奥野宣之

Profile

1981年大阪府生まれ。同志社大学文学部社会学科でジャーナリズムを専攻後、出版社、新聞社勤務を経てフリーランスに。独自の情報整理術を公開した『情報は1冊のノートにまとめなさい』(Nanaブックス)で著作デビュー。第2弾『読書は1冊のノートにまとめなさい』(同)、第3弾『人生は1冊のノートにまとめなさい』(ダイヤモンド社)のシリーズ3冊は累計50万部を超えるベストセラーとなる。メモやノート、文房具の活用法から発想法、デジタル・アナログを問わない情報活用、知的生産術まで、わかりやすく書き下ろした著作は、若手ビジネスパーソンを中心に支持を集めている。

Book Information

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興味と好奇心であふれる毎日



ライター、書評家、さらにはセミナーなどで講師もする奥野宣之さんは、2008年に出版した『情報は1冊のノートにまとめなさい』が、読者の心をつかみ、32万部のベストセラーになりました。その後の続編「ノートシリーズ」でも話題になり、やがて海外にも出版され、今注目の若手作家です。情報整理、ビジネス記事、体験記録やエッセイなど、その面白くてわかりやすい情報に引き寄せられ、幅広い年齢層から支持を受けています。そんな奥野さんにとって「本」とは、どんな意味を持つのか、プライベートも含めてインタビューしました。

僕にとって本とは、デジタルだらけにならないようバランスを取るためのものです


――早速ですが、今現在行われている取り組みや、お仕事について教えていただけますか?


奥野宣之氏: 仕事は、基本的にライターです。単行本のほかに無署名のライター仕事もいっぱいやっています。本を書く仕事、連載を書く仕事、それから講演やイベントも行っています。あとは、家事とか育児の手伝い(笑)。

――お子さんは何人いらっしゃいますか?


奥野宣之氏: 2歳と0歳の女の子2人です。2人とも、むちゃくちゃ手がかかるんです(笑)。仕事しているとき以外の時間は、全部オムツ替えです(笑)。僕は家でできる仕事をしているので、家にいる確率は結構高くて、週に4日ぐらいは絶対にいますね。昼間は取材や打ち合わせ、あとは本屋に行くとか資料を探したりして、家を出ていたりするけど、朝と晩は家にいるという感じです。

――著書の『人生は1冊のノートにまとめなさい』などは、このデジタル社会で便利品があふれる中、あえてアナログを紹介しシリーズ累計50万部のベストセラーとなりました。そのヒットした要因は現代の人々に何があったからだと思いますか?


奥野宣之氏: 何か足りない感覚があったんじゃないかな。世の中がバーチャルなものとか、手触りの無いもの、風合いとか、身体感覚の無いものばかりになって来たから、どこかでバランスを取りたくなったんじゃないですかね。やっぱり人は手触りのあるものと、デジタルなもの両方必要だと思います。リアルな物ばっかりに囲まれているとテレビが見たくなったり、テレビばっかり見ているとキャンプに行きたくなったりするような感じだと思うんですよ。だから僕の本は、キャンプだとか運動だとか、フィジカルな、能動的で身体性のあるものだったということだと思います。結局今って、情報は無尽蔵に手に入るでしょ。ハッキリ言ったら、人の声っていくらでも聞けるわけですよ。昔だったら、人の声を聞こうと思ったら、アポを取って手紙を書いてと、大変なものでしたけど、今はもうTwitterとかを検索したら無尽蔵に出てくる。だから、他人の声を聞く努力というものがほとんどいらなくなっちゃってる。それより「自分の声」を聞く努力がいるんだと思うんですよ。それが今、むちゃくちゃ難しい世の中になってきたと思います。その方法のひとつが、ノートを使うことだったということですよね。

生活そのものが、常にネタ探し


――奥野さんは大学生のころからノートに書き続けてこられている、ということですが、本を書くという職業になる前は、新聞社で働かれていたそうですね。


奥野宣之氏: 新聞社と言っても専門誌、業界誌だったんです。2社で働きました。ジャンルは環境と、物流関係の海運です。その2つの業界を取材してきました。環境というのは産業廃棄物などのゴミ問題や環境汚染について、海運は港とかロジスティクスの話ですね。取材先は人によって船会社であったり、航空会社であったり、全然違うんですけど、僕は港や役所でしたね。

――インタビューをする上で、どういったことを心掛けていますか?


奥野宣之氏: 1つのテーマ、あるいは聞きたいことを、ぐるぐるまわって何回も質問します。聞きたいことは3つくらいだけども、質問は20個ぐらいします。一見すると、違うことを質問しているようだけど、実は同じ質問というのを何個も重ねていって、いい言葉が出てくるまで突っつき回すんです。人柄や、その人にしか出せない言葉をどうやって出すかなんですね。何を聞いても紋切り型の言葉で乗りきろうとする人ってよくいるんですけど、そんなときでも生の言葉を聞き出すまで突っ込みます。「この話をしているときは、生き生きしているな」と思ったことを、手を突っ込んでバアッと広げるような感じですかね。だから、プロレスの協力して「いい試合」を作ろうとするところがあるように思います(笑)。

――まさに真剣勝負ですね。


奥野宣之氏: 相手が輝く瞬間をどう見つけるかということです。会ってみるまでわからないですから。有名人だと、ある程度ほかのインタビューを見ていれば、ああ、こういう人だなとわかるんですけど、メディアに出ていなくて人柄もがわからない場合はその瞬間で勝負しないといけない。普段から何かしら、興味を持ったことは常に情報として入れておくというのは、インタビューをする上ですごくいいことだと思いますね。本当に日常的なことでもいいんです、例えばスーパーに買い物に行って、野菜の値段をみても、それもまたネタになります。別に特別なことをしなくても、注意力で情報やネタは見つかりますから。それと観察力ですね。だから僕の感覚では、全生活が情報につながっていくような感じですね。

すごい書棚を作るのは、はじめから諦めている


――好きな本をどんどん読んでいくと、本が増えていく一方かと思います。本棚などで何か工夫はされているのでしょうか?




奥野宣之氏: 使いやすい本棚を通販で買いました。結構便利に使っています。サイズが違う本とかも、自分でも並べたりする作業が好きなんです。読める年表もあるし、古い辞典を買うのも好きなんですよ。仕事で読んだ本や、趣味や娯楽のために読む本、もらった本とか、いろいろあります。

――奥野さんの本棚を拝見すると、旅行の本が多いようですが、気づいたら増えていたといった感じですか?


奥野宣之氏: はい。テーマって、たぶん、昔から自分の中にもともとあるものなんですよね。全然興味の無いことを「書いてくれ」と依頼されたとして、言われてから資料を集めたら、おそらく薄っぺらいものしかできない。だから、これから書こうと思っている旅のことや、『1冊のノート』シリーズとかも、もともと僕の中にあったテーマです。最近、新書の『処方せん的読書術』を書いたときのことですけど5年以上前に新聞から切り抜いた記事とかを引用していますからね。別に本のネタにしようと思っていたわけじゃなくて、その時に「何か面白いな」と思って切っていただけです。メンタル的なことや、落ち込んだ時の読書といったことを書こうなんてことは全然思っていなかったけど、それは無意識のうちにテーマとしてもともとあったから、勝手に資料が集まっていたんです。僕は、好きなものじゃないと書けないですからね。ほかにも、まだ自分でも「これが好きだ」とわかっていないことがいっぱいあって、これからもたぶんそれを見つけながら書くんじゃないですかね。

――奥野さんは速いペースで本が増えていくと想像しますが、その場合は捨てたりもされるのでしょうか?


奥野宣之氏: はい、捨てますね。常に、こう、流れていく感じですよね。本当は手放したくないんですけど、すべてを残しておくということはあきらめました。有名な作家の家って、ワーッと本があるじゃないですか。そんな風に本棚を構築できたらいいですけど。僕は6畳の和室にちゃぶ台1つ置いているようなシンプルな生活にあこがれているんですよ。

好きな作家はいるけれど、生きている人はほとんどいない


――読む本はどうやって見つけていらっしゃいますか?好きな作家さんの本がメインでしょうか?


奥野宣之氏: ネタ探しという感じでもなく、好きだから読むという感じです。最近だと開高健とか、鉄道紀行作家の宮脇俊三とか。夏目漱石、小松左京、ジョージ・オーウェル。雑食性なので、全然一貫性がないんです。僕は、何か興味を感じたものがあると、ネット検索をすると同時に、いい本がないかを調べちゃうんですよ。今だったら、手書きのことに興味を持ったから図書館で借りたり、社会学に興味を持ったら社会学関連の本、建築に興味をもったから建築関連の本、電力問題にちょっと興味があるから電力問題の本だったり。あとはプロレスが好きだからプロレスの本を読んだりとか、そういう風な「テーマ読み」をします。だから著者で読むということはほとんどいないです。好きな作家というのはいますけど、亡くなっている方がほとんどですね。そういう直感的なものに従って読書すると、計画的に読むよりも、自分で想像もしなかったようなものにで出会うことができて何かいいなと思います。

――古典や名作がお好きですか?


奥野宣之氏: そうですね。マイブームがあって、何年か前は、藤沢周平の時代小説ばっかり読んでいた時もあるし。去年は開高健の作品ばっかり読んでいましたね。そういう風に、全然、読むものに節操がないんですね。

――たくさんのアンテナが張り巡らされていて、常に触手が伸びているという印象があります。


奥野宣之氏: 本以外に娯楽がないんです。スポーツはしないし、テレビはあまり見ないし、映画とかも1時間半とか座っているのがきついんですよね、意識が散漫だから、すぐほかのことをしたくなる。だから本を変えたりページをめくったりするだけでポンポンほかの分野に切り替えられる本が、僕には一番向いていますよね。「座って見ていてください」というのはものすごく苦手です。それに本は能動的だから僕に合っています。子どものころから授業中ずっと座っているのがすごくイヤで、「自分にしゃべらしてくれ!」みたいに思っていました。

ドン・キホーテは、僕のお守りです


――奥野さんの人生の転機、もしくは自分にすごく影響を与えて、今でも与え続けているような本とは何でしょうか?


奥野宣之氏: アランの『幸福論』とかも影響はありましたが、やっぱり『ドン・キホーテ』が一番影響を受けたと思います。就職活動とかがうまくいかなくて京都から実家に帰って、くすぶって落ち込んでいる時に、あまりにも暇だから読んだことがきっかけでした。22歳の時です。その時にたまたま古本屋で買った『ドン・キホーテ』があったので、読んでみたら、ガーッと4日ぐらいで読んじゃった。本当はめちゃくちゃ長い本なんですけど、僕が読んだのは、ダイジェスト版だったんです。僕は『ドン・キホーテ』コレクターでもあるので、いろいろ集めています。ギュスターヴ・ドレの挿絵が描いてあるもの、そのほかグッズも集めています。見つけたら必ず買っていますね(笑)。文学研究をしているわけじゃないですけど、僕にとってはお守りみたいなものですよね。

――1番の魅力はどこにありますか?


奥野宣之氏: 「1人の男が世界のすべてと戦う」というのが、大風呂敷ですごくいいですね。そこに1番感動しました。それに、これはやっぱり「本を読む本」でもあるわけですよね。主人公は、騎士道小説の読み過ぎで頭が変になったわけです。つらいときに、そういう本を読んで自分を変えていくというのは、どこか主人公、ドン・キホーテの体験と通じるんですよね。たった1人で世界と戦うという愚かさとかっこよさが、とても爽やかなんです。

――奥野さんが執筆することと、『ドン・キホーテ』の奇抜な行動と、直接的な影響がありますか?


奥野宣之氏: 結局、本を書くって、自分の思っていることを世界にぶつけるという行為じゃないですか。これはまさにそんな小説なんですよね。「風車のことを巨人だと思っている」と、彼は、ばかにされるけど、最後の方になると、みんなが「むしろそっちの方が面白くていいね」、ということになるんですよ。だから、後編では、退屈した貴族の人が、ドン・キホーテの妄想につき合うことで、生きがいを見つけるというストーリーがあった。ずっと正気の従者、サンチョ・パンサも、最後は病に倒れたドン・キホーテに「もう1回妄想の世界に帰って大冒険しましょう」って誘うんだけど、ドン・キホーテは、もう旅には出られないと言って死んでいく、ここにすごい感動するんですよ。逆転するんです。最初は現実が圧倒的で妄想がちっぽけだったものが、最後は妄想が圧倒的になって現実がどうでもよくなる。「これはすごい!」 って思ってしまいました。

――深いですよね、ものすごく。


奥野宣之氏: うん。でもやっぱり生きるっていうのはそういうことじゃないかなって思いました。人の都合とかで何かをやらせられるんじゃなくて、自分の思いこみとかを世の中にぶつけて、むしろ世の中をのみ込むぐらいじゃないとダメだなって、そういうダイナミックさに感動しましたね。

身の回りのすべてに興味は尽きません


――興味がわくと、とにかく手に取って読みまくるという奥野さんですが、今、気になっているテーマはありますか?


奥野宣之氏: 最近、毎朝違う新聞をコンビニで買うようになって、面白いな、とブログにも書いたんです。それと、去年は、結構歩きまわったり、山登りとかしていましたので今年も何かやりたいなと考えています。あとは、ジョージ・オーウェルをもっと読んでいきたいなと思っています。とても好きなんです。ただ、こんなにメジャー作家なのに全然研究書が無いんですよね。彼について、日本語でまともに書かれた本って無いんですよ。イギリス人が書いたものは結構あるんですけど、日本人のジョージ・オーウェル研究って全くない。だから、読んで彼のことをもっと広めていきたいなって。

――いいですね。奥野さんの手で、ぜひすすめていただきたいです。


奥野宣之氏: あと興味のあることは、ネットとかもやりすぎているから何とかしたいなとか。何かいろいろありますけどね。まあ、すべてのことに。

――すべてのあらゆること…奥野さんらしい表現ですね。では、むしろ関心がないことはありますか?


奥野宣之氏: スポーツにはあまり関心がないですね。でも、本当に様々なものに関心や欲しいものがいっぱいあるんです。

――欲しいものとは何ですか?


奥野宣之氏: 短波ラジオが欲しいですね。高性能なもので、SONYとかの製品が理想ですね。世界のラジオが聴けるっていうものです。2~3万ぐらいあれば買えるけど、何となくもうちょっと勉強してからにしようと思ってます。やっぱりゴミになっちゃうと無駄遣いになるから、いいものを買った方がいいかなと思ったりして。あと双眼鏡も最近買いました。鳥を見たりしています。

――山登りの時とかに使うのでしょうか?


奥野宣之氏: 結構近所に鳥がいるんですよ。古墳とかに見に行ったりして経験を重ねています。あと、歴史とかの本を読みたいんだけど…、もっといろいろ読みたいし。やっぱり、ほとんどのことに興味があるんですね(笑)。

編集者がいなくて本が書ける作家って、ほとんどいないと思います


――先ほどのお話で、本が増えて仕方ないから、スペースの問題で捨てている、ということでした。スペースを取らない電子書籍はご利用されていますか?


奥野宣之氏: 利用しています。電子書籍はたぶん初めて読んだのは、任天堂の「DS文学全集」だったと思いますよ。初めて見たときに、あれ、いいなと思って。最近はAndroidで読んでいます。携帯端末のスマートフォンです。

――どんな時に読みますか?


奥野宣之氏: 電車の中とか、移動中とかですよね。荷物が多くてカバンから本を出すのが大変なときとか。

――その時に読まれる本のジャンルは、情報を取り入れるための本、あるいは文学作品などでしょうか?


奥野宣之氏: ジャンルは青空文庫にあるエッセイや批評がほとんどですよね。有料の電子書籍は、1回ぐらい買ったことあるかもしれないですけど。まともに読んだのは、青空文庫の福沢諭吉を読んだりしたぐらいですかね。結構、夏目漱石の講演とか全部あるじゃないですか、『私の個人主義』とか。ああいうのを一つずつ読んでいくという感じですね。

――インターネットの電子図書館「青空文庫」は、結構品ぞろえがありますね。


奥野宣之氏: そうそう。『無人島に生きる十六人』という本を、この間、新潮文庫で買って感動したんですけど、青空文庫にあってビックリしたんです。品揃えがいいんですよね。

――電子書籍がもっともっと普及し、今後どんどん紙の本と一緒に出版されるようになったら、書き手側として書く意識の変化というのはあるのでしょうか?


奥野宣之氏: 書き手としては、基本的にテキストとしての完成度を追求しているので、「電子書籍だからナントカ」というのはあまり無いですね。もうそのほかのレイアウトとかは、編集の人が考えてくださいということです。著者としてはテキストの精度というか、文章のよさだけを追求しているから、装丁とかもハッキリいってしまえば、あんまりこだわりが無いんですよ。

――『人生は1冊のノートにまとめなさい』のデザインであるノートの様な表紙は、出版社が考えたものですか?


奥野宣之氏: そう。僕は編集者と組んだ時点で、「あなたのセンスに任せる」という感じです。むしろ僕が、めちゃくちゃこだわるのは、タイトルや小見出しの言葉や、どこにマルや点をつけるか、カタカナで書くか、です・ますで文末がかぶらないようにするとか、リズムがいいかどうか、そういう言葉選びの所ばっかり見ています。ビジネス書でも何でもそうだと思うんですけど、新しい概念とか画期的なものってなかなか無いので、結局、言い方だと思うんですよ。

――同じ言葉でも、言い方ひとつで伝わり方が変わってくる、ということでしょうか?


奥野宣之氏: うん。ネーミングとか、言い回しです。「あ、それうまいこと言ったね!」みたいなことをどれだけ作れるかが勝負ですね。世の中には、もやもやしていることがいっぱいあるけど、こういう悩みってあるなぁ……と思ったときに、それをちゃんと言語化して、ロジカルにというか納得する形で文章にしたい。読んだ人が「ああ、それだ、それ!」というのを書けばいいと思っています。

――この著作本は、それが響いた結果ということですよね。


奥野宣之氏: そうですね。タイトルやキャッチコピーも、すごく大事だと思いますけどね。

――コピーは奥野さん自身で考えられるんですか?それとも編集者と一緒に考えるのですかですか?


奥野宣之氏: 本のタイトルや帯コピーなどの「外側」は、ほとんど編集者やエージェントと一緒に考えていますね。反対に中身の目次のタイトルとかは、全部自分で考えています。本文との兼ね合いもあるし、ゴロがよかったりしないと本文が書きにくくなったりするところだから。

――そうなると電子書籍が普及していっても、出版社の役割の中で言うと、編集者の力というものはかなり必要ですね。


奥野宣之氏: 編集者がいなくて本を書ける人って、ほとんどいないと思いますよ。

――そうですね。本は、作家と編集者が一緒に作っていくものですからね。


奥野宣之氏: 舞台監督がいなくて舞台ができるか、という感じなんですよね。役者だけでは無理だと思うんですよね。

――客観的に何をやったらいいか、主観的な立場ではわからないですよね。


奥野宣之氏: そうです。自分が主演していたら自分の舞台は見えないわけで。池波正太郎が、「編集者と著者は舞台監督と役者みたいな関係だ」って言っていました。その言葉が、一番ふに落ちた気がします。実際問題、1人で書いているとやっぱり独りよがりになりますからね。そうならないようにと、1人でいくら頑張って客観的になろうとしても、無理があると思います。主観をあんまり突き放すと「これが自分の考えだ」ということが書けなくなってしまいます。主観ばっかりだと夜郎自大(自分の力を過信して尊大にふるまうことのたとえ)なものができるし、反対に客観ばっかりだと人の目ばっかり気にしたような本しかできない。だから主観と客観のバランスが大事なんです。

本に出会うことは、運命的で、ものすごい奇跡なんです


――それでは最後に、奥野さんにとって本もしくは読書、それはどんなものですか?




奥野宣之氏: 僕は、読書をすることというのは、「人に会う」という感覚にすごく近いと思います。人と話すような体験という感じですよね。現実に生きていたら、外を歩いている人って、今の時代の人だけですよね。本だったら昔の人としゃべることができるし、意見交換できるし、ギリシャ時代やローマ時代の人、さらにはフィクションの人にも会える。さらには著者にも会える。だから本は、人そのものみたいな感じですね。友達を見つけるみたいな気持ちで本を探すわけですから。いろいろな本を読んでいて、「この人って何かいいな」と感じたら、「友達になろうかな」と思って読んだりします。歴史の本を読んでいて、「この登場人物は面白いな」と思って調べてみたらら、「ああ、やっぱりこの人とは親友になれるな」と感じたりする。ものすごく古い時代に書かれたものが、今、自分に届くって、すごく奇跡的なものだと思うんですよ。本は、先生だったり、友達だったり、師匠という感じですね。

――考えたら、本当にそうですね。昔の作家と会える方法なんて、本でしかないかもしれません。


奥野宣之氏: 古代の西洋の人の頭の中にひらめいたものがあって今ここに来て僕がそれを受け取った! っていう、この関わりというか、つながり方とかは、光回線なんて問題にならない。ものすごい奇跡だから、そのことに感動しますね。僕は自分の書いた本とかも、部数が売れたというよりも、全く知らない人、全く会ったことも見たことも聞いたことも無いような人、あるいは田舎のおばあちゃんの意識の中に僕の本が居場所を見つけたということがすごいと思いますよね。見知らぬ人の意識に居場所をもらったというのが、僕は1番うれしいです。読んでいる最中は、1時間なり2時間なり、僕がその人の意識を独占させてもらうわけですからね。素晴らしい奇跡だと思いますね。

――本があっての出会いですね。


奥野宣之氏: そう。人の意識の中で居場所を得られたというのはすごいことだし、そういう運命的なものに感動するんですよね。一冊の本を読むのに2時間ぐらいかかっているとすると、50万×2時間の時間を、僕がいただいたことになる。その事実がすごい。

自分の体験や思考、感情には無限の深さがある


――そして、奥野さんのたくさん本を読んだ中での考え方が、いろいろな人に共有されますね。


奥野宣之氏: ウイルスのようにまん延するわけですね。

――広げられるって素晴らしいですね。


奥野宣之氏: そういうことですよね。昔、僕は世界史の授業を受けて「このマルクスというやつはすごいな」と思った。何冊か本を書いただけで、世の中をガラッと変えてしまった。だからある意味、疫病みたいなものですよね。インフルエンザとかスペイン風邪みたいなもので。1つポッとアイデアが出ただけで、「それはいいね」とみんなが言ってドワッと広がって、一気に世界が変わっちゃうんだから。

――しかもなかなか無くならない。


奥野宣之氏: そうそう、ほぼ永久に残るわけでしょ。だから本が爆発するとすごいなと思います。一番すごいと思うのは、コンセプトとかアイデアとか、概念を作ること。そういうのを作るのが物書きの仕事だと思うし、できたなら本望ですね。時代の精神みたいなものを言語化し、生涯追求していくような疑問だとか、生涯求めていくようなテーマって、みんなあるんだと思いますよ、絶対。子どものころに体験したようなことが原点になっていたりするもので、忘れているっていうか、意識されないんですよね。それを見つけたらいいものが書けるし、ただし、放っておいても見つかるものじゃないから、意識的に受け取ろうとしないとダメですよね。自分の中にも発見はありますよ、やっぱり。外向きの発見というのもあるけど、内向きの発見というものが、あるんですよね。いろいろなことを思い出したりしますしね。

――思い出すことは大事なことですね。


奥野宣之氏: そうですね。書くことって、何か子どものころの体験とかで決まってきますよね。僕の子どものころ、数学の先生がかなり高齢の人だったんですけど、身内の方を全部広島で亡くしてしまったらしくて、「アメリカに原爆を落とさなくちゃいけないと思っている」と、チラッと言っていました。

――どういう意味でしょうか?


奥野宣之氏: あれだけのことをされたのだから報復しないといけないと思ってしまうらしいんです。同害報復をしないと筋が通らない、と。「自分にはアメリカ人の友達もいるけれど、それでもアメリカに核の攻撃をしないといけないと思っちゃうことがあるんだよね」ということを、ポロッと言っていたんです。それはすごいことだなと思って、あのころの言葉をいまだに覚えているんですよね。僕が歴史の問題とかが好きなのってそういう所にもあるし、何かものを書くことで思い出したりもします。

――特に幼いころに体験した重要なことは、何となく通りすがってしまいがちなものなのかもしれませんね。それが大切なことだと、どうしたら気づくことができるでしょうか。


奥野宣之氏: 砂金を拾い出すように見つけ出さないといけないと思いますね。自分の頭をかなづちで殴られるような体験が、何気ない言葉、何気ない体験の中であるということなんですよ。それを見つけないと、どんどん珍しい所に行き、珍しい物を見るという方向へ進んでしまいます。その外側に向かう方式には限界があるんですよ、絶対。最終的には、宇宙に行ったりしなくちゃいけなくなる。でも、体験や経験の感情はミクロの世界だから、細かく細かく見ていけば、限界がないですもん。

――自分の内面、そして自分の周りにも必ずあるということですね。


ファンレター返信率100%!


――本を書くという仕事の中で、うれしいときというのはどんなときですか?




奥野宣之氏: やっぱり、ファンレターとかもらうとすごくうれしいですよね。出版社に届いたものを転送してもらっています。部屋に貼ってあるんですよ。島根の八十いくつの女性からいただいた手紙とか。「たぶん私の息子よりもお若いと思いますが」と。ライフログの本を読みながら自分の思い出を振り返っています、とか書いてありました。この人に会ったことはないし、実際に会ったなら、80歳の人に何をしゃべったらいいかわからない。でも、それができるというのが本のすごいところですよね。僕の本も台湾で2万部ぐらい売れているらしいんですけど、実は僕は台湾に行ったこと無いんですよね(笑)。本人は行ったことがないのに、僕の精神は行っている。それは奇跡だと思いますね。本は、勝手に届くわけじゃなくて、能動的に、自分で取りにいくものだから、特に読者とのつながりは深いですよね。

――受動的なものとは違いますね。


奥野宣之氏: pullなんですよね。運命的なものに出会いやすいメディアなんだと思います。

――ファンレターのほかに、絵なども送られているそうですね。これはうれしいですよね。


奥野宣之氏: こういうすごい才能がある人から手紙がもらえるってありがたいですね。メールも全部返信しています。ファンレター返信率100%を、今は維持していますからね。

――100%ですか。なかなか難しいですよね。


奥野宣之氏: ブログとかはさすがに返さないですけど。メールと手紙は絶対に返します。

――売れている数が多いと、それに比例して結構な数の手紙が来ると思いますが。


奥野宣之氏: いや、意外と来ないですよ。今まで100も出していないと思います。意外と手紙を書いてくる人は少ないです。読者カードとかはありますけど。

――そうですよね、手紙を書くって、すごく深い部分に踏み込んでいった人だろうし。


奥野宣之氏: そのエネルギーには、「絶対に返さないと」と思います。返さないと地獄におちると思って(笑)。昔、週刊連載をしている漫画家の人が「忙しくてちびっ子からのファンレターを返せないのが苦しい」って書いていたことを読んで、「そんなことがあるのかね」と思っていたんですけど、あれを無視するというのは、そうとうつらいことだなとすごくわかりました。お金をもらっている以上に、その人の意識をもらっているということですからね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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