本に磨かれ、本を遊び、そして本で稼ぐ。
中島孝志さんの仕事は一言では説明できません。経営コンサルタントであり、著訳書230冊を超える作家でもあり、数々のヒット作を生み出す書籍プロデューサー、そして、音声による書評サイト「中島孝志の聴く!通勤快読」で人気を博すプロの「読み手」でもあります。そんな中島さんに、仕事のスタイル、1年で3000冊という読書の方法、電子書籍や書店の展望などについてお聞きしました。
「会いたい」という人とは縁がある。門前払いはしない。
――色々な分野でご活躍されていますが、近況を教えていただけますか?
中島孝志氏: 9月の半ばから、第12期の「原理原則研究会」というのがあります。1年間の会員制の勉強会で、今回新しく11人が入ってくるからトータルで50人ぐらいです。東京は12年目ですが、今年の1月から大阪でもやっていまして、来年3月位に大阪も第2期が始まります。で、ついでに年内に博多でも、「原理原則研究会in博多」というのを作っちゃおうかなと思っています。近況というと、実は今横浜と熊本で月半分ずつ生活しているんですよ。先々週にこちらに帰ってきたばかりで、再来週からまた熊本に行くんです。なぜかというと義理の兄貴がミネラルウォーター工場を作っちゃいまして。で、それのマネジメントをする人がいないので、結局月1回だけ2週間私が向こうの工場に行くんです。マンションも向こうに用意して。工場の2階に座敷があって、そこが私の仕事場になっている(笑)。普段はコンサルだから、ああしろ、こうしろと言うということをやるしかないけど、そこだとオペレーションまでやっていますね。あとは本が9月に3冊、新刊が出ました。プロデュースをしている本も10月に2冊ぐらい出るかな。自分の本は月1冊ペースだけどほかの人のプロデュースがもっと多いから。そういうのをいつも通りゴチャゴチャやっているということですね。
――近況をお聞きするだけでご多忙さが伺われますが、中島さんが執筆等のお仕事をどのようなスタイルでされているのか興味があります。
中島孝志氏: 書くことは横浜でも熊本でもどっちでもできますからね。データのインプットもやってもらう人なんか決まっているから。私は基本的に、しゃべりではまとめられない。書かないと発想が思い浮かばないみたいでね。指が覚えているというか、指に引き出されて脳が動くようなところがあって。だからどこに行こうが仕事はできるので、気づいたらノマドライフをやっちゃっていた。企画は色々なところで思い浮かぶし、プロデュースの依頼はどこでもメールか何かで、とんでもない人たちから来る(笑)。ブログで「あなたも本を出しませんか」みたいに言うと色々来るわけです。全然企画も考えてなければ、何を書いていいかもわからない「お金を出すからなんとかしてください」という調子のいい奴から、「もう原稿も全部できあがっています」っていう面倒くさくない人たちまで千差万別なんですけれどね。何も考えていない人も、一応門前払いはしないんですよ。基本的にご縁があると思っています。わざわざ「一度会ってください」とか連絡してくれるだけでも偉いなと思っていましてね。勉強会を少なくとも毎月1回はやっているので、その前の時間に来てもらったりしています。
コンセプトは「遊びをせんとや生れけむ」
――「ご縁」というお話がありましたが、中島さんは勉強会のメンバーの方々との交流も非常に大切にしているそうですね。
中島孝志氏: そうですね。例えば京都で年に1回、祇園で舞妓さんがどんちゃん騒ぎをやるという花見の会をやっているんです。これは東京の経営者が京都に行くんですけれど、そこの料亭も義理の兄貴が持っているんですよね。外資系に取られそうだったのでファンドを作ってですね。一人500万円ずつ出させて買い取ったんですよ。だから使わなくちゃいけないので、毎年1回だけ、花見のシーズンにずっと10年先ぐらいまで予約していて。そこの女将は1級建築士なんです。夜だけ三味線を弾いて女将さんになる(笑)。そういうことで京都には毎年行っています。現在熊本には毎月行っているので、5月の連休中に12人、東京から経営者が来まして、熊本をご案内して、あと温泉を色々案内してみんなで美味しいところへ行って、向こうの経営者もちょっと引き合わせたりしました。まあ要は遊んでいるんだけど。もともと、原理原則研究会のコンセプトは、後白河法皇じゃないけれど「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん」なので。皆さん色々、遊びながら勉強をしましょうというね。まあそんなことをやっています。
――遊びも仕事の重要な要素になっているんですね。企画やプロデュースのアイデアも、仕事以外の時間に浮かぶことが多いのでしょうか?
中島孝志氏: 宿題として一度考えた後、ほったらかしにしておくと、飲んでいたり寝ていたりしていても頭のどこかに残っているわけですよ。すると何かのきっかけで、タイトルはこうしようとか、前書きを全部変えちゃおう、みたいなことが場所を選ばず浮かぶんです。あとは書店を回っていると、いっぱいタイトルが見えますよね。「あ、このタイトルはおもしろいな」と思うと、ちょっと参考にさせてもらったり。「このタイトルとこのタイトルを併せてやったらおもしろいな」、とかね。本をプロデュースする時には、タイトルとコンセプトと章立てと目次を全部作ってしまうわけですけれど、マーケットを想定しながら、読者がどういう言葉を出したら買うのかなとか、どういうところに引っかかりがあって食い付いてくるのか、なんていつも考えているんですね。小見出しの一つ一つはこんな風なネーミングにしようとか。コピーみたいなものって、しょっちゅう考えざるを得ないんです。そんなことをずっとやってきているので、なんか習慣になってしまっていますよね。
年間3000冊! 仕事で必要な本はさっさと読む。
――中島さんの知識やアイデアの源泉になっているのは、なんといっても豊富な読書量だと思います。年間3000冊という膨大な数の本を読まれているそうですが、本の読み方に秘訣はあるのでしょうか?
中島孝志氏: 高校時代から読書中毒で、高校時代は1日2冊って決めていたんですよ。で、社会人とか大学生、大学院とかになったら少なくなるかなと思ったら、もっと多くなって、社会人になったらけた違いに増えちゃって、独立したらもっともっと多くなっちゃった。
というのは、ただの普通の読書フリークだったら良かったんだけれど、人のプロデュースをするでしょう。例えば、お医者さんが本を出したいと言ってきたとしますよね。その人の専門分野だけだと専門書になっちゃっておもしろくないので、その周辺の文献だとか、そういうのを山ほど、50冊ぐらいは準備として読んでおかないといけないわけです。そういうのが年間、何人もいるわけですよね。そういう本って基本的に好きで読む本じゃないから、さっさと終わらせたいわけですよ。だからできもしない速読を一生懸命やるしかない。普通の人よりは読むのが速いと思うんだけれど、その時はさらにアクセル目いっぱいふかして読まないと、自分の好きなものが読めなくなっちゃいますから。だから3000冊かどうかはわからないんですよ。もっと多いかもしれない。私、8月決算なのでこの前同級生の税理士に来てもらったら、「また今回も本代に相当使っているよな」と言われて。で、換算すると3000冊超えている。本当は4000冊かもしれないし5000冊かもしれない。ただ2割は読んでないですね。いわゆる失敗しちゃったっていうのがあるでしょう。資料として買ったとしても失敗したのがあって、これはもう最初から捨てちゃうので。あと、読んでいると類似書があって、この先もこの展開だったら前に読んだやつと同じだなと思うと、それも捨てちゃう。だから結局、ちゃんと読んでいるのは半分ですね。2割はまるっきり最初から読まないし。で、途中で放り投げちゃうのも2割ぐらいあるし。だからたいしたことはないですよ。
――「通勤快読」の書評を更新していくのも相当な数の本を読まなければ不可能ですね。
中島孝志氏: 通勤快読は毎日1冊ずつ取り上げて、テキストと音声でやりますが、大体、短い時で10分、長い時で15分。30分も何回かやったことがあるけど、あまりに長くて迷惑になるのでやめたんですよ。それでも情報量としてはかなりのもので、自分が読んでわかっただけじゃなくて、人にわかるようにちゃんとお伝えしようということで、かなり親切な読み方、お届けの仕方をしているんです。
本の紹介は半分、あとの半分は「中島ワールド」
――通勤快読の特徴、普通の新聞等の書評と最も異なることは何でしょうか?
中島孝志氏: Amazonの書評か何かでベストレビュアーみたいなのがいて、その人が「通勤快読で紹介されて読んだけど、実物より通勤快読のほうが10倍おもしろかった」とか書いていてね。通勤快読の情報は本の紹介だけじゃないから。以前、私のコアな勉強会のメンバーと話をしていたら、彼は通勤快読を聴いていないんですよ。「あれは中島さんがただ本の解説をしているだけじゃないんですか」って言うから、「それは5割しかないんで」って(笑)。あとの半分は中島ワールドで、独断と偏見に満ちている。ただし情報としては多分一番詳しいし専門的だし、それから、その本の著者でも知らないこと、書けなかったこと、書いていなかったことも全部、網羅して収めているので、「かなりお得でっせ」と。やっぱりただの書評だと思っている人たちがいらっしゃるみたいで。まあ当たり前のことなんですけれどもね。本って、ものすごく素晴らしいものだけど、情報としてはある一面しかとらえ切れてないわけですよ。その本だけを読むとその本だけに染まっちゃう。その本ではつかみ取れない情報をフォローしてやらないと、バランスが取れない。あと、情報が一つだけだとその本を読んじゃうほうが早い。だから半分はちゃんと誠実に何が書かれてあるかエッセンスをご紹介しますけど、あとの半分はこの本では言い切れない、足りないところ、そういったものをフォローしてお届けしますよということが売りなので、ぜひぜひ聞いてもらいたいですね。
――読み方を提示されることで、本のおもしろさが一層増すということもありますね。
中島孝志氏: 紹介された本をどうしても買っちゃうっていう人もいるね。「本代が増えて困ります」って。確かに月に20何冊紹介しているから、まともに買ったら大変だなと思うけれども。実際に買って読むのがやっぱり一番正しいと思いますからね。投資だと思って買ってもらいたいよね。
――『通勤快読』というネーミングはどのようにして決めたのですか?
中島孝志氏: 通勤快速ってありますけど、皆さんに通勤電車の中で気持ちよく読んでもらえたらなという。まあそんなことです。昔はいわゆるホームページとかブログに載せただけで音声はやっていませんでしたので、「快読」にしてしまいましたけど。そういえば、この名前、ほかの出版社でも使っていますよ。私のずっと後に。ネットでチェックすると私のほうが全部上位に出てきて。まあ別にいいやと思っていますけど。
朗読ボランティアからヒントを得た「聴く書評」
――通勤快読の大きな特徴に、音声での提供がありますが、電子書籍が秘める可能性という観点から見ても、先駆けとして興味深いです。音声化のきっかけは何だったのでしょうか?
中島孝志氏: 電子書籍ってまだ文字、テキストですもんね。まあ中には機械音みたいな音声に変換できるというのも開発されて、やっているところもありますけれども。元々は、富山県で目の見えない方々向けに朗読をしているボランティアグループがあるんですよ。そこから「著作権を使わせてください」というのが出版社を通じて手紙で来たのね。何だか面倒くさいなと思って、もう今後は一切お断りはいりませんと。私の本だったらもう好き勝手に、ご自由にご活用くださいという風に書いて印鑑突いて送ったんですよ。それ以来、連絡が来なくなったんで、勝手にやってくれたんだろうと思って。
――それは無料なのですか?
中島孝志氏: ええ、もちろん。それで、それまでは通勤快読はブログで紹介していたわけ。だけど、そうか、目の見えない人たちってああやって読んでいるんだと思って、それなら自分で吹き込んじゃおうと思ってさ。で、なおかつ吹き込んだ後にしゃべったことを文字に起こしてもらって、それをテキストでくっ付けちゃうという形になった。それが4年前位だったと思います。だから、会費の月1000円って、システム料金なんですよ。全然、もうからないです。全部システム屋さんと課金で落とすところに入っていますからね。タダ働きみたいなもんです。本代も出ませんから。
――中島さんが執筆された本は、電子書籍になっているものも多いですが、電子化のきっかけをお聞かせください。
中島孝志氏: 電子書籍って最初パピレスがやったのですよね。パピレスで最初に電子書籍にしたのが、私の本なんですよ。パピレスの社長が「中島さんの本が最初なんですよ」って言うから、「じゃあもう好きなようにやってください」と。創業してすぐだったから。だから10年以上前だったかな。それからしばらくして、Kindleが出るだの何だの言ってね。Kindleも結局アメリカで80万冊、ほかの国で60万冊、日本じゃまだまだでしょう・・・だから全然ソフトが足りない。でも見切り発車して、最初に無料で会員にしますとか、激安にしといて、お客さんを囲いこんじゃったらいい。
出版社は電子書籍と紙の本を平行して作れ。
――ところで、既存の紙の本を電子化する場合、技術的に裁断してバラバラにしてスキャンする必要があるのですが、そのことに抵抗はありますか?
中島孝志氏: いや、全くないですね。本って読んでなんぼだと思っているから。残してどうするの、というのが昔からありましてね。だから自分の本の中で、私は読んだら捨てちゃうんですと書いたら、それに何か過敏に反応されちゃったことがあって(笑)。「この著者は本を大切にしていない」ってかなり批判されたんですよね。どこが悪いんだ、大切に本棚にとっておくほうが本がかわいそうなんじゃないか。鑑賞してどうするんだ、と。
――年間3000冊以上をすべて処分しているのですか?
中島孝志氏: Amazonにユーズドで出したのもあるし。注文した段階で、もうAmazonにアップしちゃうんですよ。本が届く前に。そうしたらなかなか本が届かないんです(笑)。Amazonから「まだ本が送られていませんが早くしてください」みたいな注意まで届いて。しかし、送ってこないんだもの、しょうがないじゃん、みたいな。
――ご自身で読む本としては、電子書籍を利用されていますか?
中島孝志氏: いや、してないですね。iPadも出た時から最新バージョンのものを持っているんですが、何のために持っているのかというと、一応どんな風になったかというのをチェックするためだけで。電子書籍は、全然使えませんね。悪いけど読む物がない。コンテンツが少なすぎる。日本で翻訳されてないからアメリカで買うというのがまれに何冊かあるぐらいで。例えば化石みたいな原本。寺田寅彦の全集なんかが電子書籍だったら場所も取らないからすごくいいなと思うんだけれども、ない。探してもないから、しょうがないな、みたいな感じでAmazonで買う。
――今後、電子書籍がコンテンツを充実させていくには、どのような方策があるでしょうか。
中島孝志氏: これからは最新作を作る時に、電子書籍化をしながらやるほうがいいですね。なぜかというと、実は私のプロデュースした経済書がありまして、これが2千円するんですよ。そこそこ高いんですね。これが去年の12月に出版社から出て、ベストセラーになりました。Amazonで1位、それから紀伊國屋でも1位になりました。ところが2千円でしょう、版元も在庫に残るのが怖くて増刷なかなかしないんですよ。でね、まだまだ火がついて売れるのに、何でこんなに遅いんだと思って。著者もカンカンだし私もカンカンだし、編集者もカンカン。「販売部がトロトロやっているんですよ」とか言うわけ。増刷も1500とか2000とかチビリチビリだから、「ちょっとケタ1コ間違えているんじゃないの」とかなんとか言って。結局、頭に来ちゃったからもう1月末の段階でさっさと電子書籍にしちゃったのね。電子書籍でも紙でも売りますよと。つまり最悪でも電子書籍を買ってくれればいいわけで。で、やっぱり紀伊國屋で電子書籍の1位になりましたけれどもね。
電子書籍はシンプル、そしてスピーディーに。
――電子書籍にすれば売れるのなら出版社にとってもメリットがあるはずですね。
中島孝志氏: 値段が高くて増刷が怖い、在庫に残るのが嫌だという風にビビッてる出版社にとって電子書籍をやるのはいいことだし、ユーザーにとってもそんな分厚い本を持ちたくないんだったらスマートに持てるように、ブックレット、電子書籍みたいな形のスタイルで出したらいい。データさえありゃあんなものチャチャッとできますから、だから、これは売れそうだなと思った段階でさっさとやればいい。読む情報は同じだけど紙なのか電子なのか、重たいのか軽いのかという。あとは使い勝手だから。使い勝手はユーザーのほうが考えるわけで。だから出版社がこの本は紙だけにする、電子だけにする、紙と電子の両方にする、という選択をする風に転換したほうが絶対いいと思う。今取次が非常にシビアになっていて、相当な出版社でも紙は一律2割ぐらい納品を減らされている。まあ出版社のほうもいわゆる在庫がそれだけ減るからリスクも減りますが、リスクが減るということはチャンスもそれだけ減るわけでさ、そのことに気づいていない。イニシャルコストはたかが知れているんだから、それを電子書籍でカバーしたらいいじゃないかと思う。で、新聞広告を打つ時にも電子書籍の併売みたいに、「電子書籍もあります」と銘打つ。で、客がどっちを買うか選ばせたらいい。本の売り上げが減っているとか言うけど、売り上げが減るように自分たちがやっているんだから、アホかと思いますね。
――電子書籍と紙の本には、もちろん形状や媒体の違いはあるのですが、本の内容や編集の仕方などでも求められるものは異なってくるのでしょうか?
中島孝志氏: 電子書籍の編集と紙の本の編集は全然違うから、編集者に求められる資質というのが違うと思います。だって電子書籍って最初から電子書籍を想定して企画、依頼ってなかなかしてないでしょう。やっぱり紙が主体で連載してもらったり書き下ろしてもらったりして、そういう完成物がある程度できた段階で、装丁なんかも含めて紙の編集者がやったりして、それから電子書籍の編集者に引き継いだりする。その電子書籍の編集を、村上龍さんはめちゃめちゃコストをかけてやっちゃった。音楽を入れたりイラストを入れたり。チェックしたところから飛んでわからないことも全部解説できるみたいな。確かにそういうやり方もある。一冊でものすごい情報量をたたき込んでいるみたいな。歴史書なんか特にそうですね。経営書なんかでもそうかもしれない。だけどもっとストレートにシンプルに「これがわかればいい」と思っている人には、そんなものもいらない。だからもっとシンプルにしてほしい。紙以上にシンプルにしてもらいたいなあと自分自身は思いますね。重たくする必要はない。スピードのほうが重要だと思います。紙のほうにはイラストが入っていても、電子書籍はイラストなんかいらなくて、情報がバーッと書いてあるといい。新聞を読んでいるような感じでいいなと思っています。私のところは日経も朝日も東京新聞も、全部電子なんですよね。紙も届けてもらっているんだけど、紙のほうはハッキリ言って読まない。新聞広告をチェックするだけで。
「なんやねん!」というサプライズがある本屋が好き。
――現在読まれているのはほとんど紙の本ということですが、ネットだけではなく書店に足を運んで購入することはありますか?
中島孝志氏: 書店は3日に1回ぐらいは回っていますね。Amazonってやっぱりピンポイントで買うから。あとは類書みたいなものを向こうから提案されるけど、書店って配列とか、もうめちゃくちゃじゃないですか。何でこんなのが並んでるの?みたいなのがあるんだけど、それを買ったりする。やっぱり書店に行ったほうが、「なんやねん、これ」っていうサプライズが多いから。おもしろいですよね、
――それぞれの書店の特徴とか、例えば「この書店員はなかなかやるな」とかいうことはありますか?
中島孝志氏: ありますね。「ここの書店、大好き」というのもあるし、「ここ大嫌い」というのもあるし。浜松町の駅に連結するところにある書店なんか、好きですよね。だからあそこまでわざわざ電車で行ってドッサリ本を買ってくる。でも横浜だと大きい書店なんか行っても全然何もない、全然ダメ。何の食指も動かない。あと熊本にTSUTAYAがある。そこが一番、本屋としてはデカいというのもあるんだけど、おもしろい本が多いので、どんどん買ってレジの横に積み上げておく。で、最後に精算する(笑)。私の本もベスト10に入っていますよ。だから「これは私の本です」とか言ってます。あと博多駅のバスターミナルの一番上が紀伊國屋なんですよ。そこも同じで、高速バスに乗る前に、そこでやっぱり積み上げて本を買う(笑)。
学生時代通いつめた「ニヒルな書店」
――本屋通いというのは、昔からずっとされているのですか?
中島孝志氏: 学生時代は、立川に鉄生堂というのがあって、そこに車を飛ばして横浜からしょっちゅう行っていましたね。なぜそこに行くかっていうと、周波数が合うというか、すごく肌が合うんですよ。高い本も多かったけど、そこでよく買っていましたよね。ニヒリズムの本とかね。「白昼の死角」の主人公になった山崎晃嗣っているでしょ。東大始まって以来、若槻礼次郎以来の天才と言われて、終戦直後に光クラブっていう金貸し業を始めて、最後に自殺した。映画化もされたしドラマ化もされましたけれども、その主人公の遺書とか、そんな虚無的な本ばっかりいっぱい置いてあったりして。それが好きでしょっちゅう行って買っていましたね。
――書店員さんかオーナーさんのこだわりがあるんでしょうか?
中島孝志氏: あるんでしょうね。大体、普通の本屋にそんな本は置いてないですよ。あそこにはそれがかなり集中して置いてあったから、行くと2時間ぐらいずっとそのお店にいる。「私好みの本屋さん」、みたいな。今もあるかどうかわからないけれども。
――今の書店が昔と変わってしまったなと思う部分はありますか?
中島孝志氏: ちっちゃい街の書店がなくなって、地方では特に大きい郊外型大型店みたいなお店がやっぱり増えていますよね。車社会になっているからかもしれないけど、近くのところにふらっと買いに行こうというのではなくて、そこそこの品ぞろえがしてあるところに行って探そうみたいに、効率的になってきているというか。昔だったら5店舗あったのが1店舗だけで、大きいものに全部集約されてきている。
―― 一般のお客さんの嗜好や、客層にも変化があったのでしょうか?
中島孝志氏: 800万人の、団塊の世代の連中がいわゆる労働マーケットから消えちゃったわけで、そうすると、あの人たちというのは今までオフィス街に書店があったりして、そのオフィス街とか駅前とかの書店で買ってたわけですよ。それがなかなかオフィスに行かなくなっちゃっているし、駅にも行かなくなっちゃっていると思うので、その800万人のマーケットというのは、やっぱりかなり縮小したわけですよね。逆にAmazonとか、ああいう通販のほうが楽になってきているのかもしれない。本って車で行かないと荷物になる。2冊持ったらもう大変ですからね。私なんて手提げみたいなのを2つ持っているし(笑)、すぐに読みたい物だけピックアップしてあとは送ってもらうようにしています。翌日届くし郵送料もタダにしてくれたりするから。だから荷物としての本というのも、やっぱり一つ大きい。それがあってなかなか買わないですね。ご家庭の主婦なんかが読む雑誌って分厚くて、重たい。私なんか嫁さんが買ってそれを持たせられるから(笑)。これ嫁さん一人だったら絶対に買わないだろうと思う。そういう時はAmazonで買おうって言ったりするけど、やっぱり中身を確認したいからと言われます。女の人って、やっぱり雑誌も中身を確認しないと買わないから、新聞広告に載っている内容を類推して買うというのはない。そういう意味で考えると、一般の書店でああいう重たいものを買って帰るというのは、なかなかしなくなっていますね。
書店は情報発信基地。小さな本屋は「密度」で勝負。
――大型店以外は生き残るのが難しそうにも感じますが、小さい本屋が対抗する方法はあるでしょうか?
中島孝志氏: どこにでもあるような書店作りというのはできると思うんですよ。ベストセラーばかり置いておくとか。それより、店長がこの本を推していますとかさ、かなり読書好きな書店員がいて、その人たちがポップで自分の書評なんかを載せて一推しみたいなことをやるとか、書店員がただの販売員じゃなくて、本が好きで、「私も読者の一人です」みたいな目線の人たちのほうがいいですよね。本屋大賞なんて賞もあるし。ああいうのを小さい書店でも、こだわりをもってやってもらうといいんじゃないかと思います。読者ってベストセラーを買いに行ったとしても、「え、こんな本もあるんだ」みたいなサプライズを期待している。そうでなかったらAmazonで買えばいいわけで、わざわざ足を運ぶというのは、そこに行かないと出会えないような、そういうチャンスがあると思っている。だからそれを書店側がもっと意識してやってもらえるといいなと思うんですよね。
――店長や店員からメッセージが発されている店ということですね。
中島孝志氏: 書店というのは情報発信基地だからね。情報発信基地が一番、情報が集まるわけですよ。お客さんというのはその発信力みたいなものにひきつけられて行くわけだから。だから書店が発信力を持たなくなっちゃうと、その地域もかなり魅力が薄くなる。シャッター通りみたいなのは商店街としての発信力がなくなっちゃっているから、お客さんが来なくなる。そこそこ大きい書店には60万冊ぐらいある。それだけメニューがあると、やっぱり情報発信能力があるから、お客さんが来てくれる。5万冊から20万冊ぐらいだとか、そういう街のちっちゃい書店さんだと、やっぱり情報発信能力がなくて負けちゃう。だから小さい書店で生き残っている人たちって相当、個性的ですよ。もうこれしか置いてない、みたいな。この品ぞろえについてはめちゃくちゃ強いというような。そうすると、それを知っている人たちというのはちょっと離れたところからでもやって来る。軍事モノだけ20万点置いていたら紀伊國屋でも絶対にかなわないわけですよ。そういう個性ある作り方というのをやるかどうか。それはもう完全に書店のおやじさんとか経営者の趣味でいいと思います。それで成功しているのが神保町にある侍グッズを置いてある書店ですよね。
――そんな店があるんですか?
中島孝志氏: 書店なんだけれども、ついでに戦国武将ものばかり置いといた書店さんです。いわゆる歴女のために作られた書店ですね。歴史女子。それから膨らんじゃって戦国グッズ、そらからフィギュア、さらに戦国喫茶みたいなものまで併設するようになっちゃって。わけがわからなくなっちゃったんだけれども(笑)。でも、好きな人たちがひっきりなしに来る。だからそこでは歴史の講演会とかいうの、ミニサロンみたいなものを結局、開くようになっちゃったんですよ。そこに行くと戦国武将についてのミニ講義みたいなものがあって、帰りにそれに関連する本が積み上げてあるわけです。うまいこと結びつけてある。それで今はチェーン店で全国展開していますよ。東京だけじゃなくて、どこにだってやっぱり歴史好きとか戦国武将好きみたいな人がいるだろうと。これは、情報発信基地だから皆さん集まってくるわけです。そういうやり方で勝ち抜くしかないと思いますね。何か中途半端に小さいくせに百貨店をやろうと思うから失敗する。ちっちゃければやっぱりシングルテーマのほうが密度として勝てるんだからね。量として勝つんじゃなくて密度として勝つような経営のやり方を考えたほうがいいですよね。昔は自然とそういう人が書店経営をしていたりしてたわけです。純文学が好きとか、クリスチャンなのでキリスト教の本ばかり置いてるところがあったりする。そういうやり方じゃないですか。
「ベストパートナー」本との出会い。
――まさに中島さんがそのような個性的な書店に通いつめたわけですからね。中島さんが学生時代に最も影響を受けた1冊を挙げるとするとどのような本でしょうか?
中島孝志氏: 中学時代に読んだ本で、サイマル出版会から全5巻で出ていた『高校放浪記』というのがある。これは三重県の進学校に通っていた稲田耕三さんという人がいましてね。その人が出版社に自筆で書いてきた原稿なんです。不良で高校を次から次へと転校して、最後に米子かどこかの高校に行くのかな。で、塾の先生になった時に自分の高校時代のことを書いた。弘兼さんが漫画にもしています。この本は本当に、私の本好きを決定的にしましたね。町田にある三橋宝永堂という眼鏡と宝石なんかを売っているところが、自社ビルなんですけど4階5階にデカい書店を経営していまして、そこで見つけたんです。それ以来日曜日になったら自転車を飛ばしてそこまで行って、色々な本を買っていました。毎週毎週、書店に行くようになったのはそれからで。「ああいうおもしろい本ないかな」って。まあ、あれは異常に感動的な本でした。驚いちゃいましたね。
――なぜ『高校放浪記』が目に入り、手に取ったのでしょうか?
中島孝志氏: もうすぐ高校生になるということで、ちょっと背伸びしたんですね。しかも放浪記っておもしろいとなってね。どんな放浪をしたんだろうと気になった。まあ私は、高校を放浪しそうな感じでもなかったので、逆におもしろそうだなと思ったのかもしれない。いわゆる小説しか読んだことしかなかったから、文章って小説だけだろうと思ったら、ああいうノンフィクションというか、こんなのがあるんだと思ってね。非常におもしろく読んでいました。私、本を買ってもすぐにブックオフに出しちゃうかAmazonで売っちゃうんだけど、それだけはもうボロボロになっているけど、売らないでちゃんと残してあるんです。それでブログに高校放浪記について書いたら地元の人から「懐かしいですね。稲田先生は今こんなことをやっておられます」ってメールが来ちゃったりして。
――そのほかに、処分せずに保存している本はありますか?
中島孝志氏: 司馬遼太郎さんの全集と三島由紀夫の全集。三島由紀夫の全27巻の全集は新潮社から出て大学時代、アルバイトで買いましてね。当時ね、池袋の芳林堂に先輩が勤めていたので2割引きで買えたんですよ。それでも17万円位しましたね。それとあとは道元とか親鸞とか、いわゆる日本の思想史みたいなものと、あと、民俗学みたいなものはライフワークなので。これについては書店、古本屋にも売らずに集まる一方です。
――あらためて、読書は中島さんにとってどういうものでしょうか?
中島孝志氏: うーん。やっぱり「人を磨く砥石」だと思いますね。あと、暇つぶしにも一番うってつけだし。飯のタネでもありますしね。だからもう、生活そのものみたいなところもある。やっぱり知的好奇心みたいなものを満たしてくれたりするので刺激的ですよね。非常にビビッドな情報というか。情報をもらうというのではなくて、啓発してもらうというのかな。なんかサジェスチョンがいっぱいあったりして。ほら、「フィールド・オブ・ドリームス」という映画の中に 「If you build it, he will come.それを作れば奴は来る」というセリフがある。オハイオ州のトウモロコシ畑をぶっつぶして、野球場を作っちゃうわけ。そうするとシューレス・ジョーと自分のおやじが来ちゃったっていう話なんだけど。私の場合は、「If you read it, he will come.それを読めば奴が来る」なんだよね。それを読むと、何かが下りてくるみたいなのがあるわけで。それがすごくおもしろいんですね。
――人生において切っても切り離せないものなんですね。
中島孝志氏: そう、パートナーみたいですね。奥さんやだんなさんのことをベターハーフと言いますけれども、本もベターハーフですね。伴侶、ベストパートナーというかな。そんな感じがしますね。
尽きぬアイデア。次は「怨霊」をプロデュース!?
――最後に今後の新しい取り組みというか、計画があれば教えてください。
中島孝志氏: 一つは、自分の電子書籍のサイトを作ろうと思ってますね。ブログの中に電子書籍サイトというのを作って。今はAmazonのアフィリエイトみたいなのを横に乗っけているけど、あれ取っ払っちゃって、クリックすると1冊100円ぐらいで読めるような。そんなのを作れたらいいですね。出版社は怒るかもしれないけど。230冊も出しているから、タイトルを変えちゃって中の本も3冊ぐらい取捨選択して1冊にしちゃって、新たに作り直しちゃえば問題ないだろうと思って。230冊だから100冊ぐらいにしておいて、100円で読めるみたいなね。安いでしょう、100円。
――またそれも結局システム費に消えてしまうのではないでしょうか(笑)。
中島孝志氏: まあいいの、それで(笑)。ファン作りみたいなもんですよ。もう一つは、ちょっと変わった喫茶店を作ろうかなと。それはさっき言ってたシングルテーマなんですよ。で、店の名前も考えてある。こんなの言っちゃっていいのかな、「喫茶怨霊」。日本で悪霊と言われているような人たちがいる、その人たちをまつるものを全部、中に作っちゃって、喫茶店のウェイトレスを巫女にしちゃおうかなと。で、中でろうそくを立てたりして。塩を盛っといてね。毎回、おはらいをして。その悪霊の人たちの命日なんかもちょっと書いたりして。毎年、定期的に命日の時に参って来る、おさい銭を持って、みたいな。で、お化けとか悪霊の話を月1回、研究している大学教授が友達にいるんで、そいつに話させようかと。全然お客が来ないかもしれないけど(笑)。
――どこら辺に出される予定なんですか?
中島孝志氏: 東京のど真ん中。神保町辺りに出そうかなと思って。できるとしても来年でしょうね。あとほかに何かやるかは、ちょっとわからないですね。何をやるかわからない、全然。これからもゴチャゴチャとやっていくでしょうね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 中島孝志 』