初めての本を出した後に、読書にハマった。
――小笹さんの「読書体験」について伺えますか?
小笹芳央氏: 若いころ、学生時代までは、ほとんど本を読まない人間でした。長編で読んだのは『竜馬がゆく』(文藝春秋)くらいですね。あとは推理物や、当時だったら松本清張とか、そういう娯楽的な本を読んでいました。だからあまりビジネス書や、経営とか社会学とか心理学とか、そういう類の本とは全く接点がなかったですね。
――それでは、読まれるようなきっかけというのは何かあったのですか?
小笹芳央氏: 社会人になって、14年間リクルートに勤務していましたが、前半の7年間と後半の7年間、大きく分けて2つのキャリアがありました。前半7年間が人事部に籍を置いて、人材の採用や初期教育をやっていました。その人事部時代にさんざん新卒採用を担当していましたから、それこそ何百人、何千人と毎年学生の意思決定の場面に立ち会ったり、時には口説いたりとか、そういうことを繰り返す中で自分の中でどうしても学生に伝えたいことができてきたんです。僕がその時言いたかったことは、簡単に言うと、「就活はマニュアルに動かされるな」ということです。それを周辺の人に言っていたら、たまたま30歳の時、初めての出版機会に恵まれました。全く売れない本でしたけれども。『キミの就職活動は間違いだらけ』(日本実業出版社)という本です。このときは、初めて本を書いたということもあって7ヶ月ぐらいかかりましたね。
――それでも7ヶ月でお書きになっているんですね。
小笹芳央氏: たかだか200ページぐらいの本で、当時パソコンがないのでワープロで、7、8ヶ月ぐらいかかった。その時、「自分にはもっともっと世の中に訴えたいことがあるけれども、知識や経験も含めて、そこに肉付けするためのインプットが足りないな」ということに気づいたんです。それから本を集中的に読むようになった。哲学系とか社会学系、心理学系、経営に関することまで。その4、5年の読書量はハンパじゃなかったです。そのころたまたまぎっくり腰になりまして、腰を痛めた。それで、当時ハマっていたゴルフに行けなくなりまして、そうすると家にいるしかないんですよ。それがきっかけで読書にハマっていったんですね。色々なジャンルのものを読みましたが、どちらかというと「知の先端」のような書籍に触れることが多かったですね。
――そういう本を手に取るきっかけというのは?
小笹芳央氏: リクルートにワークス研究所がありまして、そこにいろんな蔵書があったんです。「何だこれ、意味がわからん」とか言って手に取ってみた本が、『言語ゲームと社会理論』(勁草書房)。日本語で書かれているんですけれど、1ページ目から理解できない。「日本語で書いてあるのに、なんでこれが分からないんだろ?」と思いました。それを理解するために、ベースとなる関連書籍を読んで、2、3年経った頃、ようやく書いてあることが理解できるようになったんです。今思うと、結構ヘビーな本を読んでいましたね。
何度も何度も「良書」には食らいつき、自分のものにする
――小笹さんが今まで読まれた本の中で、印象深い本というのはございますか?
小笹芳央氏: すごくマニアックな本ですけれど、S.I.ハヤカワの『思考と行動における言語』(岩波書店)という本があります。ある意味、言語とか意味論の古典的な本ですが、これを読んで、ちょっと世の中の見方が変わりました。31、2歳くらいのころですね。本というのは僕の経験で言うと、普通にテレビを見ていたり音楽を聴いたりするのとは違って、自分から本と格闘している感じなんですね。例えば今だったら、安っぽい経営のノウハウ本とか、15分ほどパラパラっと見たら「ああ、なるほど」でおしまい。でも、自分の能力のちょっと上の本となると格闘してみたくなる。何度も何度も「良書」と言われる本には食らいついて、1回目はとにかくわからないところがあっても最後まで読む、2回目はちゃんと意味を理解しながらかみしめる、3回目は全体の編集とか構成を理解しながら読む、4回目は自分が書くとしたらと仮定して読む。「本は食べ尽くせ」と僕は言っているんです。本を読むという行為は、自分の脳と体験と本に書かれていることを結びつける能動的な行為だと思っています。だから僕は「本を読まない人は成長しない」というぐらいに思っています。
――「本は食べ尽くせ」ですか。
小笹芳央氏: そう。僕の全然売れなかった初デビューの本ですら、自分としては相当な数の学生を見てきて、7年間の人事マンとしての集大成的な本だと思っていて、書いているほうは必死だった。ある意味、リクルート時代前半の人事部でのノウハウや経験がそこに詰まっている本。それが読者からすれば、1000円で手に入るということなんですよね。そう考えると、良書と言われている本は、その著者の人生や、あるいはそれまでの研究や体験がぐーっと詰まっていて、それがたかだか1000円、2000円でいただけるということです。それは良書に限ってですけれど、「食らいつく」「食べ尽くせ」「血肉化しろ」という感じで言っています。
本を出版できたことは、人生の大きなターニングポイント
――最初の本を出されるときのきっかけをもう少し詳しくお教えいただけますか。
小笹芳央氏: 本を出したいと思った時に、大学時代の同級生に「俺、これだけ経験しているから、面白い本が書けると思う」と言っていたら、その人の知人に、当時の日本実業出版の編集者がいて「そういう人だったら会ってみたい」と言ってくれた。リクルートの採用マンでそんなにたくさん学生に会っているんだったら、学生に向けた本を出しましょうか、ということになったんです。発信していたら誰かがつないでくれたということですが、それが大きく自分の人生を変えることになりました。当時はまだ、組織で働くサラリーマンが本を出版するということがあまりなかったんですね。なので物珍しがられましたし、本を出したことで色々な場面で講演の機会をいただきました。すると「講演者一覧」のリストに入ることになって道が開けてきましたから、本を出したのはとても大きなターニングポイントだったなと思います。リクルート社内においても「人事の小笹が本を出したんだ」というと、何千人の社員がいても本を出している人はいませんから、それだけで社内でも名刺代わりになりましたね。
――それが前半の7年部分、後半の7年はどういった過ごされ方をしましたか?
小笹芳央氏: 後半の7年はバブルが崩壊して、リクルートも人材採用ニーズがなくなりましたので、人事部が縮小してわれわれも現場に出ました。僕は新規事業を立ち上げまして、人事部時代のノウハウや経験を生かして「組織人事コンサルティング室」という、リクルート初のコンサルティング事業を立ち上げて、その責任者として事業の拡大に努めました。その当時はいろんな経営者とも会うわけですけれども、トータルしてやはりこれからの時代は「モチベーション」だと感じたんですね。ちょうど社員の働くモチベーションが多様化してきていた。昔だったら誰もが、銭金、待遇、出世、だけだったのが、そうじゃない人もいる。そういう多様性を帯びた人々のモチベーションをちゃんとマネジメントしつつ、束ねて、組織として成果を出していかなければならないということが、経営者の共通の悩みだということに気づきました。人事コンサルタントなんていっぱいいるんですけれども、もうちょっとフォーカスして「モチベーション」をテーマにすべきだと考えたんです。それをメインに打ち出したコンサルティング会社が当時はほかになかったものですから、世に存在を問うべくリクルートからスピンアウトしました。それで2000年に、「リンクアンドモチベーション」と社名にもモチベーションをつけてスタートし、そこから2、3年で4、5冊「モチベーション○○」っていう、メインタイトルでも副題でもどちらかにモチベーションという言葉が入るような本を書いた。昔はAmazonで「モチベーション」で検索したら僕の本しか出てこないという時代だったんです。とにかく「ニッチだけどきらりと光るオンリーワン」、あるいは「ニッチだけどナンバーワン」、モチベーションの領域で制覇したいという想いで、かなり執筆の速度を速めて、モチベーションという言葉の普及に努めたんですね。講演会も頻繁に行いました。
著書一覧『 小笹芳央 』