小笹芳央

Profile

1961年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、86年に株式会社リクルートに入社。2000年、株式会社リンクアンドモチベーションを設立、同社の代表取締役社長に就任。同社は設立8年で東証一部に上場。モチベーションを切り口に、企業向けコンサルティングなどのBtoB事業に加え、PCスクールや学習塾、プロスポーツチーム経営やレストラン経営など、BtoC事業も展開するグループの代表として経営に携わる一方、講演・寄稿多数。近著に、『1日3分で人生が変わる セルフ・モチベーション』(PHPビジネス新書)がある。

Book Information

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本は「食らって」知と格闘せよ



小笹芳央さんは早稲田大学政治経済学部を卒業後、リクルートを経て2000年に経営コンサルティング会社リンクアンドモチベーションを設立、代表取締役社長に就任され、実業家、経営コンサルタントとして活躍するかたわら、モチベーションに関する著書を多数執筆されています。そんな小笹さんに、読書について、電子書籍についてのお考えを伺いました。

モチベーションエンジニアリングで世界を変えよう



小笹芳央氏: リンクアンドモチベーションがコンサルティング会社としてスタートしたのは2000年のことで、企業の成長、変革を支援する上で社員のモチベーションに着目をして、人材の採用から教育、また人事の諸制度、あるいは組織の風土、文化作りのお手伝いをして成長してきた会社です。基幹技術の「モチベーションエンジニアリング」を使って、人のやる気を引き出すような仕組みを作ったり、モチベーションという観点から企業を診断し、それを改善改革していくソリューションを提供しています。創業10周年を機にBtoCの領域にもその技術を展開し始めました。

――組織のモチベーションだけでなく一個人のモチベーションも上げていくのですね。


小笹芳央氏: モチベーションエンジニアリングを企業向けに提供してきたのが創業から10年なのですが、これからの時代はモチベーションカンパニーが時代を制するんだという考えを発信してきました。そして、この技術を個人にも提供できるということで、学習塾業界へ参入したり、テレビCMでおなじみの「パソコン教室のアビバ」を買収してグループに加わっていただいたんですよ。そこでパソコンスキルだけではなくて、資格取得を支援する事業を展開するなどして、個人のキャリアを支援します。

――モチベーションカンパニーというと、具体的にどのようなことなのでしょうか?


小笹芳央氏: モチベーションカンパニーというのは、「そこで働く人のやる気」というものを企業の成長エンジンと捉え、成長し続ける企業のことです。「モチベーションカンパニーを目指しましょう、そのためのコンテンツ、プログラム、コンサルティング、あらゆるものをワンストップで提供しますよ」というのがこれまで企業向けに展開してきたBtoBのビジネスです。一方、BtoCの個人向けには「これからの時代、アイカンパニーを発展させましょう」というメッセージを発信しています。

――アイカンパニーとはどのようなことなのでしょうか?



小笹芳央氏: アイカンパニーとは、自分を1つの会社と見立て、一人一人がその会社の経営者として自分株式会社を営み、自分探しではなく自分作りに励み、そして、自分株式会社を人気企業にしていきましょう、優良企業にしていきましょうという考え方です。そして、そのアイカンパニーを磨き上げていくために必要なモチベーションコントロールスキルやコミュニケーションスキル、あるいはパソコンスキルや資格取得支援などを、ワンストップで提供できるようにということで、今個人向けのコンシューマー部門も拡充を急いでいる途中ですね。

――BtoC、コンシューマー向けにそういう部門を切り開いたきっかけをお教えいただけますか?


小笹芳央氏: 今までモチベーションエンジニアリングの手法を使って、企業内個人にサービスを提供してきたのですが、「自分たちの技術はBtoCにおける教育にも転用できる」という考えが技術的な側面からありました。もう一つは、社会的な問題意識として、今の時代、終身雇用が崩れ、個人が会社に「寄らば大樹」みたいな形で人生を預けていけば定年まで安泰だという時代はもう過ぎ去った。むしろ、個人個人がしっかりと自立的、主体的に自分を磨いていく、そういう意識が必要なのではないかということで、「アイカンパニーという意識を持ちましょう」と、社会的にメッセージとして訴えたかったんですね。今は教育の分野に力を入れ始めたところです。究極は、人のモチベーションを成長エンジンとする「モチベーションカンパニー」と、しっかりと自立的に自分自身を磨き続けようとする、学び続けようとする「アイカンパニー」が、両者のコラボレーションで産業全体が活性化するんだという考え方が根底にはあります。

エクセルで作る「ネタ帳」「長期計画」「一日日記」の連動がネタ作りの秘密


――執筆についてお伺いしますが、本を書かれるときは、どこか特定の場所はございますか?


小笹芳央氏: 自宅にある書斎のデスクが一番ですね。アイデア出しをしたり、集中するときはその部屋にこもりますし、出社しているときは、社内では「コックピット」と呼んでいる社長室がありますので、そこで構想にふけるというようなことをやっていますね。

――「コックピット」と呼ばれるいわれは何かございますか?


小笹芳央氏: 2001年から今のビルに移ってきたのですが、会社全体を操縦する操縦室のような感覚で、幹部とのミーティングや、非常に重要な人事関連の情報共有をそこで行ってきたものですから、コックピットと呼ばれるようになっています。

――原稿はやはりパソコンで書かれるのですか?


小笹芳央氏: はい。パソコンのエクセル上に色々なネタ帳のようなものを作っていまして、それに何百もネタがあるんです。それをどんどん追加していっているわけですけれども、「ある本をこういうタイトルで」というときには、その中のどれをどう編集して出すか、言いまわしを変えて出すか、600項目ぐらいの中のどこに光を当てるか、など考えることに一番時間をかけています。最近は実際に文章化するところはライターさんがやってくれることも増えましたので、構想と編集といわゆるネタ、そこさえしっかりしておけば、2ヶ月ぐらいで完成します。

――エクセルの中にネタは日々積まれていくわけですか?


小笹芳央氏: 最近はちょっとサボっているんですけれども、だいぶためていますね。講演会も年に80回ぐらいやっていますので、その参加者や、あるいは書籍の場合は読者に届くキーワードをためています。例えば、「これからの時代は自分探しではなくて自分作り」とセミナーで言ったら「ははあー」という反響があった。そういう皆さんに届きそうな、刺さりそうなキーワードなど、色々なネタを蓄積しつつ、増やしてきているという感じです。

――普段の行動において、何か心掛けていることはございますか?


小笹芳央氏: もう習慣ですけれど、パソコンを開くと「一行日記」を書くようにしていますね。これはもう10年ぐらい続けているんです。エクセルに「今日何があった」とか「こんな気づきがあった」という一行日記のページと、それとは別に、5年とか10年単位の構想のページがあって、これは長期レンジで考えるときに使用します。この2つを行ったり来たりしながら、時には今日1日明日1日という短期視点、一方では5年、10年の長期視点に立って「ああだこうだ」と構想を練る。要は頭の中の時間の物差しを伸ばしたり縮めたりするわけですね。自分のコンディションによって、「ちょっと今日は憂うつだな」と思ったら長期のほうを見ます。また、長期の構想ばかりで日々がおろそかになりそうになれば、一行日記に移ります。それを繰り返しているうちに、いろんなネタが浮かんだりしますね。それ以外にも、何か書籍を読んで自分が啓発されて、自分なりの言葉に落としたネタとか、そういうのもあるわけですけれど。長期と短期の時間軸を行ったり来たりするというやり方は、自分自身のモチベーションをコントロールする上ですごく大事だなと思っています。

初めての本を出した後に、読書にハマった。


――小笹さんの「読書体験」について伺えますか?


小笹芳央氏: 若いころ、学生時代までは、ほとんど本を読まない人間でした。長編で読んだのは『竜馬がゆく』(文藝春秋)くらいですね。あとは推理物や、当時だったら松本清張とか、そういう娯楽的な本を読んでいました。だからあまりビジネス書や、経営とか社会学とか心理学とか、そういう類の本とは全く接点がなかったですね。

――それでは、読まれるようなきっかけというのは何かあったのですか?


小笹芳央氏: 社会人になって、14年間リクルートに勤務していましたが、前半の7年間と後半の7年間、大きく分けて2つのキャリアがありました。前半7年間が人事部に籍を置いて、人材の採用や初期教育をやっていました。その人事部時代にさんざん新卒採用を担当していましたから、それこそ何百人、何千人と毎年学生の意思決定の場面に立ち会ったり、時には口説いたりとか、そういうことを繰り返す中で自分の中でどうしても学生に伝えたいことができてきたんです。僕がその時言いたかったことは、簡単に言うと、「就活はマニュアルに動かされるな」ということです。それを周辺の人に言っていたら、たまたま30歳の時、初めての出版機会に恵まれました。全く売れない本でしたけれども。『キミの就職活動は間違いだらけ』(日本実業出版社)という本です。このときは、初めて本を書いたということもあって7ヶ月ぐらいかかりましたね。

――それでも7ヶ月でお書きになっているんですね。


小笹芳央氏: たかだか200ページぐらいの本で、当時パソコンがないのでワープロで、7、8ヶ月ぐらいかかった。その時、「自分にはもっともっと世の中に訴えたいことがあるけれども、知識や経験も含めて、そこに肉付けするためのインプットが足りないな」ということに気づいたんです。それから本を集中的に読むようになった。哲学系とか社会学系、心理学系、経営に関することまで。その4、5年の読書量はハンパじゃなかったです。そのころたまたまぎっくり腰になりまして、腰を痛めた。それで、当時ハマっていたゴルフに行けなくなりまして、そうすると家にいるしかないんですよ。それがきっかけで読書にハマっていったんですね。色々なジャンルのものを読みましたが、どちらかというと「知の先端」のような書籍に触れることが多かったですね。

――そういう本を手に取るきっかけというのは?


小笹芳央氏: リクルートにワークス研究所がありまして、そこにいろんな蔵書があったんです。「何だこれ、意味がわからん」とか言って手に取ってみた本が、『言語ゲームと社会理論』(勁草書房)。日本語で書かれているんですけれど、1ページ目から理解できない。「日本語で書いてあるのに、なんでこれが分からないんだろ?」と思いました。それを理解するために、ベースとなる関連書籍を読んで、2、3年経った頃、ようやく書いてあることが理解できるようになったんです。今思うと、結構ヘビーな本を読んでいましたね。

何度も何度も「良書」には食らいつき、自分のものにする


――小笹さんが今まで読まれた本の中で、印象深い本というのはございますか?


小笹芳央氏: すごくマニアックな本ですけれど、S.I.ハヤカワの『思考と行動における言語』(岩波書店)という本があります。ある意味、言語とか意味論の古典的な本ですが、これを読んで、ちょっと世の中の見方が変わりました。31、2歳くらいのころですね。本というのは僕の経験で言うと、普通にテレビを見ていたり音楽を聴いたりするのとは違って、自分から本と格闘している感じなんですね。例えば今だったら、安っぽい経営のノウハウ本とか、15分ほどパラパラっと見たら「ああ、なるほど」でおしまい。でも、自分の能力のちょっと上の本となると格闘してみたくなる。何度も何度も「良書」と言われる本には食らいついて、1回目はとにかくわからないところがあっても最後まで読む、2回目はちゃんと意味を理解しながらかみしめる、3回目は全体の編集とか構成を理解しながら読む、4回目は自分が書くとしたらと仮定して読む。「本は食べ尽くせ」と僕は言っているんです。本を読むという行為は、自分の脳と体験と本に書かれていることを結びつける能動的な行為だと思っています。だから僕は「本を読まない人は成長しない」というぐらいに思っています。

――「本は食べ尽くせ」ですか。


小笹芳央氏: そう。僕の全然売れなかった初デビューの本ですら、自分としては相当な数の学生を見てきて、7年間の人事マンとしての集大成的な本だと思っていて、書いているほうは必死だった。ある意味、リクルート時代前半の人事部でのノウハウや経験がそこに詰まっている本。それが読者からすれば、1000円で手に入るということなんですよね。そう考えると、良書と言われている本は、その著者の人生や、あるいはそれまでの研究や体験がぐーっと詰まっていて、それがたかだか1000円、2000円でいただけるということです。それは良書に限ってですけれど、「食らいつく」「食べ尽くせ」「血肉化しろ」という感じで言っています。

本を出版できたことは、人生の大きなターニングポイント


――最初の本を出されるときのきっかけをもう少し詳しくお教えいただけますか。


小笹芳央氏: 本を出したいと思った時に、大学時代の同級生に「俺、これだけ経験しているから、面白い本が書けると思う」と言っていたら、その人の知人に、当時の日本実業出版の編集者がいて「そういう人だったら会ってみたい」と言ってくれた。リクルートの採用マンでそんなにたくさん学生に会っているんだったら、学生に向けた本を出しましょうか、ということになったんです。発信していたら誰かがつないでくれたということですが、それが大きく自分の人生を変えることになりました。当時はまだ、組織で働くサラリーマンが本を出版するということがあまりなかったんですね。なので物珍しがられましたし、本を出したことで色々な場面で講演の機会をいただきました。すると「講演者一覧」のリストに入ることになって道が開けてきましたから、本を出したのはとても大きなターニングポイントだったなと思います。リクルート社内においても「人事の小笹が本を出したんだ」というと、何千人の社員がいても本を出している人はいませんから、それだけで社内でも名刺代わりになりましたね。

――それが前半の7年部分、後半の7年はどういった過ごされ方をしましたか?


小笹芳央氏: 後半の7年はバブルが崩壊して、リクルートも人材採用ニーズがなくなりましたので、人事部が縮小してわれわれも現場に出ました。僕は新規事業を立ち上げまして、人事部時代のノウハウや経験を生かして「組織人事コンサルティング室」という、リクルート初のコンサルティング事業を立ち上げて、その責任者として事業の拡大に努めました。その当時はいろんな経営者とも会うわけですけれども、トータルしてやはりこれからの時代は「モチベーション」だと感じたんですね。ちょうど社員の働くモチベーションが多様化してきていた。昔だったら誰もが、銭金、待遇、出世、だけだったのが、そうじゃない人もいる。そういう多様性を帯びた人々のモチベーションをちゃんとマネジメントしつつ、束ねて、組織として成果を出していかなければならないということが、経営者の共通の悩みだということに気づきました。人事コンサルタントなんていっぱいいるんですけれども、もうちょっとフォーカスして「モチベーション」をテーマにすべきだと考えたんです。それをメインに打ち出したコンサルティング会社が当時はほかになかったものですから、世に存在を問うべくリクルートからスピンアウトしました。それで2000年に、「リンクアンドモチベーション」と社名にもモチベーションをつけてスタートし、そこから2、3年で4、5冊「モチベーション○○」っていう、メインタイトルでも副題でもどちらかにモチベーションという言葉が入るような本を書いた。昔はAmazonで「モチベーション」で検索したら僕の本しか出てこないという時代だったんです。とにかく「ニッチだけどきらりと光るオンリーワン」、あるいは「ニッチだけどナンバーワン」、モチベーションの領域で制覇したいという想いで、かなり執筆の速度を速めて、モチベーションという言葉の普及に努めたんですね。講演会も頻繁に行いました。

「モチベーションの多様化」を肌で感じたリクルート時代


――「モチベーション」が多様化していくと感じられたのはいつでしょうか?


小笹芳央氏: 採用をやっていたころでしたから、1990年代前半、バブルの絶頂期あたりは特にに感じていましたね。要するに、会社の中で上の世代というのは、自分たちが戦後復興期から高度成長期を終身雇用、年功序列の中で乗り切ってきた人たちですから、彼らはまだ国も貧しかった時代に毎日毎日頑張って一生懸命働けば、今日より明日、明日よりはあさってが、豊かになっていくだろうということで経済的な豊かさを求めた時代なんですよね。ところが、1989年、1990年あたりに僕が学生と接していて感じたのは、「銭金だけで人は動かない」と。ある程度豊かな暮らしを経験してきていますから、「僕は誰かの役に立ちたいんだ」という貢献欲求を出す人もいれば、「自分は成長したいんだ」という成長欲求を出す人もいる。「自分は自分らしく、個性を発揮し続けたいんだ」、あるいは「プロフェッショナリティ、スペシャリティを身につけたいんだ、別に課長部長になりたくない」など、人それぞれの多様な「働くモチベーション」を持ち始めたなということを感じていました。ところが、上は「いやいや銭金でしょ、インセンティブで働かせろ」と言ったりする。自分の世代はちょうど股裂き状態で、これは必ず意識のギャップが出るなということは当時から思っていました。

――肌身で感じてらっしゃったんですね。


小笹芳央氏: はい、感じていましたね。データ的に言うと「エンゲル係数」という、日本国民が使っているお金のうち、食費の割合が戦後間もないころは70パーセント、僕が生まれた1960年代でだいたい40数パーセントあるんです。だから使っているお金のうちの半分ぐらいが食費だった時代です。今はもう22、3パーセント。だから使っているお金のうちの8割は食べること以外に使える。ということは、裏返せばそれは豊かになったということです。豊かになればなるほど、マズロー的に言う欲求レベルが高まってきますから、高まるのと同時に多様性を帯びてくるということですね。

――小笹さんの中で、こうならざるを得ないだろうというビジョンというのは浮かべられていたわけですか。


小笹芳央氏: そのころはまだ人事マンでしたから、上の世代と下の世代はギャップがあるな、これをうまくチューニングしていかなければならない、というぐらいの問題意識でしたね。後半7年間のコンサルティング事業をやっている時に、いろんな経営者に会って、みんな同じような悩みを持っているなと感じたんです。「最近の若い者はハングリーさに欠ける」とか、「みんなが課長部長というポストを求めるわけではない、そんな人たちのやる気をどうやって高めたらいいのか?」とか。ちょうど人事的なマネジメントでも、多様性を用意しなければならない時代になってきていました。昔だったら正社員一本で、みんなが役職を上がっていったのでシンプルでした。ところがスペシャリストコースだ、契約だ、派遣だと、色々雇用形態や働き方も多様性を帯びてくる時代に、多様なモチベーションを持っている方々をどういうビジョンで束ねるかとか、どういう人事制度を導入するかなど、そんなことをずっとお手伝いしてきたので、これはモチベーションにフォーカスしても、時代的に「待っていた」と言ってもらえそうな予感はしていましたね。

難しい本を読んで「知の格闘」をしてきた世代は、思想的にも知識的にも「骨太」だと思う。


――今、若者は本を読まなくなったと言われていますけれども、何かお感じになることはありますか?




小笹芳央氏: 読書量というのは、個人差があると思いますが、僕は減っているように感じます。もっと手軽なインターネットや、スマートフォン、自分の好きな雑誌だったりテレビだったり、何か手軽な情報の取り方をしていて、何かに対して「知の格闘」みたいなものは少なくなってきている。僕よりもうちょっと前の世代で言うと、学生運動の世代、団塊の世代、あの人たちはもっと「知の格闘」をしていますから、思想的にも知識的にも、やはり骨太なんですよ。僕の世代はどちらかというと「ノンポリの世代」と言われた世代で、いわばポリシーがない。それでも今の人に比べたら本は読んでいたと思います。今の人はどちらかというと面倒くさがって、あまり活字に長時間向き合うのが減っているみたいな感じがします。本を読むよりダンスしたいみたいな(笑)

――個人の読書力というのは国力にそのままつながっていくかと思うんですが。


小笹芳央氏: 結局、読書量に限らず、僕は組織を、あるいは国を見るときに「one for all,all for one」、これを同時実現するということが大事だと考えています。僕はラグビー部の出身で、ラガーマンはいつもこれを教わるんです。企業経営もそうで、昔だったら「for all」ばかり求められたんですね。社員は「社畜」だった。昔はどこも新卒採用一辺倒ですから、辞めたくても辞められない。どっちかというと「for all」、会社の繁栄こそが君らの生活も繁栄させるんだから、あまり自我を出すなということですよね。ところが最近は、「for one」を主張する若者たちがたくさん出てきて、会社経営も難しくなってきている。教育の現場でもそうです。また地域社会からの圧力を受けることを嫌って、私らしく自分が楽しいことを追求する。親もまたそういう育て方をしているということでいうと、「one for all,all for one」のバランスが崩れている気がしますね。これは石原前都知事が言っている「みんな我欲ばっかりだ」と似ていますが、そういう意味で国全体のバランスが崩れているのが国力の低下にもつながっていると思います。多少個人の自由を制約してでも「これを読みなさい!」とか、あるいは個人の自由を制約してでも「集団のためにこれをやれ」というような、もうちょっと強い強制力、圧力みたいなものがないと国が滅びるんじゃないかなと思います。

――小笹さんのように世の中にメッセージを発信していただく方が、そういったことを意識していけるといいのでしょうか?


小笹芳央氏: そうですね。もうちょっと、しかも大衆迎合のポピュリズムに陥るようなリーダーではなく、ちゃんと「ダメなことはダメ」と、「こっちのほうが自分が成長できるよ」と、ブレない発信というのが大事かなと思います。

出版不況の中、出版社や編集者はポリシーを持つべき


――本を読まない世代が増え、それに伴って出版不況だと言われていますけれども、そういった状況の中で出版社や編集者の役割というのは、小笹さんご自身どんなことを求められていますか?


小笹芳央氏: 僕は出版界は門外漢ですから専門的なことはわからないですけれど、何となく悪循環に陥っているような気がしています。本が売れない、売れないけれどたくさん出そう、たくさん出すとまたたくさんの本が余る、その回転が速くなっているんですね。それでどこも結局利益があまり出せないような状態になっている。全体が集団としてのジレンマに陥っているんだろうと思うんです。これはしばらくは仕方ないんでしょうけど、もうちょっと出版社なりに、自分たちはこういう書籍をこのような編集で届け、世の中をこちらの方向へ導きたいんだとか、あるいはこんな問題を解決したいんだというような国家観や社会観を持って、骨太な出版活動や編集活動が出てきたら面白いなと思いますけどね。

――小笹さんが執筆される際に気を付けていることはどういったことでしょうか?


小笹芳央氏: 僕の場合は大ベストセラーというのはなくて、それこそ12、3万部売れたのが一番売れた本というぐらいですね。どちらかというとだいたい2、3万部の固定的なファンの方々に読んでいただいている感じなので、ある意味メッセージが明快で、逆に言えばターゲットを広げられていないという感じだと思いますけれど、普遍性はあると思います。いい本が売れる本とは限らない。売らんがために書いたら、自分の主義主張をポピュリズムのほうに委ねなくてはならなかったりする。このジレンマがあって、僕は今のところ意識的に、出版社あるいは編集者の方がポピュリズムへ引きずろうとするところをちょっとは粘りながら、「ここまでで精一杯です」「といつも攻防していますね。僕はフリーでやっているわけではなくて、会社の経営者、代表者なのであまり大衆迎合的なハウツー本のほうに行きすぎると、会社が保持しているブランドともギャップが出ますので、そういったものは書かないようにしています。

電子書籍よりも、ふらっと書店へ行くタイプ


――読者が、小笹さんの本を電子化したいと思い、断裁、スキャンすることについてはどのように思われますか?


小笹芳央氏: 何のこだわりもないですけどね(笑)。どっちかというと、僕は自分の考えているコンテンツ、あるいは人さまの少しでも役に立てるような考え方が、手段はどうであれ、多くの方に届けられることが一番大事なところだと思いますけれど。

――それでは読書ということも含めて、電子書籍についてもお伺いしようと思います。いわゆる電子書籍というのは、小笹さんご自身ご利用になったことはございますか?


小笹芳央氏: 僕はないです。書店に行くタイプですね。八重洲辺りに行くことがあったら、結構ゆっくり書店に立ち寄ります(笑)。休日ですけどね。自分が行くときは何かふらっと行くんですよね。ふらっと行って「何かないかなあ」って見ていますね。出張に行ったら、新幹線に乗るまでに15分、20分空いたら、必ず書店に行きます。それでたまたまいい本との出会いがあったりするんですよね。

――電子書籍よりは紙を読まれるんですね。


小笹芳央氏: 今はそうですね。電子書籍の便利な使い方にまだリテラシーがないんでしょうね。
やっぱり僕は電子より紙がいいし、直接聞いたりするのも好きですね。お経みたいに何回も聞いていると入ってくるのもある。

――先ほど「本を食べる」とおっしゃっていましたが、そうなると行間の書き込みもされますか?


小笹芳央氏: アンダーラインを引いたりすることがありますけれど、それは不思議なもので2回目3回目読んだ時に「あれ、何でこんなところに引いたんだろ」と思うことがある。結局それは本が変わっているのではなくて、自分が変わっているんですよね。たぶん、1回読んだ本を3年後にまた読んだら、線を引く場所は変わるんですよね。自分が変化、成長している証だと思います。

――昔読んだ本で今でもページを開く本というのはありますか?


小笹芳央氏: どうしても経営的な、技術的なところになっちゃいますね。事業に関係する技術的な関連本ですね。読み返すこともあるし、課題図書にして育成のためにテストをやったりするので、テストを作るためにもう一回自分が見なくてはいけないというのもあります。社内の課題図書にしているのは15冊~20冊ぐらいですね。

売り上げは、メッセージを発信したあとの共感の総量である


――いわゆる会社経営もそうだと思うのですが、すべて先立つものは「理念」ですか?


小笹芳央氏: 理念です。あるいは伝えたいメッセージですね。僕は事業というのは社会とのコミュニケ―ションだと考えています。そのコミュニケーションを発信する発信基地として会社という器があり、伝えたいことを伝えるためのメディアとして商品やサービスがある。うちの会社は売上が200億弱あります。売り上げというのは僕らが発信したメッセージに対して「あなたの言うとおりだ」という共感の総量なんだという考え方を持っています。だから、たくさんの共感を作ることができれば、われわれの事業も広がると思っています。

――リンクアンドモチベーションは、今は13年目になりますね。


小笹芳央氏: そうです。7人でスタートして、今は1200人強になりました。この12年間の歩みを考えると「何だか走ってきたなあ」という感じがありますけれども、走れたのはやはり、31歳から35歳までの知的格闘をした、あの時、自分の中に入れた考え方やものの見方が血肉化してきたから。当時のインプットが今でもアウトプットを支えているんですね。人生はどこかのタイミングで集中的に格闘して、脳みその構造も変わるんですよね。それはやったほうがいいんだろうなと思います。そうしないとたぶんエンジンが変わらないんですよね。あのままやっていても、僕はそこそこ頑張り屋さんのリクルートの部長で終わっていたかもしれない。僕は語学が堪能ではありませんが、語学で最初はわからなくても、1年2年学んでいるうちに突然パーッとわかるようになるのと同じような感覚が、自分の能力よりも少し難しい本を読むときにもあると思うんです。「何が書いてあるか、わからない、意味がわからん」というところから逃げずに格闘していると、ある時急にパーッとつながってくるというか。

――「課題図書」というユニークな制度だとおもいますけれども、そういったものを通して小笹さんの理念だとか考えというのが社員に伝わるような形ですか?


小笹芳央氏: そうですね。伝わりやすくなると思います。バックボーンが違いすぎると難しいし、僕達が普段使っている、「アイカンパニー」など、意味凝集性の高い言葉もみんなが本を読んでくれればわかる。これからは個人が主体的になるべきというところも含めて、課題図書を共有していると、背景も全部共有できますからね。

ビジネスにおいて、ジグソーパズルのピースを埋めていきたい


――最後に、これからのお取り組みといいますか、13年目今後の取り組み、展望というのは何かございますか?




小笹芳央氏: 先ほど言いましたように、まず企業向けのビジネス部門と個人向けのコンシューマー部門があります。ビジネス部門についても、まだまだワンストップで企業経営に有効なモチベーションカンパニーになるための武器がそろっていないというか、ジグソーパズルで言うとピースがまだまだ空いているんですね。そこをまず埋めていくために事業を拡張していくのと、コンシューマー部門のほうも、パソコン教室を持っていたり学習塾をやり始めたり資格もやり始めましたが、語学スクールを持っているわけでもなく、あるいは留学とか転職支援みたいなところもまだまだやれていない。となると、コンシューマー部門のほうもまず武器をそろえるために拡充していきます。大事なのはこの「ビジネス部門」と「コンシューマー部門」のリンケージです。個人の「アイカンパニー」作りを支援しつつ、場合によっては「こういうキャリアを積みたいんだったら」ということで企業に人材を紹介していくとか。5年10年の間の中で、こういうリンケージができて初めて掛け算でバリューが高まると思うんです。今はまだビジネス部門とコンシューマー部門は足し算なんですけれども、それぞれまだまだ未整備なので拡張、拡大していくというステージです。その後はこれらをつなげていって、誰もやっていないバリューの生み出し方ができるかなと思っています。

――足し算から掛け算になるのですね。


小笹芳央氏: そうなったら面白いと思います。新しい書籍の執筆も、年に1冊ずつぐらい、ゆっくりやります(笑)。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 小笹芳央

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