電子書籍ならではのいろんな仕掛けを、まだまだ考えられるはず。
――今回、『MM9』の電子書籍化をされたそうですね。
山本弘氏: でも、まだ儲かりませんね。やっぱりみんなまだ紙の本を買うんですよ。電子書籍は思ったほど伸びない。何年か前には「これから電子書籍は急に伸びて、市場を席巻する」などと言われていたけど、一向にそうならないですね。伸びてはいるけれども、じわじわという感じで、いまだに電子書籍に完全移行というのは無理ですね。やっぱり紙の本に愛着があるんだろうと思う。あとね、書店さんが重要だと思うんですよ。書店に行って本を自分で選ぶあの楽しみ、あれはネットではないですよね。ネットで検索しても味気ないんですよ。だから僕、ネットではほとんど本は買わない。ただ、書店で扱わないようなマイナーな本は、仕方がないからAmazonで注文するけど、それ以外は必ず書店に行って買うことにしているんです。
――基本は書店、マイナーなものはAmazonを利用するというスタイルなんですね。
山本弘氏: そうですね、小説を書くときはいっぱい資料を読むんですけれど、ネットで検索して、Amazonの画面で表紙だけ見て、最初の数ページをのぞき見しても、それが役に立つ本かどうかわからないんですよね。だから本全体をペラペラとめくって、あちこち飛ばし読みをして、「あっ、これなら役に立つな」と思わないと買えないですよね。それは書店さんに紙の本が並んでいないとできないです。まだ小説の場合だったら、最初の数ページだけ読んで中身を判断することができるかもしれない。でも、ノンフィクション本の類は、選ぶ側から言わせてもらうと、紙の本の方がはるかに便利です。
――そういった意味で、現在電子よりも書店さんに流れがあると思いますが、書店の以前と今で、変わったところはありますか?
山本弘氏: 本を探せる機械が設置されていますよね、あれは結構便利です。どこの本棚にあるか、というのだけがわかればそれを探しに行けるというシステム。あとは大きい書店が増えた。僕は大阪に住んでいますが、梅田に大きな書店があって、そこで探すといい本が見つかるので、欲しかった本や、何か役に立つ本はないかなと言ってぶらぶら探しに行って、いろんな本を物色して見つけられるのがいいですね。
――「本を読まなくなった」とか「読書人口が減った」と言われている中で、大きな書店がどんどんできているというのは、すごく対照的なことだと思いますね。
山本弘氏: そう、何で読書人口が減っていると言われるのか、不思議なんですよね。小説にしても、確かに普通の発行部数は昔に比べてずいぶん減っているんですよ。僕なんかも、初版の部数は90年代に比べると半分以下に減らされていますから、それはかなり厳しいというのはわかっているんですよ。でも、小説界全体でいったら、結構まだまだ大丈夫なんじゃないかなという気はするんですよね。
――今回の『MM9』に関して、電子書籍化にしようと思ったきっかけはありましたか?
山本弘氏: 出版社の方から「やりませんか?」と言われたんです。で、「面白いですね」と軽い気持ちだったんですね。ただね、残念だなと思ったのが、電子書籍にするんだから何か面白い仕掛けはないかなという話が出て、「じゃあ地図とか作ればどうですか?」という話をしたんですよ。舞台になる場所がいろいろ出てくるから、クリックしたらGoogleマップかなんか出てきたら便利じゃん、と言ったんだけど「できません」という返事が返ってきました(笑)。小説の中にリンクを張れないと。技術的に無理らしいんですよ、まだ。
――ご自身としては、もっと電子書籍ならではの何かを期待しますか?
山本弘氏: 電子書籍だから、ハイパーリンクをいっぱい張って、読者がわからないことがあったらクリックして解説が読めるとか、そんな仕掛けがあればいいのに、それができないというのは、もったいない気がしたんですよ。実現すればいくらでも可能性は広がるよねと。さらに本の何ページにジャンプできる、という機能を付けてくれたらゲームブックができるのに、それができないというのもすごく悔しくて。そう考えるとまだまだ紙の本が強い。電子書籍ならではのいろんな仕掛けとかを、まだまだ考えられるはずなんですよね。あと、うちなんか本が山のようにあふれ返っていて、よく「自炊」するとか言う人がいるんだけど、たくさんあるとそれを自炊するだけですごいし手間だしやりたくないなと。それなら、紙の本を置きっぱなしにする方がまだましだと思っちゃうんですよね。
『ホーダー』という本を読んで、自分にもその傾向はあると感じた
――自炊しようかなって思われたこともあるんですか?
山本弘氏: ちょっと考えたけど、自炊している時間すらもったいないとか思っちゃうんでやらないです。確かに電子書籍にするとスペースを取らないから、これはこれで非常に便利だとは思うんですけれども、なかなか電子に移行できないな。電子書籍ってペラペラっとめくることができないでしょう? あれが不便ですよね。それはやっぱり紙の方が早いですよね。そういう意味で僕は、電子書籍になるとかえって不便になっちゃうことが大きいです。
――紙と電子の美点を両立することができたらベストですね。
山本弘氏: 今年だったかな、『ホーダー』(日経ナショナルジオグラフィック社)という本が出て、いろんなものを集めている人たちの実話が書かれている本なんだけど、集めてしまうのは病気だということなんです。アメリカで二人の兄弟が死んで、見に行ったら家の中がどこもかしこも全部新聞紙の山で埋まっていた。どうやら新聞をコレクションしていて、その山の中で埋もれて死んでいたという話。日本でも、亡くなられましたけれど僕の知り合いの志水一夫さん、あの人の家がまさにホーダーだったんですよ。亡くなられた後、志水家を見に行った人がビデオを撮ってきたんですけれど、もう部屋がどこもかしこも本が積んであって、部屋だけじゃなくて廊下にも階段にも積んであって、歩くことも部屋に入ることも難しい。あれは典型的なホーダーなんですよね。そうやってため込んでいる人たちは、「資料としてため込んでいるんだ」と言うんだけど、以前志水さんは「確かにその資料は持っているんだけれども、取り出せないから新しく買います」と言っていました(笑)。もうそれは意味がないじゃん、ということですよね(笑)。
――買う方が早いということですか?
山本弘氏: そう、本当に本末転倒ですよね。だからそれは結局一種の精神的な病気なんだと。僕もその本を読んで確かにそうだなと思いました。僕もそういう傾向がある、本が捨てられないなあって。ごくたまに、いらない本をブックオフに売りに行くんだけど、焼け石に水ですよね、減らない(笑)。
ネットで流されるのは怖い…流通における問題点。
――山本さんの本を、読者が裁断、スキャンして電子化してでも手元に持っておきたいと思われることについて、どんなお気持ちでしょうか?
山本弘氏: それは全然構わないです。大変うれしいです。そもそも愛着がなかったらそのまま売りに行くんだろうから(笑)。古書店で自分の本を見つけるとちょっと複雑な心境になっちゃうんですよね。だから、電子書籍にして残してもらえるのだったら、それは非常にうれしいです。ただ困っちゃうのは、それをネットに流されるのは嫌ですね。僕の昔書いた小説がファイル交換で出回っているという話があった。これは結構つらいです。よっぽど絶版になったような古い本だったら、もう仕方がないなと思います。それこそ古書店で買うのと同じようなもので、割り切るしかない。ただ、最新作に関してはやめてほしい。それが果たして悪意なのか何なのかわからないですよね。俺の好きな小説をみんなに読んでもらいたいから、という善意でやっているのか。もちろん、それが善意でもダメなんだけど。個人で所有するだけだったら構わないとは思うんですけれどもね。それをネットで流されるのが怖いです。
――きちんとしたルールの中で、電子書籍を楽しめる環境が整うことが重要ですね。
山本弘氏: 電子書籍ならではの仕掛けがいろいろとできないかなと思うんですよ。この前見てちょっと面白いなと思ったのが、ニコニコ静画があるじゃないですか。あれって小説の最初の方だけ読めるんだけど、コメントをつけられるんですよね(笑)。小説にコメントをつけられるって面白いなと思って。ただ、動画と違ってタイミングが合わないから、すごくイライラするんですよね。あれは自分でタイミングをコントロールできるような仕掛けがあれば、小説をみんなで突っ込みながら読むというのも、アリなんじゃないかなと思ったんですよ。今でもニコニコ動画って本当はみんな別々の時間帯に見ているんだけども、同時に見ているような錯覚を起こせるじゃないですか。そしたら小説で同じような錯覚を抱かせて、同時にみんなが同じものを読んでいるような仕掛けを作ったら、それは結構新しい読み方になるかなと思って考えたんです。ただ本の場合は、そのタイミングが難しいなあと思って。コメントが出るんだけど、タイミングが合わない(笑)。
自分の小説が一番面白い、だって自分が一番好きなものを書いているんだから
――今後取り組みたいテーマや、書きたいもの、何かこういうことをしようという活動も含めて、ご紹介していただけますでしょうか?
山本弘氏: やっぱりSFが好きだからSFを書いているけど、それだけじゃないなと思っているんです。『詩羽のいる街』(角川グループパブリッシング)とかは、個人的にSFのテクニックを使って書いた普通の小説というもので、ああいうようなものもあっていいし、今度講談社で書かせていただけるのが、SF的なアイデアを使ったミステリーです。現実にあることなんだけども、それを描くと何かSF的になっちゃうよねということもやってみたいと思ってます。あとは個人的な趣味だけど、秘境冒険小説だとかね。そういうのをいま書く人がいないでしょ? だから、あってもいいんじゃないかなと思って。
――まだまだ新しいチャレンジを続けられるんですね。
山本弘氏: ずっと『ミステリーズ!』に連載していた『MM9‐destruction‐』という作品があって、『MM9』三作目の最終回の原稿だったんですよね。書きながらもう楽しくてしょうがなくて(笑)。子どものころから見ていた怪獣物のエッセンスを片っ端からずーっと詰め込んでいったので、「小説家になってよかったなー」と思いました(笑)。小説は一人で書けるというのがあって、予算も掛からないし頭の中のことを出せばいいだけで、そういう意味ではものすごく自由なものであるはずですよね。高校時代にSFマガジンに載った小説を読んでいて「小説はなんて自由なんだろう」と思った。こんな話を書いていいんだと。それは今でも役に立ったと思っていますね。
――山本さんにとって小説家は天職ですね。
山本弘氏: ほかの人生は思いつかないですね(笑)。書いている途中は、文章とかで悩んじゃって、苦しいこともあるんですが、話を作っている間は間違いなく面白いですね。さらに出来上がったものを自分で読み返すのが楽しい。自分の小説が一番面白いです。だって自分が一番好きなものを書いているんだから、そりゃあもう一番面白いに決まっているんですよ。自分の趣味にぴったり合っているんだから(笑)。やっぱり小説や本というのは、もともと書くことが好きで、本当にやりたいという人がやるべきだと思いますね。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 山本弘 』