高城幸司

Profile

1964年10月21日、東京都生まれ。1986年同志社大学文学部卒業後、株式会社リクルートに入社。6期トップセールスに輝き、社内で創業以来歴史に残る「伝説のトップセールスマン」と呼ばれる。また、当時の活躍を書いたビジネス書は10万部を超えるベストセラーとなった。1996年『アントレ』を創刊。事業部長と編集長を9年間歴任以後、人材ビジネスで転職事業の事業部長も経験。その後、株式会社セレブレインの社長に就任した。その他、講演活動やラジオパーソナリティーとして多くのタレント・経営者との接点を広げている。きき酒師・酒匠であり焼酎アドバイザー。日本酒サービス研究会常任理事。日本酒の会を12年代表を務める。

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変人や本との出会いを通じて「理想の人生のイメージ」を形にする



人事を中心としたコンサルティング事業を展開する、株式会社セレブレインの代表取締役社長である高城幸司さんは、リクルート勤務時代に、独立、起業の専門誌『アントレ』編集長として活躍し、現在はビジネス書のヒットメーカー、本との繋がりも非常に強い経営者です。高城さんに、起業のきっかけ、影響を受けた本、読書や執筆のスタイル、造詣の深い日本酒の楽しみ方などについてお聞きしました。

再編の時代。生き残りを賭けた組織作りが進む


――会社を3社経営されていますが、事業内容をお伺いできますでしょうか?


高城幸司氏: われわれのセレブレインというグループは、人と組織、企業の成長のお手伝いをしている会社です。上場企業の大手、一部ベンチャー企業もあるんですけれど、従業員でいえば最低でも100名以上いるような、「会社」としての機能を持っている企業に対して、人事戦略を練ったり、賃金の施策を作るということを主にやっている会社ですね。それと、われわれは人と会う機会が多いということもあって、人の集まる場所を作ろうということで、「セレブール」という名前のレストランを経営していまして、今、赤坂に3店舗あります。

――多くの会社とかかわり、経営の状況をつぶさに見てきた高城さんですが、企業社会において、今はどのような時代だと思われますか?


高城幸司氏: いっとき、ベンチャー企業がすごく株式公開した時期もあったんですけれど、今はちょうど、日本の企業も世界で戦っていくために再編の時期になってきています。今まで競合していた会社同士が事業を一緒にしたりすることが普通に起きる時代になってきていますね。外資系の会社と日本の会社であったりとか、東京の会社と大阪の会社であったりとか、三菱系の会社と住友系の会社だったりとか、そういう会社が一緒になれば、当然、社風も違うし、やり方も違う。それをうまく1つの会社にしていくために、風土や仕組み、賃金のルールなどを合わせていく必要がありますので、われわれはそういったところの作り込みをしています。失われた10年と言われている1990年代の前半から、銀行がどんどん統合したじゃないですか。三井と住友がくっつくというような、考えられないことがいくつかあったんですけど、今、そういうことが銀行だけじゃなくて大企業同士で起きている。必ずしも大企業が勝っていくとは限らない時代の中で、皆さんが生き残りを賭けて組織作りを見直す時期なんだと思いますよね。

「壊れない目標」を漠然とイメージせよ


――高城さんが、人事を中心としたコンサルティング事業を起こすことに決めたきっかけを伺えますか?


高城幸司氏: 自分について振り返ってみると、今の会社を作るときも、「絶対にこうでなきゃいけない」というものを持っているわけではなくて、こんな職場でこんなメンバーと仕事をしていたいとか、そういうイメージを描いていました。具体的な数値として売り上げ15億円で、経常25%とかというんじゃなくて、ざっくりと、従業員が仕事をしているシーンや、自分の家族のことなどをイメージするようにしていたんです。人生は長いので、どんどん年と共に成長できたり、知的好奇心が高まる仕事の方が、僕はいいなと思っていて、そういう仕事を自分なりに見つけて、自分の立ち位置を作って事業をしたいと漠然と思っていたんですね。それで、リクルートにいた時から、色々な企業の方とお会いしていたんです。それで、仕事の中で、自分の中の「自分の会社」というイメージが、自分のお店を持って、レジ打ちをして、例えばラーメンを作るっていうことでは全くなかった。自分にとってのお客さま像というのは、個人ではなくて、企業がフロントに立っているという風に認識していたので、独立したら企業と対等にわたり合えるビジネスをやっていこうというのは決めていました。それでどういうことをやろうか考えたのですが、やりたいことが大きくいえば2つあったんです。1つがリクルートにいた時の販売促進、マーケティングの仕事。もう1個がHR、人材系の仕事。そう考えたときに、マーケティングとか営業の仕事というのは、その会社の本業なので、その会社しかできないけど、人事の仕事の立ち位置なら、色々な企業と人事の仕事を通じて、人と会う機会がたくさんできると思ったんです。人事の仕事をしていると考えれば、介護でも医療でも、製薬でも商社でも、金融だって、どんな企業の人でも会いに行けると。僕が例えば、食品業界に特化したマーケティングツールを持っていたら、やっぱり世界は閉じていっちゃうと思います。たくさんの企業の成長にかかわっていく可能性のある仕事をやっていきたいなと思ったときに、狙いが人材系のビジネスになったというわけですね。

――最初から具体的な目標を立てたのではなく、仕事や人生について大くくりにイメージして、可能性のある方向を選んでいかれたのですね。




高城幸司氏: 自分はメジャーリーガーを目指すイチローみたいな選手じゃないので、目指すことがあって今の自分があるとは全然思ってないんです。今、漠然とした将来の不安を持った若い人は多いと思うんですけど、今日、明日、明後日にどういうことをしていくのかが一番大事なことだなと最近すごく思っています。明確な目指すものを持つことも、1つの手だと思うんですね。例えば、仮に僕が25歳の普通のサラリーマンだとして、32歳までには起業して、35歳までには株式公開するという風に決めるのもいいと思うんだけど、ただそれって、その計画が壊れたときに、大丈夫なんでしょうか。それが絶対とは限らないでしょう。強い意志を持つことによって、あるべき姿を持つことによって、計画を決めて実行できるというのは事実だと思います。目的意識を明確に持って、そこに向かって走り続けた方が自分の強さや良さを生かせる人もいると思うんですよ。それはそれで人それぞれじゃないかと思います。ただ、その計画をするためのあるべき姿が、あまりにも綿密過ぎちゃうと、そこにたどり着かなかったときに、そのゴールってどうなるのかなって思ったりするわけです。例えば仮にね、電子書籍の事業に人生を賭けるって言っていて、電子書籍よりもっと優れたツールが出てくるかもしれない。そうしたらどうするのってなりますよね。だから、何をやるかの「何」っていうのは、どんどん変わっていく可能性があるので、ざっくりとした形の中で、自分がどうあるべきかを考えた方がいいんじゃないかなと思っています。

メモは重要な言葉だけ。手帳術なんていらない


――高城さんはコンサルティングのお仕事と同時に執筆も行っていらっしゃいますが、普段、執筆はどこでされているのですか?


高城幸司氏: 内容が決まって、実際に文章を書くのは、自宅のパソコンでやっています。ある程度、絵ができているときはその方がやりやすいんですが、例えばダイヤモンド社と一緒に、今度は20代向けに何かやろうかとか、企画趣旨をまとめるとか、そういう時期というのは、アイデアを広げたり、目新しい発想をしたりしないといけないから、必ずしも自宅のパソコンの上で答えが出るとは限らない。気分を変えるために喫茶店で作業をしたり、場合によっては、遠方に行っちゃうこともあります。そのときの状況によって違いますが、ケースバイケースで使い分けたりしていますね。

――アイデアを企画として形にする過程で必ず行っていることや、心掛けていることはありますか?


高城幸司氏: 自分の思ったことを、口に出して、それを周りの誰かと話しているうちに、精査されることがすごく多いと思うんですよね。壁打ちをするというか、自分はこんなこと思っているんだけど君はどう思う?という風に壁打ちの相手になっていただけるような方が、友人に何人かいて、そういった方とお話ししながら自分のビジネスのアイデアを話して、思考を深めます。

――その時に、思いついたことは頭の中に入れて覚えておきますか?それともメモを取ったりされますか?


高城幸司氏: 重要な言葉だけ書いて残しておくっていうのかな。例えば、先日「世間話が仕事の9割」という本を出したんですけど、例えば、「最近の若い人っていきなり本論から話を出すんだよね」みたいな、こうだよね、ああだよね、という話をしてることはあんまりメモらないですね。だけど、「結局仕事って世間話が大事だよね」、とか、「世間話で大体決まっているんじゃないの」みたいな、話をしていく中で、重要な言葉が出てきたときは、残しておかないと忘れちゃうんですね。「世間話って重要だからもっと使った方がいいよ」、じゃなくて、それを一言で言うとどうなのということ、すごく分かりやすく言えば本のタイトルになる言葉だとか、キャッチーな言葉を見つけたら、それだけメモっておく。それ以外のことは、メモっても意味が何なのか分かんなくなっちゃうので、タイトルに使うとか、本の表紙に使うとか、目次に使いたいキーワードとか、この言葉を抑えておきたいとか、そういった言葉は、パッと消えてしまう可能性があるので、メモをしておくようにしています。

――メモの種類ですけども、手書きの手帳をお使いですか?


高城幸司氏: そうですね。でも公開するほどの手帳じゃない。よく皆、メモとか手帳とかを大事にすると言うけど、僕はそこに本質があるわけじゃないと思っているので、なんでそんなにメモにこだわるのかが理解ができない。手帳の書き方とか手帳術だとか、僕は不要だと思っている。終わったら捨てちゃうからね。そもそも手帳を後で見返す人っているだろうか。もったいないものを取っておく人って多いですよね。例えば百貨店の紙袋がもったいないから、いざといったときのために残しておくと言って、家の中が紙袋だらけになっちゃう人がいると思うんだけど、使わないじゃないですか。それと同じだったりすることって結構あるんじゃないかと。メモを持っておく理由って何なのかといったら、そのメモが使える状態になればいい。そうすると、大事な言葉とか忘れてはいけないキーワードというのはあるので、そういうのをできるだけ取っておくというだけです。メモの取り方に何かポイントがあるのかというと、僕はあんまり感じていないですね。

――文章を書かれるときに念頭に置かれていることはありますか?


高城幸司氏: 伝えたいことが断定できている場合、例えば、営業とはこうである、みたいに、自分としては確信を持って書くものは、である調で書くようにしているんですね。だけど、もうちょっと緩く物事を考えてもらいたいとか、そういう考え方もありだよね、みたいなことを書くときは、ですます調にしています。そういう言葉のトーンとかは、すごく気にするようにはしています。

――次に高城さんご自身の読書についてお聞きします。普段は本とどのように付き合っているか、読書スタイルについてお聞かせください。


高城幸司氏: 活字が好きなんですね。だけど、活字が何かを生み出したかというよりも、字を読んでいること自体が好きだったので、なんとなく、何でもいいので活字を読むタイプでした。極端に言えばブリタニカの百科事典でもいいし、日経新聞でもいいし、雑誌でもチラシでもいいんです。だけど、じゃ長編のものを読めるかというと、眠くなっちゃうタイプだったので、子供のころは星新一さんとか、筒井康隆さんとか、ああいうタイプのショートショートをずっと読んでいたんです。いまは、本当に読みたくて読んでいる本は、1年間で見れば、月2冊か3冊だから、50冊読まないと思いますよ。

リクルート事件。大バッシングの中で出会った1冊


――自分を変えた本、影響を受けた本を1冊挙げるとすると何でしょうか?


高城幸司氏: たくさんの本を読んできて、自分が変わったという程ではないとは思うんですけど、やっぱり人生の節目のときに、影響されたものというのはあったりします。例えば、リクルートにいたときに、リクルート事件というのが起きて、会社の社長が逮捕されて、自宅にテレビから「お子さんがこういう会社に勤務していることをお母さんはどう思いますか」というインタビューの電話がかかったりとか、外に出て行くと、「社長が逮捕された会社の社員なんか会いたくない」と名刺を破かれたり、塩をまかれたりしたこともあるわけです。だから当時は、リクルートという名前で居酒屋を予約することができないので、社名も伏せて飲み会をやらなきゃいけないような状態だったんですよ。

――確かに当時、連日ものすごい量の報道がされて、激しい批判が巻き起こりましたね。


高城幸司氏: まだ当時は若かったので、大変だなと思っていれば良かったんだけど、リクルート事件の様な社会性の高い事件、出来事があったときに、僕がもし社長だったらとか、僕がもしその当時の事業部門のトップだったら、どのように振る舞えばいいんだろうかと、いうことを常に考えていました。いつか同じ様なことがリクルートにまた起きるかもしれないし、リクルートを辞めたとしてもそういう場面にほかの会社のリーダーとして遭遇するかもしれない。そんなときに城山三郎さんの『鼠』(文藝春秋)という本を読んだんです。これは鈴木商店焼き打ち事件といって、当時日本の大きな商社だった鈴木商店という会社があった。その会社のつぶれるまでのいきさつを書いた本で、その会社は台湾銀行というのがメインバンクで、その銀行から借り入れを止められて、瞬間にしてつぶれちゃった。でもつぶれたことによって、当時の経営幹部が、自分でやっていた事業を独立させて会社を作ったのが日商岩井であり、サッポロビールであり、日本セメントであり、神戸製鋼であったと考えると、会社がつぶれたことによって輩出された企業が多数あったんです。それで自分が何を感じたかというと、極端に言えば、「リクルートがつぶれた方がラッキーかもしれない」と。つまりリクルートという会社を通じて、いつ辞めてもやっていけるようなノウハウが身につくのであれば、周りからどう言われていても関係ないかもという風に思ったんですよね。そういう風に思えたのは、その本と出会ったからなんですよ。もう1つは、自分が35歳くらいのときかな、多分リクルートの最年少で事業部長になって、多くの部下を抱えて、今までとは違って自分で意思決定を全部できる立場になって、組織を動かしてかなきゃいけないというときに、デール・カーネギーさんの『人を動かす』と『道は開ける』(創元社)を読んで、すごく自分には染み渡るものがあった。あと「アントレ」って雑誌の編集長をやっていた時に、独立起業を応援している立場として、ダニエル・ピンクの『フリーエージェントの時代』(ダイヤモンド社)を読んで、やっぱり僕が考えていたことは間違ってなかったんだなと感じたりとか。そういう瞬間に出会った本がいくつかあって、それによって救われたという経験がありますね。

「本当にそれでいいのか」と藤原和博さんは言った


――本当に大事な本には、やはり数冊しか出会えないでしょうか?


高城幸司氏: でも時間があったときに、何もしないんだったら活字を読むことによって出会いはたくさんあるので、少しでも興味のあるものを読むのはすごく大事だと思います。僕は、自分が尊敬している上司がいたら、その人がどんな本を読んでいるかとすごい気にしていましたね。たまたま僕は、入社2年目の上司が藤原和博さんで、彼の机に置いてある本を勝手に読んだりしていましたね。なんの本だか忘れましたが。

――藤原さんから教えられたことで印象に残っていることはありますか?




高城幸司氏: 藤原さんは部長で上司だったけど、仕事のことで相談をしたことはなくて、生き方とか考え方みたいなことをすごく教えてくれる人でした。藤原さんに「お前はリクルートで何がしたいんだ」ということをいつも言われていて、「お前リクルートに入って営業部長になってすごいと言われて、その後、子会社に出向して、子会社の営業の販売会社の社長やって、定年までいて、それで幸せか」といつも問われまして。「それだけの人生もありだけどそれだけじゃない、もうちょっと違う選択肢を考えた方がいいんじゃないの」と。それは新しいものを創造する、会社を辞めて事業を立ち上げるとか、全く自分が今までやりたいと思ってなかった営業以外の仕事の中で経験を積むとか、そういうことによって、もっと可能性を広げられるんじゃないか、みたいなことを言われましたね。若いうちって、自分ができることや、得意なことや、勝ちパターンの中で突き進んで行こうとするんだけど、それに対してくさびを打たれた感じだった。お前はこういうものに向いているとか、お前はこうなれと言われたら、人って素直じゃないので、うるさいと思うんだけど、「本当にそれでいいのか」とか言われると、自分で考えるかなというのはありますね。

紙の本の魅力「偶然の出会い」と「所有感」


――新しい読書のスタイルとして、電子書籍が話題になっています。今ご自身で電子書籍のご利用はされていますか?


高城幸司氏: スマートフォンは会社用しか持ってなくて、会社でちょいちょいいじったりするんですけど、普段はほとんど見ないです。活字の方が好きだから。でもちょうど1年半くらい前に、電子書籍で『口にするだけで結果が出る!黄金のフレーズ』という本を出して、おかげさまでAppstoreで2週間くらい1位が続いたことがあった。その縁で、いくつか電子書籍を買って読んだりしたことがあって、それ以来たまに買います。電子書籍が面白いなあと思うのは、ビューワーを使ったり、ページを展開するリーダーの使い方で結構優れものがあるので、タップをかけながら読んでいく心地よさですね。それから、気になる文章があったら、そこに付せんを張ったりとか、例えばWikipediaで調べたりとか、そこだけ抑えておいてそこだけTwitterで飛ばしたりできるので、通常の書籍と違って、既存のソーシャルメディアと連携してできるので、そういうところが面白いなぁと思いました。言葉を拾って興味のあるところを追いかけたりできる。調べものをしながら読みたい本なんかはすごく面白いと思います。テンポ良く読んでいきたいものや、ざーっと飛ばしながら読んでいくものなんかは、電子書籍の良さがあるんじゃないかなとか思ったりしますね。

――逆に、紙の本の良さというのはどういうところにありますか?


高城幸司氏: 僕はページをめくりながら行ったり来たりして読むタイプなので、紙のほうが読みやすいのが1つ。それから、ものによっては、お風呂で読んだりするときがある。腰くらいまでお湯を張って半身浴をやりながら読んじゃおうかな、ってときはiPhoneとかiPadはちょっと厳しい。寝転がったりする体勢でも、やっぱり本の方が柔軟かなと。あとは、iPadを持つのはめんどくさいけれど、iPhone、Androidじゃちっちゃい。本の活字のスピードと読むボリューム感って、人間の体が慣れているんだよね。iPhoneを持ち歩いて、見るのって、まだやっぱり人間の体的には、慣れてない運動だと思うんですよ。もし日本中から紙が全部なくなったらもちろん慣れると思いますけれどね。

――電子書籍はスペースを取らず、本の収納の面で優れていますが、その点はどうお感じになりますか?


高城幸司氏: 本そのものを書籍として残しておくことによって、ぽんと置いとけば、それを見て何か思いついたりもするでしょ。偶然の発見ってそういう部分もあって、例えば、本棚にあれば見るけど、iPhoneの中にしまっておくとどうしても忘れちゃう。だから、自分の思い出にあるものをどこかでもう1回呼び覚まそうと思ったら、本の方が見やすいんじゃないかなと思いますね。日本で今デジタル化されているけれど、CDの売り上げが戻ってきてるんですよね。HMVなんかに聞いたら、来年、再来年で2、30店舗出店するという。世界でそんなことしているのは日本だけですよ。日本人が、もしかしたら形になるものを持っている所有感が好きなんじゃないかなとちょっと思ったりします。海外ではCDを見ることが少なくなってきたので、海外のアーティストが日本に来ると、HMVかタワレコへ行って、「僕のCDが並んでいる」とうれしそうに記念撮影するっていうんですよね。電子書籍も所有している感じがしないでしょう。

「会いたい」ダニエル・ピンク氏から驚きの電話が


――『黄金のフレーズ』(AXEL MARK)が電子書籍で1位になりましたが、そのときは電子書籍の特質などを考慮して本作りの戦略を立てたのでしょうか?


高城幸司氏: 書き下ろしを出してみようということで出しました。例えば、その時ちょうど「もしドラ」も電子書籍で出ていたんだけど、もしドラは紙の本と同じだったでしょ。だから焼き直しを出すんだったらゼロから作ってみようと思ったので、書き下ろしを作ってみました。それから、350円くらいだと思うので、100ページ位で読めて、心地いいものがいいので、1ワードで学べるみたいな、シンプルな作りがいいんじゃないかなと。あとは、ストレスがなく読める方がいいので、ビューワーは1番いいのが使いたかった。ダイヤモンド社のビューワーを使ったんですけど、使い心地のいいもので違和感なくやろうというのがありましたね。

――売れているという実感はありましたか?


高城幸司氏: 当時で3万ダウンロードでした。初日で1万5千ダウンロードだったんですよ。しかも版元になったAXEL MARKも、初めての1冊だったから、それがどういうことかわからなかった。「ああ、電子書籍の売り上げってこんなものなんだ」と思ったらしいですが、その後他の本を出しても売れないので、びっくりしたと言われました。ただ、1つ思うのは、意識としては、本を書いているというよりも、アプリを作っているというイメージですね。機能とかにこだわっていたし。単に本をPDF化して出すんじゃなくて、難しいトラップがあるわけじゃないけど、Wikipedia連動とか、アプリを作っているという気持ちでやっていました。

――電子書籍がヒットしたことで新しい読者が増えたり、読まれ方が変化したりしていると感じたことはありましたか?


高城幸司氏: 電子書籍を作って1番びっくりしたのは、先ほど出てきたダニエル・ピンク氏という、「フリーエージェントの時代」とか、「モチベーション3.0」を書いた彼が、僕の電子書籍の英語版を読んだらしくて、電話が掛かってきたんですよ。

――直接本人からですか?


高城幸司氏: 直に電話があって。「僕はダニエル・ピンクだ。あなたの本を電子書籍で読んだんだけど、すごく興味を持ったので1回会いたい」と。僕も細かいニュアンスが分からないので、メールアドレスを教えるからメールで送ってくれという風に言って、実際メールが来たんです。それで、「ほんとに来るのか」と言ったら「YES」。「じゃOK」と言って。彼は、日本の営業という仕組みに興味があると。なぜかと聞くと、アメリカには、問屋という機能がないので、営業活動はメーカーがやる。さもなければ、REPというエージェントがやるので、営業の仕組みが違う。問屋があったりとか、営業の役割をする社員がいたりとか、不思議だと。日本との商習慣の典型が営業を学ぶことによって分かると思うので、君に日本の営業について教えてほしいということで、3時間半位インタビューされたのかな。全部はさすがに英語でできないので、半分英語、半分通訳みたいな感じだったけど。

――それはピンク氏が著作に書くための取材だったのでしょうか?


高城幸司氏: それはどうなったか分からないけど、3時間くらいインタビューした後、雑談して面白がって帰っていった。僕も逆にどういう理由で彼が『フリーエージェントの時代』を書いたかと聞きたかったんだけど、時間がなくて。もう1回また会いたいですね。

幅広い活動範囲。コンサルティング、執筆、そして日本酒


――話ががらりと変わって恐縮ですが、高城さんが執筆された本といえば、造詣が深い日本酒の本もありますね。日本酒とのかかわりもお聞かせください。




高城幸司氏: 日本酒の会をやっていて、年に4回お酒の会をやっています。秋はひやおろし、春は新酒とか。あと、東京のお酒と落語の会と、年に1回はバスに乗って蔵元に行くというツアーをやっています。あとは、利き酒師の協会の評議員をやっているんですけれど、来月の20日に、日本酒の利き酒師の日本一を決めるコンクールがあって、審査員として審査させていただくことになりました。これからも利き酒師をもっと世の中に広げる活動をやっていこうかなと思っています。

――日本酒はいつからお好きだったのですか?


高城幸司氏: うちはもともと酒屋なのですが、おやじが廃業したこともあって、お酒って大変だなとか、飲んでもおいしくないなと思っていた。だから飲めるけれど、できれば飲みたくないと思って、社会人4、5年目までは1滴も飲めないとうそまでついていましたね。でも、ある日本酒の協会の方にお会いする機会があって、日本酒の勉強をする必要に迫られ、縁あって利き酒師の資格を取ることになった。で、1人で取るのが嫌だったので人を誘って、100人くらい集めて取ったんです。

――たくさん種類がありますが、どのようなものを飲まれていますか?


高城幸司氏: 純米酒の燗酒がいいですね。今、酒蔵に大学を卒業した若い男の子が戻ってきて経営しているみたいな面白いところが増えてきていて、そういう若くて元気な酒蔵さんの日本酒を飲むと、やっぱり元気になる。そういう蔵元のお酒は極力選んで飲むようにしています。今注目しているのは、広島。広島県というのは、もともと醸造試験場があったところで、日本酒の鑑評会はそこでやっているんです。戦争のときに、大体、呉に軍艦が置いてあったので、あの辺りというのは戦争のときの大本営になる可能性が強くて、日本の基幹になる人材が集まったところなので、それに見合っておいしいお酒というのはたくさんあると言われているんですね。昔でいうと賀茂鶴さんとか、竹鶴とか、結構熟したお酒もあるんだけど、最近は宝剣という。あとは賀茂金秀みたいに若い蔵元が作っている、すごく華やいだワインみたいなお酒とか。米や果実もきっちり開いている様なお酒があります。飲みやすいんです。安いですよ、1本1000円とか2000円で買えます。

――これから日本酒を飲んでみようという人にお勧めの飲み方はありますか?


高城幸司氏: 1つが、飲んだ量と同じお水を飲むと、翌日酔いが残らない。ワインは飲んだ後の酸の香りとか余韻を楽しみますが、どっちかというと日本酒は、アタックというんだけど、入り口の部分の香りとか、舌に乗っかったときの広がりが大切なんです。だからワインは水を飲むと味が飛んじゃうんだけれど、日本酒は大丈夫。もう1つは、寒いときに温かいお酒を飲むんじゃなくて、寒いときは逆に冷酒、それから夏場は燗酒。その方が体は代謝が良くなって、飲んだ後はすっきりするんですよ。そういえば、今度、秋か来年の春にお酒にまつわる本を1冊書くかもしれません。今一応、版元さんと話をしているので、企画が出ると思うんですが。

――そのほかの出版予定があればお聞かせください。


高城幸司氏: 半年で、日経新聞、東洋経済、日本能率協会、それから、講談社、集英社、日本文芸社と本がドドドっと6冊出ます。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 高城幸司

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