有栖川有栖

Profile

1959年大阪市生まれ。小学4年生で推理小説のおもしろさを知り、5年生で創作を始める。中学3年の時、長編を書き上げて江戸川乱歩賞に応募。初落選。以後、高校・大学・社会人時代を通じて、たびたび落選。大学時代は同志社大学推理小説に所属し、機関誌「カメレオン」に創作を発表。同志社大学法学部卒業。卒業後は書店に就職。1989年、鮎川哲也氏の推挽をもらい、『月光ゲーム』(創元推理文庫)でデビュー。以降、コンスタントに作品を発表し、1994年に作家専業となる。2000年に設立された本格ミステリ作家クラブの会長に就任して、05年まで務める。2003年、『マレー鉄道の謎』(講談社文庫)で日本推理作家協会賞を受賞。

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推理小説の魅力は「現実にはありえないことが、現実に起こること」


――有栖川さんのご家庭は、もともと本がたくさんあるご家庭だったんでしょうか?


有栖川有栖氏: いや、そういう家庭ではありませんでした。父親は雑誌の「文藝春秋」を愛読するぐらい。母親はたまに文庫本を買ってきたり図書館で本を借りたりして小説を読んでいましたけども、読書家というほどではないし、書架があって本がずらりと並んでいるという家ではなかったですね。私は11歳ぐらいから、本の虫になりました。

――本の虫になったきっかけは、やはりシャーロック・ホームズですか?


有栖川有栖氏: 最初に読んだのは小学校3年生か4年生かぐらいに、SFですね。SFを読み出したきっかけっていうのは、SFって漫画の世界に近いじゃないですか(笑)。私が小学校1年生のときにウルトラマンの放送が始まって、私はウルトラマン世代なので怪獣が出てくるようなお話とか大好きだったんです。で、古典的SFですけどA・E・ヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の冒険』(東京創元社)から入ったんです。宇宙船が旅しているうちに、いろんな星で宇宙生物と出会う。中には凶暴な怪物もいれば、得体のしれない知的生命体もいるというような冒険のSFです。それを読んで、「ああ、こういう話って漫画ではよく読んでいたけど小説っていうので読むと想像力が刺激されて、漫画で読むのとはまた違った興奮があるなぁ。だったらもっと読もう。」と思って、『透明人間』(岩波書店)だとか、ウエルズだのアシモフだのハインラインだの古典的なSFを、片っ端から読んでいったんです。そうこうするうちに、学級文庫のも大体読んだし、本屋さんにある面白そうなのは大体片付けた。図書館でも本屋さんでもSFの横に並んでいるのが推理小説で、「SFがこれだけ面白いんだから、推理小説というのも面白いんじゃないか」と思って手に取ったんです。そうすると、また、違った世界が広がるわけですよ。SFはどちらかというと子どもが慣れ親しんだ冒険とか空想の世界に遊べるという感じですけど、推理小説を読んだときの印象は、がらっと違って大人の世界を垣間見るような感じでした。最初に読んだのはホームズではなかったんですよ。オースティン・フリーマンという作家の『赤い拇指紋』(創元推理文庫)という小説で、法廷物です。それまで怪獣とか宇宙人が出てくるSFを読んで興奮していたけど、裁判の世界なんていうのは、子どもから見たら謎めいていますね。そこで丁々発止と弁護士と検事がやりあって、主人公のソーンダイク博士っていう探偵が弁護している青年の潔白は果たして証明されるのか、というお話。興奮しました(笑)。そのフリーマンの小説は、推理小説としてはそんなにできがいいものでもないんですが、法廷シーンが非常に面白かった。「もうちょっといろいろ読んでみよう」と思って、次に手に取ったのがシャーロック・ホームズでした。名前くらいは知っていましたから、「これは名作なんだろう、じゃあ読んでみよう」と。謎解きの面白さがあふれていて、シャーロック・ホームズというエキセントリックな主人公にもひかれて、「こういうヒーローというのがいたのか!」と思って、それで決定的に推理小説にのめり込みました。いろいろホームズを読んだ後は、『怪盗ルパン』のとか、江戸川乱歩の『少年探偵シリーズ』とかが子どもが読む定番だったので、もう全部読んでやろうという勢いで読み出しました。図書館も利用しましたし、お小遣いもはたいたし、お正月とかに買ってもらったし。近所の本屋さんでホームズとか買って読み終わったら、もう1回本屋さんへ行って、じゃあ今度江戸川乱歩とか買おうとしたりしていましたから。いいお客さんでしたね。クラスの友達とク貸し借りもしました。

――有栖川さんは推理小説のどこにひかれたんでしょうか?




有栖川有栖氏: 私がどうして推理小説が好きなのかっていうのは、自分でもいまだによく分かってないところがあって、同じ様な話ばっかりそんなに読まなくてもいいだろうとか、自分で突っ込むこともあるんですけども、推理小説の何かに魅了されているようです。それは謎解きの面白さとか当然あるんですけど、謎解きがそんなに面白くてたまらないのなら数学者にでもなればいいとか思ったりもするんですが、数学は苦手だし好きでもない。ポイントは「現実との向き合い方」なんじゃないかと思うんです。

――「現実との向き合い方」ですか。


有栖川有栖氏: 子ども時代にシャーロック・ホームズを読んだのは、面白いからだけだったでしょうけども、今思えば、推理小説が現実と向き合うときの態度が好きなんじゃないかと。物理法則が支配した「現実」で、突拍子もない事件が起きたり、これは解けないだろうと思った謎が解けたりする。秘密が暴かれる過程で、超自然なものは絶対介在しない。文学作品では幽霊が出てきて対話するとか当たり前で、それは寓話だとか象徴だってことでいろんなことが起きますけども、推理小説は基本的にそれを許しません。小説のふくらみの部分で数奇な偶然はあったとしても、奇跡はない。物理法則は絶対で、人間は人間の限界の中で生きる。非常に大きな幅があるけども、人間の幅の中で行動する。ロジックっていうのは誰にとっても同じである。AイコールB、BイコールCならAイコールCっていうロジックは徹底している。現実は確固としてあるんだけど、でもAだからAだなんていうのは現実ではないっていうのを突きつけるっていう、その態度っていうのがすごく好きなんじゃないかと思うんです。逆に私がのめり込めない話っていうのがあって、1つはハイファンタジーなんです。幻想的な小説っていうのが大好きなんですけども、いきなりホビット族ですとかいわれると、ちょっとつらい。多くの人を魅了する素晴らしい作品であっても、私はなんかね、ハイファンタジーの世界に入ると戸惑いがあるんですよね。「いや、ホビット族なんていないだろう」って(笑)。それをいうと、「密室殺人もないだろう」と反論されるでしょうが、私の中では区別がある。必然性があって、犯人が行動をする合理性があって、しかも思考の盲点をついた方法があれば密室室人は起こりうるんじゃないかと思っています。魔法のようで魔法じゃないものなんですよね。

――魔法のようで魔法ではないというところが大事なんですね。


有栖川有栖氏: 現実が嫌でうんざりするってときに、ファンタジー小説を読もうとしても抵抗があった。「魔法なんかないし」とか、「時間も超えられないし」って、読みながら突っ込んでしまう。時間を超えるお話ってほんとに夢がありますよね。それに切なかったり大冒険があったりして小説の魅力いっぱいなんですけど、子ども心に、半年前のことを後悔しても取り返しがつかないとか、小さいときが懐かしいなと思っても、過去には二度と戻れないってことを考えてしまった。でもね、ミステリーはアリバイトリックを使えば時間を超えられるんですよ。超えてないけど超えている。Aが行われているときにそこにいられなかったと思っても、トリックを使えばあたかも時間を操作したかのような結果が出せる。時間を超えられないっていう現実に直面したときに、タイムマシンの話よりもアリバイ崩しの話のほうが、自分は何か反応したんでしょう。現実は現実でしかないけど、その現実の中で現実が現実でなくなる瞬間っていうのがある。探偵が「犯人が分かった」っていって、「分かるわけがないでしょう。手がかりもないのに」って返すと、「手がかりはこれだ」と意外なものを出してきて、「この痕跡は何を意味してると思いますか?」というのは、ある種現実が現実でなくなるときですけど、それは奇跡ではない。自分は現実を使って現実が倒れる瞬間が好きなんじゃないかと、後に思うようになりました。

街の本屋さんが減って、少年はどこで本と出会うのだろう


――出版不況といわれる中で本屋さんも大きな変遷をたどっていると思います。有栖川さんが小さいころから通われている中でどのように本屋さんは変わりましたか?


有栖川有栖氏: 本屋さんに1日2回も行っていた私が小さいころの記憶と照らし合わせると、家から歩いて数分の街の本屋さんといったものがめっきり減りましたね。商店街の一角にある、個人経営の小さな本屋さんのような。おじさん、おばさんが配達をしてくれる街の本屋さん。本というのは昔、配達してもらうものだったんですよ。例えば、本屋さんに家族で雑誌の定期購読を頼むわけです。父親は「文藝春秋」、母親は「主婦の友」、お兄ちゃんは「小学6年生」で弟が「小学3年生」とか。それをいっておけば発売日に持ってきてくれる。本屋さんが日常的に出入りしていますから、子どもがこんな図鑑を欲しがっているからとか、漫画のあれが出たら持って来てくれとか、小説でもなんでもいえば届けてくれて、月末に集金していく。そういうことが普通の風景でしたね。

――家庭の中で本屋さんの役割がすごく大きかったんですね。




有栖川有栖氏: 本屋さんはお客さんの家族構成が分かっているので、「上のお姉ちゃん中学ご進学ですね。何か買ってあげる本がありましたらいってください」などといってくれるんですね。園芸が好きな家だったら、「今度園芸のいいシリーズが出ますけど見てください」とか、歴史が好きなお客さんには、「日本史の新しい全集が出ますよ」とか。本屋さんにしては非常に手間でしょうが、マーケティングの材料はいっぱいあったっていう感じです。まあ、昔ながらの本の売り方っていうのは、今は難しいでしょうけどね。小さい本屋さんだと後継者問題や、本の売れ行きが減少しているとか、大型書店が出店すると経営が難しくなったりとかあって、街の本屋さんが消えていくのはやむを得ない側面もありますが、残念な気はします。正直いって私も、最近本を買うのは、大型書店かネット販売です。でも、私が今11歳だったらどっちも利用できないですよね。子どもは行動半径が町内ぐらいでしょうから、近所の本屋さんで、「こんな本もあるんだ、あんな本もあるんだ」と、本っていっぱいあるなって思いながら、だんだん視野が広くなっていくってことを体験できなくなっていますね。小さい本屋さんであっても、最初は数点の本しか見えないのが、その数冊の本が棚1段見えるようになって、2段3段と見えるようになって、店中見回したらこんなに本の世界ってあるんだなと気づく。子どもにとっては、だんだん目が開いていくような感じ。で、中学くらいになって、「今度文庫本これとあれと買おう」、「どっち先に買おうか迷うな」、なんていうところから読書家っていうのは歩き出す。そのステップが楽しいし、とても大事だと思います。

――小さい書店がなくなってしまって、本との出会いが少なくなっているのかもしれないですね。


有栖川有栖氏: 町内の中学校に通っている13歳の子っていうのは、本と出会うことが昔より難しいかもしれない。13歳くらいだと、ターミナルの本屋さんに行くのは、親と一緒にお出かけしたときだけみたいになりそう。日常的に近所で本と出会って、お小遣い握り締めて、「今度これ買って、その次はこれかなあ」っていう時間というのに変わるものがあればいいんだけどなあと思うんですが。

著書一覧『 有栖川有栖

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