「モチベーションの多様化」を肌で感じたリクルート時代
――「モチベーション」が多様化していくと感じられたのはいつでしょうか?
小笹芳央氏: 採用をやっていたころでしたから、1990年代前半、バブルの絶頂期あたりは特にに感じていましたね。要するに、会社の中で上の世代というのは、自分たちが戦後復興期から高度成長期を終身雇用、年功序列の中で乗り切ってきた人たちですから、彼らはまだ国も貧しかった時代に毎日毎日頑張って一生懸命働けば、今日より明日、明日よりはあさってが、豊かになっていくだろうということで経済的な豊かさを求めた時代なんですよね。ところが、1989年、1990年あたりに僕が学生と接していて感じたのは、「銭金だけで人は動かない」と。ある程度豊かな暮らしを経験してきていますから、「僕は誰かの役に立ちたいんだ」という貢献欲求を出す人もいれば、「自分は成長したいんだ」という成長欲求を出す人もいる。「自分は自分らしく、個性を発揮し続けたいんだ」、あるいは「プロフェッショナリティ、スペシャリティを身につけたいんだ、別に課長部長になりたくない」など、人それぞれの多様な「働くモチベーション」を持ち始めたなということを感じていました。ところが、上は「いやいや銭金でしょ、インセンティブで働かせろ」と言ったりする。自分の世代はちょうど股裂き状態で、これは必ず意識のギャップが出るなということは当時から思っていました。
――肌身で感じてらっしゃったんですね。
小笹芳央氏: はい、感じていましたね。データ的に言うと「エンゲル係数」という、日本国民が使っているお金のうち、食費の割合が戦後間もないころは70パーセント、僕が生まれた1960年代でだいたい40数パーセントあるんです。だから使っているお金のうちの半分ぐらいが食費だった時代です。今はもう22、3パーセント。だから使っているお金のうちの8割は食べること以外に使える。ということは、裏返せばそれは豊かになったということです。豊かになればなるほど、マズロー的に言う欲求レベルが高まってきますから、高まるのと同時に多様性を帯びてくるということですね。
――小笹さんの中で、こうならざるを得ないだろうというビジョンというのは浮かべられていたわけですか。
小笹芳央氏: そのころはまだ人事マンでしたから、上の世代と下の世代はギャップがあるな、これをうまくチューニングしていかなければならない、というぐらいの問題意識でしたね。後半7年間のコンサルティング事業をやっている時に、いろんな経営者に会って、みんな同じような悩みを持っているなと感じたんです。「最近の若い者はハングリーさに欠ける」とか、「みんなが課長部長というポストを求めるわけではない、そんな人たちのやる気をどうやって高めたらいいのか?」とか。ちょうど人事的なマネジメントでも、多様性を用意しなければならない時代になってきていました。昔だったら正社員一本で、みんなが役職を上がっていったのでシンプルでした。ところがスペシャリストコースだ、契約だ、派遣だと、色々雇用形態や働き方も多様性を帯びてくる時代に、多様なモチベーションを持っている方々をどういうビジョンで束ねるかとか、どういう人事制度を導入するかなど、そんなことをずっとお手伝いしてきたので、これはモチベーションにフォーカスしても、時代的に「待っていた」と言ってもらえそうな予感はしていましたね。
難しい本を読んで「知の格闘」をしてきた世代は、思想的にも知識的にも「骨太」だと思う。
――今、若者は本を読まなくなったと言われていますけれども、何かお感じになることはありますか?
小笹芳央氏: 読書量というのは、個人差があると思いますが、僕は減っているように感じます。もっと手軽なインターネットや、スマートフォン、自分の好きな雑誌だったりテレビだったり、何か手軽な情報の取り方をしていて、何かに対して「知の格闘」みたいなものは少なくなってきている。僕よりもうちょっと前の世代で言うと、学生運動の世代、団塊の世代、あの人たちはもっと「知の格闘」をしていますから、思想的にも知識的にも、やはり骨太なんですよ。僕の世代はどちらかというと「ノンポリの世代」と言われた世代で、いわばポリシーがない。それでも今の人に比べたら本は読んでいたと思います。今の人はどちらかというと面倒くさがって、あまり活字に長時間向き合うのが減っているみたいな感じがします。本を読むよりダンスしたいみたいな(笑)
――個人の読書力というのは国力にそのままつながっていくかと思うんですが。
小笹芳央氏: 結局、読書量に限らず、僕は組織を、あるいは国を見るときに「one for all,all for one」、これを同時実現するということが大事だと考えています。僕はラグビー部の出身で、ラガーマンはいつもこれを教わるんです。企業経営もそうで、昔だったら「for all」ばかり求められたんですね。社員は「社畜」だった。昔はどこも新卒採用一辺倒ですから、辞めたくても辞められない。どっちかというと「for all」、会社の繁栄こそが君らの生活も繁栄させるんだから、あまり自我を出すなということですよね。ところが最近は、「for one」を主張する若者たちがたくさん出てきて、会社経営も難しくなってきている。教育の現場でもそうです。また地域社会からの圧力を受けることを嫌って、私らしく自分が楽しいことを追求する。親もまたそういう育て方をしているということでいうと、「one for all,all for one」のバランスが崩れている気がしますね。これは石原前都知事が言っている「みんな我欲ばっかりだ」と似ていますが、そういう意味で国全体のバランスが崩れているのが国力の低下にもつながっていると思います。多少個人の自由を制約してでも「これを読みなさい!」とか、あるいは個人の自由を制約してでも「集団のためにこれをやれ」というような、もうちょっと強い強制力、圧力みたいなものがないと国が滅びるんじゃないかなと思います。
――小笹さんのように世の中にメッセージを発信していただく方が、そういったことを意識していけるといいのでしょうか?
小笹芳央氏: そうですね。もうちょっと、しかも大衆迎合のポピュリズムに陥るようなリーダーではなく、ちゃんと「ダメなことはダメ」と、「こっちのほうが自分が成長できるよ」と、ブレない発信というのが大事かなと思います。
出版不況の中、出版社や編集者はポリシーを持つべき
――本を読まない世代が増え、それに伴って出版不況だと言われていますけれども、そういった状況の中で出版社や編集者の役割というのは、小笹さんご自身どんなことを求められていますか?
小笹芳央氏: 僕は出版界は門外漢ですから専門的なことはわからないですけれど、何となく悪循環に陥っているような気がしています。本が売れない、売れないけれどたくさん出そう、たくさん出すとまたたくさんの本が余る、その回転が速くなっているんですね。それでどこも結局利益があまり出せないような状態になっている。全体が集団としてのジレンマに陥っているんだろうと思うんです。これはしばらくは仕方ないんでしょうけど、もうちょっと出版社なりに、自分たちはこういう書籍をこのような編集で届け、世の中をこちらの方向へ導きたいんだとか、あるいはこんな問題を解決したいんだというような国家観や社会観を持って、骨太な出版活動や編集活動が出てきたら面白いなと思いますけどね。
――小笹さんが執筆される際に気を付けていることはどういったことでしょうか?
小笹芳央氏: 僕の場合は大ベストセラーというのはなくて、それこそ12、3万部売れたのが一番売れた本というぐらいですね。どちらかというとだいたい2、3万部の固定的なファンの方々に読んでいただいている感じなので、ある意味メッセージが明快で、逆に言えばターゲットを広げられていないという感じだと思いますけれど、普遍性はあると思います。いい本が売れる本とは限らない。売らんがために書いたら、自分の主義主張をポピュリズムのほうに委ねなくてはならなかったりする。このジレンマがあって、僕は今のところ意識的に、出版社あるいは編集者の方がポピュリズムへ引きずろうとするところをちょっとは粘りながら、「ここまでで精一杯です」「といつも攻防していますね。僕はフリーでやっているわけではなくて、会社の経営者、代表者なのであまり大衆迎合的なハウツー本のほうに行きすぎると、会社が保持しているブランドともギャップが出ますので、そういったものは書かないようにしています。
著書一覧『 小笹芳央 』