リクルート事件。大バッシングの中で出会った1冊
――自分を変えた本、影響を受けた本を1冊挙げるとすると何でしょうか?
高城幸司氏: たくさんの本を読んできて、自分が変わったという程ではないとは思うんですけど、やっぱり人生の節目のときに、影響されたものというのはあったりします。例えば、リクルートにいたときに、リクルート事件というのが起きて、会社の社長が逮捕されて、自宅にテレビから「お子さんがこういう会社に勤務していることをお母さんはどう思いますか」というインタビューの電話がかかったりとか、外に出て行くと、「社長が逮捕された会社の社員なんか会いたくない」と名刺を破かれたり、塩をまかれたりしたこともあるわけです。だから当時は、リクルートという名前で居酒屋を予約することができないので、社名も伏せて飲み会をやらなきゃいけないような状態だったんですよ。
――確かに当時、連日ものすごい量の報道がされて、激しい批判が巻き起こりましたね。
高城幸司氏: まだ当時は若かったので、大変だなと思っていれば良かったんだけど、リクルート事件の様な社会性の高い事件、出来事があったときに、僕がもし社長だったらとか、僕がもしその当時の事業部門のトップだったら、どのように振る舞えばいいんだろうかと、いうことを常に考えていました。いつか同じ様なことがリクルートにまた起きるかもしれないし、リクルートを辞めたとしてもそういう場面にほかの会社のリーダーとして遭遇するかもしれない。そんなときに城山三郎さんの『鼠』(文藝春秋)という本を読んだんです。これは鈴木商店焼き打ち事件といって、当時日本の大きな商社だった鈴木商店という会社があった。その会社のつぶれるまでのいきさつを書いた本で、その会社は台湾銀行というのがメインバンクで、その銀行から借り入れを止められて、瞬間にしてつぶれちゃった。でもつぶれたことによって、当時の経営幹部が、自分でやっていた事業を独立させて会社を作ったのが日商岩井であり、サッポロビールであり、日本セメントであり、神戸製鋼であったと考えると、会社がつぶれたことによって輩出された企業が多数あったんです。それで自分が何を感じたかというと、極端に言えば、「リクルートがつぶれた方がラッキーかもしれない」と。つまりリクルートという会社を通じて、いつ辞めてもやっていけるようなノウハウが身につくのであれば、周りからどう言われていても関係ないかもという風に思ったんですよね。そういう風に思えたのは、その本と出会ったからなんですよ。もう1つは、自分が35歳くらいのときかな、多分リクルートの最年少で事業部長になって、多くの部下を抱えて、今までとは違って自分で意思決定を全部できる立場になって、組織を動かしてかなきゃいけないというときに、デール・カーネギーさんの『人を動かす』と『道は開ける』(創元社)を読んで、すごく自分には染み渡るものがあった。あと「アントレ」って雑誌の編集長をやっていた時に、独立起業を応援している立場として、ダニエル・ピンクの『フリーエージェントの時代』(ダイヤモンド社)を読んで、やっぱり僕が考えていたことは間違ってなかったんだなと感じたりとか。そういう瞬間に出会った本がいくつかあって、それによって救われたという経験がありますね。
「本当にそれでいいのか」と藤原和博さんは言った
――本当に大事な本には、やはり数冊しか出会えないでしょうか?
高城幸司氏: でも時間があったときに、何もしないんだったら活字を読むことによって出会いはたくさんあるので、少しでも興味のあるものを読むのはすごく大事だと思います。僕は、自分が尊敬している上司がいたら、その人がどんな本を読んでいるかとすごい気にしていましたね。たまたま僕は、入社2年目の上司が藤原和博さんで、彼の机に置いてある本を勝手に読んだりしていましたね。なんの本だか忘れましたが。
――藤原さんから教えられたことで印象に残っていることはありますか?
高城幸司氏: 藤原さんは部長で上司だったけど、仕事のことで相談をしたことはなくて、生き方とか考え方みたいなことをすごく教えてくれる人でした。藤原さんに「お前はリクルートで何がしたいんだ」ということをいつも言われていて、「お前リクルートに入って営業部長になってすごいと言われて、その後、子会社に出向して、子会社の営業の販売会社の社長やって、定年までいて、それで幸せか」といつも問われまして。「それだけの人生もありだけどそれだけじゃない、もうちょっと違う選択肢を考えた方がいいんじゃないの」と。それは新しいものを創造する、会社を辞めて事業を立ち上げるとか、全く自分が今までやりたいと思ってなかった営業以外の仕事の中で経験を積むとか、そういうことによって、もっと可能性を広げられるんじゃないか、みたいなことを言われましたね。若いうちって、自分ができることや、得意なことや、勝ちパターンの中で突き進んで行こうとするんだけど、それに対してくさびを打たれた感じだった。お前はこういうものに向いているとか、お前はこうなれと言われたら、人って素直じゃないので、うるさいと思うんだけど、「本当にそれでいいのか」とか言われると、自分で考えるかなというのはありますね。
紙の本の魅力「偶然の出会い」と「所有感」
――新しい読書のスタイルとして、電子書籍が話題になっています。今ご自身で電子書籍のご利用はされていますか?
高城幸司氏: スマートフォンは会社用しか持ってなくて、会社でちょいちょいいじったりするんですけど、普段はほとんど見ないです。活字の方が好きだから。でもちょうど1年半くらい前に、電子書籍で『口にするだけで結果が出る!黄金のフレーズ』という本を出して、おかげさまでAppstoreで2週間くらい1位が続いたことがあった。その縁で、いくつか電子書籍を買って読んだりしたことがあって、それ以来たまに買います。電子書籍が面白いなあと思うのは、ビューワーを使ったり、ページを展開するリーダーの使い方で結構優れものがあるので、タップをかけながら読んでいく心地よさですね。それから、気になる文章があったら、そこに付せんを張ったりとか、例えばWikipediaで調べたりとか、そこだけ抑えておいてそこだけTwitterで飛ばしたりできるので、通常の書籍と違って、既存のソーシャルメディアと連携してできるので、そういうところが面白いなぁと思いました。言葉を拾って興味のあるところを追いかけたりできる。調べものをしながら読みたい本なんかはすごく面白いと思います。テンポ良く読んでいきたいものや、ざーっと飛ばしながら読んでいくものなんかは、電子書籍の良さがあるんじゃないかなとか思ったりしますね。
――逆に、紙の本の良さというのはどういうところにありますか?
高城幸司氏: 僕はページをめくりながら行ったり来たりして読むタイプなので、紙のほうが読みやすいのが1つ。それから、ものによっては、お風呂で読んだりするときがある。腰くらいまでお湯を張って半身浴をやりながら読んじゃおうかな、ってときはiPhoneとかiPadはちょっと厳しい。寝転がったりする体勢でも、やっぱり本の方が柔軟かなと。あとは、iPadを持つのはめんどくさいけれど、iPhone、Androidじゃちっちゃい。本の活字のスピードと読むボリューム感って、人間の体が慣れているんだよね。iPhoneを持ち歩いて、見るのって、まだやっぱり人間の体的には、慣れてない運動だと思うんですよ。もし日本中から紙が全部なくなったらもちろん慣れると思いますけれどね。
――電子書籍はスペースを取らず、本の収納の面で優れていますが、その点はどうお感じになりますか?
高城幸司氏: 本そのものを書籍として残しておくことによって、ぽんと置いとけば、それを見て何か思いついたりもするでしょ。偶然の発見ってそういう部分もあって、例えば、本棚にあれば見るけど、iPhoneの中にしまっておくとどうしても忘れちゃう。だから、自分の思い出にあるものをどこかでもう1回呼び覚まそうと思ったら、本の方が見やすいんじゃないかなと思いますね。日本で今デジタル化されているけれど、CDの売り上げが戻ってきてるんですよね。HMVなんかに聞いたら、来年、再来年で2、30店舗出店するという。世界でそんなことしているのは日本だけですよ。日本人が、もしかしたら形になるものを持っている所有感が好きなんじゃないかなとちょっと思ったりします。海外ではCDを見ることが少なくなってきたので、海外のアーティストが日本に来ると、HMVかタワレコへ行って、「僕のCDが並んでいる」とうれしそうに記念撮影するっていうんですよね。電子書籍も所有している感じがしないでしょう。
著書一覧『 高城幸司 』