうち1人のすごい人の琴線に触れる本は、やはり、あるレベルでないと、通じ合うものがないんです。
――結局、本物は一つですものね。
千田琢哉氏: こんなにも参加者が増えて大変でしょう、倍率も高いしって言われますが、どれだけ増えても、自分の競争率は1.0倍だから。だから「千田さんの本ソックリな本が出てましたよ」って、写メールやハガキで教えてくれる人がいるけど、これはとてもいいことなんです。まねしてくれる人が増えるということは、それだけ自分が役に立っているということじゃないですか。その人たちもちゃんと印税が入って生活できる。結果として、オリジナルの私の地位も上がる。ピーター・ドラッカーがすごかったのは、ドラッカーのおかげで飯を食える人たちをたくさん増やしたこと。これって、すごいじゃないですか。ドラッカーでもなんでもない人たちがどんどん偉くなっていっている。それは、やっぱりドラッカーが天才だった証拠です。天才のすごさは、その人は普通に1.0倍で頑張っているだけなのに、その人で飯を食える人が勝手に増えていく。しかも恩着せがましくない。
大切なのは人材、救世主は外からやって来る
――ブログや自費出版、電子出版など、本を出すハードルはどんどん低くなっていると思いますが、そんな中で出版社、編集者の役割はどんなところにあると思いますか?
千田琢哉氏: 編集者がいないと、目も当てられない本がたくさん出て来ると思う。だから、編集者の役割はこれからもっと重要になるんじゃないかな。紙媒体の本のハードルが下がっていますがこれが電子書籍になれば、もっとハードルが下がる。電子書籍の究極の形ってメルマガやブログだと思うんです。自分で勝手に文章を書いて、誤字脱字がたくさんあるみたいなね。それで商売ができる、すそ野が広がっていくと、「これはお金を取っちゃいけないでしょう」という文章があふれまくるわけだから、編集者の層も広がっていくはずですね。電子書籍を仕上げる、紙の本は作れないけれども編集のまねっこができる、セミプロ編集者みたいな人が出てくるようになるでしょう。デジタル化が進化すればするほどアナログの価値が高まっていくのが、すべての業界の本質だと思うんです。ですから、紙の本はこれから逆に価値が高まっていくはずです。電子書籍は、どんどんハードルを下げて参加者を入れる。紙の本は場所も取るしお金もかかるから、ハードルがどんどん上がって「あの人、紙の本を出してる、すごい!」と言われるようになる。電池式時計が比較的安くて、機械式時計の価値が高まるのと似ていますよね。今日だってお会いして話をしているのはアナログ。こういう面談、一対一の対話の価値が高まっている証拠ですね。動画や本、インターネット、ブログとかで幾らでも情報なんて仕入れられるのに、やはり、アナログが頂点なんです。アナログの価値を極限まで高めていくのがデジタル化なんですね。
――デジタルがアナログを滅ぼすという言い方をされますが、そうではない。
千田琢哉氏: 逆ですよね。だって、本質的に地球の構造がアナログだし人間もアナログだから。100%デジタルで埋め尽くすことは不可能なんです。ロボットになってしまう。99%デジタル化を成し遂げられたとしても、その1%のアナログを高めるための手段を必ず残す。例えば携帯電話やスマートフォン。これが、デジタル化だと言いますが、メールやスマートフォンが広がれば広がるほどアナログがバレる。うそがつけなくなるんです。デジタル化が進化すればするほど、うそがつけなくなる時代になる。これまで恋愛小説を書いている作家さんの強みは何だったかというと、自分の容姿が隠せたこと。こんな素晴らしい恋愛小説を書く人ってどんな美人なんだろう、どんな素晴らしい恋愛をしてきたんだろうと。実際、実物を見たら「ウッソー!」みたいな人がたくさんいた。それが、いまはうそをつけない。顔でもインターネットではりつけられるし、動画もバンバン、アップされる。
――デジタルがアナログを顕在化させるということですが、電子書籍についてもお伺いします。電子書籍は利用しますか?
千田琢哉氏: 全くないです。展示会とか催し物、著者パーティーなどで触らせてもらったことはありますが、自分で購入したことは1回もないですね。
――購入しない理由はありますか?
千田琢哉氏: 昔のパソコンと同じで、Windowsのような決定打が出ていないのが大きいですね。パソコンがここまで一般化したのは、Windowsが出たからだったと思うんです。ハードルが下がった。電子書籍の最大のネックは、出版業界を観察したり電子書籍の専門家を見ても、まだ人材が本物じゃない。出版社の中でも、どちらかというと窓際みたいな人材が担当者にあたっているんですよね。サラブレッドみたいな人材がそこに関心を持つと、もう少し使ってもらえるようになるんじゃないかなと。かつて株価が100円を切って総合商社の時代が終わったと言われた時代があったんです。でも、またいま息を吹き返して元気になってきているのは、商社という器が失敗だったとしても人材がサラブレッドだったから。ビジネスってやっぱり頭脳で回っている。どれだけでも息を吹き返してくるんですね。コンサルって、これだけ批判も多いのに、必ずしぶとく存在している。なぜかというとトップレベルの人材が集まっているから。何が言いたいかというと、ある極限の分岐点でボン!とブレイクするには、まだ電子書籍にかかわっている人材のレベルがそこに到達していないと考えるのが自然です。
――本物がいないと。
千田琢哉氏: 色々な業界を見てきましたが、そういう本物は多くの場合外からやって来る。畑違いの異端児が、次代を創るんですよ。まだこれから可能性はある。でも、このまま本物が参加してくれなければ、電子書籍の時代は多分このまま終わってしまう。人材、救世主が現れれば市場は全く変わると思う。そういう人がまだいないというのは直感で分かるんです。色々な電子書籍の本を読んでも、分厚くて詳しいけれども心に響かない、記憶に残らない。極めつけの「男は黙ってサッポロビール」みたいな殺し文句のキャッチコピーがないんです。Windowsってすごいじゃないですか。つい20年前までとてつもなく複雑で、パソコンができることがすごいって社内でヒーローになっていた。それが、Windowsが出た瞬間に、地球上全部に広がってしまった。あの衝撃が出版業界にはまだない。このままいけば、かなりの確率で電子書籍の時代は終わってしまう。これからブレイクできるかどうかは“種と金”で決まる。種とは精子です。遺伝子、知能ですよね。そしてやっぱりお金の力は絶大です。斜陽業界は種と金が集まって初めて復興していくんです。救世主はいつも「君みたいな人が本当にこの業界に入ってくれるの?」という人材なんです。
――何かを救う者は、全く違うところからやって来る。
千田琢哉氏: その確率が高いですね。色々な業界を見てきましたが、業界の中の人って序列をつけたがるから。「課長に向かってそんな口の利き方はダメじゃないか」と言った瞬間にアイデアは殺されてしまう。でも外から来た人は何も知らないから、本当のことをポン!と言っちゃう。「電子書籍の専門家にイケてる人がいない」って、出版業界の人は言えないですよね。でもそれが事実なんです。事実を言える人っていうのは、その業界に無垢な愛情をもっていて、もし干されたとしても痛くもかゆくもない人。この二面性を持っている人しかこんなことはできない。
――千田さんは音声CDの販売をされています。音声CDは電子書籍の可能性の先駆けだと思います。千田さんご自身が電子書籍業界にメスを入れるというお考えはありますか?
千田琢哉氏: 全くないです。私は文筆家として筆一本で生涯をまっとうします。命を狙われることもあるかもしれません。コンサルで業界変革をしたり、組織を作って会社を経営したりする道は、もう捨てました。捨てた瞬間に自分の役割ってハッキリするじゃないですか。「自分にはこれしかない」と思うのは、新しい動きをして電子書籍業界を変えていくことではなく、筆の力で世の中を揺さぶっていくこと。この道ですよね。電子書籍について何か文章を書くかもしれないけど、そこに入って寿命を削ることはしない。それは、そういうことに命をかけたいという人に譲るのが筋です。役割が違う。
――これからも、執筆活動で世の中を揺さぶっていく。
千田琢哉氏: 風船に針を刺す、みたいなことが好きなんです、昔から。
著書一覧『 千田琢哉 』